高等科の授業は独特に進む
今日は早い時間に車を出してもらい、ノエルの寮を訪ねた。
すぐにお暇をすると言ったが、優しいメイドがお茶を用意してくれた。
勝手知ったる他人の寮部屋だ。ソファーに座ってお茶を頂くことにした。ノエルに活動の内容を伝えて一緒にやらないかと誘うとすぐに頷く。
「冊子の最後を見たか?」
僅かに嫌そうな声色で言った。配られた冊子のボランティアにおける拘束時間の長さに気付いたようだ。
「見たよ。夏休みと冬休み潰しでしょ?」
「ああ、こちらの方が時間の調整がしやすいので助かる」
帰国の都合もあるから他国から来ている生徒は大変だ。声を上げた女子生徒も帰国を希望していて先生に尋ねたように思う。
「エリット様も誘うけどいい? ミュリスに頼まれたんだ」
ラウルが以前に言っていた成績で負けたくない生徒がミュリスだった。図書館で良く会うので声をかけ、ラピスとミュリスとは、友人になっていたそうだ。
エリットとミュリスが同国の侯爵家同士であることと、ラウルがミュリスと友人であることを伝えた。
「かまわない。特に困ることもない」
「分かった。そういえば同じクラスに、クレバがいたね」
「教室に入ってきた時に見られていたぞ」
「…………」
「気づいていなかったのだな」
「うん。メンバー募集あと2名って振り返った時に“あ”って気づいた」
目が合い、すぐに逸らしたが……。
「今度は同じクラスだ。だが、フロウクラスはあいつ以外にはいない。大丈夫だろう」
「うん、そうだな」
出された紅茶を飲み干し、一緒に教室まで向かった。
一番乗りだったため、二人で本を読んでいるとちらほらと生徒達が来る。
クラウンとアレク、ノーシュに課外活動の件で声をかけると、ノーシュは川の清掃が良いらしいので、分かったと頷き、クラウンとアレクは是非にという返事だった。
エリットが来たので、声をかけに行く。
「エリット様。課外活動ですが、ご一緒にどうでしょうか」
「むぅ。すまぬな。昨日決まった班員で、教会で子供達に勉強を教えるのに参加しようと決まったのだ」
「そうでしたか。お気になさらないで下さい。ミュリス様にはこちらに参加してもらいますので、またお会いできると思います」
「ほう? 詳しく聞かせてくれ」
活動の概要とメンバーを話した。
「そうであったか。昨日であったならそちらにしたのだがな」
エリットも甘いものが好きなようだ。
「では、エリット様と何かを成すのはまたの機会に致しましょうか」
「ああ、そうしよう」
そろそろ時間だと席に着くと、ポリコス先生が5分前にやって来た。
ノエルも本を閉じた。
「では、昨日決まった者は報告しろ。決まらなかった者は立て」
そうすると、多くの生徒が立つ。
こんなにいるのか。誰か誘えばいいのに。
10人も立ったことに驚いた。貴族は、下の階級からの誘われ待ちをするというが、こういう時もそうなのだろうか。
「では、立っている順に5名ずつだ。顔を確認しておけ。では、授業外活動についてだ。一人ずつ聞いて行く。ノエル・アヴェリアフ」
「ソルレイ・グルバーグの新設した活動に従事します」
「よし! 次! マルコス・ドドン」
「教会で先生がいいです」
「よし! 次! ミハエル・フルーパス」
「私も教員を希望します」
「次! リンコ・ククワン」
「わたくしも教会で子供達に指導を致したく」
「次! クレバ・ハインツ」
「はい、私は、庭園の草木花の手入れを希望します」
「よし! 次!ノーシュ・ベルマン」
「船頭の手伝いをしたいです」
「次……ソルレイ・グルバーグ、おまえの新設したボランティア案は通った。今後、存続するようにしっかりと励め」
「はい」
神妙に頷き返事をすると、次の女子にボランティアを尋ねた。
それにしてもほとんどの生徒が教会での教員を希望しており、第一希望が通ったのは俺の新設した奉仕活動と答えた4人と川の掃除を希望したノーシュくらいだった。
後の教会で勉強を教えるボランティアを希望した生徒達は、運任せになった。
「クジを引け」
生徒達が、嫌そうな顔で先生の作ったクジを引いていく。
女子も男子も悲喜こもごもの結果に終わった。当たりと外れではなく、他のボランティア名も書かれていたようで、引いたら何かのボランティアに即決定する仕組みとなっていたようだ。
各5人ずつほどだったようで、すんなりと決まった。
「ポリコス先生、申請書類を作って参りました」
俺は先生に、提出物として初等科の責任者のノックス先生の印と参加する生徒名を記載した用紙、教務課で申請した月の日の調理室の使用願いを提出した。
もう記入済みなので担任印だけでいい。
「……ふむ。担任印だけでいいようだな。分かった。いや、待て。ここにはエリット・カルクケルの名前があるが?」
「申し訳ありません。エリット様には、教会で学校に通わない平民の子供達に勉強を教えてやりたい、と今朝、断られてしまいました。消すのを忘れていたようです」
そう言うと手元を確認する。
「エリット・カルクケルは……書庫整理か。活動内容は違うが、教会で子供達への奉仕活動だ。高等科は4名、初等科は2名の参加だな。ふむ。どうする? こちらに移ってもいいぞ」
問われたエリットが、すぐに飛びついたと思われないためか、ゆっくりとした所作で礼を述べた。
「ありがとうございます。では、教会で頑張りたく思います」
「よろしい。では、教会で子供達への奉仕活動につきなさい」
「はい!」
こうしてホームルームは終わり、そのまま別の先生が来て授業が始まったが、進む内容がとにかく早い。
高かったけれど、購買でノートを買って予習をしておいてよかった。
席順に当たっていくので、だいたい自分がどこで当たるのかが分かるのだが、前の人間が答えられないと次にくる。
1番のノエルから5番のノーシュまでは、正解を答えてくれるため6番目の俺は有難い。
順位が早いと楽なのだが、真ん中辺りになってくると怪しくなってくる。ちらほらと間違い出すので、予測がつかない。1度当たるかどうかなので2度は当たらない。
ともあれ座学の授業はなんとかなりそうだ。
音楽は、音楽を選択した生徒のみだ。これだけは他クラスと一緒だ。3クラスの合同授業で行われる。
音楽は貴族の嗜みと言われるだけあり、それなりに人数もいた。
ここでも楽器の選択が出てくる。
家で使っている6弦楽器を持って音楽の授業に出ると、新しい音楽の先生達から選択する楽器について問われた。
「6弦楽器に致します」
「……ソルレイ様は横笛ではなくて?」
「本当に6弦楽器で宜しいのかしら?」
「私の選択は6弦楽器です」
同じ回答をすると、困ったような顔をしながら頷いた。
周りの何も知らない生徒は執拗に聞く先生達に違和感を覚えたようだ。
授業が終わってから、女性の先生に呼び止められた。
「横笛なら専門の先生をお呼びしようと思っていましたのよ」
「その必要はありません。私は、6弦楽器を弾くことにしました。お気遣いありがとうございます」
ゴーヤン先生のお父さんには、家に来てもらって横笛を教えてもらえることになったのだ。老後の楽しみができたと喜んでくれている。
ラウルとシュミッツ先生と歌を歌っているのを聞いて横笛を持って来るようになり、なんだか楽しい演奏会になっている。
本当は週一回の家庭教師だが、シュミッツ先生の授業の時は来たいから来ており、シュミッツ先生もまた来られる日は演奏に来るといった具合なのだ。
先生達が週2で家に来ている状態だ。
好きな横笛は家で楽しみ、学校では6弦楽器で授業を受けることにした。高等科での揉め事を回避したかったのが理由だ。
先生が二人共代わっているとは思わなかったけれど、もうこの選択でいいと思う。他の生徒の手前、評価基準も明瞭だろう。
ただ、笛の音色を気に入っていたノエルは少し残念そうに見えた。今度の演奏会に招こう。
絵画だと思っていた選択は、実は美術で造型でも良かったようだ。魔道具の作成もありか聞くとありだった。
ノエルは絵画で俺は造型だ。魔道具を極める時間が増えた。
初等科の時と同じで体育はないのだが、剣術があったように。高等科では、剣、槍、投擲具のどれかを1年間学ばないといけない。もちろん投擲具を選んだ。
ノエルは剣だが、アレクとは同じだった。
動く相手に投擲具を投げる行為は魔法陣で作った魔法を当てるのに役立つと思うんだよ。
魔法陣は作成と発動の実技で、魔道具も作成と発動の実技をひたすらやる。魔法も実技だ。
先生が授業についていけなくなると言った意味が分かる。
2回の授業で総ざらいをして、3回目の授業中からずっと半分は実技なのだ。
それも皆やっていることがバラバラだ。
今日は、火魔法の魔法陣で、新しい物に作り替える。できた人から訓練場所で先生に見せて合否を受ける。
合格すると、次の内容を伝えられていくシステムなのだ。
皆で一律に授業があるのは前半の30分で、後半の30分は試験の為、皆一緒には進まないのだ。
お爺様とやった訓練なので、毎日合格していく。
魔道具も得意なので問題なく、1ヵ月もすると、終ってしまった。
「ソルレイ様は今年度の魔道具の試験は終わりましたが、どうされますか?」
「来年の授業も受けられますか?」
「教員同士で話し合ってみます」
「ありがとうございます。駄目なら何か作っています」
「ソルレイ様は美術でも作っていらっしゃるのでしょう? 私も魔道具が好きなので嬉しいです」
魔道具を好きな人は少なく、“魔道具の授業のせいで4年もいる羽目になった!”と言う生徒もいるのですよ、悲しいことです、と話す。
リリス先生とは、魔道具を作るのが好きな者同士のため、話が合った。
どんどん作っていった結果、1ヵ月で終わってしまったのだ。
難易度の高いカスタムを二人でやれるんじゃないか、と話して作りこんだ力作は、美術の造型の方で先生に見てもらって合格を貰っている。
「魔法陣より好きですね。作るのが面白いです。グルバーグ家としてはよくないのでしょうが」
俺にはこっちの方が向いているんだよな。頭を掻くと笑われた。
「うふふ。聞かなかったことにしておきましょう」
家に持ち帰られると誰がやったか分からない魔道具は、授業中に完成させなければならないためハードルが高い。
今年度の授業内容が終わったと聞き、クラスメイトに驚かれていたのはそこに理由がある。
結局、来年の授業を教えることはできないので、自習となり、他の教科の勉強や本を読む時間になった。
そうなると得意な魔法陣も終わって行くわけで、1ヵ月と2週間で魔法陣も終わり、先生に自習を言い渡された。
魔法については、魔力が少ないため、無理をせず1日に1つクリアをするだけだ。
そのことに疑問を持たれたようで、魔法を担当するジョエル先生に尋ねられた。
ジョエル先生は、眼鏡をかけている女性の先生だ。背が高く、金髪の天然パーマのマッシュルームカットだったため一見すると男性にも見えるが、女性らしい女性だとすぐに分かった。
仕草がとてもおしとやかなのだ。
「魔法は、他の科目に比べてゆっくりなされているようですが何か理由でも?」
「そうですね。家でもお爺様やカルムス兄上との修行があります。学校では無理をしないように、と言われています。実は、魔力を使いすぎるものですから、回復が追いつかないのです。ゆっくりやらせて下さい」
尤もらしいことを言い、頭を下げると、慌てたように言う。
「なるほど! そうでしたか。いえいえ、いいのですよ。わたくしの教え方が、と気になっただけです」
「とても分かりやすいので助かっています。私は論理的に考える方ですから、先生の教え方は頭によく入るのです。魔法理論も言われれば組み立てる為に必要な物が頭に図として浮かびます」
「わたくしもです! 実践ばかりにして欲しいと言われますが、大事なことですからね!」
「はい、そう思います。疎かになると実践では、自分自身が得意な魔法ばかりになり役に立ちません。理論がないと必要な魔法の選択ができなくなります。まずは、理論です」
豊富な知識がいる分、教えられる先生も少ないでしょうし、私は先生の授業はとても有り難いと思っています、と言い添える。
「やはり! わたくしは間違っていないのだわ!」
魔法は、きっと実践がいいのだろうなあ、と思いながら自分の都合のいい方へ話をもっていった。
元々魔力がない俺とラウルは、身体に魔法陣を描いてお爺様に魔力を込めてもらったり、魔道具を媒介にしたりしてこれまで魔法や魔法陣を発動させていた。
魔道具を持って魔法や魔法陣を発動させることは、暴発すると大変なことになる魔力の多い子供がすることが多いので、初等科では当たり前に許されていたことだ。
だが、高等科になると、多い魔力も扱えるようにならなければいけないということで、魔道具を持っての魔法の行使は禁じられている。
魔法陣については、新しい魔法陣を作る授業内容に重きを置いている為、出力は関係ないのだ。
むしろ少ない魔力量に設定するのが普通なので今のところは、問題がない。
後期になったら、出力を徐々に上げていく難易度の魔法陣が出てくるのではないか、と、そういうことも考えていたけれど、通年でそういう授業計画だった様で問題なく、今年度の試験分はクリアできた。
魔法は、このまま理論多目で進めて欲しい。
この目論見は功を奏し、実践の実技ではなく、一部理論や魔法構築のペーパー試験に変更になった。
自習が増えるのは、ノエルも同じで、1年を通しての試験がある学科は、ほぼ、ほぼ2ヵ月で取り終えた。
自習が増えれば増えるだけ、他の授業の試験勉強に充てられる。好循環となっていった結果だった。




