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帰国の日

 スニプルが曳く車に乗り込み、出国するために門へと向かう。


 しかし、門前に行くためのトンネルに入る前に騎士達に車を止められ、持っている槍で左を示し、ロトンネル脇の停車場に移動するよう指示を受けた。


 御者台に乗り込んだベンツが、騎士に声をかけた。


「我々は、グルバーグ辺境伯家の者で、アヴェリアフ侯爵家と共にアインテール国へ出発する予定です」

 そう伝えると、老齢の騎士がやってきて頷いた。

「ガンツ様より伺っております。ここでお待ちください」


 少しすると、ノエル達の車が来て先に通り、その後を通ることになった。ノエルとは出国した先で車を停めて待っていると約束したのだが、ガンツが何か言ったのだろう。


 先行する方が危ないと思うのだが、この世界では階級順だ。

 だから、道中も、視界が開けていて視認がしやすい一番前を走ることになる。

 王族が通る時も一番前で、左右と後方に警護するスニプルに乗った騎士達がつく形となるそうだ。

 王が動く時には従軍並だと聞いている。ラルド国から王が逃げた時こそ正にそれだったのだ。


 仲のいい国ばかりではないので、目的地までに幾つもの国を通らないといけなくなると警護も仰々しくなる。


「軍が出張って来たな」

 エルクがそう言うので、窓から覗くとスニプルに跨った騎士達が8人追いかけて来ている。

「本当だ。エルクよく分かったね」

「皆、スニプルだね」

 ノエルの乗る車の左右にもついているが、俺たちの左右にもピタリとつかれていた。

「監視じゃないよな。もしかして警護?」

「ああ、見送りがてら遠乗りに出るのだろう。新人も混ぜているな」


 ディハール国軍の階級は他国の人間には分からないように軍服も変わらないし、階級を示すバッチもないから分からないが、エルクは指導していない軍人でも体の動きを見れば分かるらしい。


 俺たちの車についている方に新人二人がいるというのだ。エルクが言う人を見るが、前を走っている人と比べても同じに見える。体格は後ろの人の方がいいくらいだ。


「全然分からない」

「モル分かる?」

「恥ずかしながら、スニプルに乗っているだけでは分かりません。やり合ってみたら分かると思います」

 頭を掻きながら面目なさそうに言うがそんな必要はない。

「十分だよ! 凄いなあ」


 一般的には、盗賊が増えるのは春だ。冬の間は秋の蓄えで過ごすため活動的ではない。

 今回は春の移動になり心配していた。警護をしてくれるのなら助かる。


「でも、僕達には魔法陣があるから、盗賊が来たら助けてあげることになりそう」

「クッ」

 エルクが笑うのを我慢したような声を上げるのだが、表情が笑っていない上、誤魔化すのが上手いので分からない。


 この車にも魔法陣が沢山描かれているから下手に出ない方がいい。車内から描いて援護になるだろうな。

 結局、ディハール国軍は、半日の距離まで並走をしてくれた。盗賊は出なかったが、気持ちの上でも安心して過ごせた。


 礼を言って別れた半日後には、今度はカインズ国から軍が出て来て、警護をされながら入国をした。


 街道で不自然な場所で停車していた怪しい車も近づく頃には移動した。あれは、盗賊だとエルクやロクスが言っていた。車を持っているのに盗賊をするのかと驚いた。


「僕、盗賊と戦いになると思ったよ。楽だったね」

「うん。常に軍の人に警護されていたからな」


 明らかに階級が上の軍服を着た人がノエルの車にスニプルを走らせながら近づき窓から話をしていたのだ。速度が落ちてきているのでそろそろ休憩だな。こちらも緩めた。

「こちらは警護用のスニプル車ですか?」

 御者台にベンツがいたからかもしれないが、そうノエルに聞いた後で、車の紋章を二度見していた。『まさか……グルバーグ家』と、呟かれたようで、ベンツが御者台から、どうしますかと報告しつつ尋ねた。


 安全第一を考え、カインズ国の軍人に挨拶に行くことにした。驚かれたから俺達がいるのは知らなかったみたいだ。


 わざわざ降りなくてもいいらしいのだが、休憩をとるところだった。体も伸ばしたい。それに、俺達のことも守って欲しい。丁寧に挨拶をしてから道中宜しくお願いします、と声をかけたのだ。


 休憩が終わって、再び走らせ始めるとロクスが言った。

「ディハール国とカインズ国は友好国です。軍の総大将のガンツ様の跡継ぎのノエル様がいるのでこのような対応なのでしょう」

 自分たちの見える範囲で何かあったら困るということか。

「軍事演習も共同で行うほどだ。蜜月関係にある」

「ガンツ様も俺に“演習がある”とか普通に言っていたけど。エルク? 駄目だよ、それ。軍事機密なんでしょ?」

「そうだな」


 何でもない事のように言う。ロクスも目を瞬いていた。


「えー? エルクが怒られちゃうよ。内緒にしておくね」

「うん、内緒にしておこう」

 俺達の言葉にエルクの口角が僅かに上がった。


 カインズ国に無事入国して、1泊した後、アインテール国へと無事着くことができた。帰りはセインデル国に寄るかと思ったが、ノエルから寄りたいか聞かれたのでラウルと首を振り、真っ直ぐ帰ることになった。

 大人達は残念そうだった。飲めるようになるまであと2年ある。


 アインテール国では、出国する時も入国する時も、貴族の荷検めを行うのは騎士達なので、アヴェリアフ侯爵家とグルバーグ辺境伯家の紋章を見て上級職に就く騎士達が出てくる。


「そちらは……エルクシス・フェルレイ様でお間違いないでしょうか。身分証を拝見いたします」

「そうだよ。僕たちのお客様なの」

 ラウルが先手を打つように言うので、微笑ましく思った。そうだよな。ここでは俺達が嫌な思いをしないように守らないと。

 エルクがすっと身分証を差し出し、確認するとすぐに返却をされた。


「確認できました。どうぞお通り下さい」


 丁寧な対応で入国許可が下り、ノエルと学校に向かう分かれ道で車内から手を振って別れ、車で揺られること20分。ようやく屋敷が見えて来た。


 エルクも連れて帰ると手紙で連絡を入れておいたので、家では準備が整っていた。

 俺の部屋、ラウルの部屋、ノエルが泊りに来た時用の部屋という並びだったのだが、俺の部屋の手前の部屋にエルクの部屋が作られていた。


 母屋に泊めるのは歓迎の証だ。

 エルクはそのことに驚いていた。


「お爺様ただいま!」

「お爺ちゃんただいま!!」

 二人でお爺様に抱きつくと、背を撫でてよう帰って来た、と褒められる。

「エルクシスがちゃんと帰したようで安心したぞ。連れ去られるかと思っておった」

「ええ!?」

「えー!?」


 二人で驚きの声を上げる。

 さすがに俺達を誘拐などはしないはずだ。

 卒業したら迎えに来るとは言われたが、ちゃんと意思を確認してくれたのだ。

 どれだけ言われても、さすがに、軌道に乗ったばかりでお爺様に恩を返せていない今の状態で出て行くことはない。

 エルクがこの国を気に入ったら、その時は、この国で一緒に3人で暮らしてもいいかなと頭を過ったのは内緒だ。


 皆で、この屋敷に住めればそれだけで嬉しい。そんな風に考えていた。

「ハッハッハ。我が屋敷でゆるりと過ごすがいい」

「そうさせてもらう」


 カルムスとエルクはお互いを観察するように見て、頷くとそれで終わった。

 え? なんだ今の。そんな、あっさりなのか。

 気を揉んでいたのに。


 ダニエルを見ると微笑んで頷いた。

 ああ、これは、なにかしてくれたようだ。

 声に出さずに“ありがとう”と口を動かして、俺も微笑みを返した。


 夕飯は、エルクの歓待を兼ねており、いつも以上に豪勢だった。大人達はワインのボトルを幾つも空けていた。

 何のトラブルもなく久しぶりの部屋のベッドでぐっすりと眠りについた。


 翌日からは、お爺様が遊んだ分修行じゃ、と1週間、山にある神殿に篭っての修行だった。学校の始まっているラウルも一緒で驚いたが、ハベルが復学の手続きもしたので、来週の月の日からラウルはまた通えることになった。

 2ヵ月以上の遅れだが、ラウルなら問題はないだろう。


 エルクが怒って帰ってしまわないか心配だった。が、1週間。ずっとカルムスとやり合っていたらしく、剣技と、魔法で友好を深めていたらしい。


 神殿から出て来ると、無二の親友のように仲良くなっていて衝撃を受けた。


 お互い話ができる同年代に飢えていたということなのだろうか。

 とはいえ、ラルド国の学校では魔法特化で魔法士の方が多かったらしい。そして、ダニエルが言うには、魔法の才能のない者は、カインズ国の貴族学校に通うという。


 だから、魔法陣ではカルムスが圧倒的だ。

 それが悔しいらしく魔法陣の勉強をしていた。


 俺もラウルも教えてあげるー!とエルクに教えてあげることにした。

 論理担当は俺で、実践はラウルだ。

 ラウルの歌は、俺同様に、頭にこびりついたらしく、すぐに覚えられると笑っていた。

 学校が始まったラウルが図書館で本を借りて来ては、エルクに読ませ、まだ学校が始まらない俺はひたすら家で講義をしていた。

 そこにカルムスやお爺様が来て更に詳しい講義をしてくれる。

 その時は俺も生徒になり聞き役だ。

 夜にはラウルと3人で今日教えてもらったことなどを講義し直す。

 実際に魔法陣を書くしか上達の道はないので、ひたすら練習だ。


 ラウルが休みの日になると3人で出かけて遊んだ。見せたい風景が沢山あるのだ。ラルド国と同じようにクルミが沢山できる林はお気に入りだが、秋にならないと連れて行けない。

 山も湖も水獣の舟にも乗り、エルクを連れ回した。


 朝も昼も夜も夢中で遊んだ1ヵ月だった。

 エルクと別れる日の前日。枕を持ってエルクの部屋を突撃すると笑って部屋に入れてくれた。同じベッドで3人並んで寝転がる。成長したからかギイギイとベッドが軋む音を立てたが、その音もラルド国での懐かしい思い出を脳内に映す呼び水となり、瞼を閉じた。


「ここはラルド国にどことなく似ているな」

「「うん」」

「ソウルとラウルが大事にされていて安心した。私がここに来よう」

「「うん!!」」


 エルクを初めて真ん中にして眠り、俺とラウルは安心して眠りについた。


 道中何もないようにと、安全を願い、御者や護衛を雇いスニプルと車を出した。門まで見送りに行く。


「エルク。大好きだよ。また会おうね」

「僕も大好きだよ。いつでも会いに来て。夏休みになったら僕たちからも会いに行くからね」

 エルクが俺達を抱きしめ、小さな声で呟いた。

「お前たちを世界で一番愛している」

「「うん!」」

 頬に親愛の口づけをして、エルクからも微笑みと共に返され、別れを惜しんで抱きしめ合った。

 これ以上はいけない、と涙目でラウルの手を引き離れた。

 エルクに微笑まれ、笑い返すと涙が零れたが、なんとか笑顔で送り出せた。

 馬車が小さくなるまで手を振った。


 無事にディハール国まで着きますように!



 家に帰るとお爺様が、慈愛の笑みで迎えてくれた。

「頑張ったのう」

 俺もラウルも泣きながら頷き、お爺様に抱きついた。

「エルクが4年後にこの家に来てもいい?」

「ここで一緒に暮らしたい。お爺ちゃん、お願い」

「もちろんじゃよ」

 笑って背を撫でてくれた。

 カルムスもダニエルも一緒に暮らせばいいと言葉をくれ、そのことがとても嬉しかった。


 未来に芽吹く新たな幸福のタネが撒かれたことに安心をして、高等科の進学準備をようやく始めるのだった。

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