表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/244

今を楽しもう

 貴族街にある高いホテルの一室を借りているが、何日も経つと生来の貧乏性が顔を出し始めた。酷く無駄遣いをしている気になってくる。


 風呂上りにベッドで寝そべりながら勿体ないよなと呟いた。声に出てしまったので隣のベッドのラウルにも相談をすることにした。


「ラウル、シェアハウスを借りて皆で住まないか?」

 ベッドの端に腰かけ、甘い果実のジュースを飲んでいるラウルに声をかけた。

「エルクを入れて7人でならいいよ」

「剣術を教える教官役だって言っていたっけ。寮かどうかも聞かなかったな」


 エルクが一緒なら食べたいと言っていた、鶏肉と落とし卵の入ったパンスープを作ってあげられるのだけどな。


「僕は聞いたよ。騎士寮だって。指導教官専用の寮があるって言ってたよ。警備が厳重で、どこに行くにもカードを翳して移動するんだって。カインズ国と仲がいいからそういう魔道具を融通してもらっているって言ってたよ」


 その言葉に目が点になる。

 いやいや。ガンツもそうだけど、エルクもそれ言ったら駄目なやつだ。


「エルクが休みを取れたなら、寮に住んでなくても問題にならないと思うから明日聞いてみようか」

「お兄ちゃんも明日は一緒に剣の練習をする?」

「それは遠慮したい」

「アハハ、分かった」


 可笑しそうに笑っているラウルが楽しそうでほっとした。


 ラルド国でのことは、思い出して辛くならないように極力触れないように努めていた。あの日泣かなかったラウルの心の傷は深い。エルクとの再会の時に涙が落ちたのを見て、身体や心の成長と共にようやく向き合えるようになったのだと思えた。


「街中で花を飾っているだろう? お祭りが近いんだって」

「うん、聞いたよ。奉納祭でしょ? 早いよね?」


 ラルド国では1ヵ月は、先だったと思う。アインテール国は北に位置している分、2ヵ月先になる。


「他の国より一月は早いと思う。ディハール国は、リンゴがよく採れる。名産品なんだってさ。大事に貯蔵しても本格的な春まで持たせるのが、大変らしいんだ。だからこの時期にやるんだって。ミモザの花も綺麗だけどドライフラワーだって言っていた」

 本物のミモザは、まだ咲いていないそうだ。

「へえー。皆で行く?」

「奉納するための品を用意して捧げたら、参加資格の黄色いリボンを貰えるから行こうか」


 平民の子のお洒落用に用意されたものだと思う。質のいいリボンも安くはない。


「屋台も出るからちょっと見てみたいな」

「うん。じゃあエルクも誘おうよ。僕達3人で楽しみたいところだけど、ノンのあの目は、治った?」

「それが全然。一時は治るんだけどな」


 本人はもう高等科の卒業まで戻りたくないらしい。

 今回は俺達がいるので、マシだと思っているようだ。1ヵ月の予定を2ヵ月に伸ばして、卒業まで帰らないでおこうと呟いていた。その辺りを伝えると、思い切り同情をしていた。


「ノンは可哀想だね」

「そうだな。政略結婚は、ノエルが功を立てる場合もあるから先らしい。あれは、見合いという名の有力貴族との顔合わせだな」


 傍目から見ると、親同士の結びつきを強めているだけに見えた。

 見合いの席に着かせたいのは、ノエルじゃなくてマリエラな気がする。マリエラの嫁ぎ先を探すのにノエルの見合い話を利用して相手を見ているような感じがあるのだ。

 ノエルのお母さんは、マリエラが不自由な暮らしをすることなく、幸せになって欲しいと願ってそうしているのだろう。

 そして、そのことを知らないご令嬢と相手方の家は舞い上がり、ノエルに皺寄せがいく。


「3人で行くお祭りはお預けだな。ノエルもマリーも誘おうか」

「それがいいよ。僕もノンが、あんな顔をしているのを見るのは辛いもん」


 詳しい日程を聞いておくよと返して、眠りについた。


 翌日はシェアハウスを借りられないか、ロクス達に相談をした。

 最初は驚いていたが、7人で住もうと言うと意外にも乗り気になってくれ、不動産業者に物件を見に行った。

 他国の人間が家を買うにはハードルが高いが、借りる分にはそうでもないようで1ヵ月分の家賃がホテル5日分より安く、眩暈を覚えながら契約をした。


 自炊すればいいだけなのでこちらの方が有難い。


 ラウルの剣の稽古時間は、エルクの仕事が終わった後なので、一緒に稽古をしている公園まで出向いた。

 寒いので日暮れは子供たちも帰り、公園は静かだった。


「エルクー!」

 先に来ているエルクに大きく手を振ると、僅かに口の端が上がったように見えた。

「エルクー! 今日はお兄ちゃんもやるってー!」

「!?」


 驚いてラウルの顔を見ると、えへへと笑って走って行く。顔を片手で押さえて足取り重く歩いた。

 だって、遠目に見えるエルクが喜んでいるように見えるのだ。これでは、逃げられないじゃないか。二人の側まで行く。


「やりたくないけど、やるよ。痛いのは嫌だからお手柔らかにお願いします。えっと、エルク先生?」

「ああ」

 頭をポンと一つ、手の平で包み込むように乗せた。

「お兄ちゃんは、最近魔道具ばっかり作りすぎだよ。体も動かした方がいいからね」

「うーん、そうか」

 体育祭の時は頑張っていたつもりだったが、体力は落ちているかもしれない。

「では、ソウルは私の剣を持て」

「いいの? 大事な物なんでしょう」

「かまわない」


 抜いて突き出すように渡された剣を両手で握り込んで受け取る。

 学校で教えに来ていた騎士の先生は、身体で教え込むという感じで、手本を見せると『さあ、やってみて下さい』と言い、ひたすら反復練習だった。

 エルクも同じだと思ったが、より実戦に近い形で、相手を斬ると決めた時は、大きく踏み込むようにと教わる。

 なんだか、先生に教わったこととは真逆だった。

 踏み込み過ぎると斬られるので、踏み込むなと教わったのだ。


「エルク、怒らないで聞いて。先生からは突かれるから踏み込むなって言われたんだ」

「貴族同士の遊びならそれでいい。どちらかが死ぬ前に誰か止めに入れるようにだ」

「「…………」」


 どういうシュチエーションを想定されていたのだろうか。

 それは決闘ではないのか。


「振りかぶれば重さは乗るが、踏み込まれれば死ぬ。実践では、相手よりも高地に陣取るのが定石だが、魔法や魔法陣を使うなら話は別だ。剣に魔法を乗せれば、魔法を使わない相手には確実に勝てる。力はなにも本人の筋力で決まるわけではない」


 饒舌なエルクの話を二人でほうほうと頷いて学ぶ。

 それから1時間程教えてもらったが、手も腕も張って痛いので、やんわりと話があるのだと伝えてみた。


「使えなくても短剣くらいは、持ち歩くようにな」


 置いていった短剣は返そうと思っていた。お金もだ。使った分は、稼いで少しずつ返していったのだ。ラウルも同じで等分にしたお金は大事に仕舞っている。

 なのに、そう言われた。

 エルクは、やっぱり騎士なのだと思った。お金も受け取ってもらえないかもしれない。


 てっきりラウルももう練習をやめるのかと思ったが、こちらはもう少しやると言うので、エルクにラウルを見ながら話を聞いてもらうことにした。


「エルクは奉納祭って行ったことがある? 皆で行こうかって話してたんだ」

「……ないな」


 聞くと、一度もないらしい。歌って踊り明かす収穫祭の方が盛り上がるが、奉納祭も楽しいよと教えた。

 ラルド国では、春に咲く花でリースを作り、教会に飾り付けをして食べ物を持って行った。その帰りに音楽隊のパレードを見るのだ。ディハール国がどのようなものかは分からないが、行こうと誘う。


「行こうよ。いい?」

「ああ」

「エルク、ノンとマリーも一緒だよ。いいよね?」


 ラウルが尋ねると、話したことはないが、問題ないと言った。そう言われれば、上官の子供か。


「それからもう一つ。エルクもシェアハウスで一緒に住まない?」


 少しだけ首を傾げるエルクに、皆で家族みたいに過ごそうと言うと笑顔を見せた。

 この後、喜んだエルクにラウルが付け加えた。

「皆って言うのは、執事のロクス達も入れてだからね。7人だよ」

 すると笑顔がスッと消えたが、見なかったことにして、

「料理は俺が作るよ」

 と、プラスになりそうなことをフォロー代わりに口にした。


 軍は、通いでも問題ないとエルクが言うので、明日掃除をしておくことを伝え、明後日から皆で仲良く住むことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ