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久方ぶりのアヴェリアフ侯爵家

 翌日からラウルはエルクに剣を教わっていた。その間、俺はというと、ストレスの溜まったノエルを息抜きという名の遊びに連れ出し、少しでも自然の多いところに引っ張って行く。


 そうしないと日に日にノエルの目が死に向かっていくのだ。

 手紙を出して遊ぼうと誘う手順を守り、ノエルに会った時、死んでいる魚の目だと思った。死んでいるのに目が明いている状態だ。どこを見ているのかも危うい。

 心が壊れる数歩手前で踏みとどまっているな。

 これを見て家の人は何とも思わないのだろうか。

 ラウルもノエルの在り様を見て頷いた。


「ノンと遊びに行ってあげて。家から連れ出して外で遊ぶ方がいいよ。僕はエルクに剣を教わっているからね」


 ホテルの一室で、笑顔でそう言われた。今はエルクと過ごしたいようだ。気持ちは分かる。頭を撫でて頷いた。


 昨日もお見合いと連日お見合い続きで、目だけではなく、纏う雰囲気も淀んできたノエルに声をかけた。


「ノエル、今日は外に行こう」

「ああ」


 音楽は、部屋でやるのもいいけど、外でもできるからと連れ出し広場で弾いた。

 見物人が出てお金を投げ入れられるので、缶を用意してそこに入れてもらった。

 全額寄付する、と缶に紙で書いておいた。

 貴族の子供の善行くらいにしか思われていない。


 近くで護衛が立っているので変な真似をする者もなく、広場で弾き始めると、面したカフェやレストランがテラス席を作り始めるくらいの平和な光景だ。


 俺も借りた楽器で混ざり、ノエルの顔もだんだんいつもの顔に戻って来た。至る所にミモザのリースが飾られているのは、お祭りが近いかららしい。


 春の奉納祭だ。


 青空と小さな黄色い花が目に入る。鮮やかなコントラストの元、奏でる音楽に少しは癒されたようだ。


 買い食いの経験がないノエルの手を引いて、近くの屋台でラップ巻きを買って渡した。

 山芋とそば粉を混ぜて薄く延ばした生地に味付けした細切りの兎肉とサニーレタス、千切りの人参が入り巻いてあるだけのものだ。ガレットより生地が厚く、手で持てる仕様になっている。


「美味しいから食べてみて」

「初めて食べるな」

「ここを持てば薄い竹皮が巻いてあるから汚れないよ」

 食べると、うまいと笑った。

「いくらだと思う?」

「難しいな……銀貨1枚ではないのだろう? 文化祭で子供が握り締めて来ると言っていたからな。となると銅貨だな」

 必死で考えている。

「銅貨2枚だよ」

「……銅貨2枚」

 じっと見る。

「そば粉と擂った芋を混ぜた生地を作るんだ。味付けされた細切りの兎肉に、自分の畑で作ったレタスや千切りの人参、これで銅貨2枚。朝から買って朝食代わりに歩きながら食べて職場へ行く。貴族が起きるのは遅くて10時。9時開始の学校が早いと言うけれど、平民の朝は5時起きで、6時から働くのが当たり前だよ。朝食を家で作ると薪代がかかるだろう? だから仕事に行くお父さんだけなら買った方が経済的に楽なんだ」

「なるほど、そうか」


 ノエルは優しく柔軟な思考を持っている。

 警護をつけないと外に出られず、それが億劫で、外で遊びたいのに遊びたいと言えなかったノエルを一度外に連れ出すと、積極的に外の世界を知ろうと努力をしたので、こうやって自国でも連れ出してやるのだ。


 護衛達は、綺麗な通りしか歩かせないからな。

 たぶん自国のディハール国よりアインテール国の美しい景色や遊び場、美味しい店情報の方がノエルは多いはずだ。

 ノエルの護衛達は、俺とラウルが来るとこうなるだろうと思っているのか諦めて、止めることもなく警護に従事していた。


「ノエル。あっちの通りの地面とここの地面は色が違うだろ? 汚い色の地面は治安がよくない場所だ。ここの色は普通だけど、警護の皆が心配するから綺麗な地面の通りに戻ろう」

「何かあった時は、そういう判断をすればいいんだな」

 小さい時に親に教わったことだった。

「うん、汚いほどまずい。普通から汚い地面に出たら戻った方がいい。隣の道や逆方向が安全かも。道幅が広いのなら馬車も通る。でも、ノエルがどこを歩いても危ない目に合わないで済むようにノエルを守れる魔道具を作るよ」

「ああ、期待している」


 二人で笑いながら買ったラップ巻きを食べ終えて、ノエルの屋敷に向かった。今日は泊めてもらう予定ではあったが、何でも、父親の魔道具に不具合があるらしい。見てくれないかと頼まれるかもしれないと言うのだ。

 別に大したことでもないし、見るだけならいいよと返事をして早目に行くことにした。泊まりの用意はロクスが運んでくれているはずだ。


 そうして、午後に向かった屋敷に入ると、綺麗な金髪を後ろで2つ。輪っかのように編みこんだマリエラが玄関前で仁王立ちしていた。


「お兄様! ソルレイ様とラウルツ様が来たら教えてくれると言ったではありませんか!」


 元々、今日は泊めてもらう約束をしていたけれど、二人で遊びに行ったことがばれたらしい。今日だけではなかったが、来たことすら言っていなかったのか。


「ソルレイもラウルツも俺の友人だ。お前の友人ではない」

「まあ! よくそんなことが言えますわね!」


 兄妹の言い合いが始まり、メイドや執事達が止めようとしている時に、また扉が開き、ラウルとエルクが入って来た。

 ラウルも俺と一緒に今日はここに泊まるし、エルクも夕飯に招かれていると言っていたからな。


「本日は、お招きありがとうございます。ラウルツ・グルバーグです。 あ! お兄ちゃん!」

「うん、ラウルもエルクも来たね。マリエラ様。お久しぶりです。ソルレイ・グルバーグでございます。積もる話もございます。中へ入れて頂けますか」

 尋ねると、すぐに挨拶をする。

「もちろんですわ。皆様、ようこそアヴェリアフ家へ。ごゆっくりなさってくださいませ」

「「「お招きありがとうございます」」」


 お人形さんのようだったマリエラは、更にお人形さんのようになっていて驚いたが、俺のこともラウルのこともちゃんと覚えており、一緒に遊びたいというので、食事の前に服を汚さない遊び、羽子板を作り遊ぶのだった。


 これはノエルも走り回らないのに運動量があると喜び、夕飯後は翌日が休みだということで一緒に泊まったエルクも含め全員で総当たり戦を行った。


 バトミントンもテニスもピンポンもない世界だが球を打ちあう遊びは人が好む遊びだ。皆で楽しく遊んだ。


 そのままエルクも一緒にと声をかけられたこともあり、泊まり続けた二日目。夕食を御馳走になった時のことだった。

 魔道具の話になった。

 水を向けたのはノエルだったが、ガンツの目を見るに話があるのは確かなようだ。


 俺が壊した魔道具のことをノエルは、『体育祭の時に寿命で壊れたが、見兼ねたソルレイとラウルツが作ってくれることになった』と良いように言ってくれたようでノエルの両親から礼を言われた。


 手は抜けない。

 設計をするので、侯爵家としての希望なども聞き取り、鉱石はこちらに豊富にあるので、大丈夫です、と伝えるとラウルも笑った。


「僕が採った特級の鉱石も兄に使ってもらいます。前の魔道具よりノエル様を守れるようになるはずです」

 

 敬語をちゃんと使えたのかと違う意味で焦る俺をよそに、さすが、グルバーグ家は違うなと豪快に笑われた。


 そうなんだよな。魔道具も高いが、貴重な鉱石は高い。

 1級は金を積めば何とかなるが、特級って伝手がないと手に入らないのが実情だ。

 魔道士ならある程度知っているが、おいそれと他人に採石場は明かさない。


 ノエルも、こうして欲しい、ああして欲しいと言うので、後日、細かい設計図案を完成させることにした。

 ノエルが頷いてからご両親に説明をして、前の魔道具より性能が上がるとプレゼンをしたが、『任せる!』と豪快に言われて終わった。


 この日は食事をして泊めてもらいそれ以上の話はなかったのだが、ガンツに話があるとだけ言われ、屋敷を後にした2日後。再び話を聞きにアヴェリアフ家を訪れた。


 いつもとは違う応接間に案内を受けて、中に入ると既にガンツがいた。テーブルの上には魔道具がある。


 かつては、とても良い物であったように見えた。

 魔道具を見ると、何の鉱石かどういう魔法陣を付与できるのかが、頭の中で図になって現れる。

 高い守護の鉱石だ。作れる魔道具は多い。


 ガンツは、ディハール国軍の総大将のため、使い込んでいる魔道具が沢山あるらしい。その内の一つを見てくれと言われたので、向かいのソファーに掛け、俺は置いてある魔道具を手に取り検分を始めた。


 ノエルに、なんとなく話は聞いていたので、ラウルには退屈だろうから来なくていいよと笑って言っておいた。今頃は、ノエルと遊んでいる頃だ。


 近くで見ると、石はもう限界だと訴えていた。


「ガンツ様。ティルミナ石が随分と消耗しています。あと2回持つかどうかですね。凄まじい規模の魔法攻撃や魔法陣での攻撃にあうと、下手をすると、一度目の攻撃途中で砕け散るかもしれません」

「やはりか。色が濁ってきたように感じてな」


 口をへの字にしている。ノエルとは真逆で表情に出るため分かり易い。


「お仕事柄、仕方ないのかもしれませんが、魔道具は休ませた方がいいのです。これも7年から10年休ませればノエル様に引き継げる魔道具に戻りますよ。消耗しているのはティルミナ石で、この石に負担がかかりすぎたということは……その、敵軍に突っ込んだのではありませんか?」


 言い辛いが、これだけ良い鉱石を消耗させるとなるとかなり無謀な訓練をしたか、命を削る戦いに身を投じたかのどちらかだ。


「ガハハ! そうなのだ! 腰抜けどもに示すためにはまずは先陣を切らねばな!」


 たぶん、この魔道具がお気に入りなのだろうな。そういう人、多いから。魔道具は持つと愛着がわく。それはまあいいんだ。頼るのもいい。

 でも、これは相当弱っている。


「ゲンでも担いでいらっしゃるのですか?」

「うむ! これを持っている時は負けなしだ!」

「休ませるのは嫌なのですね」

「ああ!」


 他の奴にもそう言われたと平気で口にした。俺も同じか確かめたかったのだろう。

 どうするかを考える。


「このティルミナ石は特別な品です。手に入れるのは難しいでしょうね。魔導石は、一度死ねば元には戻らないので、持たせるしかありません。負担軽減を目的に別の鉱石に補助をさせるか、ティルミナ石自体を入れ替えるかです。特級品でなくとも一級品のティルミナ石があるのなら私だったらそうします。その間に休ませます」

 持っているかの確認をする。

「知っておるだろうが、ティルミナ石は貴重な鉱石でとれぬ。我が家にもそれ以外は無い」

「では、補助石をつけティルミナ石を休ませつつ、働かせるという具合になりそうです」


 あくまでも延命措置だ。この魔道具は直に使えなくなるだろう。良い設計なのに勿体ないな。


「ほう。この国の魔道具士に相性のいい補助石はないと聞いたのだがな」

「いいえ。それは半分正しく、半分誤りです」


 俺は使用人の人にバッドと硝子のコップを3つ頼んだ。

 魔道具を分解していき、持って来てもらったコップにMPポーションを入れ、石を一つずつ入れていく。


 気安めだが、少しでも休ませてやるためだ。

 ティルミナ石を入れたコップに、リュックから鉱石を取り出し、三つを一つずつ順番に入れていく。


 三つ入れ終るとコップの中で反応し合うように赤色オレンジ、黄色と光った。

 ガンツはそれをじっと見ていた。

 ノエルの観察は、父親譲りだったか。


「ティルミナ石は頭の良い、仲間思いな鉱石です。自分より弱い守護の力しか持たない三つの石を守ってやらないといけない仲間だと認識しました。この三つの石もまたティルミナ石を守ろうと決めました。お互いに助け合い、頑張ろう、と光り合って確認をしました。石の共鳴反応です。この三つが、今まさに生まれ変わって補助石になったのです」


 説明をすると眼をカッと開き大きく頷いた。


「ガンツ様が無茶をすれば四つの石は共に死んで砕け散ります。ティルミナ石の疲労は取れていないからです。このまま休ませてやりたい気もしますが嫌ですか?」


 自分でも作るようになったからか。壊れるのって嫌なものだと思うようになった。


「一週間なら構わん。が、それ以上は無理だ。カインズ国との軍事演習がある」


 え? 他国の軍と軍事演習?


「それは私が耳にしても大丈夫なお話なのでしょうか」

「駄目だ。軍事機密だからな! しかし、休ませたいと言ったのはソルレイだぞ!」


 うわぁっ。機密の意味がない!

 しかも俺のせいになっている。勝手に話したのに!


 最初の出会いから変わっていない。色々な感情が渦巻くが、目先の問題を片づけ、後は知らないふりをすることにしよう。


「…………一週間だけでも休ませましょう。他の石たちにも、ティルミナ石に甘えすぎだと分からせるため離して保管します。そうすると、本来の役割を思い出します」

「まるで人間のように言うのだな」


 興味深いのかコップを持ち上げ、もう一度光れと言わんばかりに揺らす。MPポーションだけが溢れそうに波打ち、石達は無反応だった。


「人だとは思っていませんが、主を守ってくれる愛おしいものなので、大切にすべきだと思います」

 体育祭では勝ちたくて、魔導石を投げつけてしまった。反省しないといけない。

「うむ! 魔石も軍人と似たところがあるのだな!」

「そうですね。相性が悪いと1級鉱石同士でもすぐに砕けますね。ノエル様の魔道具も特級を使うのは一つで、その石がリーダー役です。補佐役に二つの鉱石です。力が発揮できる配置と組み合わせ、魔法陣もよくよく考えました。とりあえず、こちらは別々に保管してください。一週間後に組み立てます。輝きも少しは戻るでしょう」

「頼んだぞ!」

「はい」


 一週間後。

 MPポーションと新しい守護仲間の石と休んだおかげか、思っていた以上に力を取り戻したティルミナ石にホッとして声をかけながら魔道具を組み直した。


「おまえは頑張り屋さんだな」


 褒めるようにティルミナ石を撫で、組み上がった魔道具をガンツに渡すと、満足したのか大きく頷き、その場で身につけた。


 チェーン部分の魔道具の洗浄もしておいたから綺麗なネックレスに変わっている。

 銀ではないのに長年の摩耗なのか黒ずんでいたのだ。

 MPポーションを含ませた布で何度もふき取って汚れが落ちると、ノエルのような美男子がかけたら似合いの、繊細な意匠が施されていたことも分かった。


 相当な値打ち品だ。


「いくら支払えばいい? マリエラでもいいぞ」

「両方ともお断りします。友人のお父様です。最初から何かを貰おうとは思っておりません」

 速攻で断わる。

 こういうのは、時間をおいては駄目なのだ。

「マリエラに婚約者がおらんのだ」

「私も弟も心に決めた相手がおりまして応えるができません。マリエラ様は、大変可愛らしいのですが、妹にしか思えません。これからも兄のように一緒に遊んで過ごしたいと思います」


 想う相手はいないが、この方がいいだろうと嘘を吐いた。


「残念だ! 実に残念だ! これほど欲しいと思った婿はおらぬのに!」

「ハハハ。ありがとうございます」


 結婚したらずっと魔道具の管理係だな。

 早々に立ち去ろうと、頭を下げて立ち上がる。非礼などと気にするのは後だと、逃げるように部屋を出るのだった。

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