初めての外国はハッセル国
スニプルという生き物は不思議な魔獣で、他の魔獣に嫌われる性質を持っている。人が飼い慣らせる数少ない魔獣の内の1つだ。
馬より足の本数が多いため速度も速く、馬力ならぬスニプル力で、通常の旅でも半分の日にちで向かうことができるという。
ハッセルまでの道中は、お爺さんに魔道士と魔法士との違いを尋ねた。簡単に言うと、“術式を組むか”“組まないか”らしい。魔法陣を使えるのが魔道士であり、魔法しか使えない者が魔法士となる。立場上は、魔道士が上官になることが多いそうだ。グルバーグ家は代々魔道を極める家だと教えられる。カルムお兄ちゃんのように弟子にして欲しいという人は多いらしい。大変な家の子になるようだと、分からないなりに頷いておく。実感が湧かないので今はこれでいいかな。
ハッセルまではスニプルでも3日はかかる。怖いのは盗賊との遭遇だとかなり身構えていたのだが、この辺りは、ドラゴンが怖くてみんな逃げたようだ。拍子抜けするほど、何の問題もなくはハッセルまで着いた。
初めて見る他国のハッセルは、工業都市のような小規模な国で、ラルド国と比べると都市のようにすら見えた。
それでも、俺もラウルもドラゴンに怯えなくていいことが嬉しくて入国審査の時も笑顔だった。
「あちこちでカンカン言ってるね」
「アハハ、そうだな。何を作ってるんだろうな」
入国審査を終え門を潜る。ラウルと手を繋いで歩くと周りを警戒しながらモルシエナとベンツが一緒に歩いてくれる。
ラウルがお爺さんの手を取り3人で並んで歩いた。
街はまるでブリキのおもちゃ箱だ。
増築を重ねた家は、アーティスティックだった。あっちの建物は、コンテナを重ねたようにしか見えない。積み上がった8箱にはそれぞれ玄関扉があり、梯子がかかっている。向こうの家は壁に歯車が模様のようにくっついている。家じゃなくて修理屋かな。屋根が大きな歯車だった。
きょろきょろと見回してしまう。初めての外国なので完全にお上りさんだ。
「ひとまず、宿ですね」
「うむ。貴族街で宿を取れば情報も入り易かろう。ディハールは隣国、王が亡命に成功したかどうか調べるのだ」
「分かりました。お任せください」
「安全に移動できるかどうかが問題ですね。ラルド国の身分証が使えましたが、ここで作り直したほうが良いかもしれません」
「確かに。いつまで使えるか分からんな。次のディハール国では厳しいかもしれん」
「祖国が亡国となっても3年は尊厳をということで、身分証もその間に入れ替える期間になるが、入国させるかどうかはその国次第になるぞ」
みんなの話を聴くともなしに聞く。
ラルド国は近隣諸国の中では大国であったので、他国の子供ほど命の危機を感じたことがなかった。平均寿命が低いのは貧しい国が年数を下げていると思っていたのだ。
しかし、ドラゴンに襲われてこの世界は危ないと嫌でも自覚をした。大国だろうが終わるときは呆気ない。なまじ前世の平和な日本の記憶があるだけに危機感に疎いところがあった。
出入国についてもそうで、断られる場合が結構あると知った。本来入国する時には、出生時に登録されている国の身分証が必要だが、ハッセル国入国時、俺とラウルは持っていなかった。
でも、俺とラウルは子供だったので、お爺さんの孫だと言うと簡単に身分証を作ってもらえたのだ。年齢や性別、病歴などを2、3質問をされただけだった。
これが、大人だと話が変わるらしい。審査に時間を要すると言われ、元ラルド国軍騎士のダニエルと兵士のモルシエナとベンツは、迷いながらも作り直さなかったのだ。
おじいさんとカルムスは、アインテール国の身分証なので気楽だ。
「亡命が成功していたらディハール国も入れてくれると思うよ。失敗なら作り直したほうがいいけれど、成功してると思う。王が出立して16日以上経ってるから失敗なら引き返して鉢合わせになるんじゃないかな」
大人の話に口を挟むと、おじいさんが微笑んで頷いてくれた。
「それもそうじゃ」
「ここからディハールまでは5日です。とはいえ、逃げる王族方とその警護で大規模な行軍となれば日数はもっと掛かるでしょうね。亡命の条件で難航していることも考えられます。念のため情報はカルムスと手分けをして集めます」
分かれば朗報ですから、とダニエルは笑った。
頷いて返すと、ラウルに手を強く握られた。
「ん?」
どうしたの? と顔を見る。
「あのね、お腹すいてきたの」
俯いて腹を押さえていた。大事な話をしていると、我慢していたようだ。
「そうじゃな。宿の前にまずは食事でもしようかの」
「うん、そうしようよ」
「みんなで食べよう」
笑いながら歩いて入った店は、平民街にある少し高めのレストランだった。食事マナーを学びながらの食事だ。
前世の記憶は、役に立つ時もあれば常識の相違に邪魔になる時もある。が、マナーに限っては役に立った。
合っていると分かったので、ラウルに教えながら食事をとった。この世界では、魔獣ではなく家畜の肉を食べるというのがステータスの象徴のようで、牛肉のステーキだった。
魚派の俺には魚が底辺の位置づけで悲しいが、庶民でも買える値のタンパク質であったので、ちゃんと食べられていたことを考えると複雑だ。




