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本気の体育祭 7

 ラウルの前でボールが弾けて驚いたが、魔道具がしっかり反応をして防いでいた。

 無傷な姿を見て、ラピスは、声を張り上げた。


「ノエル様! やっぱり無理でした! 捕まりたいですー!」

 なるほど。

 演技をして呼び出したのか。

 ボールを当てるが、当たるとラウルの前でやっぱり弾ける。

「えー!? なにこれ?」

 飛散した液をラウルに付ける作戦か。まあ、魔道具に防がれてるなら大丈夫だな。

「魔法陣だな。ラピスの身体に幾つ描いたんだろう」


 人体に描くのは難しい。グルバーグ家の専売特許らしいが、ノエルは前にお爺様に描かれている。描かれると魔力の量を理解しやすいのかもしれない。


「ぶつけ続けてみる?」

「そうだな。ラウルこっちに来てくれ。少しでも弾かれた液がつかないかな」

 ラウルの前で割れてもラピスに付着すれば勝ちだ。

「うん! ゼロ距離ならいけそうだよね! 抱きついてみる!」

「ええぇぇええ!?」


 3人で試すこと40分。


「ふぅ。駄目だな。なんだよこれは。発動してからの効果時間が長すぎる」

「……ラッピー」

 残念な思いでラピスを見た。

「そんな見捨てるような目で見ないで下さい」

 首を振って嫌がっていた。

「もう捕まった方が楽になれるぞ。何を描かれたんだ? 服を脱がせてもいいか?……これって問題になるのか? 下級生の服を脱がせるとか犯罪の匂いがするな」


 暴行罪じゃないのか。

 他国の生徒だから外交問題になると困るな。触れるのに、ボールは駄目とかどんな魔法陣の構成なんだ。描いた本人以外に解除は難しいだろうか。そういう条件付を補助魔法陣でできるため、難しい顔になっていたようだ。

 ラピスが捕まりたいので脱ぐと言い出した。


「じ、自分で脱ぎます」

「いや、待って欲しい。これは後々問題になりそうだ。腕とかじゃないのか?」

 まずはどこに描かれたのかを尋ねた。

「お腹と背中です」

「お兄ちゃん、ラッピーは男の子だから大丈夫だよ」

「うん、そうか。脱がなくてもいいからちょっと服を持ってたくし上げて魔法陣を見せて欲しい」

「はい」


 初めて見る魔法陣をじっくり見る。背中と脇腹の魔法陣は、繋がって描かれていないが、間違いなく複合魔法陣だ。魔法陣から魔法陣に作用を飛ばしている。描き方は、設置型魔法陣に似ていたが、異なる部分がある。時間の設定ができていない。言うなれば失敗なのだが、実際には成功している。


「アヴェリアフ家のオリジナルかな」

「そうみたいだね。僕も見たことがないよ」

「ここが特殊だな」


 発動時間を決める円の中に、更に4つの丸い円が描かれており、ここも複合魔法陣の様相を呈している。見た目には、守護の単一魔法陣だ。


「本当だ。これでも発動するんだね」

「論理的には可能だが、補助魔法陣か補助の魔道具が必要だな。……ということは、本体はノエルか」

 ラピスは、渡された魔道具はもうないと言う。

「自分にも描いたの?」

「恐らく。重要な複合魔法陣を2分割して発動条件を自分にも描いたな。連動させることで、魔力をどちらかが供給できれば、発動時間は長くなる」

 ノエルは時間切れ狙いか。

「人体に描くのは禁忌に近い。練習も兼ねて自分の体に最初に描いたはずだ。よし、構造は分かった。ラッピー、一緒にダンス教室まで行くぞ!」

「さっきまでちゃんとラピスって呼んでいてくれていたのに……」


 仲良く3人で教室から出ると、ノエルが仁王立ちをしていた。

 想定していたより早い時間で出てきたな。


「ラッピーの攻略に時間をかけすぎたか」

「うん。しぶとかったからね」

 結局、決めきれなかったことが辛いところだ。

「ノエル、俺達が寝ている間に魔法陣を描き続けたのか?」

「あの捨て台詞だとすぐに来ると普通は思うぞ。おかげで寝不足だ」

「お腹が、いっぱいになったら寝た方がいいんだよ?」


 二人で魔法陣を描いて、ボールを投げ込む。

 先にノエルだな。

 魔法陣を消せば問題ないので、カラーボールのインクをかけてラピスとの繋がりを断とう。自分で描くなら腕か足だろう。狙いを定めようとすると、走り出す。範囲指定に困るようにか。

 逃げたノエルを追いかけ、廊下を走る。時間稼ぎなら階段を下りられる。だが、ノエルは、中央階段を使わず走り抜けた。ラウルと並走していると、後ろからラピスが来た。


「よし! ラウルツを狙え!」

「は、はい!」

「ラウル! 先手必勝だ! ここで決めるよ!」

「うん!」


 挟み打ちなど関係ない。二人で魔法陣を描いていき、発動させた。

 魔法陣とボールがどんどん複写されていく。

 ラピスは魔法陣で囲われているので、逃げ場がない。この間に二人の魔法陣の繋がりに加わることにした。これは保険だ。


 “ラピスはもう逃げられない”


 そのはずだったのだが、飛び交うボールに自らぶつかりにいき、ラウルに反射させると、魔法陣の隙間からラウルに突撃をした。

 ただ、その突撃する足は、遅かった。ラウルは軽やかに避けた。

 そして、運動神経が悪いのか『あれ? あれ?』と言いながらくるくると回り、階段へ落ちていく。


「「「!?」」」


 ええ!? 廊下から距離はだいぶあっただろう!?

 慌てて走り、腕を掴むが、ラウルと違って重い。駄目だ。上げられない。

「くっ」

 仕方がないので、思い切り引っ張り、体を反転させて代わりに落ちる。

「お兄ちゃん!!」

 ラウルが走り込み、俺の手を掴もうとして指が触れそうになり触れ合わないまま落ちた。

 ラウルが必死に魔法陣を描くのを見ながら落下していき、ぎりぎり間に合った魔法陣の網に背中からキャッチされるように捕まる。足止めに使う魔法陣を飛ばしたか。

 この魔法陣本来の使い方ではないのに、助けるために数多の魔法陣から瞬時に選択できるラウルはやっぱり才能がある。


「お兄ちゃん!!」

 悲痛な声に、愛されているのだな、誰が敵でも簡単には死ねないな、という変な感慨を得た。

「ラウル! 大丈夫だ! 間に合った!」

 ラウルが階段の手すりを背にズルズルと座り込むのを見てすぐに行ってやらないと、と思う。

 ノエルも予想外の出来事に、階段を覗きこんで声を出す。

「ソルレイ! 怪我はないか?」

「大丈夫ー。ラウルが助けてくれたー!」

 そう言うと、階段の上で安堵の息を吐いていた。ラウルを狙うことなく、ラピスに話しかけていた。

「廊下からここまで回りながら移動するおまえは、ダンスの才がある」

「ノン! お兄ちゃんが階段から落ちたんだよ! 許さないからね!」

「そうだな、……すまない」

 反省している声に気が抜けた。俺も人のことは言えない。


 “嘘だろう!? そっちに行くのか!? なんでだよ!”


 階段に吸い込まれていくラピスの姿に目を疑ったので、ノエルも同じ気持ちだったようだ。

 独特な表現ではあるが、何も考えずに、つい心の声が漏れてしまったのだろう。

 階段を上り、肩を上げて怒っているラウルを抱きしめた。


「ありがとう。助かった」

「うん! 間に合ってよかった。怖かったよう」

 ぎゅっと力を籠めるので、悪いことをした。

「大丈夫、ちゃんと助けてくれただろう? 思ったより重かったから引き上げるのは無理だったんだ。先に手すりを掴んでおけばよかったよ」


 ラウルの魔法陣を飛ばしたのは、カルムスと同じものだ。素晴らしかった。

 褒めようと頭に手を伸ばしたところで、ラピスからの抗議を受けた。


「僕は重くないです! ぽっちゃりです!」

「え? ああ、うん」

「先にありがとうでしょ!」


 行き先に迷った手は、怒るラウルの背を宥めるために回った。

 ここまで怒るのはとても珍しい。

 初めて見たのではないだろうか。


「ソルレイ様、ありがとうございました」

 ラピスは申し訳なさそうに頭を下げた。

「うん。手を出して」

「?」

「開いてみて」

「え!? ど、どうして!?」

 手の平に液がべったりだった。成功していたようだ。

「さっき魔法陣を見せてくれたからね。俺も加わってみたよ」


 俺の手につけ、彼にもつけた。

 腕に描いた魔法陣を見せ、カラーボールの液で魔法陣を壊して、つながりを消す。完全に消すのは家に帰ってからだ。


「見せたのか? 大事なものだと言ったはずだが?」

「あ。す、すみません。怖かったので捕まりたかったのです」

 ラウルの頬に親愛の口づけをして、頬を出し、返してもらって言う。

「時間どうだろう? 放送がかからないけど、終わってるよな」

「今は、9時7分だよ」

「ふむ。だが、9時の終了には間に合っただろう。俺達の負けだな」

「そうですね。でも、失格も終了も放送がかかりませんね」


 ラピスの言葉に全員でコテンと首を傾げるのだった。





 つい見入ってしまい、滞っていた失格者の名前を告げていく。

 問題になったのが、ノエル様とソルレイ様の攻防で、審議入りになったのは、いったいいつの時点でアウトにしたのかということだった。

 正直ソルレイ様が言うまで、気づいていなかったために、教員達は慌てて確認作業に入ったのだ。


 何度もソルレイ様の動きを見返し、ラピスの身体の魔法陣をカラーボールのインクを使い一瞬で腕に描いたところは分かった。

 これも腕をなぞるようにしてすぐに袖を引っ張って隠すという早技で、拡大をしてここです!と、マットン先生が言うまで気づけなかった。


 転写の魔法陣を貴賓室で右手の平に予め書き、ラピスの身体から写し取り、腕に転写したのだということも分かった。てっきり複写したボールを手にするためだと思っていたため、探すのに手間取ってしまった。


 そして、床に付着しているインクを右手でなぞり部屋を出ている。

 廊下では、ノエル様の相手で一目もラピスを見ていないが、8時55分に一度時計の確認を行い、すぐに両手の平を合わせるように叩いている。

 この時にラピスの手についていたならラピスは失格。

 階段でのやりとりは9時2分だった。

 ラピスの手を何度も確認するが、恐怖で終始拳を握り締めているために分からない。


 どうするのか、という話になった。


「引き分けにしますか?」

「グルバーグ兄弟はやり遂げたと思います」

「うーむ」

「階段だと時間切れですね。しかし、ミスターソルレイはわざわざ時間を確認しています。狙っていたようにも見えます」

「相手は他国の侯爵家。家の魔道具にオリジナルの魔法陣まで出しているとなると、迂闊な答えはまずいです」


 ブーランジェシコ先生が時計の確認を重視すれば、マットン先生が正論を述べて諌める。私はどちらの担任でもあるため口を噤んだ。

 それでも、心の中では、ソルレイ様ならと期待してしまう。


「どちらも真剣勝負だった。ノエル様も夜半からのあの魔法陣の数を描いている。気持ちは分かるが肩入れはよくない」

「そうですわね」

 結局、教員側の力不足により真偽不明のため、引き分けとするしかなかった。



『――――以上により、真偽不明のため引き分けとします。尚、ソルレイ・グルバーグ様の申し出により行われた二年前の二年後の勝者への約束は、マットン先生が引き継ぎ、ノエル・アヴェリアフ様、ソルレイ・グルバーグ様、ラウルツ・グルバーグ様の3名には褒賞品が贈られます』


「私はのけ者なのですか!?」

 放送もかからないし、このまま解散なんじゃないかと、4 人でレストランに行き、朝からから揚げに似た、肉を調味料で漬け込んで片栗粉で揚げたものを頬張っていたら放送がかかった。


 先生達の粋な計らいに感謝だ。


「2年前の約束は、弟と二人で今回の倍の人数を討ち取れたら小型の性能の良い魔道具をくれるという話だったんだよ。ラピスは話に入っていなかったからな」

 俺がそう言うと、ひくっと頬を動かす。

「あの時の勝ち残りは、ソルレイと俺と4年生の女子二人だった。魔道具を受け取らない代わりに2年後、ソルレイとラウルツを捕まえれば、二人がもらえる魔道具が貰えるはずだった。ソルレイの言うようにお前は最初から関係がない」


 冷たいノエル言葉に傷ついた顔をする。

 まあ無駄に怖かっただろうからな。

 ノエルもまた、引き分けは無いだろうと不機嫌なのだ。

 負けなら負けでいいが、真剣勝負に引き分けなどと温い判定は、戦った俺達全員への冒涜だという意見だ。


「ラッピーは捕まっても捕まらなくても同じだったんだよ。僕はノンを捕まえたかったんだ。ラッピーはどっちでも良かった。今回のゲームは前とは違ったからね」


 ラウルの言葉にウルウルと涙を零し始め、盛大に泣いた。

 ラウルはどうやら俺が階段から落ちた原因になったラピスに怒っているようだ。


「ラウル。あーん」

「うん! あーん!」

 朝定食とは別に、皆でシェアするために別注で頼んだから揚げを一つ口に入れてやる。

「ここのから揚げってモモ肉か胸肉かを選べるんだけど、スパイシーって言えば、こうやって辛いから揚げも食べられるんだよ」

「そうなの?」

「そうなのですか?」

「そうだったのか?」


 3人ともようやくまともな顔だ。不機嫌な二人に泣く子一人では、さすがに手を焼く。


「ハーブやスパイスが効いていて美味しいよ。ラウルもノエルもきっと好きだよ。ラピスも頼んでみるといい」

 涙を拭って頼んできます、とラッピーが席を外した。

「ラウル。帰ったらいいものをあげよう。俺を助けてくれたからな。ラピスのことは、もう許してやって欲しい。友達なんだろう?」

 俺が原因で喧嘩しないでくれと頼む。

「……うん、分かった」

 ぶすっとしながらもちゃんと分かったと返事をした。

 ラッピーは三人前のスパイシーから揚げを頼んできた。

「ノエル様とラウル君もどうぞ」

「うん、ありがとう」

「では、もらおう」


 美味しいと二人とも喜んでいた。

 ラピスはほっとした顔をしていた。

 ちなみに辛いものは苦手らしい。一つ食べ、美味しいけど辛いですというのでオレンジジュースを渡してやった。

 俺ももらい朝からヘビーな食事を平らげるのだった。


 こうして、楽しかった体育祭は、誰が勝ったのかよく分からないまま幕を閉じることになった。

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