本気の体育祭 5
「うぅ。うん、お兄ちゃん……」
目を擦って隣を見るとお兄ちゃんがいない。
パチッと目が明いた。
触ると、ソファーの上に敷かれた毛布は冷たくて。
「一緒に捕まえるって言ったのにい!」
バッと立ち上がって部屋を出ようとすると、色んな魔法がかけられていて出られないようになっていた。
「お兄ちゃんのバカー!」
魔法陣を沢山書いて内側から遠隔で魔法陣を破壊した。
扉を開け、部屋から出たが、上着を取りに戻り鍵を何重にも閉めておく。
ノン対策だ。
外に出るとお兄ちゃんもいないし、2年生の名前は、呼ばれないので女の子だろうが、気にせず八つ当たりのように出会った子達を捕まえていく。
ボールが無くなったので、正門に行くと、ボールの入った籠の後ろに陣取って投げてくる。
反転で投げ返し、当てて複数人を失格にした。
ボールの沢山入った籠を押して移動をする。
「お兄ちゃんを探さないと」
移動教室かもとそっちに向かう。
出会った生徒を捕まえつつ、移動教室の部屋の一つにお兄ちゃんがいた。
「弟を見なかった?」
「いいえ、ソルレイ様。ラウルツ様はこちらでは見ていませんわ」
お兄ちゃんも僕のことを探してくれていたようだ。
「お兄ちゃん!」
「あ! いた! 探したよ!」
ほっとした顔で抱きしめに来てくれた。そんなことで許さないんだからね!
「もう! 僕のことを置いて行ったね!」
「ごめん、ノエルに探査魔法をかけたんだけど、見つからなくて。誰か知らないか聞いてまわっていたんだ」
「ぷぅ」
わざと膨らませた僕の頬を両手で潰すように萎ませた。
「ふふ、可愛い顔が台無しだよ。ごめんな。気持ちよさそうに寝ていたから起こしたくなかったんだ」
「仕方ないからもう置いて行かないなら許してあげる」
「アハハ、ありがとう」
今度は声をかけると、ラルド国でよくしてくれた約束の誓いを結んだ。
移動教室にいたクラスメイトの女の子に手を振って別れた。4年生は知らない女子生徒で、警戒していたようだった。お兄ちゃんのクラスの子じゃない気がする。
お兄ちゃんと一緒に捕まえて回り、一度対策を練るために教員棟の貴賓室に戻った。
「もうすぐ18時だね」
「うん、ノエルを捕まえる対策を本気で考えないとな」
お兄ちゃんが校内の地図を広げる。
「教室は移動教室も回り終えた。使い終ると教務課へ鍵を返却だが、教務課で確認したところ誰も返しに来ていなかった。だとすると、日中は図書館で勉強していた可能性もあるな」
そっか。図書館で戦うのはナシだけど、逃げるには最適だね。昼間だけしか使えないけど。
「放送もかかってないからそうだよ。ノンは、本好きだもんね」
「うん。放送自体が情報になるから避けているな。聞いて回って一緒にいたのは男の子だったという情報しかない。今年は一堂に介さず4年生からペアの2年生に会いに行く方式だったからな」
ロッカーを使う時に誰と共有しているのかを見たかったと残念そうにしていた。
「ノエルも組んでいるはずの2年生も使わなかったんだよな」
「じゃあ、他国の生徒の線が濃厚だね」
きっと寮生だから互いに使う必要がなかったんだよ。
「そうだな。ガーネルのエリット様がファリスのミュリス様と組んでいるとなると、クラスも関係ないのか。これって俺がラウルと組んでいることが、ばれている分不利だよな」
お兄ちゃんはそう言うけど、僕はそうは思わない。割りと敵がやってきてくれるので、楽しい。それに、不意打ちを受けるより、捕まえやすいからね。
「放送でノンに呼び掛けは?」
「うーん。放送をしているのは女性教師だな。マイクを通すと女性の声は判別しにくい」
「うんうん」
「広域魔法陣とグルバーク家オリジナルの通話魔法陣を組み合わせて、放送っぽくするか。ロゼリアクラスには、女子がいっぱいいたから、頼んでみようか『ボーナスタイムです。ノエル・アヴェリアフ様を捕まえた場合、ソルレイ・グルバーグ様より焼菓子のセットが贈られます』どう?」
絶対、嫌。
「えー? お兄ちゃんの焼き菓子セットなの? 嫌だよ、僕が食べたいもん! それに自分で捕まえたい!」
「アハハ。分かった、やめておくよ」
お兄ちゃんは、すぐにやめると言ってくれた。
24時間だから捕まえたいと思うと焦れるな、言うので18時半だし夕飯でも食べようよと提案をした。運動してお腹が空いちゃった。
「ソルレイ様はなかなかの策士ですな。ノエル様はどちらに?」
「レストランで食事をしていますわね」
「ほう! ではかち合いますかな」
「まだ、分かりませんわ」
「もうすぐ食べ終わります」
「ああ、間に合って欲しいです。二人がぶつかるところが見たいです」
じっと、どうなるか見守っていると、二組がレストランの出入り口で鉢合わせ、激しい攻防戦になった。
「ラウル! ここで捕まえるぞ!」
「任せて!」
ボールを投げ魔法陣から魔法陣に飛ばしていき、魔法陣を書き足していく。逃れられないようにしてボールを反転の魔法陣により高速で二人を囲むように移動をさせた。
ボールを足してまたその流れに乗せる。
ノエルはカルムスの使った隔絶魔法を使っているが、視覚的な恐怖はあるため2年生は固まっている。
俺は、ラウルに任せて、隔絶の魔法陣を描いてノエルにぶつける。更に、自分で描いた魔法陣にボールを当てた。
隔絶に隔絶を当てるとどちらも弾けるが、魔法陣にボールという外的要素を加えると、魔法陣の発動が設定時間よりもわずかに長くなる。
そうすると、こちらの隔絶は弾かれない。
0.01秒でも魔法陣の効果が長くあればいいというお爺様の教えだ。
向こうの作った隔絶が消え、ボールが当たるという時に見事な身のこなしでノエルが前に立ち、手で払うように防がれた。
ノエルの腕にはかかったが、2年生は無事だ。
それならと、2年生の足元を狙ってカラーボールを地面にぶつけたが、先にノエルに身体を引かれる。
飛び散ったカラーボールの中身が2年生にかかることはなかった。
惜しい! もう少し勢いよくぶつければよかった!
ラウルが突っ込み、ボールをぶつけに行くが、ノエルに阻まれるので、隔絶で2年生とノエルを隔絶した。
これで勝てると思ったら、ラウルの投げたボールが、魔道具に防がれた。
2年生に身につけさせていたらしい。
今度は、ノエルの魔道具が光り始める。すぐにその魔道具から複写の魔法陣が現れたので、俺は、以前に採掘した鉱石を投げつけた。
これは、吸収の鉱石だ。
一度きりで、どんな魔法でも吸収するため力を持つため、秘蔵する奥の手の鉱石のようだが、セインデル国の狭い道を抜けた採石場にはごろごろあった。
使い捨てるつもりで投げつける。
「ソルレイが相手では、やはりうまくいかないか」
複写でこちらの魔法陣を全て跳ね返すことで、捕まえる気だったようだ。
道理で魔法陣を書いている間、動かないと思った。
「学長とした約束はもう果たされないけど、2年前も魔道具を受け取っていないからな。ノエルを捕まえてマットン先生に作って欲しいと迫る予定なんだ」
貰えるはずだったのにというつもりだ。交渉してみる価値はある。
「もう! ラッピー捕まってよ!」
「ラウル君。私ももう捕まりたいですぅ」
「馬鹿を言うな」
「ノンも早く捕まってよ! さっきの鉱石は貴重なんだからね!」
「そうだよ! 捕まってよ! さっきの鉱石は貴重だがまだあるぞ!」
「凄い戦いになりましたな」
「まったくだ。息もつかぬ攻防でしたが、お互い攻めあぐねていますな」
「言い合いになっていますものね」
「いやいや、ミスターラウルツの手元を見てください。怒った振りをしながら、後ろで魔道具を握り締め魔法陣を描いています」
「まあ!」
「ミスターソルレイも足で何かをしていますね」
「本当ですね! これは、何の魔法陣でしょうか」
「グルバーグ家の魔法陣は勉強になります」
「言い合いは、時間稼ぎのフェイクですか」
「元学長に変わって魔道具作成の指名依頼のようですが、ミスターマットン?」
「……ノエル様は希少な魔道具を2年生に身につけさせたようです。捕まえることができれば考えましょう。それから、ソルレイ様が足で作っているのは、魔法陣ではなく魔道具です。この場で即席の魔道具を生み出す気ですね。魔法陣に核の鉱石を落とせばフェイル鉱石が魔法陣を吸収し、魔道具となり発動します。原初の魔道具ですね。さすがは、グルバーグ家です」
「!?」
「それは凄い!」
「まあ! 見たいわ!」
「どうなるのかしら!」
完成した魔法陣に鉱石を落とした。
吸収する鉱石が魔法陣を奪うように取り込んだので、俺はノエルに突っ込んだ。
駆けて魔法陣を作る振りをして作らずノエルを抱きしめて捕まえる。
「捕まえた!」
「俺を捕まえたところで……」
ラウルはちゃんと仕事をしてくれた。
俺が足元に置いた魔道具を2年生の子に魔法陣で投げつけた。
当たる寸前で、魔道具が光って発動したが、すぐに魔道具が色を失っていく。
この機会を得ようと、ボールを投げたが、ノエルが俺の腰を掴んで反転した。あられもない方へ飛んでいく。
ノエルの方が、背は高いため、踏ん張りきれずに体勢を崩したが、もう一度。今度は、ラウルに鉱石を投げた。
狙われても守護の鉱石だ。
守ってくれる。
ラウルが、これでもかという速さで3つのボールを投げたが、2年生が絶妙なタイミングで伏せて回避をした。
「あわわわっ」
「嘘! 外した!?」
見る限り怖くて腰が抜けたようだが、勝機を失った。
ボールの手持ちは、もうない。
「ふぅ。ノエル一時休戦だ。ボールがもうないよ」
ラウルとの連携はよかった。今のでも無理だったか。
「はぁ。アヴェリアフ家に代々伝わる魔道具が破壊されるとは……」
色を失った魔道具をラピスから外して、無造作にポケットに突っ込んでいた。
「えぇ? そんな大事なやつを持って来ないでよ」
「先ほどのものは何だ?」
「えー? 言えなーい。ノンは、今は敵だからね! ラッピーが避けなかったら決着したのに!」
ラウルが悔しそうに言う。
「あ、足が勝手に」
「生存本能? すごい伏せ方だったよ。頭と心臓とお腹を狙ったのに掠りもしなかった」
本当だよな。俺もこけそうになりながら見ていたが、なんて反射神経だと驚いた。天然だったようだが、それでも脅威だ。
千歳一隅の機会を逃したのだから。
「ラウル、お腹も減ったな。夕飯にしようか。ノエルまたね!」
「うん! ノン、ラッピー後でねー! 僕たちが捕まえるから捕まらないでね!」
手を振って別れた。
19時を回っていて、レストランにいる生徒達は俺達を見て慌てて席を立つ。
どうやらノエルとの攻防を見ていたらしい。クラスメイトもいたはずだが、逃げて行き、レストランから誰もいなくなった。
「失礼な反応だね」
「アハハ。本当だな」
いつもは魚を選ぶけど、今日は肉じゃないと勝てない気がするとビーフシチューを選ぶ。
「お兄ちゃん、あのね。オムレツが食べたいんだけどね――」
「いいよ」
「ありがとう!」
喜んでいてかわいい。
ひと口ちょうだいだろう、と当たりをつけ頭を撫でた。
ただ、ひと口で済んだ試しは無いので、何か単品で頼もうか考えて、川魚の蒸し料理も頼み、クロワッサンとロールパンを取ることにした。ビーフシチューは半分ずつだ。
うん、美味しい!
今日は20時から貸し切りなのだが、知らないのか寮生たちが、“あれ? 閉まっているのか”とやって来るので、貸し切りにしているけれど、正門か中庭にある緑のボールを4つ持って来てくれたら入ってもいいと言うと、頷いて取りに行ってくれた。
「省ける労力は省かないとな」
「そうだね!」
疲れたし、夜は動かずに休もうか。
手に入れたボールを手に教員棟まで戻った。
作ったレモネードを渡すと、ラウルは喜んだ。その内に眠くなってきた。歯を磨いてちゃんと寝ることにした。
夜間もかかる放送は煩いと思い、外部の音を遮断する魔法陣を描いて眠りについた。
ノエルを捕まえるのは、翌日の9時がリミットになる。




