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本気の体育祭 4

「クライン先生どのような様子でしょうか? グルバーグ兄弟は?」


 剣舞の先生である、ハレルリー先生が、教員が詰める部屋にやって来た。

 放送が途切れたので、気になったのかしらね。


「ふふふ。下の階にいますわね」

「え?」

「貴賓室ですわ。あそこを使用不可にするのを失念しておりました」

「それはまた……。これは、仲良く昼寝ですか」


 覗きこんだ画面に映るのは、横になった姿だった。

「レストランで食べてお腹いっぱいになったのではなくって。眠くなったのですわ」

「まあ、あれだけ捕まえられれば凄いですけれどね」


 何人かの教員が、ここに来ては、自分が気にかけている生徒の映像を出して欲しいと頼みに来る。

 その度に、高等科から借りているこの魔道具の映像を切り替える。校内中に記録石を設置して、網羅している。


 今年採用された腕に着ける魔道具は、指輪とは違い性能が劣る。飛散した液が服に着いた場合、衝撃が軽すぎて2年生がつけている腕輪では反応を示さない。


 毎年、作成してくれている高等科の魔道具教師マルコーロ先生に、事前にそう言われていた。

 そのため、カラーボールの当たった失格の生徒は、記録石を用いての目視と合わせた二重チェックとなっている。


 トイレなど、最初から映らないようになっている場所もあるが、基本は、映像処理の魔道具を用いて生徒の動きを監視している。


 進学の合否ライン上にいる生徒達は、高等科に渡す重要な資料になっていることから、生徒達は積極的に頑張らなくてはならないのだが、見ている限りだと、試験だと失念している生徒も多い。


「ミスクライン。アイルツ・ミルグリットを見せてください。少し気弱なところがあるのですが、優秀な生徒でして」


 4年生も2年生も教えていない、担任でもないローゼン先生がやって来たが、気にかかっているのがアイルツだと聞いて納得がいった。


「ええ、彼がローズガーデンや温室で咲く花を愛でているのは知っておりますわ」

「私も彼とは温室で……。受け持っているわけでないのですが、学年末の成績が56番でしてね。うまくいけばいいと応援しているのです」


 ソルレイ様がレリエルの生徒のためにあそこまで時間や労力をかけるとは思わなかった。まさか、補講日まで作るなんて……。

 少し申し訳ない気持ちになるわ。

「切り替えますわね」

 映し出されるのは、少し前の映像になる。

 ソルレイ様とラウルツ様に見られていることに気づいていない。捕まるわね。

「ふぅ。ミスターソルレイですか……。これは相手が悪かったですね」

「ええ」


 頭を振るローゼン先生にお座りになって、と見やすいように席を詰めたものの、私達が、予期していた結末にはならなかった。

 ソルレイ様もラウルツ様も狙わずに扉に近づいて行ったのだ。

 ローゼン先生が小さく、アイルツに早く狙いをつけるように助言を呟いていた。

 ハレルリー先生が口元に手をやり笑いを耐えている中、気にせずにくすりと笑った。


「出る?」

「……いえ、出ません」

「俺達、今から昼なんだ」

「は、はい」

「食べている間に逃げるといいよ。そこは入口だから邪魔だからどいて欲しい」

「は、はい、申し訳ありません」

 外に出て避けようとしたアイルツの腕を掴んで中に入れる。

「え」

「皆がここを見張っているからね。出て行く時は走らないとダメだよ。的になるからね」

 ラウルツ様が笑顔で言い、ソルレイ様が厳しく注意をした。

「迂闊にふらっと出るんじゃない。戦場なら死んでいるよ。4年生は、ペアの2年生のことを考えて動かないといけない」

「す、すみません」

 レストランの中に入ると、アイルツのペアの2年生の女の子の頭を撫でた。

「14時の植え込みの茂みと、17時の木の後ろで待ち伏せしているから気をつけて行くんだよ。怖いかもしれないけれど、ペアの4年生を信じて頑張って走るんだ」

「大丈夫! 走っていればなかなか当たらないよ!」

「ありがとう存じます」


 そのまま、兄弟で仲よく食事の注文をしに行くのをアイルツがじっと見ていた。


「これは……意外な結末になりましたな」

「ふふ。そういえば、ソルレイ様も温室やローズガーデンのバラを愛でているとブーランジェシコ先生から聞きましてよ」


 ノエル様を含め兄弟仲良く3人で笑いながら持ち寄ったランチをとっているのを遠くから見ている女子生徒の多いこと。目的がバラではなく、自分たちを眺めるためだなんて本人たちは気づいていないでしょうけれどね。


「アイルツと接点があったということでしょうか?」

「ソルレイ様は、変わった方のようですわ。先程も、女子生徒同士のペアにボール一つで見逃すと言って交渉をされていましたわ。ボールは、五つも持っていましたのよ」


 オルベスタ先生が微笑んで話をする。

 文化祭の一件でソルレイ様が気になるようで、どういう人物か知りたい、と見に来ていた。

 開始直後からの映像や会話を聞いて、とても気に入ったようだ。


「ほう?」

「接点は無くても姿を見たことがあって、注意をしたのだと思いますわ。あまり、そういうことを他クラスの生徒にはなさらないのですよ。思慮深く、女性にはとても優しいですわね。女子生徒には、全員手の平に当てて、手を洗って帰るように言っていますわ」


 私も事実を告げる。

 部屋にいた他の教員達も驚いていた。


「なるほど。出くわすと必ずしも捕まえているわけではないのですか。それは、確かに変わっていますね。ともあれ、ミスターアイルツの首の皮は繋がりました。昼を無事に超えられましたよ。最低ラインはなんとかなったのではないですか?」

 テイナー先生がそう言うと、ローゼン先生は、目を閉じて顔の前で二度手を振った。

「いえいえ、56番です。一夜は越えてもらわないと」

「まあ!」

「ハハハ。これは手厳しい」

「ふふふ。そうですわね」




 1時間程眠ると目が覚めた。

 ラウルは可愛い顔でまだ眠っている。

 起こさないようにそっと下り、洗面所で顔を洗い歯磨きをしてお茶を飲む。


 戻って来た時に二人で飲めるようにレモネードを作って冷蔵庫に入れてからローブを羽織り、魔法陣の鍵を外して、扉を少しだけ開けた。

 異常がないのを確かめて、身体を滑らせ部屋から出た。

 部屋の鍵を閉め、外側からロック魔法に複合魔法陣をかけて、ラウルの守りに万全を期す。教員棟の最上階に行き、探査魔法でノエルを探す。が、すぐに弾かれる。

 逆探査をされる前に魔法陣は消える。

 失敗したら消える仕様にしておいた。


 手強いな。


 前に探査をするところを見られているし、ノエルのことだから魔道具も相当良い物を持っているはずだ。


 広域探査で生徒に焦点を当てると、レストランに逃げ込んでいる者は相変わらず多い。


 とりあえず、遠隔からでも当てられる練習をしないとな。

 教員棟を出て、回らなかった2年生の教室を回り捕まえて3年生の教室、4年生の教室と進んでいく。

 4年生のフロウ教室で徒党を組んでいた集団には、納得しながら一網打尽にした。

 ロゼリアクラスにいたのが、女子と2年生の女の子ばかりだったので、リンディに尋ねた。


「リンディ嬢。男子はいないのかな?」

「ソルレイ様。ここに男子はいませんわ。女子生徒達で協力することにしたのです」

「2年生も?」

「ええ」

「確認してもいい?」


 見たところ本当のようだが、念のため尋ねると、すっかり諦めたようで、『お好きになさってください』と口にした。


「ふぅ。ソルレイ様は2年生を連れておりませんのね」

「弟はお昼寝中だね」

「羨ましいことですわ。鍵も開けられてしまいましたし、これ以上は無駄な抵抗ですね」

 2年生を確認すると全員女の子だった。

「本当に男子はいないのか。仕方がないな、次に行くとしよう」

「え?」

「鍵穴にプロテクトをかけておくといい。ただ、俺は開錠できるよ。他の生徒も開錠できるかもしれない。『ソルレイ様は、女子ばかりだと知って見逃してくれたのに!』って詰ってみると怯むかも。試験なのだからもう少し粘ってもいいはずだよ」


 すぐに鍵をかけるようにいい、扉を閉めた。

 丁度、廊下に男子が来たので、魔法陣で当ててみた。

 やはり範囲指定は自分の体と相手が一直線上だと上手くいく確率が高い。


「ソルレイ様! 酷いです!」

「あ。シュレインだったか……ごめん。顔まで見えていなかったよ」

 連れているのが、男の子だったため、狙いをつけるとシュレインが叫ぶ!

「待ってください! 交渉希望です!」

 その言葉を受けて、ボールを投げるのを待った。

「クラスメイトの話だ。聞こう。でも、シュレインは、推薦が決まっているだろう?」


 35番くらいだった様な気がする。アンジェリカの番号近くにいたような気がするのだ。

 ほっとした顔で後ろを気にしながら近づいてきた。ロゼリアクラスの後扉と前扉の位置に立ち、距離をとって交渉の内容を聞く。


「普通クラスが 2クラスあるとクライン先生が言っていたのを覚えていますか?」

「うん」

「特進科の次、2番目のクラスに入って卒業をすると士官クラスで迎えられるので、どうしてもそっちに入りたいんです。俺は、36番目です。他国から来る編入組いかんで微妙なところなんです。だから、この試験は頑張らないと駄目なので見逃して下さい」


 シュレインは騎士家だったな。入学前に交流に行った家の一つがシュレインの家だった。

 緊張していてほとんど喋ってくれなかったので、お兄さんの方と遊んだ記憶がある。あれっきり行っていないけれど……。


「学校の成績って就職まで関係あるのか。一生付き纏うものなんだな」

「まさか知らなかったのですか?」

「うん。グルバーグ家は自由主義なんだ。家でも全然、将来の話とか出ないな」

「それは、なんとなく分かりますが……」

「理由は分かったけれど、交渉っていうからには何かあるのか? 女子ペアの場合はボール一つで見逃しているけど、男子ペアは見逃してないよ」


 36番なら2組だと思うこともありそう言ってみた。


「アレクは見逃してもらったって聞いたのですが?」


 今回は2年生に女子が多いから男女のペアも前よりあるんだよな。俺がラウルと組んだからか成績優秀者のアレクが女子とペアになっていた。他のクラスでも男女のペアが出ているはずだ。


「2年生は女の子でラウルの友達だったよ。『ルルだよ』って名前を呼ぶんだ。その時点で捕まえる気を失くしたよ。アレクも冗談で“敵対しないと誓うか”聞いたら、即答で“誓う”って言うから見逃したんだ」

 びっくりしたことを伝えると大きく頷いた。

「誓います! それに男子ですが、ラウル君のクラスですよ! 同じレリエル組です!」

「男子ペアは駄目だってば。そこに何か足してよ。例えばノエル様の居場所とか、他の男子ペアを見かけたとかの情報でもいいしさ」


 ロゼリアクラスの女子達に教室から覗き見されつつ、廊下で長々と話をしていた。

 それが、よくなかったらしい。

 他の生徒が階段を上って来た。失格になることはないが、痛そうなので当たりたくない。警戒するようにそちらを見るとアレクも視線を向けていた。

 その生徒は、踊り場で止まると、このフロアが安全かどうか階段からこちらを窺い、俺達を見て、慌てて上の階段へ逃げようとした。


「ソルレイ様! 油断しましたね! グルバーグ兄弟をあげれば大金星です!」


 あの子はラウルじゃないんだけど、という暇もなく金髪の少年に剛速球で当てた。命中したことに飛び上がって喜んでいる。

 階段に上ろうとした子は、痛そうに肩を押さえていた。

 あれは、ファリスクラスの白服の子だ。

 ラウルは私服で参加しているのだが、2年生で白服の金髪は、ラウルともう一人、文化祭で前日にクレープに内容を変更したミュリスしかいない。


『シュレイン・ロクペス様により2年生が失格となりました。4年生はエリット・カルクケル様です』


 しーん。

 水を打った静けさが広がる。

 ロゼリアクラスの女子達が窓からシュレインを一斉に見ている。俺のやることは、速やかなる撤退だ。


「シュレインも見逃して欲しいって言っていたし、俺はもう行くよ」

 ここにはいない方がいい。

「うわぁぁー! ま、待ってください! ソルレイ様! 助けて下さい!」

 エリット様に一言お願いします!と、縋りつこうとするのを避けた。

「知らないよ。話の途中で生徒を狙ったのは、シュレインだろう。エリット様もそうだけど、ミュリス様も同国の侯爵家らしいよ。勇者よ、大金星狙いは成功だな!」

 笑って肩を叩き、俺は来た道を小走りで引き返した。

「待って、行かないで! 当てて行って下さーい!」

 勿論、無視をして走った。

 そうすると、放送が連続してかかり、

『ラウルツ・グルバーグ様により2年生が複数名失格となりました。4年生は――――』

「ラウル起きたのか。遊びすぎたな」

 複数ということは移動教室かとそちらに向かって走り始めた。

 その後も放送がかかり続ける。

 あれ? どこにいるのかな? 

 一網打尽にできる場所が思い至らない。疑問を浮かべながら走るのだった。

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