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本気の体育祭 3

 まずは一番近い教室からだなと1年生の教室を覗くと、いた。

「「いたね」」


 コンコンコンとノックをすると、ビクッと反応して女子同士でこちらを見る。

「ソルレイ・グルバーグだ。捕まりたくないなら見逃してもいいけど、一つボールをちょうだい?」

「くれないならここを開けちゃうよー?」


 早くボールを渡すように交渉を行う。

 けれど、二人ともそれは無理だと思っているようで、じっとこちらを見るので、鍵を開けた。


「え? え?」

「ど、どうして?」

 まさか、開けることができるなんてと混乱していた。

「鍵穴に防御魔法をかけていないのだから開くよ」


 2年生を自分の後ろに下げると、ボールを両の手に握ってファイティングポーズを取る。女の子が持つには大きなボールだ。


「一つボールを渡すか、失格か。どうする?」

 戦う意思表示をしている姿を見て、もう一度聞いた。勇ましい女子は、男から見ても格好いいからな。

「一つ渡せば本当に見逃してくれるのですか?」

 4年生の女子が確認をするので、頷くと、ラウルも頷く。

「うん。僕もいいよ! 二人とも女の子だからね!」


 笑っていいよ、と言われ毒気が抜かれたようだ。

 二人の女子が顔を見合わせて頷づき合うと、一つを放り投げたのでキャッチしてもらう。


「誰か来たら鍵穴にプロテクト。人を傷つけるものでなければ使っていいんだ。分かったね?」

「は、はい」

「ここ、もう一度鍵を締めてね。バイバーイ」


 次の教室は男子と女子のペアで、顔を見るとアレクと女の子だった。ロッカーを女の子と共有していたのか。まあ年下ならいいのかな。もしかして、ノエルも女の子とペアか? 今回はルールもそうだが、情報が曖昧だな。


「フフフ、ソルレイ様。聞こえていたのでプロテクトはかけさせてもらいましたよ」

 アレクの言葉に思考を戻す。

「ごめんな。俺が相手じゃ無理だ」

 教室が全て埋まっていると、昨日の申請で分かった時点で対策は打ってある。魔法を一時的に無効化にする魔道具をちゃんと持って来た。事前の情報戦は制したのだ。

 ガラッと扉を開ける。

「「…………」」


 教室内に入ると、終わったという顔をして崩れ落ちていった。


「お兄ちゃんの友達だね。後ろの女の子はルルだ」

「ラウルの友達?」

「うん、クラスの子は皆友達だよ!」

 笑うラウルと項垂れる友人を見て、見逃すことを決めた。

「仕方がない、アレク。俺達に敵対しないと誓うのなら見逃す。これも試験だし、同じクラスのよしみだ。高等科でも同じクラスだしな」

「誓います!」

 すぐに跪き、顔を上げると胸に手を置いた。正式な貴族の誓いを行うので、目が泳ぐ。

「う、うん、分かった」


 閉めてプロテクトな、ノエル様が来たら諦めた方がいいと伝えた。俺達が廊下に出ると、すぐにプロテクトをかけていた。


「なかなか、捕まえられないね」

「男子ペアがいいな。女の子がいると手とか汚れないところにしないといけないから気を遣うよ」

 馬車で来ている子ばかりではない。小舟を使っている子は制服が汚れると帰り辛いだろう。

「女の子が4年生で、男の子が2年生だったら?」

「それは、捕まえよう」

「ふふ、分かった!」


 次の教室を覗くと、天を仰いでいる男子ペアがいたので、ボールを置いて投降するのなら服を汚さずに済むように手の平にすると言うと、投降をした。戦わないのか。


「ごめんな。会話が聞こえていて怖かっただろう」

 2年生の頭をポンポンとして詫びてから、手の平にぶつけた。

 失格の放送がかかる。

「ふぅ――。ソルレイ様が恐ろしいです」

 4年生の知らない男子にそう言われ、『そう?』と生返事を返す。

「お兄ちゃんは優しいよ?」

「アハハ。ラウルがそう言ってくれればそれでいいよ」


 ボールを貰って、次の教室に行こうとすると、教室から出て男子二人が逃げたので、ラウルが魔法陣を描いてボールを飛ばした。見事に命中だ。


「当たった! 駄目かと思ったのに!」

「廊下は真っ直ぐだからか! 勉強になるよ。ラウルありがとう」

「えへへ。いいよ」

 放送がかかる。

「この階が終わったらお昼を食べに行こうか」

「そうだね!」


 残りの2クラスは逃げたのかいなかった。

 レストランへ行こうかと話し、向かうと、食べ終わった生徒が、扉から顔を出してキョロキョロと見回している。警戒しているようだが、目立っていた。せっかくなので、出てくるか待った。


 向こうも俺達に気づいたようだ。分かり易く動きを止めて固まった。


 顔をよく見ると、薬草ギルドを運営している男爵家の跡取り息子で、黄バラの君と呼ばれる生徒だった。

 面立ちが金髪に金色の目と、ラウルと同じで、これまた似たような可愛いらしい雰囲気のため、捕まえる気が失せた。ブーランジェシコ先生から温室の花の手入れを彼がやっていることを聞いていたこともあった。温室の花はいつも綺麗だからな。


 ラウルに、見つかったからレストランに入ろうと声をかけて近づいた。


「出る?」

「い、いえ、まだ出ません」

 高速で首を振るので笑ってしまった。

「俺達は、今から昼なんだ」

「……はい」

「食べている間に逃げるといいよ。そこは入口で邪魔だから少しあけて欲しい」

「は、はい、申し訳ありません」

 外に出て避けようとするので、腕を掴んで中に入れる。

「え」

「迂闊に出るな。戦場なら死んでいるよ。4年生は、ペアの2年生のことを考えて動かないといけない」

「皆がここを見張ってるよ? 出て行く時は走らないとダメだよ。的になるからね」

「す、すみません」


 レストランに入ると、生徒達に凝視される。

 ここに逃げ込んでいたのか。数が多いな。お腹がいっぱいならボールを集めて、出てくるまで張ったかもしれない。今は、ごはんだな。


「お兄ちゃん、何食べるー?」

「魚がいいけど、今日はスタミナがいるから豚カツにしようか考え中」

「珍しいね。僕も一緒のにする!」

 二人で注文をするために移動をすると、脱兎のごとく生徒達が立ち上がって出て行った。

「ふふ、静かになったね」

「アハハ、そうだな。ゆっくり食べようか」


 本当にゆっくり味わって食べ、他愛もない話をしてトイレに行った。

 前に襲撃したので、なんとなく空いている個室を確認してしまった。

 そして、レストランは襲撃されないって言っていたけど、トイレってどうなのかな? とラウルと話して二人で一応個室に入る。

 用を足していると、トイレに来た男子生徒が、悩まし気な息をつく。


「ソルレイ様が怖いです。ラウルツ様は、他クラスの生徒にも優しい方なのですが……」

「ああ、分かるぞ。開始直後からずっと放送がかかっているものな。会わないように祈るしかないが、会ったらできる限り守るぞ。だから心配するな」


 先ほど、教室にいた男子生徒に言われたのは、そういうことか。

 そんな言い方をしなくてもいいのに。学校の楽しいイベントで、恐怖の対象になるとか悲しすぎる。

 2年に一度しかないこの大規模なお祭りを皆もっと楽しめばいいんだ。4年生にとっては最後の学校行事じゃないか。


 せっかくだし、トイレも安全か試すか。

 遊びなのだからトイレでの襲撃をしても痛む良心はない。

 用を足し終わってから、トイレの便座を下げて立ち、上から投げようとしたら先にラウルが、扉を開けて投げつけた。無防備な背中にぶつかる。


「え!?」

「うわ!?」


 名前が呼ばれるかを待ってみたが、放送はかからなかった。便座から下りる。


「お兄ちゃん、トイレも大丈夫みたいだね」

「本当だな。レストラン内のトイレは大丈夫なんだな」

「ラウルツ様」

「お兄ちゃんを怖いとか言うからだよ。クエンタは反省して」

「ご、ごめんなさい。ソルレイ様、あの――」


 俺にも謝ろうとしたが、必要ない。これは遊びだ。ただ、カルムス風に威圧しておくことにした。


「放送が止まったのは、昼を食べていたからだ。お前たちの顔は覚えた。次に見たら絶対に捕まえてやる」

「「!?」」


 笑いながら恐怖を植え付け、トイレを出た。


 2階のテラス席から通りを眺め、背の低い子と二人のペアを狙い、ボールを遠隔操作でぶつける。

 1回目は成功したのだが、これが結構難しい。


「あー。2回目は、外した」

「僕たちが座っていても、向うが動いていたら難しいね」

「カルムお兄ちゃんの言うことが分かるな。ラウルより俺の方が魔法陣を書くのが遅いから発動時間を早くしてもずれてしまう」

「うーん。どうしたらいいんだろうね」

「うーん……あ! 二人で描いて一人を捕まえよう」

「追い込み役と捕縛役だね!」

「そうそう!」


 魔法陣を書くのが早いラウルが足止め、俺がぶつける。

 3人を討ち取り、放送がかかった。


 レストランから出てくると待ち伏せをしている男子達がいる。出てこない上に打ち取られていくので、何人かが、本当にまだいるのかを確認するためにレストランの中に入ってきた。テラスからではその動きさえも見えている。


 もしかしてテラスか?そう思ったらしい2階に上がって来た生徒の背後を取り、肩を叩く。


「ボールを一つ渡して難を逃れたいか、次に捕まりたいか。どっち?」

 物わかりのいい生徒は、そっとボールを差し出してきた。

「5分だけ待ってあげるから、遠くまで逃げるといいよ。4年生にとっては大事な試験だからね」

「はい、そうします」

「そっちは?」

「逃げます!」


 運動神経に自信があるのか。刈り上げた髪の男子は、階段を駆け下りて行くので、『顔は覚えたから無駄だよー』遠ざかる背中に声をかけておいた。

 残りの男子は、それを聞いてボールを渡してきた。

「うん、ありがとう。5分待つよ」

 解散していく姿を見守り、5分してから、テラス席での捕縛を再開した。どれくらい経ったろうかと時計を見る。

「お兄ちゃん。僕、疲れちゃた。お昼寝しよう?」

「ふふ。休みに行こうか」


 ラウルの頭を撫でて、階段を下りた。

 レストランから出ると、さっき逃げたはずの刈り上げの男子生徒が、ボールを投げてきたので、魔法陣で速度を遅くしてからキャッチして、魔法陣で打ち返した。

 加減はしたが、距離が近かった。男子生徒に近づいて怪我はないか聞いていると、木陰から女の子が様子を窺っていた。ラウルが向かい、手の甲にぶつけた。これで失格だ。

 悔しそうにする男子を見るに怪我はないようだ。

 木陰にはボールが沢山隠されていた。隙を見て女の子の方が投げる予定だったのだろうか。


「いっぱいボールを持っているね」

「3時間後にもらえるやつだね。もらっておこう」


 ボールをブーランジェシコ先生からもらった籠に入れていると、四方からボールが飛んできたので、守護魔法で防いだ。

 打ち返したかったが、魔法陣を描いている暇がなかったのだ。守護壁にぶつかったボールは液が飛散してもう使えない。

 勿体ないことをした。


 そして、投げ返そうとして2年生がいないことに気づいた。全員4年生だ。安全なところにでもおいてきたか。拠点があるということは、この生徒たちは、徒党を組んでいると思った方がいいな。


「2年生がいないね」

「うん、ボールの無駄撃ちになるところだった」

 気にしないことにして、籠にボールを入れて立ち上がると、慌てて逃げていく。

 徒党を組んでいたはずなのに、散り散りになっていった。

「追わずにお昼寝だね」

「そうだね」


 教員棟に行く。貴賓室の鍵を開け、すぐに鍵を閉める。

 魔法陣でロックをかけ魔道具を扉のノブに引っ掛けておく。念には念を入れる。


 ローテーブルを移動させ、ソファーを動かす。二つくっ付ければ落ちることのない安全なベッドだ。

 毛布を一枚敷いて、もう一枚を二人で被る。しばらく、昼寝をすることにした。

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