本気の体育祭 1
教務課に飛び込むと中の良い職員が席を立ってすぐにカウンターまで来てくれる。
「体育祭で使える、空いている教室を教えて」
「ソルレイ様、一足遅かったですね。朝にノエル様や複数の生徒に全て押さえられました」
出遅れた!? 情報開示前に情報を得ていたのか!
「くそっ。さっきの無言は勝者のそれか」
先に手は打ってあったので余裕だったというわけだ。
教室がどこも埋まっているということは、それ以外で使える場所が必要だ。頭で思い浮かべながら尋ねる。
「迎賓館は?」
「体育祭での使用はできません」
「くっ……」
そうだよな。危ないか。高価な物も多い。温室は、貸し切りにもらえるのは茶会の時くらいで時間は、2時間までだ。図書館はないな。服が汚れるってことはカラーボールだ。後は……。
「――そうだ! 教員棟の貴賓室は?」
「!?」
職員は踵を返すと、足早に奥の部屋にある鍵の入った保管庫に向かう。鍵がまだあったようで手にして持ってくると、体育祭中の貸し出し申請が出ていないかの確認をして、頷いた。
「空いています。使用時間は9時から18時までです」
「分かった。今日と明日、明後日の9時から18時で」
「3日間ですか?」
「うん、体育祭当日の18時に鍵を返しに来るのは無理だ」
「分かりました。では、3日間の長期の為、鍵の貸出し許可を出しましょう」
微笑まれて、意図に気づいた。
「ありがとう、助かるよ」
教員棟は普通、先生の許可がないと入れないのだが、この来客室は生徒も使える所謂、貴賓室だ。遠方の生徒の親が文化祭などで来た場合、生徒と会える場所としても使われる。
学校への寄付の使者は、教務課の来賓室や応接室を使うため、設備もいいはずだ。
ふぅー危なかった。
鍵を受け取り、ラウルの教室を飾り窓から覗く。ぼやっとしか見えないが、背の高い人と座っている生徒達の姿は分かった。
まだ、ノックス先生の話し中だ。終わるまで待とう。
座っているラウルが、廊下にいる人影に気づいて、廊下側の生徒に窓を開けさせた。目が合うとにぱっと笑う。
他の生徒達の目もあるため、少しだけ頭を傾けて貴族らしく微笑んだ。
「先生。お兄ちゃんが迎えに来たから早く終わってー。さっきから同じこと言ってるよ」
「え?」
ノックス先生がこっちを見た。
「ソルレイ様。4年生はもう終わりましたか?」
「ええ、どのクラスも終わっていますね」
「他の先生方は、説明が早いなあ」
ラウルが鞄に筆記具を仕舞い始めた。見切りをつけたな。回りくどく同じ話でもしていたのだろう。
鞄を持って立ち上がるので、俺も後方の扉を開けに回った。
「皆。僕は、もう帰るね。ノックス先生も新しい話はないみたい」
「うん、帰ろうか」
「うん!」
ラウルが机横の通路を通ってこちらに来る。
「ええ!? そこは注意するところでは!?」
「まだ話はあるのですか?」
「え? いえ、そうですね……」
視線が宙を泳いでいる。今、何の話をしていたのかも覚えていないような気がした。
「考える時点でもう無いのでしょう。失礼致します。皆も明日は、9時から体育祭だから家に帰って休むといい。解散!」
教室に入ってもう帰っていいと告げる。頷いて帰る用意を始めた。
「ソ、ソルレイ様」
名前を呼ぶノックスの声を無視し、ラウルと並んで廊下に出た。
歩きながら教務課でのやり取りを話す。ロッカーの共有の時に話が出ないからおかしいとは思っていたけれど、今回は自ら情報を取りにいかないといけなかったようだ。
「実は、出遅れてしまったみたいなんだ。部屋を他の人達に抑えられていたよ」
「僕も多目的室しか取れなかったよ。皆、早いんだもん」
今朝、ノックス先生が口を滑らせたので、休み時間に行ったら空いているのは多目的室だけだったそうだ。机も椅子もないので座ることさえできないから敬遠されたか。
その言葉を聞き、耳元に口を寄せる。
「お兄ちゃんも教員棟の貴賓室だけ取った」
ラウルが目を丸くする。
「勝てそうだね!」
「これからが勝負だな。取り返さないと」
レストランを押さえたが、無駄になった。せっかくだから、このまま貴賓室に何があるか見に行こうかと話して教員棟へ出向き、出入りする先生達に紛れて入った。
「3階奥だね」
「夜は真っ暗かな?」
「移動教室の廊下は真っ暗だったよ。ここもそうかもしれない」
ノエルが、寮生が使う頻度の高いレストランや図書館に行く通路は明るいと言っていた。
教員棟は、仮眠室や教員の個室の部屋もある。教員も泊まることがあるので暗いかまでは、ちょっと分からない。
文化祭で遅い時間になった時に、報告に来た時は廊下の足元に埋め込まれていた光石が灯り代わりになっていた。最悪、足元は見える。
3階の突き当たりの部屋が貴賓室だ。
鍵を開けて中に入ると、応接間で使うソファーが向かい合わせで二つ。紅茶を出せるように簡易の台所も隣にあった。
使ったことはないので知らなかったが、思っていた以上に良い部屋だった。
「本来の貸出し時間は9時から18時なんだけど、今日から3日間の貸出しだ。返却は3日後でいいことにしてもらった」
「やったね! それなら毛布と枕だけで眠れるね」
「そうそう。水の心配もいらないし火の心配もいらないな。備品貸出しで湯たんぽの申請だな」
「ふふ。お兄ちゃんとお泊りは楽しそう!」
「それなら遊ぶか?」
学長は捕まった。魔道具を貰える約束も、もうないから遊んで過ごしてもいい。進学はできる。
「うーん。ノンを捕まえたいから迷う」
ラウルにとっては、成績より打倒ノエルだな。それなら頑張らないと。
「アハハ。そうだったな。2年前とは違って3日間じゃないもんな。スタートから攻めていかないと駄目か」
カフェやレストランは、店内では無理でも出入り口で待ち伏せできるしなあ。
ボールは二つ。
学長との約束は、倍の数を捕まえることだった。30人か。こっちも頑張ってみるか。
「ご飯はレストランだね」
「狙い撃ちに遭いそうだな」
「でも去年は、暗いから行かなかったんでしょ?」
「うん」
「今年は大丈夫だよ。ご飯はちゃんと食べるようにってノックス先生も言ってたよ」
何を勝手なことを言っているんだ、あの人は。今年は2年生が狙い撃ちになるというのに。危ないじゃないか。
「料理長に頼んで、シェフが着る服でも着て行く?」
「いいかも! 家で借りて、ここに置いておくの!」
こうするのは? ああしようかと、意見を出し合ってから教務課に戻り、備品の申請をしてから運びこみ、家に一度戻った。
私服に着替えたのち、毛布や籠城するためのお菓子を学校まで運んだ。
冷蔵庫や冷凍庫があるって便利だよな。
普通にピザやキッシュなども冷凍し、飲み物も冷やす。
ラウルが食べたがったのでパスタも作れるようにソーセージなどと共に小麦粉も持って来た。
「ラウル、頑張ろうね!」
「うん!」
今度こそちゃんと帰宅をして、お爺様にノエルに1点差で勝てたから1番だよ! 報告をして抱きつくと、ラウルも、僕も1番だったよ!と抱きついた。
「ソルレイもラウルツも頑張ったのう!」
「「うん!」」
いっぱい褒めてもらう。今日は、レストランに行こうかと言ってくれるが、お祖父様の好きなラグーソースのパスタをリクエストした。ラウルと帰りの車内で決めたのだ。
そして、急だけれど、明日が体育祭で明日の朝9時から24時間のボールのぶつけ合いだから帰りは二人で、小舟で帰って来ると伝える。
「また急だのう」
「うん。終わりが、9時だとお腹が減っちゃうから。学校で何か食べてから帰って来るよ」
「うん! お兄ちゃんと朝ごはんを食べてから帰るね」
報告が終わると、カルムスから意外なことを聞かれた。
「魔法陣の使用は良いのか?」
「え?」
「ボールは飛ばせばいいのだろう?」
「「!?」」
二人で顔を見合わせて目を瞬く。
「何も言われなかったけど、体育祭は駄目だよね?」
「いつも使用禁止なんでしょ?」
よく分からず、カルムスに思い出してと頼むと、人を食ったような笑みを浮かべた。
「今年、言われなければ問題ないぞ」
言わなかったのならそれは教員の落ち度だと言い放つ。
何ともまあカルムスらしいことだ。
「うーん。24時間なのってそういう理由なのかな」
「じゃあ、防ぐ時も魔法陣ってこと?」
「早く決着が着くようにかな。そもそもカラーボールって当たっても痛くないのかな」
「僕達が、飛ばす時間を短縮したら凶器だよね?」
本当だ。これは、もう駄目だろう。骨折させてしまうかもしれない。
「死ぬわけではない。まあ、危なくない戦闘だと見立ててやってみろ。動く人間の範囲指定は存外難しいものだ。当たったらラッキーくらいだな」
俺とラウルは相談をして、ゲーム中の流れでどうするか決めることにした。向こうが使ってきたら、使わないとまずい。
「3時間ごとに中庭と正門にカラーボールが配置されるから、早目に行って陣取ってくる人を狙うか?」
「それもいいかもー。カルムお兄ちゃんが言うように、そういう練習ってあんまりできないもん」
動く的か。動物相手にも躊躇う俺達には難しい。
「そうだな。こっちも狙われているからな。大規模演習か」
範囲指定と発動時間、設定場所が大事になってくる。
魔道具で防御ができれば……。
「あ! 一昨年は魔道具の禁止を言われたけど、今年は言われてない! 去年言った情報を利用して4年生に情報戦を仕掛けているんだ! 魔道具もOKだ!」
「えー? そんなに先生達ひねくれてるの?」
去年は校内中の時計を5分早めていた話をした。
レストランやカフェもフィールドから除外だ。
今年は利用できるということで、去年とはルールが違うということに気づけということか。
ノエル以外にも教室を押さえている生徒がいるということは、今年のテーマは情報収集能力を活かした分析力とそれに基づく行動を見るのが目的か。
「ラウル、カラーボールは相手の物を奪えばいい。こちらからの範囲指定は難しいけど、向こうが投げて来るのは俺達だ。先に投げさせて魔法陣でキャッチだ」
「ふふ! 分かった! やるー!」
白服は目立つから、私服で行くことに決め、夕飯まで作戦を練るのだった。




