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それぞれの旅路

「エルクシス様! 本日の野営の準備が整いました。王にご報告を」

「分かった。下がれ」

「はっ」

 恭しく頭を下げる兵士を見ながら、傍らにいた副団長に報告しておくように指示を出す。

「エルクシス様、いい加減に機嫌を直して下さい。それでなくとも無口なのに。騎士はともかく兵士は萎縮します」

「……元からだ」

 放っておけと視線を逸らす。

「はぁ。では、報告に行って参ります」

 夕日に染められた岩礁地帯は茜色に染まり、生を感じさせる色であるはずなのに、今の私には無機質で冷たく見えた。

 たかだか7日。

 されどその7日間は、かけがえのない経験をした日々の連続で、ドラゴンが我が物顔で頭上を飛び回り、怪我で動けないにも関わらず幸福な時間だった。

 ソウルとラウルに何もしてやれなかった胸の痛みは一生消えるものではない。

『近衛騎士団長は連れて行く!』などと声高に叫ばれなければ、私の辞意が通ったものを……。

 国がなくなった時点で、ラルド国の侯爵家など何の意味も持たない。国政の道具にされ、寡婦の後添いにされるくらいなら貴族など願い下げだ。

 騎士としての誇りを持ち、恩に報いたかった。

 そうするはずだった。


 二人を連れて他国で生きる未来が手からこぼれ落ちてしまった。


 この喪失感は、ディハール国に着いても。季節がいくつ巡ろうとも。決して変わらぬであろうな。

 亡国の王のいる天幕を睨むように見てから、付き合うのは亡命が叶うまで。

 その後は……。

 胸にたぎる思いを抱えながら、夜警のために馬首を返した。



 無人の市場で、お金を置きながら買い物を済ませる。

 みんなの目当ては食料で。それは俺も同じなのだが、やっぱり、石鹸や砂糖など嗜好品を売っている薬屋に足が向く。金貨1枚をおいて、収納してくれるお爺さんの元へ急いだ。食料は確保するくせに、調味料やハーブ、調理器具はてんで買わないので、予めエルクの部屋で作成したお買い物リストを見ながら必要なものを確保していく。

 暴風雨になった時に役立つものもだ。雨が降ったらどうする気なのかと問うと『そうですね』と、一緒に行くことになったモルシエナとベンツが笑う。探すのを手伝ってくれた。

「お爺ちゃん、鶏も入る?」

「ふむ。生きておるのだな?」

「うん! お兄ちゃんと、餌をやってたの。卵が手に入るでしょ?」

「どれどれ、連れて行こうかの」

 ラウルがお爺さんの手を引いて、こっちだよと案内しているのを微笑ましく見てから、パン屋さんにある小麦粉やバター、イーストと共にパン焼きの型も保管してもらった。肉は大人達が買っていたので乾麺のパスタを買い、ワインの樽も頼んだ。

 喜んでいる大人たちに、これは料理用だと冷や水を浴びせ、欲しいなら各自で買うように言っておく。

 冒険者御用達の店でテントや魔導具など、魔物が引っかかると分かる必需品のリード線でできた鳴子も買い、時間稼ぎの丸弾、閃光弾や煙弾も子供が使い易い物を中心にした。戦えないが、投げるくらいはできるはずだ。

 モルシエナとベンツ、ダニエルは軍に除隊を申し出て受理されたため、装備の一式は返却だ。3人にこれでいいかを尋ねて、装備を調えた。

 お爺さんとカルムスは魔道士のため、着ているのはローブだ。物理攻撃無効などの魔法陣が描かれているという。魔法陣が描かれている方が良いのかもしれないが、何が描かれているか分からない。それに、俺とラウルは子供用なのでサイズの小さなものは数える程しかない。

「お兄ちゃんはこれにして、紺色! ラウルは赤にするー!」

「うん、どれが良いものか分からないからそうしようか」

「確かに似たりよったりだな。店の奥にあるかもしれん。見てこよう」

「「カルムお兄ちゃん、ありがとう」」

 下級騎士のダニエルはダニー。お爺さんの弟子のカルムスはカルムお兄ちゃんだ。ラウルがそう言うので、俺も二人のことをそう呼ぶように今日から変わった。皆の分もローブを選んでくれるように頼むと、皆は焦げ茶色なのに、絶対汚れるであろう白を俺とラウルに持ってきた。

「絶対に汚すよ!」

 思わず悲鳴を上げた。

「いや、汚れない術式が組まれている。大丈夫だ」

「そんな洗濯要らずなこととかある? 魔法陣ってそんなに生活に根づいてるの?」

 とてもじゃないが信じられない。

「お兄ちゃん。僕、赤の方がいい」

 俺もラウルもそれとなくさっき見ていたローブの方に近寄る。

「臭いとかはするから洗濯はいるな。こっちの方が魔法陣もいい。ラウルツ、色で決めるんじゃない」

 そうは言うが、白など目立って仕方がない。

「ラウル。カルムお兄ちゃんはああ言うけど、白は目立つよ。今回は目立たず移動をすべきだし、これを着て街を歩くと、白は貴族の象徴だから絡まれる。性能が落ちても赤の方がいい。俺は紺にするから、ラウルは赤にしてくれ」

「うん! そうする!」

 喜ぶラウルの頭を撫でた。

「何を言っている⁉ ソルレイ!絶対にこっちだ!」

「他の色がないんじゃしょうがないよ。街でも着られるものじゃないと。魔物や魔獣も怖いけど人も怖いよ?」

 僅かなお金で殺されてしまうのだからトラブルは避けないと。それに俺は、ラウルが気に入った赤を着せてやりたい。

「ハハハ。ソルレイに軍配ありじゃな。カルムス引きなさい」

 他のみんなも笑って諦めるように言ってくれた。

「ハァ。まったく。こっちの方がいいのに……」

「ふふ。カルムお兄ちゃん、探してくれてありがとう。今回はこっちにするよ」

 お礼を言いつつ、急ぐラウルに着せるとちびっこヒーローのようだった。

「うん、かわいい」

「え⁉ 格好いいよね⁉」

「あ」

 しまった。

 つい漏れてしまった心の声にラウルが反応してしがみつく。

「「「ハハハハハ」」」

 みんなに笑われ悔しがるラウルの頭をごめんな、格好いいよと宥め、俺も紺色のローブを纏った。

「では、ラインツ様、出発致しましょうか」

「うむ。参ろう」

 日が昇る前にこの国を出ようと、貴族が使うスニプルの車に乗り込み、まずはハッセル国を目指す。

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