できること
<間小話>
後期になってお兄ちゃんとロッカーを使うようになった。
ちゃんと僕が使いやすいように棚を取りつけてくれたし、2年生の教室は遠いからと音楽の授業の時は楽器も運んでくれる。
ずっと変わらずに優しいお兄ちゃんのままだ。
横笛の難しい楽譜をゴーヤン先生のお父さん“お爺ちゃん先生”に教わっていたので、僕も6弦楽器をお爺ちゃん先生に教わる。
ゴーヤン先生やバール先生、マギー先生には、練習室に来ないでいいよと言ったけど、偶に見に来る。
「ふむ、ようなった、ようなった」
「ありがとー!」
二人でやる練習はとても楽しいので、笑いながらだ。
お兄ちゃんが持って来た焼き菓子を3人で食べながらやっているのが、先生達にばれちゃった。
お菓子を取り上げられたこともあったけど、お爺ちゃん先生も言い返す。
「お主ら返さぬか。儂のじゃぞ」
「ハハハ。ミスターソルレイの菓子は、買うと高いので有り難く没収させていただきます」
先生達は、笑顔だ。
お兄ちゃんが言うには、食べるなとか持って来るなとは、一切言われたことがないからこれでいいんだって。
僕もお爺ちゃん先生もお兄ちゃんもこっそり、フィナンシェなど好きな焼き菓子は別に取ってある。
「先生達にも少し分けてあげて、自由に食べることができる方がいいからね」
そう言いながら汚れた手を濡らしたハンカチで拭った。
もう。お兄ちゃんのお菓子を先生達にはあげたくないのに。屋敷の皆は甘い香りの漂う厨房に入る度にそわそわしてるんだよ。
「ラウル。難しい曲になってごめんな」
「ううん!平気だよ。楽しいもん」
「そうか、良かったよ。また家でも練習しよう」
「うん!」
頭を撫でてくれるお兄ちゃんに返事をして、移動教室のため階段で分かれた。
教室に入ると、クラスの女の子に見られる。
そっか。次は、ダンスだもんね。
「僕、皆と踊るよ。そうすると上手くなるんだって!」
女の子達の歓声を聴きながら、席に着いた。
去年に引き続き、申込みの数が多くて困っていたけど、特定の子と踊ってアイネに誤解されたら嫌だもん。
あーあ。
アイネと踊りたかったなあ。
花を詰む時の優しい横顔を思い出しながら、授業を上の空で受けるのだった。 〈了〉
放課後、教員棟にいるクライン先生を訪ねた。
「まあ、珍しいわね」
部屋まで訪ねることはないので、初めてだな。
「深刻な問題から解決方法とまではいきませんが、打つ手を思いつきまして、先生にご協力を賜りたく」
「分かり辛いわね」
紅茶を淹れてもらい、ソファーに座る。
隠しても仕方がないので、手短に話をした。
ユナ先生から宮廷音楽家になるためのコンクールを受けるように言われたが、ブーランジェシコ先生との約束が先だったため断った一年前の夏の話と、グレパスの泡沫の話だ。
「先生がご存知かは分かりませんが、母と父は駆け落ちでして、私の髪色は父親似です。私を貴族社会から引きずりおろして、弟に継がせたいとかそういうことでもないようです。なんというか、グルバーグ家は平和な家でして、跡目争いは皆無です。もし、弟にやりたい、と言われても、私もいいよと言うだけなので争いにならないのですよ。今のところ弟も全く興味がないと言っています」
相槌を打ちながら真剣に聞いてくれる。
あの事件では、生徒の親達からの苦言が多く寄せられ、新しい学長の擁立もあり、先生達が対応に苦慮をする姿が目に浮かぶ。
「母は学長と初等科の時に同級生だったので、その頃に何かあったのだろうとは思うのですが、黙秘をしているそうで動機は不明です。とりあえず、高等科に進学した時に困らないように、レリエルで進学希望者がどれくらいいるのか教えて頂けませんか?」
先生は黙って話を聞いていたが、首を傾げた。
「それが打てる手なの?」
「どういう目的の勢力なのかは不明ですが、学校で動くということは、お爺様やカルムス兄上が怖いのですよ。レリエルからの進学者を増やせば、周りを気にしないで済む平穏な学生生活が手に入れられます。学年末の試験で成績を上げられるように勉強を教えます」
最悪の事態の回避には、多くの人手と監視の目が必要だ。その一役を担ってもらう。信用と信頼に足る人物が高等学府でも欲しかった。
「まあ!それは助かるわ。進学希望者の中で、成績が、微妙で合格か不合格のどっちに転ぶか分からない子が多いのよ。これは他クラスも同じね」
「教えるのはレリエルだけですよ」
先生の喜びようが怖い。期待されても成果が出るとは限らないからな。
「分かっているわ。それでも助かるのよ」
「もしかして、この学年って成績が悪いのですか?」
「あなたやノエル様のようにできる子とできない子の差が激しいわね」
廊下に順位や科目ごとの詳細まで張り出されるのに、クラスメイトの成績は見ないの?と聞かれて腕を組んで記憶を辿る。が、やはり出てこない。
自分以外の番号を一度も見たことがないので、誰ができて、できないのかノエル様以外知らないと伝える。
「まあ、嘘でしょう。 全然興味ないのね」
「自分の上がノエル様だけなので、加点の差を知って負けたと思うだけですね」
「あら? 悔しいの?」
笑いながら尋ねる。からかわれているようだが、素直に頷いた。
勝てるものなら勝ちたい。ラウル同様、負けず嫌いな性格をしていることは自覚している。
「お爺様に今年は一番だよと一度くらい言いたかったのです。喜んでくれますからね。でも、ノエル様の壁は厚いです。自分としては精一杯やっているので満足しています」
と、言っておきます。最後にそう付け加えると大笑いしながら、全員の成績を出してくる。
本来は、自分の派閥を強くするためにクラスメイトや他クラスの成績上位者は目に入れ、早目に取り込むものらしい。
貴族っぽいな。
それでクラスに複数の派閥ができるのか。レリエルは、ノエルが絶対君主だからな。崇められているだけで、本人にそのつもりがないところが、クラス円満の理由だな。
「忙しい4年生で動くなんてソルレイ様らしいわね」
本来見せるのはタブーと思われるクラスメイトの成績表を渡してくれた。
ビアンカもソラもまずいが、アンジェリカはボーダーだ。
アレクは成績がいいのだな。
フォルマ……なんとかしてやらないと。
1年生から4年生の前期試験の結果までを見せてもらえたので、全員の苦手な科目を把握できた。
「進学の成績は、どれほど必要ですか?」
ボーダーラインがあるのかを尋ねると、神妙な顔で頷いた。
「そうねえ。50番以内には入って欲しいわ。じゃないと推薦自体ができないわね」
「うわぁ、きついな」
フォルマは 20番以上上げないと駄目だ。
外部からも受けに来る。内部進学者は優先されるけれど、2クラス分で、1クラスは優秀な外部生と優秀な内部生の混成のクラスになるという。
このクラスが時代を引っ張る人材になるらしい。
「前期は終わっちゃったものね」
「そうですね。前期で稼がないとまずかったですね」
私がゴリ押しして、他の先生を黙らせて推薦できるのは、2人が精々よと言うので、それは、しなくていいと伝えた。
「ふふふ。そう。でも、4年生の後期は、どの生徒も成績が落ちるのよ」
授業の速度は更に上がるので、崩れない上位以外は落ちていくと言う。
「まだ、フォルマにもチャンスありですか?」
「あるわ。魔道士学校の場合は、4年生の後期の成績が最も重要視されるもの。他国の学校に教える成績も4年生の順位のみね。前期は、進学希望者の間でそこまで成績に差はないわ。魔道具の試験は押し通して全員を合格にさせたのでしょ?」
尋ねられたので、押し通したわけではないと否定をする。
「ノックス先生の教え方って上手くないんです。ノートはやたら書かせるんですけど、皆急いで書いているから先生の話が抜け落ちます。そして、そこは書かないと、と思うことは、熱心に説明はするものの、なぜかボードに書かないという。あれは仕方がないことだったんです」
説明を聞いて分かった気になるが、後で見返すとノートに書きとめられていないため授業中に聞いた説明も思い出せなくなるのだ。一時分かっても、翌日は違う説明に入ってしまい、理解できていないことに気づかない。試験前に慌てることになる。
「あらあら」
「後期は駄目ですからね! と言われて、教えないと言ったのですが、先生も教えることにプレッシャーを感じているようなので補講をします。フォルマも心配ですが、進学できるように頑張ります」
「ええ、期待しているわ!」
先生、楽しそうだな。
「先生の思っていた人数より進学者が多かったら一つ頼みを聞いてください」
「いいわよ」
「そんなにあっさり返事をしていいのですか?」
「だって、ソルレイ様って無茶を言わないもの」
敵わない。よく性格を把握されている。困ってカップに手を伸ばして逃げた。
「……まだ、考えていませんから決めたら言います」
「ふふふ。分かったわ」
頭を下げて席を立ち、お礼を言って辞した。
間に合うかなと思っていたのですが、間小話でやめずに書いていたら遅くなりました。
また暇な時にでもお読みください。




