文化祭の打ち上げ
全員に打ち上げに来る気かという目で見られている。
団結力が増したと喜ぶべきなのか。先生もクラスの一員だからと一言添えるべきか。
「あら? その目は何かしら? 皆にフロウクラスからの賠償金を持ってきました。席に着いてくださる?」
どうやら先生は、お金を預かって持って来てくれたようだ。ジュレを落とさないように気をつけつつ、席に着いた。
「ソルレイ様。英雄カルムスを使うのは、止めて頂きたかったですわ。それから、担任として音楽教諭との諍いを聞いていませんわよ」
座った途端に先生がこちらを見るが、何の話だと混乱する。
英雄?
カルムスは英雄なのか?
この前の学長を捕まえた件か?
「……私にとっては、英雄ではなく、お爺様のお弟子さんで兄ですね。ジュレにイタズラをされたと、家で誰にも言えなかったのですよ。カルムス兄上とは、別件で話があったので、報告しました。何をされたのか鑑定しよう、と申し出てくれました」
一つはこれでいいよな。音楽については俺のミスだ。クライン先生に言いそびれた。
「音楽の試験についてですが、普段の指導はコリー先生だったのです。試験の時は、違う女性教諭が来て“横笛は汚らわしい”と演奏前に失格にされました。その時は、抗議すると言ったのですが、試験が沢山あったので失念していました。今日、カルムス兄上に音楽教諭の名前を聞かれて、調理室で思い出しました」
話し終えると思いきり溜息を吐かれた。
「すぐに報告して欲しかったわ」
「すみませんでした」
完全に忘れていたことを素直に謝ると、仕方ないわねと苦笑いだった。
「ノエル様。賠償金です。金額も間違いありませんわ」
「全額寄付する」
ノエルがそう言うと、頷いて皆も納得しているようだ。
不満なのは俺だけか。
「ノエル様、労働の対価ですから寄付は嫌です」
俺がそう言うと、ノエルが考える仕草をする。
「1人小金貨7枚、銀貨6枚に銅貨6枚です。これは平均的に暮らす平民の年収の6か月分です。文化祭には、平民と交流して物の価値や価格、感情を考えるための勉強の側面があります。予算は、使い切らなければそのまま全額が寄付されます。少しでも下回るとペナルティーがあるのは、本来寄付されるはずだった金額を下回るからです」
物がいくらで売られているのか貴族として生活をしていると買ってくれる従者任せで分かり辛い。
「“少しは金の重みを知れ”、“平民の生活にもっと目を向けろ”とこういうことです。皆が、長時間、余分に働いて得たお金です。私はそのお金を大切に使いたいです」
俺の話に耳を傾け吟味するように目を閉じ、瞼を開け頷く。
「一人小金貨7枚、銀貨6枚に銅貨6枚を収入申告して、分配する」
「ありがとうございます。手続きは代理で私がやっておきます」
「分かった」
大金の入った封筒を受け取り、鞄に入れた。
「みんなー休み明けに支払うよー。初給料だ」
「ふふふ。嬉しいですわ」
「わたくしも嬉しいです。男子と違って狩りで稼ぐこともありませんもの」
「女子にとっては最初で最後かもしれませんわ! 収入申告書だなんて嬉しいですわね」
喜ぶ女子達に男子達は意外そうな顔をする。
家の生活が厳しいものは家族総出で猟に行くこともあるが、働くことは義務で嬉しいという感情が湧かない。
貴族の男女の差がここにある。
「良い決断です。貴族女性の働き口は少ないですわ。私も宮廷の内務官という狭き門か学校の教諭かの2択でしたもの。楽師の選択肢は無かったけれど、いずれにせよ道を決めるのには決断がいりますわね。まだ14才、17才になるまで大いに悩んでください! ところで、ソルレイ様。そちらは?」
俺の机の前の大皿を見る。流石だ。もう気づいているな。期待した顔だ。先生は貴族とは思えないほど顔に出る。何故、先生を手伝いたくなるのか理由が分かった。
「先生は喜ばないと思います。虫がいっぱいいます」
そう言うと女子達が悲鳴を上げる。
調理室でのやりとりを知らない女子だったようだ。
「あら? 虫は平気よ。女性だからって偏見だわ」
「失礼いたしました。でも、見せるのは、弟が先なのです。一番先に食べさせると約束しました。次がノエル様です。調理室で子供用のジュレを食べた男子と女子は最後です。あ、最初の4人はご褒美だったから別にいいよ」
「まあ!? 皆さま食べましたの!?」
食べていない子達から食べたかったのに、という声があがる。
「10人くらいだよ」
「多いですわ!」
「それ、クラスの半分が食べていますよ!」
25人だからな。
でも、15人は食べていないんだからいいだろうに。
「先生も茶器を集めてくれましたね。打ち上げに来られますか? その場合は、茶器を売っていいか先生達に確認するミッションが発生します。返却希望者には、責任をもって返却をしてもらいます」
返却不要という約束ではあったが、割れなかったので返却も可能だ。
「食べられるのなら引き受けるわ」
ノエルを見ると頷く。
「交渉成立です」
そう言うと、ニコっと笑った。
「先生達はオークションにかけていいって言っていたわ。硝子の取り皿は寄贈するから迎賓館でいいそうよ」
自分の作ったガラスの器に美しい菓子が乗せられていて感動したそうよ、と教えてもらった。
一瞬でミッションが終わった。これは、誘導されていたのか。
「ふぅー。分かりました。なんだか疲れたので明日学校に来てやっておきます。このままここに置いておいてください」
「ええ、いいわ」
細やかな要求も勿論OKだ。もういいだろう。俺の負けだ。ラウルも待っている。
「正門から出た中央通にある“エルゴ”を18時から20時まで押さえている。移動するぞ」
ノエルの言葉に先生が目をパチパチさせる。
「あら、高級店ですわね。ノエル様が持たれるのですか?」
「ソルレイと折半だ」
「まあ、素敵ね! 沢山食べましょう! あそこって少ししか皿に乗っていないのよ」
「色んな物を沢山食べられるようにですよ。ダブルと言えば倍にしてくれます」
「まあ! そんな話聞いたことがないわ。ソルレイ様どうしてなの?」
「学校に入学した日の帰りに家族で食べたんです。素直にもっと食べたい。ここに入れてと言うとダブルと言うようにと言われました」
ちなみにダブルだと料金は2倍ではなく1.3倍ほどでお得なのだ。
教えてあげるとショックを受けた顔をする。
料理や酒類、祝いのケーキも持ち込み料金さえ払えばできるので、このまま持って行く。
全員で移動だ。
皆には先に行ってもらう。2年生のレリエルクラスに向かった。
教室でちょこんと一人、席に座って待っていたラウルに、『遅くなってごめんね』と声をかけ教室の机にジュレを置き、駆け寄るラウルを抱きしめた。
「お兄ちゃん、遅いよう」
「ごめん、ごめん。許して」
こちらも無事にペナルティ回避だ。偉かったな、よく頑張ったと褒めちぎった。
「じゃあ、行こうか」
「手はつなげないね。こけないでね」
「さすがに眠気も飛んだよ。帰りは小舟だから、そこまでは手を繋いで行こう」
食べたらまた眠くなるはずだ。
「アハハ、うん」
エルゴは魚介類に力を入れていて、前に来た時は俺の入学祝いだったから魚になったのだ。
ラウルもここの魚介料理は好きで、イカスミ料理がお気に入りだ。
2階を貸し切ったので階段を上がる。
着くまでにジュレを見たいと何度も言っていたので、皆が開けておいてくれた席に着くと、テーブルに集まってもらい笑って蓋を開けた。
「わぁ!」
ラウルの声に被せるように、皆も、歓声を上げた。
蝶や虫たちが花の周りや果実の周りを飛び回ったり草の間にいたりする。
四季があり、春が一番下で夏、秋、冬となり、冬は雪の花の、結晶が煌めく金箔などないので、ユキは水色のジュレをクラッシュした物を散りばめてある。
「お兄ちゃん綺麗だね。あ! 僕はこのライデンとヴェルーガがいるところがいい!」
「そう言うと思った。そこはラウル用だよ」
「見事だ。だが、そこしか2匹が配置されていないな」
ノエルが昆虫のいる場所を目ざとく確認している。
「女子はこの辺かなと。赤テントウならいけるかなと思ったんだよ。そうするとこういう配置になるんだよ」
「ソルレイ様。この昆虫はどうやって作っているのですか? 型抜きじゃありませんよね?」
「この関節と羽根凄いな」
「羽ばたいている感じがリアルだ」
「女の子達が食べやすようにテントウムシは丸い型を組み合わせてるよ。ライデンはジュレの板を彫刻刀やカッターで削って作ったね。羽根を別のジュレで作ってハチミツをノリ代わりにしてくっ付けてる。目は可愛い目にしておいたよ」
「工作ですね」
「彫刻刀とカッターは、新品を購買で買って煮沸して消毒してから使ったよ。大丈夫」
店主に大きいナイフを借りたいと店員に頼むと、すぐに店主がやって来た。
「……美しい。これがドルチェだなんて信じられん。世界が丸ごとはいっているかのようだ」
切るつもりだったのにそのまま呆然として動かない。
「良ければ一切れ差し上げますよ。皆もこんなに食べられないだろうし」
「本当ですか! ソルレイ様、ありがとうございます。是非」
もう切ってしまうの!? という先生や女子には悪いが食べるためにある。
ラウルのところを一番初めに切ってもらい、お皿に乗せると喜んで席に座り食べ始める。
ノエルも切ってくれと言うのでそうすると、さっさと席に持って行く。
もう少し見たい! という女子達は切ったもののそのまま皿に取らず、男子も最後に、と願う者もそのままだ。
俺も最後でいい。
店主はすぐに持って行った。
まあ、今なら選べるもんな。
料理が次々に運ばれるので、シェアしながら皆で食べたり、気に入ったら単品で食べたりと様々だ。
俺とラウルもイカスミパスタや、ジェノベーゼに似たパスタを食べつつ、魚介の煮込みやイカフライに舌鼓を打った。
オリーブとマッシュルームの入った魚介のスパイス炒めは本当に美味しい。
大きなエビをぶるんと剥いて、ラウルに渡すとかぶりついた。
自分の分を剥いているとノエルが見ていたので、行儀かと思ったが、視線はエビに向けられていた。注文して剥いてあげた。
かぶりついて美味しさに目を細めていたので、魚派に転向するように薦めた。
美味しい食事に舌鼓を打ち、ジュレの余りは店に居合わせた人達に店主が希望者に少しずつ振る舞ってくれると言うのでそのまま置いていくことにして、割り引かれた料金を支払った。
また休み明けにねー!と手を振って別れ、鞄をリュック型にして背負い、冷却の蓋を重ねて片手で持ちながらラウルと手を繋いだ。
「お兄ちゃん、今日は、一緒に寝ようね」
「疲れてるからきっと話もせずにすぐに寝ちゃうよ」
「お爺ちゃんの部屋に行く?」
「お風呂に入ったら枕を持ってそうしようか」
小舟に乗り込み、終点のグルバーグ領まで頼み二人で文化祭の話をしながら20分の船旅を楽しんだ。
当たり間は真っ暗だ。
ラウルが渡した魔道具で足元を照らしてくれたので、小船から安全に下りることができた。
船着き場から少し歩くと、広い道でロクスが待っていた。
「「ロクス!」」
二人で駆け寄った。
「20時まで打ち上げの店を取っているとおっしゃっていたので、そろそろかと。さあ、帰りましょう」
お礼を言って車に乗り込み、家にたどり着く。
眠くてしょうがないのだと、お風呂に入り枕を持ってお爺様の部屋に突撃した。
驚いた顔をしてから、おいでとお爺様が笑顔でいい、頑張ったよ、と話しながらいつの間にか眠りに落ちていた。
翌日、3人で寝坊をして、3人だけのブランチを味わうのだった。




