嫌がらせの後始末 断罪の正否
もう迎賓館の冷蔵庫はパンパンだから、冷凍室だな。
「迎賓館に行って来るからここにいて」
4人を残して一人で向かう。
途中でクッキーとレモンケーキを中庭で頑張るラウルに渡した。
練習している皆を横目に迎賓館の冷蔵庫からジュレを取り出して全て切っておく。
大人用2つと子供用2つを冷凍室に入れた。氷菓が上手くいくかは試食してみないと分からない。明日の当日に食べてみるしかないな。
ノエルに声をかけてから調理室に戻ると、
“フロウ! 今度開けたら許さない!”
ロゼリアクラスが書いた紙が冷蔵庫に貼られていた。
ガーネルに譲った冷蔵庫にも、
“我らもフロウの妨害には屈しない”と、書いてある。
それを見たので、レリエルも何か書こうと思ったらしく、4人が、冷蔵庫に文言が書かれた紙を貼るところだった。
「何て書いたか見せてくれないか?」
「これです」
コーネル達が、一列に横並びになると、紙の上下を掴んで紙をこちらに向けた。
“おまえ達のせいで作り直しになった。絶対に許さない”
“嫌がらせなど恥を知れ”
“14歳にもなってみっともない真似は止めろ”
“貴族がやることではないぞ”
少々強めの言葉で書かれている。腕を組んでアウトかセーフかを考える。
「絶対に貼ります!」
コーネルの言葉にフォルマ達も頷く。
「ああ、うん。他のクラスも貼っているからな。いいよ」
3台の冷蔵庫に怨差のように貼り、4台目は、2年生のカスタードクリームも入っているので文言を変えた。
“2年生のカスタードクリームとマンダリンが下段で冷やされています。下級生にまで嫌がらせをしないようにソルレイ・グルバーグ”と、書いた。
さすがに2年生に嫌がらせはしないだろうが、書いておけば抑止にはなるだろう。
さっき言い忘れたので、早く来るノエル達にも下段に入っている物が分かるようにという意味もあった。
レアチーズケーキを4人で作ってみようと声をかけた。
柔らかくしたクリームチーズにハチミツとレモン、サワークリームより安価なヨーグルトを混ぜて、砕いたビスケットの上に流して冷蔵庫に入れるだけだ。
余りのお手軽さに驚いていた。
「あんなに美味しいのにこんなに簡単なのですか」
「本当はベリオットのジャムとキウイソースとか。レベッカオレンジもそうだし、ソースをかけた方がカフェっぽいけどね。ミントも乗せてさ」
言った途端に否定をされた。
「これでいいと思います」
「凄く楽です」
「俺もこれなら家で作れます」
「安価なのに見栄えもよく味もいい有り難い冷菓です」
「アハハ」
その分、日持ちがしないのだと話した。
「明日の朝からこれを作って欲しいんだよ」
この分だと皆できそうだ。
「冷蔵庫で1時間冷やすのでしたね」
「そうそう。固めるのに必要なんだ」
「これも冷凍庫に入れてみますか?」
「いいね。やろうか」
冷凍庫に入れてみることにした。氷なども明日にはできているように各冷蔵庫に給水をしておく。
レモネードもハチミツ漬けのレモンに生レモンを絞って、ドリンク係の4人に作って貰い、スプーン3杯の割合になるように教える。
練習も終わり、洗い物も済んだ。調理室を使っていい時間まで粘ったので、調理室の鍵を閉めた。
どのクラスも、フロウを警戒してか何人かが残っていたのだ。2年生には俺達が最後までいるから帰っていいと言った。
「来なかったですね」
「その方がいい」
ハルドの言葉にフォルマとアレクが同意をした。コーネルが、かけた鍵がちゃんと閉まったかを確認をした。
「鍵の返却に行ってきます」
「俺も行こう」
コーネルとフォルマに頼むことにした。
「ありがとう。終わったら迎賓館に来て。そこで解散になると思う」
「「はい」」
もうこれ以上は勘弁して欲しい。明日にやられるとどうにもならないからな。溜息を押し殺して、ハルドとアレクにお疲れ様と労いつつ初等科に戻った。
迎賓館に行くと誰もいない。畳まれている沢山のエプロンを見て、とりあえずエプロンを外す。扉が開いたので振り返ると、コーネルとフォルマだった。
「もしかして、ローズガーデンの方でしょうか?」
「本番さながらの練習をしているのかな」
「エプロンはあるから違いますよ」
それもそうだ。
「あ! 教室ではないですか? 今朝のやつですよ! きっと!」
「「「ああ!」」」
「今朝の……。忙しくて記憶の彼方だった」
まさかずっと待っていたとかは無いだろうが、怒られそうだ。
「途端に戻るのが嫌になりますね」
「ハルドの言う通りだな」
皆で一応ローズガーデンに行き、誰もいないのを確認してから教室に戻ることにした。
「面倒だし帰りたい。向こうは謝って済ませようとしているんだろ? それを変えようとするとこちらも相当なエネルギーがいる」
もう疲れたので帰りたい。昨夜もジュレの板を作っていたのだ。
「疲れた後で辛いですね」
「明日に使いたいエネルギーですね」
「しかし、チャンスでもあります。教室に行くまでにいい手を考えるべきですね」
「おお! コーネル! さすが文官家!」
何かいい案があるらしい。階段の踊り場で足を止めた。
「ソルレイ様、『菓子コン優勝者だぞ! 俺は!』と言えば解決します」
「えぇ!?」
何だか思っていた意見とは違う。
上から目線でいくべきだ。
辺境伯家なのだから、と皆に言われる。俺も次第にそうなのかな? そうした方がいいのかな? と迷う。
貴族っぽく振る舞わないとなとは思うのだが、正直対応に困っている。生粋の貴族ではないため助言に耳を傾けた。
そして、教室に戻ると先生二人とフロウクラスの生徒が15人もいた。やった本人達もいるが、あの場にいなかった女子生徒も来ている。
そのことが、気の毒だった。
「お疲れさま。なんとかなりそうかしら?」
扉で立ったままの俺にクライン先生が声をかけた。
「ケーキもお茶請けで出す菓子も作れませんでした。アイスティーなどのドリンクも明日の朝になりそうです。なんとかなったのはジュレだけです。今日するはずだった予行演習も一部分だけですのでぶっつけ本番になります」
眉根を寄せ不機嫌です、という態度でフロウを一瞥してからノエルの隣に座る。
「だ、そうですわ。オルベスタ先生。わたくしもソルレイ様から文化祭のスケジュールは初日に頂いておりますの。今日は全員で設営後、予行演習となっておりましたわ」
「ソルレイ様。フロウクラスがしたことは申し開きのしようがないことですわ」
じっと続きを待つが、先生もこちらが何を言うのか窺っているようで見返される。
「それだけを言うためにクラスメイトを留めているのなら時間の無駄ではないでしょうか。朝から時間はありました。聞き取りも済んだのでしょう。具体的な話をお聞かせください。結論が先、過程は後でけっこうです」
交渉は強気でいく。
そうするとここに来るまで、4人と相談して決めた。
オルベスタ先生は何度か小さく頷き、口を開いた。
「他クラスからも被害は聞いております。こちらの菓子が一切れ小金貨1枚だと誰も知らなかったのです。ソルレイ様がお菓子コンクールで、優勝し、王に菓子をとパティシエの皆さんから求められた腕前だということも知らなかったのです。弁済できる子とできない家の子がおります」
過程は後でいいと言ったのに。コーネルに言うように勧められた文言は先手を打たれてしまった。
オルベスタ先生は外交派閥だったな。交渉は上手いか。
それにしても一定の結論を用意せず、ここに来て交渉をするとは、よほど自信があるのかもしれないが、ダニエル仕込みの交渉術を甘く見るなよ。
「弁済できない家の子は何故嫌がらせに加担したのですか? 私からすると物損を出した時点で弁済は当たり前ですが、先生の中では違うのでしょうか? 最上級生なのだから卒業後働いて返せばいいのではないですか? 分割でもいいと思うのですが、弁済方法ではなく、弁済そのものをしないということでしょうか。分かりにくいので結論を先にお願いしたいです」
俺が、弁済する気自体がないのかを先生に問うと、何人かが俯く。
オルベスタ先生も少し考えている。
生徒間で起ったことだからと思っていたのだろうが、それで済むなら教員に言ったりはしない。
息を大きく吸い、オルベスタ先生だけをしっかり見る。
「一方的に嫌がらせをされ、決闘を申し込まれ、迷惑だと告げました。ノエル様に、『もう声をかけてこないように』と言われたほどに酷かったのですよ。完成品を冷やして食事から戻ると更にエスカレートさせていた。止めずに悪意を持って行動し、結果、損害を出したのならその時点で犯罪者でしょう? 弁済だけで済ませるのは皆の温情ですよ。初対面でよくまあこれだけのことをしたなと思います。十分配慮しているのにこれ以上配慮が必要ですか? 明日も朝が早いので結論をお聞かせください。聞いたら帰ります。私もクラスの皆も明日は、絶対に成功させると決めています」
そのために、明日も朝早くから動くので時間をとられたくない、と告げる。
オルベスタ先生はじっと考えてから、口を開いた。
「弁済はフロウクラスの弁済できる家の者で行います。わたくしにも監督責任がありますわ。数に加わります」
「無断で調理室に侵入して嫌がらせをやった本人達が支払えばいいのに、嫌がらせをやっていない人も連帯責任なのですね?」
「……」
逡巡するように目を動かしてから瞼を閉じた。
先生の中では、終着地点は、生徒の弁済を回避することしかなかったのだろうか。
免除になるかもしれないので、フロウクラスの女の子達がそうして下さい! とばかりに顔を上げて先生を見ていた。
苦しい家庭の子かもしれない。
その女の子から視線を切った。皆が妥協できる何かがあれば……。
「ノエル様。謝罪はいただきましたか?」
「いや、まだだ。額が大きすぎるという話ばかりだ」
「……先生方、謝罪が先では?」
思わず呆れたような声が出る。妥協の一筋の灯りが消えていくのを感じた。
「あなた達? さっき謝ったと言っていませんでしたか?」
オルベスタ先生が謝ったのよね? と確認をとるが誰も答えない。
「謝罪はしたと聞いていたのだけれど。まさか、していないの? 答えなさい」
生徒達が目を泳がせる中、クレバが嫌がらせの度に謝罪は都度ノエル様にしました、とまさかの答えを述べる。
先生達が、何を言っているの? と驚きの顔で見ていた。
よくここでそれを言えたな。
クライン先生が、俺を見るので頷く。
「嫌がらせをして、やめるように言われて、謝って、また嫌がらせをして。ノエル様に注意を受けて、謝ってまた嫌がらせを始める。その繰り返しで、調理室から出て行くように言っても出て行かず、最後はとうとう食事に行っている隙に全ての冷蔵庫を開けて物損とこういうことです」
女子達の作業台に近寄ってきた時は、何かあるといけないので、男子で壁を作って女子達には先に休憩を取るように促して調理室から出てもらった、と言うと、先生達の顔が怒りに変わる。
二人とも女性の先生だからな。
「あなた達ねえ、もう14歳なのよ? しっかりしてちょうだい!」
「皆さん! 家に迷惑をかけるとは思い至りませんでしたか!?」
先生達が嫌がらせをした5人に説教をする。
「きちんと謝罪をしなさい!」
クライン先生に言われて、クレバが申し訳なかった、と抑揚なく告げると、他の生徒達も申し訳なかったと同じ文言を何の感情も籠めずに言った。
その態度に、オルベスタ先生は頭を振り、クライン先生は怒っている。これ以上、長引いても時間の無駄だ。
こうなったら弁済で幕引きをする方が双方のためだ。
「オルベスタ先生。先ほども述べましたが、クレバ殿に決闘を申し込まれました。理由が冷蔵庫と調理台を得るためだというので断りましたが、神聖な決闘の申し込みを安易に行わないように指導して下さい。それから、フロウクラスに他クラスの近くに寄らないように。文化祭当日も関わって来ないように伝えてください。調理室を使用するクラスは、作業を終えていても常に見張りを置いている状態なのです」
他のクラスも冷蔵庫に『二度と開けるなフロウ』や『フロウは嫌がらせをやめろ』と言った文言をびっしり書いて貼られていると伝える。
さすがに名指しをされていると思わなかったようで、嫌がらせをしていないフロウの生徒達が嫌そうにする。
「決闘まで。分かりましたわ」
「文化祭当日ですが、フロウクラスは連帯責任で全員立ち入りを禁止して欲しい場所があります。ローズガーデン、迎賓館、中庭、2年のファリスクラス、2階の渡り廊下、3階の渡り廊下、これらを使うクラスにもです。フロウやフロウクラスの関係者には来ないで欲しいと聞きました。警戒しつつお客様の対応などやりにくいですからね。上辺だけの謝罪を行い、嫌がらせを12時間以上やり続けたことを鑑みて、破った場合は退学するように、ここで約束させて下さい」
退学という言葉を聞くのは、レリエルは二度目だが、初めて聞くフロウは目を見開いていた。
クレバもようやく表情が変わる。
「賛成だ。フロウクラスの者の謝罪は軽い。物の次は人に移る。事実、相手にしなかったソルレイは決闘を申し込まれている。本人の気質が穏やかなので挑発には乗らなかったが、どちらかが負傷していた可能性もある。明日は多くの者達が出入りをする。文化祭に来た一般客や子供が巻き込まれでもしたら回避などできないぞ。フロウは文化祭に参加しないか、来ないでくれと言われたクラスに出向かないか。いずれかを書面に残すべきだ」
ノエルからも言われ、先生達は迷う顔をする。
退学という言葉を出して弁済の案を呑ませようと思ったが、明日大人しくしていてくれるなら悪くない案だ。
4年生で退学者が出るかもしれないが、寄らなければいいだけだ。簡単に回避できる。
しかし、退学と言う重い言葉に反応したフロウクラスの女子が声を上げた。
「わたくしは嫌がらせをやっておりません! わたくしが守っても、他の人が破ったら連座なのですか!? 嫌がらせだってさっき聞いたばかりなのにあんまりですわ!」
「わ、私も嫌です!クレバ様やセリビオ様達がやったことなのに退学だなんて……」
「私もあともう少しで卒業なのに……こんな……」
「その態度はさっきの謝罪で見せるべきだったな」
ノエルがついっと目を逸らすと、息を呑んだような顔を見せた。
そんな、戦場で上官に死んで来いと言われたような顔をしないでも。一日だけだよ。
クレバはムスッと唇を引き結んでいるし、口の悪いセリビオという男子は動揺しているのか挙動不審だ。
「フロウは団結力があるので全員で協力できるのでは? 図書館の魔道具の本は熱心に全員で借りて独占しているのだから問題ないよ。確か、“レリエルのノエルを主席から引きずり下ろせ”だったかな? スローガンまで立てて嫌がらせをするために力を合わせているのだろう。今回も全員で協力すれば大丈夫だよ」
ここで持ち出すのか。という顔をするフロウの生徒達に微笑んで、どういうことか尋ねるクライン先生とオルベスタ先生にばらした。
穏便に済ませようとしていたオルベスタ先生も同意を示した。
「以前からそのようなことをしていたなんて……これではどうにもなりませんわね」
そう言わせることに成功した。
結局、連座で一人につき全員が1週間の停学、破った本人は退学。
損害賠償は、先生も加わりクラスで等分。家へ連絡をして、苦しい家は学校側が一部を立て替え、文化祭の終わりにレリエルに一括で支払われる。
この金額は教会に寄付しなくて良いと取りつけた。
余分に12時間もかかった労働代だと言うと、先生達もそうね、とあっさり認めた。
レリエルにも家庭事情の厳しい子はいるので、小金貨192枚だと一人小金貨7枚と銀貨6枚、銅貨7枚が貰える。
馬車やスニプル車じゃなくて毎日時間をかけて小舟で通っている子もいる。
進学費用の足しにはならないだろうが、制服のシャツの洗い替えの代金にはなるか。
自業自得なのにフロウクラスに恨まれるのはご免なので、オルベスタ先生の方からちゃんと複数の他クラスに損害を出したからだと説明するように求め、話は終わった。
オルベスタ先生がフロウクラスを連れて出て行ってから、クライン先生にレモンケーキをあげると喜んで受け取った。
「想像以上に酷かったのね」
「“終わりよければ全て良し”です。明日は笑って終わりたいです。先生が茶器を集めて下さっていると、テイナー先生から聞きました。数はいかがでしょうか」
教務課の職員さんからは迎賓館で受け取った。
とても綺麗な細工の入ったガラス皿だったので、割ったらすみませんと先に伝えてある。
「大丈夫よ。ノエル様に渡しておいたわ」
「迎賓館で受け取ったぞ。数も十分にあるから問題ない。チケットも渡しておいた」
「ありがとうございます」
後味がいいとは言えないが、決着はした。
この苦労も明日で終わりだ! 最後の文化祭を楽しもう!




