レリエルクラスの団結力
文化祭前日。
俺は皆の負担を減らそうと、蝶々の型抜きが朝からできるように家で作ってきた。
教室に行くと、普段より人が多い。
クライン先生と昨日名前を思い出した偶数組の担任を受け持つオルベスタ先生、それからまあ、朝の早い寮生達もいた。それから通学組も半数は来ている。
俺は通学組の中では少し遅い方だ。今日は、早く来た。
皆もいつもより早く来てくれたようだ。
「先生方、おはようございます。皆もおはよう。調理室に行って来るね」
台車で運んできているので、早く冷蔵庫に入れたい。
「ソルレイ様、お待ちになって!」
オルベスタ先生に引き留められた。
「昨日のお話ですよね。冷蔵庫に入れたら戻って……うーん。作業をするから無理だな。すみませんが、時間が空いたら来ます」
軽く一礼をして教室を出ると、男子や女子も皆が立ち上がって教室を出ようとする音が響いたため、廊下で待っているとやはり来てくれた。
「まあまあ、どうしましょう。クライン先生?」
「時間がないのですわ。明日ですもの。ノエル様もそうおしゃっていたではありませんか」
「そうなのですけれど。でも、このお話も重要ですよ」
「ええ。ですが、その分時間も取りますでしょう。レリエルの生徒だけ時間を失うのはフェアではないのではなくて? 彼らに落ち度はないのですよ」
「……そうですわね」
廊下で耳を傾けてから台車を動かした。
「ソルレイ様。壊れない物なら私がやります」
フォルマに声をかけられたため任せた。
「ありがとう。蝶々用の板だよ」
「作って来てくれたんですか?」
「うん。俺の作った菓子は工程が多いからね。それに、ああなるって分かっていた」
さっきの教室の光景を思い出す。
登校の早かった生徒達はノエルとオルベスタ先生とのやり取りを歩きながら教えてくれた。
ノエルに『忙しいので簡潔にしてくれ』と言われたオルベスタ先生がたじろいでいたらしい。
報告書の最後にノエルが署名をしたことから、まずはノエルに話がいったようだ。
クライン先生なら間に俺を挟んで上手にやるが、オルベスタ先生は直接ノエルに“生徒に弁償はさせられない”と言ったらしい。ノエルはそれを拒否したが、代替案を出すようにも言ったそうだ。
ロゼリアは、学校側が余分にかかった費用を持つということで合意したと説明があったという。レリエルの場合は、手間や労力はかかるが、採集などを自分達で行っていたためゼラチン代だけになるな。
比較しても納得できないのは、時間と手間が掛かるからだ。
「生徒が弁済するには金額が多すぎるらしいですよ。腹が立ちます」
「俺も腹が立ちます。弁済に多いもなにもありませんよ。そういうものだと思います」
「そうですわよ!」
「わざとですのよ!事故じゃありませんの!不注意でもありませんのよ!」
「嫌がらせをしておいて、責任を取らないのは最低ですわ」
いつも以上に静かなノエルを見ると、目に怒りをたたえていた。
「一切れ小金貨1枚で16個取れるから×12で小金貨192枚ですね。弁済額としては高くありません」
「フロウクラス全員じゃなくて開けた本人が被ればいいでしょう。いつも嫌がらせをして来る時にクレバは止めなかったから、5人は連帯責任でいいです」
「一人小金貨40枚ほどですか。親に申し訳ないなら少しでも夏休みに家の用事でもして働いて返せばいいのですよ」
金貨4枚の負担は大きいのだろうか。
平民からするととんでもない額で、銀貨1枚を溜めるのに半年がかりだったことを思い出す。
今は辺境伯家で、潤沢の資金の中から仕事を創出してお金を稼いでいる。
「金貨4枚は学生には重いが、親でもそうだろうか? 学校の初年度にかかる金額だから……やっぱり多いかな」
口にすると一蹴された。
「自業自得だ」
「そうですよ。本来調理室にいる資格がなかったわけで、勝手にいた上に妨害行為と迷惑行為、損害賠償になるのは当たり前です」
アレクもすっぱりと言い切った。
扉が開いていないかを確認してから調理室の鍵を開け、作業に入った。
ロゼリアクラスの女子達も少しして総出で作業に入り、二年生もやって来た。
ガーネルもパイ生地やフィリングを作りに来て、作業に入る前に俺に礼を述べた。
「エリット様に謝罪をいただきましたの。ソルレイ様が言って下さったとお訊きました。ありがとう存じます」
「いえいえ、お気になさらず。エリット様が、悔恨の念をずっと抱いていらしたので、最後の文化祭ですからお互いに悔いのないようにしましょうと申し上げただけなのです。良き思い出となるよう頑張りましょうね」
微笑むと、向こうも微笑む。
ノエルも冷蔵庫を譲ったことの礼を言われていた。
「気にしないでいい。エリットからも頭を下げられている」
「まあ、そうでしたの。分かりましたわ」
少し驚いた顔をした彼女たちが立ち去ってから、手を叩く。
「本番で成功させるぞ! もう一度気合を入れて頑張ろう!」
おー! と男子は声を上げ、女子は笑っていた。
皆で作り直し、お昼には完成するので、昨日のことを鑑みて交代で昼を摂りに行くことにした。
ここはもはや安全ではないのだ。
「暇だから余った材料でケーキを焼いてもいい?」
「レアチーズケーキの材料は大丈夫か?」
「うん。あれは、小麦粉を使わないから平気」
「分かった」
ノエルがいいと言ったので早速始める。
「アンジェリカ嬢の家のレモンって美味しいよね」
「私にとっては、いつものレモンなので分かりませんわ」
不思議そうに首を傾げる。
「レモンの完熟ってそのまま食べられるくらいに甘いんだよ。偶に甘いのがいると、嬉しい」
「ふふ。でしたら取り忘れですわね」
「触ったら柔らかいから分かるんだよ。そしたら、ああ。これが当たりだって思う。このまま食べたら美味しいだろうなって。でも隠れて食べたら罪悪感を覚えるから気づかなかったふりで少し下に入れておいた」
今日は使えると喜ぶ。
「まあ!」
「ふふふ」
女子達に笑われながらケーキを作る。
即席レモンケーキ。
レモン型にして焼き上げると甘い香りが広がる。
「みんなでアイシングしてー。顔でもいいよ。27個ある」
「ソルレイ。担任はともかくオルベスタ先生の分は必要ない」
「ラウルツの分だよ」
「……そうか」
クライン先生とラウルの分だと言うと、頷く。
俺は思い切りレモンを顔に見立ててラウルと俺を描いた。
「ノエル様も顔でいいですか?」
「顔はさすがに食べ辛い。やるなら前のイタチぐらいにしてくれ」
「了解です」
気合を入れて可愛いイタチを2匹描き遠近法で奥にある木に実った林檎を狙っているように描いた。
俺はノエルにはいっと渡す。
「最早アートだな」
「レベルが違いますわね」
「大丈夫だよ、コツがあるんだ」
「教えてくださいませ」
「わたくしも知りたいですわ!」
「うん。クラスメイトの分をやれば、絶対に上達するからね」
女子達とアイシングを極めていると、男子達が戻ってきたので、動物を描いておくようにミッションを言い渡した。
戻ると、みんな結構うまい。
「花や鳥じゃ駄目なんだ。動物を描くことでうまくなる」
「狩りに行くので細部まで知っているということですわね」
「これは、参りましたわね」
「じゃあ好きなのをとって。俺は弟と“顔”にしたからこの2つはもらうね」
マクベルやフォルマが取ろうとした物を女子達が奪っていく。
「「!?」」
男子達は伸ばした手をピタッと止め、しずしずと引っ込めた。
……レ、レディファーストだもんな。
うん、仕方がないことだ。




