いたずらの責任
クッキーケースをテーブルの上に置き、戸締りをしてからレストランに向かう。女子達とは入れ違いになった。
食事を取りながら打ち合わせを行う。
「ソルレイ。あと何個だ?」
「大人のジュレは28個できて迎賓館に運び済みだよ。子供用も今は12個だけれど、15時になればもう12個できるよ。規定量になる」
「ならばクッキーとジュレは完成だな」
「レアチーズケーキは当日でも1時間冷やせれば問題ないよ。お茶請けも衣をつけて揚げるだけだからね。お茶は前日の明日に作って冷やす?」
「いや、風味が落ちるだろう。ドリンク類も当日にしよう」
「分かった」
食事をして調理室に戻ると、女子達から、フロウクラスが冷蔵庫を開けていたと訴えられた。
「「!」」
「あいつら!」
怒っている男子達を宥めて、全員でどうするかの協議に入る。立ったまま調理台を囲み、意見を出してもらう。
「作り直すには時間が足りないのではないかしら」
ソラの現実的な意見に時間の計算に入る。
作った分から出せば、明日頑張ったら間に合いそうだ。そのことを皆に伝えると安堵した息を吐く。
「なにしたんだろう。食中毒になるとまずい」
「作り直すか?」
ノエルの問いに同意する。
「はい、そうすべきだと思います。皆どうする? 今日は疲れただろう。帰る?」
「集中力を欠くとあのジュレは、ミスが出ますわ。明日に作り直した方が良さそうですわね」
「そうだね。アンジェリカ嬢、誰が開けていたか分かるかな?」
「フロウクラスの男子が二人でやっていましたわ。全部の冷蔵庫を開けていましたのよ」
「うちだけじゃなくて?」
「ええ。全てですわ」
女子達に昼前のやりとりを話すと、決闘をして手に入れようなんて最低ですわね、と眉根を寄せる。
あれは、決闘の申し込みだったのか。
「今日は、クライン先生は休みみたいだから報告書を作ってポストに入れておこう」
「ジュレはフロウクラスに買わせるか」
ノエルの意見に賛同する子が多かった。
「そうですわ!」
「一切れ小金貨1枚の労力ですのよ! 弁償させるべきですわ!」
「あんなに手間が掛かるのだから当然ですわよ」
怒っているのは皆同じだ。俺も怒りが湧く。どうするか話していると戻ってきた他クラスの女子達が、悲鳴を上げたので全員の視線がそちらに向いた。
「できていませんわ!?」
「おかしいですわね」
「生地からバターが少し溶けていますわ。どういうことなのかしら」
会話を聴いて事情を察する。
冷蔵庫が開いたままだったらしい。
完全に持ち手を下げないと、冷蔵庫の扉は開いてしまうのだ。
魔道具とは、作りが雑な物も多くあり、前世の職人たちのような使う人のことを細部まで考えた物は少ない。
冷蔵庫の魔道具は取っ手を下げないとじわじわと開き、冷凍庫の魔道具は4つの長方形の引き出しがあり、1つは氷を作り続け、あとの3つは冷却温度がそれぞれ違うため食材別に使うのだ。
使用者側で設定温度を変えるなんてことはできない。
そのためいくつも冷凍庫を買わないといけない代物だ。
「あちらにも被害者がいらっしゃいますわね」
ビアンカの通る声に、ロゼリアクラスの子や他のクラスも反応を示した。
「そちらもですの!?」
事情を女子同士で話すようだ。
俺達はどうするかを決めなくてはいけない。
結局、ロゼリアクラスも作り直しを選択して、担任を通じてフロウクラスに弁済を求めることになった。
リンディが言うには、フロウ、ファリス、ロゼリア組の担任は、今日は出勤しているため言いに行くという。
「うちは8時間かかる菓子で、これで終わるはずだったんだ」
一つを大皿に引っくり返して見せた。
「まぁ! なんて綺麗なのかしら」
「最後の工程で冷やして完成するはずだった。これが12個作り直しだよ。子供達が食べる予定だったから……何かされていたら困るし、作り直すよ。心が折れたから今日は帰って明日にすることになった」
「わたくし達もケーキに使う材料は買い直しですわ。クリームも分離しておりましたの。作って冷やしておいたタルト生地も作り直しですわ。バターも融けていますもの。今日、買い直しませんと明日作るにしても間に合いませんわ」
お互いに悲痛な顔で頷きあう。
俺はざっと朝からの経緯を書いて、ついでにガーネルに冷蔵庫を譲ったことも報告しておく。教務課の書類に印をお願いした。
邪魔をされながらも作った12個を無駄にされて、許せない悔しい。最後に心の叫びを書いておいた。
そして、ノエルが、フロウに弁済を求めると静かに書いてアヴェリアフ侯爵家 ノエルと署名をした。
全員が、頷いた。
廃棄すると、物がないだろうと言われ弁済を拒否されると困るのでこのままにしておく。
明日、またがんばろうと声をかけた後、教員棟のポストに報告書を入れた。
ノエルとも別れ、重い足取りのままトイレに歩き、顔を洗ってからラウルの教室に迎えに行った。
教室を覗くと、扉の近くにいた子が呼んでくれた。絵筆を手に持っているからポスター作りだろうか。
「お兄ちゃん!」
「迎えに来たよ。まだ作業をするなら邪魔にならないところで待ってる」
「もうちょっとで終わるよ。どうしたの? ちょっと元気ない?」
顔をよく見ようとする。そんなに落ち込んで見えるのか。
「ううん。そんなことないよ。少し疲れたかなあ。ラウルは?」
「僕? ふふ、平気だよ! 準備も楽しい!」
「そうか。何をしているところ?」
「看板だよ!ようやくできたの!これだよ!」
看板は、裏表で絵が違う。ボールを投げる前と投げた後の絵で、並んでいる人と遊ぶ人の仕切り代わりらしい。
「おお! 危なくないようにか! 凝ってるな!」
「いいでしょ!」
抱きつこうとして、自分の服に絵の具がついていることに気づき止まった頭を撫でる。
「頑張った、頑張った」
「お兄ちゃん、ルール説明の小さい看板に字を書いて。それで終わりなの。皆嫌だって言うんだもん」
「アハハ、いいよ」
なんとなく気持ちは分かる。失敗できないものな。
「よかった! お兄ちゃんは、字が綺麗だからね」
「そう言われると頑張らない訳にはいかないな」
「アハハ」
俺はラウルの教室で作業を手伝い、クラスの子達に本当に字が綺麗ですねと褒められた。
「ありがとう」
ほんの少しだけ気分を上げて家に帰ることができた。




