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調理室の攻防 後編

 調理室では、淡々と作業をするノエル達から文句を言うか迷う距離を開けたフロウが睨むように見ていた。


 そんなフロウクラスを侮蔑の眼差しでレリエルの全員が見ると怯んで、場所を退いた。

 そこはレリエルの調理台だからな。


 俺は、全員に声をかける。

「みんなーこの一番端はガーネルが使う。申請をやり直したから入れないようにね」


 分かりました、と全員が返事をする。

 出来上がった物は崩さないように型から外さずに移動だ。


「そのボウルはうちでも使う。返せ」

 言葉遣いの悪さに眉を顰める。

 いけない。顔に出すのはよくないんだった。


「そうでしたか。それは失礼をしましたね。調理台の申請数はいくつですか?」

「なんだと? 返せと言ったんだ! 早く返せ」

「?」


 言葉が通じず困惑してノエルを見る。

「どうしますか? 1つなのか2つなのか……」

「2つ返せばいいだろう。1つはさっき型から外したしな」

「はい」


 俺は2つを洗うと拭きとって渡した。

「どうぞ」

「…………」

 口をへの字にして受け取らないので、ますます困惑する。


「クレバ殿、どこの調理台ですか? 返していないと後で言われる迷惑です」

「ソルレイ様。申し訳ありません。そちらは使いません」

 クレバがそう言い、クレイジーだなと思いながら頷く。

「……そうですか」


 とりあえず、申請していない調理台に戻しておいた。

 やり取りを見守っていたクラスメイトに、“本当は使わないらしい”と告げれば揉めそうだなと思い、『女子が来てからやるみたいだね』と適当に言うと、みんな頷いて作業に戻っていった。


 男子達を連れて、完成したジュレを迎賓館まで運び、大皿に移し変えたら冷蔵庫に入れる。庫内は広い。まだ入りそうだ。

「ソルレイ様、これで最後です」

「うん、ありがとう。冷蔵庫のハンドルは、忘れずに下げて」

 迎賓館の戸締まりも鍵を確認してからきっちりと締めた。

 ボウルを持ってまた調理室に戻る。


 調理室の扉を開けた直後に喋りながら知らない女子達も後ろから歩いて来るのに気づいた。邪魔にならないように入ってすぐの通路を使う。入って来たのは他クラスの女子達だ。


 どの調理台に向かうのか。先頭を歩いている子を見ていると、さっきボウルを返した所だった。

 それに気づいた何人かが、他クラスの女子達から隅で動かないフロウクラスの男子に訝しげな視線を送っていた。


 フロウクラスなのかそうでないのか。確認だけでもしておくか。こちらの女の子達からは不穏なものを感じなかった。楽しそうに話しているところを悪いなと思いつつ、声をかける。


「おはようございます。お初にお目にかかります。私は、レリエルクラスのソルレイ・グルバーグと申します」

「まあ、ソルレイ様。ご丁寧にありがとう存じます。わたくしはリンディ・アナスタシアでございます。伯爵家でございますゆえ、敬語は不要ですわよ」


 代表をして挨拶をしたリンディは、赤色とも茶色にも見える髪を大きな三つ編みにして前に下げていた。カーテシーをする所作は優美だが、首の肌色が白い貴族の令嬢達の中でも一際白くて目を引いた。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。リンディ嬢、この調理台の一番大きなボウルをお借りしてもいいかな。実は、さっき洗って返したところなんだ」

「かまいませんわ。わたくし達は使いませんもの」

「ありがとう。助かるよ」


 

 調理台を確認すると前後二つがそうだという。ロゼリアクラスの女子達だということも分かった。侯爵家の女の子がいたはずだが、ここにいる子達ではないようだ。

 適当に会話を切り上げ、微笑み合ってから調理台に戻る。


 待っていたノエルに報告をした。

「使わないそうで貸してもらえました」

「なんだそれは」

 呆れているのが分かる。


「フロウクラスの女子なのかと思いましたが、ロゼリアクラスの女子でした。フロウクラスの男子達は、どこの調理台か女子が来るまで分からないのかもしれません」

「なるほどな、確認不足か。しかし、ずっとあそこで待つ気か」

 後ろの調理台に立っているので目立つのはそうだ。

「教室で待てばいいのに。とは思いますが、関わらないでおきましょう。レリエルは嫌いみたいですから」


 肯定するように頷くノエルに耳を峙たせていたクラスメイト達も動きを再開する。

 俺も女子達と協力をして作業を始め、切りの良いところで冷蔵庫で固めた。

 今度は蝶の型抜きを終えた男子と女子総出でクッキー作りに入る。


「みんなーこれからクッキーを作るよ。思っていた以上に進みが早いから全員で協力してクッキーを焼こうか。ここからは、女子主導に変わるからね。オーブンは5台。一気に焼くよ。最初は厚みの薄い型抜きクッキーからだ。ピンクの生地はバラで型を抜くよ。よし、始めよう」


 女子達が男子に粉を振るわせる役目を与える。計量していた材料と合わせ、俺が持ってきたハチミツ漬けのベリオットをドバっと投入していく。


 潰しながら粒々食感が残る贅沢クッキーだ。

 混ぜ合わせると一旦冷蔵庫で寝かせる。この繰り返しだ。


 ローズガーデンでやるハーブを主体にしたカフェなのでバラの蕾などの型にしてある。


 みんな家にある物を持って来てくれた。

 そして次の生地はハーブだ。

 紅茶のように乾燥させて刻んだもので、風味もよく子供でも食べられるクッキーだ。


 卵もベリオットも予算に計上されているので、下手な物は作れない。

 2つ目の生地を寝かせ終ると、班を3班に分けた。

 ベリオットクッキーの型抜き班と次の生地を作る班、その次の生地を作る班だ。


 クッキーは5種類。

 ベリオットのローズクッキー、うさぎのクッキー、ブロッククッキー、チーズクッキーだ。


 ハーブのクッキーは丸く厚みを持たせて包丁で切って最後に焼く。一番冷やしておく。


「ローズ型抜きOKです」

「はーい。じゃあ焼くよー。オーブンはここで設定するよ。旧式だからね。ダイヤル制だね160度、これを横に引っ張って時間を設定するよ。15分だね」


 女子達に教えて、みんながちゃんと設定できているか見てから焼き始めた。


「ソルレイ様卵は塗りませんの?」

「うん。あれはお化粧だよ。乾燥やひび割れ対策もあるけど、今回は卵白と砂糖を使ってアイシングをしよう」


「まあ! いいですわね」

「時間は足りますかしら?」

「余分に作って、凍らせたものを明日に焼いてもいいけど、たぶん大丈夫だよ」


「え? ソルレイ様?」

「ん?」

「まさか、生地は冷凍できるのですか?」

「うん。家では棒状にして冷凍しておくといい。食べたい時に凍ったまま包丁で切って焼けばいいよ。1ヵ月は風味を損なわずに食べられる。急な来客でも困らないからね」


 女子達が驚く中、5分前になったので皆に伝える。

「そこの調理台に一斉に取り出すよ。時間は正確に遅れると焼き色が変わってまずいからね。男子はミトンつけてー。開いたら熱いから顔は近づけずに手だけね」

 時間だ。

「開けて!」


 オーブンを開けて掴むと一斉に取り出す。甘い砂糖とバターの香りが辺りに広がる。


 調理台の上に置かれた物を女子の後ろから覗き込む。可愛いローズの出来上がりだ。

 発色もいい。


「かわいいですわ!」

「本当!かわいらしいわ」

「ふふ、蕾もかわいいですわね」


 みんな喜んでいた。リベンジは成功だな。よかった。


「はいはい!みんな、作業に戻るよ。ブロッククッキーは失敗しないように外側にもう一巻しよう。形が崩れずに綺麗な正方形になるよ」

 白生地で周りを包むと正確な正方形になる。


「ブロック生地は冷凍して、先にうさぎのクッキーを焼くよ。型抜きしてー」

「よし!問題ない。焼くよー」

 無事に焼き上がり、粗熱を取る。


 さてと、次に焼くブロッククッキーは、好みがあるんだよな。

「女子の皆。厚め? 薄め?」

「家なら厚めですわ。でも人がいるなら薄目ですの」

 皆が恥じらいながら、本当は厚めが食べたいのだと言うから俺達は笑う。


「気にせず食べればいいのに」

「そうだよ。気にする必要はないよ」

「ハハハ。厚めにしておきましょうよ」

「アハハ、そうだね」


 ローズガーデンだし、周りを気にしないでいいよと笑いながら厚めに切って天板に乗せ一気に焼く。

 綺麗に焼け、次のチーズクッキーを焼くと辺りにいい匂いが広がる。


 みんなでいい匂いだねと言いながら取り出し、最後のハーブクッキーも焼けた。

「ふぅ。みんな、お疲れさま。ここからは、アイシングの時間だよ。ローズには赤や黄色、青のアイシングを。うさぎの目や鼻も描いてあげよう。それでクッキーはお終いだ。服も描きたければ描いてね」


 女子はこういうのが好きなので喜んでいる。

 男子達は洗い物に回る。

 クッキーが置いてある台以外綺麗に調理台を片づけていった。


 次の作業に入る頃、フロウクラスのクレバがこっちに来たのを目にして、男子が女子を庇うように立った。

「今度は何だ?」

 ノエルが静かに問うと頭を下げてから俺を見る。

 どうして俺を見るんだよ。


「ソルレイ様、お話を聞いていただけませんか?」

「生憎と、クッキーが終わっただけなので、忙しいのですよ」

「え? まだお作りになるのですか?」

 驚いた顔をする。ちょっと作り過ぎかもしれないと、不安になるので止めて欲しい。


「はい、明日も1日中菓子作りですよ。当日も半日はそうです。このクッキーは日持ちするように密閉の魔道具で保管します。だから今日作っているのです。そうでなければ焼くのは当日です」


 そうじゃなきゃ風味が落ちる。

 密閉の魔道具は菓子コンクールで優勝した時の製菓器具の中に入っていた。

 女子に終わったか尋ねると、終わったと言うので、容器に入れ、空気を抜いた。

 ノエルが女子たちを見るので頷くと頷きを返された。


「午前中の作業は終了だ。昼休憩とする。ビアンカたちは先に行け」

 女子達は、庇うように立っている男子達に礼を言い、フロウクラスを睨んでから出て行った。

 男子達が庇うように立ってくれている間に、俺はクッキーをどんどん仕舞っていく。


「みんな、ありがとう。終わったよ」

 とりあえず接近されると嫌なので調理台を挟む。

「朝から絡んでくる割に、こちらの質問には答えないし、口汚いことを一方的に言ってくるフロウクラスとは話したくないな。会話が成立する感じがしない」

「ソルレイ様、誤解です」


 誤解だと言うので、朝からの出来事をつらつらと言ってやる。

 さっきの返せというボウルのやりとりと、どこの調理台か答えないことなど、さっきのノエルの質問にも答えないこと、こちらの質問には答えず、質問を返したり、逸らしたりしているので、話にならないことを告げる。


 迷惑でしかないので話をしたくないこと、とても聞いて欲しい話がある人間の態度ではないこと、何の作業もしないのにずっと調理室にいてこっちを睨んでいること、多くの生徒が入室した途端態度を変え端に寄ったが、それまではレリエルが使う調理台に肘をついて観察されていたことなどをこと細かく言ってやった。


「ソルレイ様は細かいのですね」

「挑発に乗って欲しいのですか?」

「…………」

「怒らせたいのでしょう? クラスメイト達をなのか、ノエル様なのか、私なのか、判断に迷いますが、いい加減にしてもらえませんか。文化祭前で本当に忙しいのですよ。はっきり言いますが、相手にしたくないのです」


 溜息を吐き困った顔をする。

「私と勝負をしてもらえませんか?」

「先に礼を欠いていることを謝らないのですか。まあ菓子対決なら宜しいですよ」

 クッキー作りでいいかを尋ねると困ったように笑った。


「剣での勝負でお願いします」

 それはもうやる前から負けが決定している。

 張り出された順位表が頭を過る。クレバの加点は凄かった。やりたくない。


「……痛いのは嫌ですね。そちらから勝負を申し込んでおいて勝負内容まで決めるなど図々しいです。菓子対決は怪我をしないため禍根も残らず平和に終わります」

「…………」

「では、言いましょう。“負けました”これで宜しいですか?」

「貴族が簡単にそのようなことを言うべきではーー」

「それで、面倒な人が目の前から消えてくれるのなら有り難い言葉です。どうぞ。剣でソルレイ・グルバーグに勝ったと言ってください。私は、あなたに全く興味がありません」


 眉を下げるとぽつりと口にした。

「………勝てたら調理台と冷蔵庫を譲って貰おうと思ったのです」


 エリットと睨み合っていたのはそういう訳か。

 これ以上言われてもカフェをやる以上は譲れない。


「出来かねます」

「なんとかお願いできませんか?」

 考えを巡らせ一つ思い出した。

「そこの1台空いている調理台の予約は2年生で明日からだと聞きましたよ。教務課で申請すればいいでしょう。今日は使えます」


 これで解決だな。クッキーの入った箱を大事に持つと、皆も、持ってくれる。


「女子が来るのが明日でして……」

 引き止めるような声に肩をすくめた。

「それは言われても困ります」

 連絡を入れればいいだけだろう。今から来れば半日は使える。

「自分たちのミスで使えない調理台を力づくで手に入れようなどとおまえは何を考えている。クラスでよくよく話し合え」

 ノエルに思い切り睨まれ、申し訳ありません、と頭を下げた。


「朝から調理室に来るより、早く女子に連絡を入れた方がいいですよ。4年も一緒なのに誰の家も知らないとか無いですよね」

 目を泳がせる。

 え? まさか。本当に? 

 俺なんて他国の子達の家まで知っているよ。いつか遊びに行くと約束したのだ。


「ソルレイ様はご存知なのですか?」

「当たり前でしょう。またこっちの質問には答えずはぐらかしましたね。そういう感じが嫌なのですよ。話は終わりです。向こうに行って下さい」


 というか、使用許可を貰ってないなら本当は調理室どころか高等科にも出入り禁止だろ。


「ガーネルも来ていましたよ。エリオル様にはお譲りになられましたよね?」

 目に力が入っていて、なんだか怖いな。


「話は終わりだと言いませんでしたか? ガーネルは冷蔵庫の許可を忘れただけで調理台やオーブンは許可をとっています」

「そうかもしれませんが、ガーネルに譲ったのならーー」

 調理台越しに話していたのだが、回り込まれて焦る。

「ちょ、ちょっと待ってもらえますか」


 一方的なので、どうしていいか分からなくなってきた。


 男子達も、なんだこいつは!?という目で見ているので、同じ気持ちのようだ。午後も作業があるから早くご飯を食べに行きたい。


「ノエーー」

「クレバ、これ以上声をかけてくるな。みんなも相手にするな。行くぞ」

 ノエルに助けを求める前に、助けてくれた。

 はい、と全員が睨んでクッキーの入ったケースを持って迎賓館へ向かった。


 そうして迎賓館に運びこんだ後、食事に行ってから戻った俺達は、女子達から嫌な報告を受けることになった。


「フロウクラスが冷蔵庫を開けて何かしていましたの」

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― 新着の感想 ―
[一言] 話が通じない奴ほど相手したく無いよな… フロウはなんかやり方が狡いというか、なんというか… フロウクラスに足引っ張られそうで嫌だなぁ
2023/02/12 22:20 退会済み
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