みんなで頑張る夏の日
大きな積乱雲が空に広がる。冷え切った室内の空気を入れ替えようと窓に近づくと、みんなが教室に戻って来た。
「ご苦労さま。おかえり。みんな一緒だったんだね」
「正門で会った」
買い出し班が、買った物を一番前の机に並べていく。領収書は、こっちに回すようにアレクに声をかけておく。
「ソルレイ様、少しよろしいかしら」
「いいよ」
アンジェリカに声をかけられ気安く応じる。正門前で、ノエル率いる採集班と合流した時に何やら話をまとめたらしい。
レアチーズケーキはお茶付で銀貨4枚、クッキーはお茶付で銀貨2枚にしましょうと言われた。
買い出し班も、採集班もそれぞれに話し合ったようだ。
「単品でケーキだけ、クッキーだけ、ジュレだけと頼まれると厄介だから単品は飲料のみで銀貨1枚だ」
「分かりました」
ノエルから教えてもらう。ボードに決まったことを書き出そう。子供はどの飲み物でも、どのお菓子でもセットで銀貨1枚という値段設定になった。その代わりというわけではないのだろうが、一般価格は鬼の様な値段で平民の人達は利用できそうにない。
飲み物だけで銀貨1枚か。
「子供に両親が付き添っていた場合、一口くらいもらうのは大目に見てあげて」
「子供の数だけ1回限りの利用だが、家族でシェアをするのは見逃す」
それも決まっているのか。
「うん。ありがとう」
皆で遅い昼食を取った後、看板作りやメニュー表などを一気に仕上げていく。
女子は買ってきた生成りの生地のエプロンに刺繍をするそうだ。予算は製菓材料以外かかっていない。自分達で刺繍するなら大丈夫だ。可愛くしようと女子達が集り、デザインの候補を出していた。楽しそうだ。
そうか。生成りにしたのは予算を抑えるためか。
「草木染めって知ってる? 生成りの生地を染めればピンクとラベンダー色にはできるよ」
女子達が反応したので、アイゼンダの木の根を煮出すとピンク色の染料になると教える。
アインテールによく自生している木の為、平民や使用人達は知っているはずだ。
「皆さま。染めましょう!」
ソラが力強く声を上げた。それにアンジェリカも両指を組んで賛成した。
「安い生地のエプロンにしましたが、可愛くなりそうですわね」
「楽しみですわ。そこに刺繍をしましょうよ」
「素敵になりそうですわ」
ビアンカとケイトも賛成すれば、もう決まりだ。
「男子の分は預かって染めておくよ」
「分かりましたわ」
「お願い致します」
残りのエプロンを受け取った。
女子達に混じり少々さぼったが、全員で作業をすると裏方の仕事もあっという間だ。看板も仕上がった。
俺は、レモンとエプロンを預かり帰宅をした。
遅くなったのですぐに夕飯の時間になる。
家族に小金貨1枚になったと話すと笑われた。自分達の言った値段より高くなるだろうと思っていたと言うのだ。どうやら身内びいきではなかったようだ。
「子供は好きな飲み物と好きなお菓子のセットで銀貨1枚だよ。ラウルも来てくれる?」
「うん!レモネードとジュレを食べる!」
「子供用のジュレもあるから好きな方を選んでね。子供用は蝶がベリオットとハチミツだよ。言ってくれれば家でも作るからね」
「ふふ! 分かった!」
貰った2枚のチケットに家族分も合わせて先に購入させてもらったので、みんなにチケットを渡す。
「このチケットはケーキなんだな?」
「うん。2枚は家族に渡せることにしたから前売りチケットはこれしかないよ。ジュレが食べたいなら家で作るよ」
「たかだが、小金貨1枚だろう? あのローズガーデンは美しいからな。行って頼むことにする」
「私もそうしよう。なにせ寄付になるからの」
「うん! ありがとう!」
優しいカルムスとお爺様にお礼を言った。
お爺様が、気持ちだけ貰うからチケットは他に渡してやりなさいと頭を撫でた。お礼を言って席を立つ。
「うん、じゃあそうするね。ありがとう」
メイド長や執事長、スニプルの世話をしてくれる者達など普段は渡さない人に渡した。
モルシエナとベンツやロクス、ミーナには先に渡したので、ラウルの執事とメイドにも渡しておく。
1枚余った。
「そうだ。ロクスに恋人がいるかも」
もう1枚を渡すことにした。
この後、恋人のいないロクスがメイド達に狙われていたのを俺は知る由もなかった。
預かったレモンの入った瓶にたっぷりのハチミツを入れていく。蓋を固く締めておく。
「さてと、後はエプロンだな」
煮出した液に浸けるだけだ。
翌日に確認したところ、男子のエプロンも順調にラベンダー色に染まったので、魔道具で乾かした。
ラベンターの刺繍をしてノエルのエプロンにはラベンターを飛び回る蜂と花の影に隠れる蜘蛛を刺繍しておいた。
作業をしているとラウルが欲しいと言ったので、アイネに余っているエプロンをもらう。飛び回るライデンと腰で結ぶ紐やエプロンの裾まで蔓や小さいな昆虫の刺繍の入った力作ができた。
男子のエプロンは腰で結ぶ方がオシャレじゃないかと前世の記憶を頼りにエプロンを切って作り直した。
ラウルも同じだ。
「着たら格好良くなりそうだ」
白いシャツが制服なので胸元のポケットに刺繍したチーフをエプロンの余り布で作った。
13人分だから楽勝だな。
俺もラウルと同じライデンをラベンダーの周りに刺繍した。
文化祭の4日前に学校に出向いた。明日は、皆が来るので蝶になるゼリーの板を先に作りに行った。
ノエルは20台だって言っていたから、型抜き班はひたすら型抜きだな。
子供用も作ったし。
これでよし、と。
工程が多いのは、綺麗に見せたい俺の我儘だ。その分、やれることはしよう。明日の準備をして戸締まりをした。高等科の教務課に鍵を返却して帰路に着いた。
今日は、みんなに指導する側に回る。だが、特に難しいことはない。
さすがに3日前から調理室を使うクラスは無いので、それぞれに分かれてもらう。
クッキー班、チーズケーキ班、ジュレ班だ。
「前日は、今の分かれた班でやってもらうよ。チーズケーキ班は当日だけど、前日に練習をするよ。じゃあ、今日の話をする。男子は手を綺麗に洗って、薄い料理人用の手袋をして型抜きをしてもらうよ。じゃないと指紋がつくからね。女子も見ておいて」
俺は子供用のベリオットのジュレを持って来た。
「この板状のものがジュレだよ。昨日来て作っておいた。型抜きは無駄が出ないようにこうやって斜めに型を抜く。失敗すると羽根が捥げるから、急いでいない今は丁寧にやって欲しい。隙間が空くと、数が1つ減る。クッキーと違って捏ね直しはできない」
斜めにどんどん抜いていき、角度も揃えないとやっぱり数が減ると注意点を述べる。
型が抜き終ったので周りを持ち上げると、型に抜かれたピンクの蝶々だ。
「これは子供用だね。それじゃあ、この1枚は練習用でいいから男子は手を洗ってやってみてね。終わったらゆっくりでいいからやって欲しい。できたら重ならないようにバッドに入れて冷蔵庫。ピンクならピンクで色はまとめて。失敗した物や欠けた物は絶対に入れないで。調理台の中央のバッドに入れて。次、女子は、グラデーションのゼリー作りをしてもらうよ」
指示をすると男子は静かに移動をして作業を始める。
冷蔵庫にあるジュレの板は全部使用する物だと言ってある。
「女子の皆に最初にざっと説明をするよ」
まず、最初にすべきなのは蜜漬けの花だ。
底に引き、透明なジュレを作って流し込み、冷やす、蝶々を配置し水色のジュレを流し込む。そして、薄い紫のジュレに水色のジュレを固まり切る前にフォークで混ぜ流し込み、蝶々を入れて冷やす。そして、花を外側に散りばめ、蝶々を留まらせジュレを流して冷やし、最後に薄い黄色をほんの少し流して冷やす。最後に黄緑と黄色のジュレを混ぜ完成だ。
それぞれの段階で止めた物を冷蔵庫から出しながら説明をした。
教務課で調理室を使うのは明日からのクラスばかりで今日はいないと聞いたので、全ての調理台のボウルの型で昨日作っておいたものだ。
「冷やすのは5回。ただし熱が冷めれば固まり、加熱しても融けない。やり直しはできないんだ。時間との勝負になる。焦るのは駄目だ。全員で同じ作業を今からするよ」
みんな、緊張しているので、同じテーブルにいるからすぐに声をかけて、と言う。
色を混ぜる時は一人ずつ見るから大丈夫だと言うとほっとしていた。
ゼラチン自体を見たことがないようで驚いていた。
まあ、そうだろうなと思う。
動物から取るのだと言うと嫌悪するかもしれないので、黙っておく。
全員が花びらを寄らすことなく綺麗に敷き詰めたのを見て、弱火にかけ透明なジュレを作った。
「弱火で融け切ったら流し込む。そしたら水平に持って冷蔵庫に入れるよ。これが第一段階だ」
「はい」
緊張していたが、器用にこなしている。お菓子作りが好きなのがよく分かった。やる気のある女子達の頑張りの元、11台のジュレが完成した。
「後は6時間冷やせば完成だ。型から抜いた時に成功したか分かるけれど、配置も上手にしていたから大丈夫のはずだよ」
「わたくし、こんなに集中してお菓子を作ったのは初めてですわ」
「わたくしもです。気力を持っていかれました」
「緊張いたしましたわ」
女子達がため息を吐く。
「今作ったのが、大人用のジュレで15時に完成するよ。そしたら子供用を作って、冷やすところまでやってまた明日だね。朝から型を抜いて、そうすれば22台できるよ」
「ソルレイ様。その課程用はどうなさいますの?」
説明用に用意していたものだ。
「今から作るよ。でも2工程で終わるもの以外は明日になりそうだね」
それぞれの今日できる範囲の工程までを済ませ、大型の冷蔵庫に入れる。
型抜きの終わった男子に、明日も型抜きをしてもらうから一緒に板状のジュレを作るよと声をかけた。女子はクッキーの計量だ。
大量の板状のジュレをまだ作らないアイスティーなど飲み物用の冷蔵庫で冷やしておく。
「終わったら午前は終了。15時まで暇だから野草茶を飲んで味を確かめよう」
疲れている全員に野草茶の試飲をさせると美味しい! となる。
これは、信じていいのだろうか。
「疲れていると美味しく感じるよね」
「味はいい」
「本当?」
「ああ」
ノエルが言うならいいか。校内で摘んだ野草を干した野草茶を紅茶の代わりに出すことに決まった。
一応レモネードも試飲しようか、ということになった。
レモネードに型抜きで余ったゼリーを刻んで入れ皆で飲むと美味しかった。
「当日もこうするのか?」
「余っていて勿体ないから入れちゃっただけです」
片付けるのもどうかと思ったので、胃に納めてもらった。
「ゼリーが入るなら小金貨1枚を払えない人の救いになりますわ」
「そうかな?」
「銀貨1枚でこれって嬉しいですよ」
「色とりどりで綺麗ですからね」
「刻んだよ?」
「ハハハハ。刻まれていても嬉しいものです」
「ふふ、そうですわ。余っていたら入れても宜しいのではないかしら」
「うん、皆の好きにしてくれればいいよ。型抜きも失敗したら、お茶に添えればいいと思っていたけど、1つもないなんて優秀だね」
「あ、食べて隠してないよね?」
そんなことしませんよと笑われた。そうか。やらないか。
「相当緊張しました」
「時間が掛かってもいいからと言われたので、慎重にやりました」
男子のため息交じりの声を聞き女子達も私達もですわ、と悩まし気な息をついた。
午後は、型に入ったままジュレを持って迎賓館へ行く。大きな業務用の魔道具でできた冷蔵庫に入れるのだが、大皿に引っくり返す時に女子達の手が緊張で震えている。見かねた男子が申し出て代わりに引っくり返すことになった。
完成したジュレが、皿の上に現れる。
「わぁ!みんな、成功だよ!がんばったね!」
ぷるんと出てきたジュレは大輪の蜜漬けの花や小花が咲き乱れ色とりどりの蝶々が舞っていた。
女子達が自分の作ったジュレを見て目を潤ませる。
「やりましたわ!」
「綺麗!」
口々に感嘆の声を上げる。
手を握り合って喜ぶ女子達はとても可愛かった。
「どれも成功ですわ! 午後も頑張りましょう!」
完成品を見てやる気を出した女子の勢いに乗り、男子もやる気になってくれた。
作業も集中して無事に終えることができ、子供用は調理室の冷蔵庫に直す。
明日も頑張ろうと皆で話して別れた。




