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お菓子の持つ力

申し訳ないです。書き始めるのが遅れたため、遅くなりました。

 翌日。全ての菓子を教務課で借りた台車に乗せて運ぶ。教室に向かうとクライン先生もいた。


 ガーネルはいいのだろうか。


「おはようございます。みんなもおはよう」

「おはよう! ソルレイ様、今日は試食なのですって?」

 とても喜んでいるクライン先生に対して、女子は冷ややかな顔をしている。

 “いつもは来ないくせに”と顔に出ているのだ。


「試食は勿論ですが、値段決めがかかっています。家でも意見が割れました。みんなで相談して決めたいので、先生も試食会に参加されるのであればご意見をお願いします」

「ええ、任せて頂戴。ガーネルもアモンも今日は来ていないわ」

「試食会だと知って外させたのではないだろうな?」

 胡乱な眼差しで見られても先生はどこ吹く風だ。


「あら、ノエル様。嫌ですわ。最後の文化祭ですもの。今年は、レリエルもちゃんと担任として参加しなければならないという使命感ですわ」

「申請書類も報告書も書いたのはソルレイだ。第一、最初にレリエルは任せると言っていただろう。担任は最後にしろ」

「ええ、それくらいなら我慢しますわ」


 話がついたことに安心した。

「あーうん。見た目も見て欲しいから切ってこなかったんだ。取り皿も持って来たよ。先にノエル様に一切れを。こうすればいいとか意見があれば後で聞かせて欲しい。配置とか気になることも多い」

 一番前の机を使い手伝ってもらう。皿の準備をしてっと。

 まずは、チーズケーキを取り出す。


「白いですわ」

「綺麗ですわね」

 女子が小声で感想を言う中、ホールから切り分けて、手近な席に座るノエルの元へ皿を出す。

 すぐにフォークを手に美しい所作で口に運ぶ。

「冷菓だ。焼いていないチーズケーキがこれほど美味しいとは思わなかった。レモンが効いていてさっぱりしている」

「はい。アンジェリカ嬢からレモンが貰えるから少し多めに入れました」


 皆の分も切って皿に入れる。女子から渡していき、先生にも渡す。

 美味しい!と口々に声が上がる。

「いくらなら払っていいかを考えてね。大きさは今切ったのの三倍だよ、カフェで出るケーキと同じ大きさだと思って。お茶付のセットで銀貨1枚か2枚にするのか」

 挙手しよう、と言うと、先生に止められた。

「ソルレイ様、それは安すぎるわ。銀貨3枚が宜しいかと思います」


 先生が真っ先に意見を言った。

「先生は大人だから払えますが、平民の人も来ます。文化祭です。赤字でなければ安くてもいいかと思うのです」

 女子達もやっぱり安いと思いますと言い始めた。男子は? と聞くと銀貨3枚がいいか。と、こちらも言う。

「うーん。一旦保留でもいいかな? 先にジュレを食べて欲しい。家でもこのジュレで揉めたんだ。これを安く売るくらいならレアチーズケーキの価格を下げるべきだと言われてしまった。手が届く銀貨3枚にしたいから、そうなるとレアチーズケーキの価格は、下げることになる」


 前に来てと声をかけながらジュレの蓋を開ける。

 吸い込まれるように見ているので、乗っている皿をくるくると回した。

 色んな方向から見て欲しい。

「芸術作品だ」

 ノエルに同意して、みんなが頷く。そのことに頬が緩んでいき笑顔で答えた。


「手間は確かにかかるんだけど、蝶々は先に作ったジュレを型抜きした物なんだ。切るね」

「ソルレイ様! もう少しだけ待ってくださいませ!」

「まだ見たいですわ!」

「冷菓だから、早く切らないと。味も見て欲しい」

 俺はキリがないとノエルの分を切って渡す。


「断面とかも見て、ここはこうした方がいいとか言って欲しい」

「これは私達が言える範囲を超えているわね」

 クライン先生にそう言われたが、ラウルは蝶の羽が切られちゃうと指摘したことを伝えた。

「そういうのが大事だと思います」

「なるほどな。味も大事だ、食べるぞ。……美味いな」

 しみじみと溜めて言われた。

 皆の分を切っていくと、悲鳴を上げる。

「あぁ!」

「そんな、勿体ないですわ!」

「キャー」


 切られるのが嫌なようだが、ここはしっかり言わなければ。

「カフェの成功には普段行き慣れている女子の意見が大切なんだ! 他店と比べてどうなのか、しっかり味を見て!」


 ハッとして、『頂きますわ』と言った。

 男子は受け取ると席でもぐもぐと食べている。

「男子のみんなー意見が欲しいよ。何か言って」

「「「「ソルレイ様、美味しいです」」」」

「いや、もうちょっと……何か具体的に。女子に期待しようか」


 女子が食べると言ったのに、席に戻ると食べすに微笑んで眺めている。

 先生も席に着いているのに、目で見て楽しんでいてなかなか食べない。

「冷菓だって言っているだろう。先生も早く食べて! 品質が落ちる! 今日は試食なんだよ!?」

 みんなに声を荒げるのは初めてなので、慌てて一口を食べた。

「ビアンカ嬢。蝶を避けて食べないで欲しい。それはハーブのジュレなんだ。花の蜜漬けとジュレ、蝶々と一緒に食べるように作ってある」

 酸味、甘み、さっぱり感と三位一体なのだ。

「も、申し訳ありませんわ。可愛らしかったのでつい」

 他のやっていた子も慌ててやめた。


「ソルレイの言う通り、一緒に食べた方がいい」

 ノエルの言葉を皮切りに男子たちが意見を言い始めた。

「そうですね。ハーブの味ですから、私達は美味しいですけれど、子供はどうなのでしょうか」

「子供は可愛いと初めに取り除いて食べそうです。そして、最後に残して愛でながら食べ、ハーブの味に驚くかもしれません」

「そうか。それなら甘い方がいいかな?」

「これで完成形という気がします。子供向けに蝶々だけ甘い物を別で作るのはどうですか?」

「果汁を使えばできるよ。発色の良い果実を使えばできる」

 葡萄もブルーベリーもあるし、ベリオットとハチミツで作ろうかな。紫に赤に黄色だ。可愛くなりそうだ。


 子供向けだもんな。



 男子達が活発に意見を言うのに焦った女子達も意見を言う。

「お待ちになってください。そもそも子供は、来ますかしら」

「これは、これで宜しいのですわ」

「ハーブ屋なのは向こうも分かっているはずです」

「そこまでのことをする必要はございませんわね」



「貝当ての時は来ていましたわね。ハーブ屋だと来ませんかしら?」

 ソラが小首を傾げた。

「子供にも来て欲しいな。どうしたら来てくれるかな?」

「ローズガーデンは奥にあるから事前の周知が必要ね」

 先生の意見にフン、フンと頷く。

「子供に来て欲しいのか?」

 ノエルの言葉に頷いた。

「はい。平民の子は教会に行って読み書きを教わるくらいで、学校に行かない子がほとんどです。アインテール国の魔道士学校は文化祭の時に学校が開放されて平民も入って遊べるし、校舎を回れるでしょう? 平民の子は貴族のお姉ちゃん、貴族のお兄ちゃんを見るのを楽しみにしているようです。綺麗だなあとか優しそうだなあとか。制服が格好いいなとか。このお兄ちゃんは将来騎士になるのかな? とか、とても可愛いので来て欲しいです」

 ただ、値段と味がどうなのだろうか。疑問に感じていると告げる。


「なるほどな。それで家では、値段で割れたのか。安く出したいなら子供だけ一律銀貨1枚にすればいいだろう。正門に看板でも置いておけば来る」

「宜しいのですか?」

「取れるところから取ればいいだろう。売上は寄付金なのだから」

「はい!」


 よかった!平民にも手が届きそうだ。


「ラインツ様はいくらだと言った?」

「お爺様はクラスで相談しなさいって言われました。そうすればその分だけいい案が出るはずだと。カルムス兄上は、銀貨5枚でも破格の値だ。社交界に置けると言ってくれました。弟は銀貨3枚にするのはどう? と。私も昨日は、そうしたいと言ったのですが、子供は銀貨1枚だと嬉しいです」

 平民の銀貨1枚は貴族の金貨1枚だ。

 平民の子は1枚の銀貨を何に使おうか考えて、お金を握り締めて来るはずだと説明をした。

 親もこういう時や中古の晴れ着の為に、お金を貯める。


「子供は銀貨1枚で宜しいのではなくて? わたくしは賛成ですわ」

「ええ。そうですわね」

 伯爵家の女子達がそれとなく援護をしてくれた。

「いいと思います」

「元々寄付が目当てです。それに子供ですからね」

「はい、喜んで帰ってくれればそれでいいと思います」


 皆がいいよと言ってくれたので、子供は銀貨1枚と決まった。



 では、一般価格は? となると、先生が先に口を開いた。

「ソルレイ様がお菓子コンクールで優勝したお菓子は小金貨2枚よ。魔道士学校の学生です、とあの時、聞かれて答えてしまったからばれているわよ。元々、2年生の時のお菓子も美味しいと話題になっていたでしょ? 殺到する可能性があるわ」

 いや、初耳だよ。


「ソルレイ」

 ノエルにじっと見られた。知らないと首を振ってから、コンクールでは、パティシエか聞かれたから学生とだけ言ったと言うと頷いた。

 アインテール国では、学生イコール魔道士学校の学生だとなるらしい。


「先生、ソルレイ様は、シエルに一度も行っていないそうです。ご自身で作れるからでしょうが……」

「まあ! それなら売られている値段も知らなかったのね? 小金貨1枚はどうかしら? これだけ美しいのだから安いくらいよ」

 眩暈がしそうだ。

「先生、いくら何でも高いと思います。文化祭の値段ではない気がします」

「あら? そうかしら?」

「ソルレイ様。小金貨1枚にいたしましょう」

「わたくしもいいと思いますわ。ジェラード5回であのお菓子を食べられるのですわ」

「“食べられるのは1日限り”というのが、何とも切ないですわね」


 ブーランジェシコ先生のようなことを言うのだな。

『これでもう食べられなくなるかと思うと』と言われたことを思い出す。

「菓子コンクール優勝者と大々的にうつのはどうですか?」

「駄目ね。それこそ殺到するわ。シエルの菓子は開店から1時間で完売するのよ」

 そうなのか。

 並んでいるとは聞いたが、お爺様とラウルは俺の家族だと名乗り、すぐに売ってもらったそうだから知らなかった。

 ラインツ・グルバーグだ! 

 と、なるので、お店も気を遣ったに違いない。


「子供向けの看板だけの方が良さそうだな」

 誰も反対をせず、小金貨1枚でいこうとなっているので苦言を呈する。

「みんな待ってよ。小金貨1枚にして残ったらどうするんだ? 食品ロスは避けようよ」

 冷菓のため前日にある程度の数を作る必要があるので、人が来ないとペナルティーになると説明をする。


「人は来るから心配するな。当日は増やせるのか?」

「え? 当日は、朝から作ってもジュレは固めるのに6時間冷蔵庫に入れるから、出来上がりは15時頃かな。レアチーズケーキは15分で作って冷蔵庫に1時間入れれば出来上がるよ。クッキーは数を作るからトータルで3時間だね」

 ノエルに聞かれるまま所要時間を告げる。

「その中で、男子でもできるのはレアチーズケーキか?」

「俺も男だし、やろうと思えばなんでもできるよ? 型抜きが好きなら蝶に抜いてくれればいいんだ。クッキーの型抜きと同じだよ」

「そうか。ジュレは、前日にどれくらい作れる?」

「そうだなあ。皆で作れば冷蔵庫がいっぱいになるまでは作れるよ? 調理室の冷蔵庫の魔道具は限界の半分を確保して申請したから……。レモネードとかアイスティーの置き場を除けばボウル型で20は作れるかな? でも、そんなにボウルは無いと思う」

 そう伝えると、全員が製菓器具の問題が出るとは、と嘆く。


「ブーランジェシコ先生との茶会の時はどうした? この大きさは持っていなかっただろう?」

「先生は果実が好きだから夏の果実をどっさり入れてパウンドケーキの型で冷やしたよ。型から出すと宝石の塊みたいになるんだ。形が四角くなるくらいだからパウンドケーキの型で作ろうか?」

 それなら数があったと告げる。

 2年前に急遽焼いたからな。数が多かったのは覚えている。


「この世界観は、丸みを帯びたドーム型だからこそだ」

「…………」

 せっかくの案を否定されて終わった。

 皆も頷いていて、このジュレは俺の手から離れたのだと感じた。


「ねえ? 昨日の申請書は迎賓館になっていなかったかしら。あそこにも製菓器具はあるわ。冷蔵庫もあるし、オーブンもあるわよ」

 皆が迎賓館も使おうと言い出す。

 まあ、高等科の調理室より迎賓館の方が近いし、ローズガーデンは迎賓館の隣だ。


「ソルレイ様。前日ではなく、前々日から始めるのはいかがかしら?」

「ジュレの日持ちは冷蔵庫で1週間。レアチーズは作った当日中だからジュレだけなら作れるよ」

「よし、前々日から全員で協力をして、ジュレは20台を確保する。当日も型から取り出して量産だ。ローズガーデンでのテーブル席の確保も必要だが、客数を見て迎賓館も使う」

「ノエル様。切る大きさも大事ですわ。いかほどの大きさで提供いたしますか? それによって作る台数が変わりますわ」


 この後全員で、話し合われ大きさは小ぶりのケーキの大きさとなった。


「ふぅ。これで小金貨1枚か。今年はペナルティーになりそうだ」

「絶対に大丈夫ですわ!」

「そうです」

「ソルレイ様は、もっと自信を持つべきよ。そうねえ、もし余ったら私が買うわ」

「そんな申し訳ないです」

「先生! それは狡いですわ!」

「わたくしも買いたいです!」

 みんないい子だなと思った。

「ソルレイ。俺も買うとしよう」

「ありがとう」

「取り置いておいてくれ」

「え? 先なの?」




 皆が、クッキーやお茶に使うハーブ、アンジェリカの家に行ってレモンを採って来てくれると出て行った。


 今の内にできることをしよう。

 教務課に行き、4日前から調理室と魔道具の冷蔵庫を限界の半分まで迎賓館全体とローズガーデンを押さえ直した。

 ノエルと一部の男子は製菓材料の買い出しだ。


 茶器のチラシを教員棟のポストに入れるため持っていたところ、いつもの教務課職員に『そちらは?』と問われたため、1枚を見せた。


「面白いですね。私も参加して宜しいですか?」

 ざっと今の状況を説明した。

「美しい菓子の取り皿は必要でしょう。持ってきます」

「割れても良い物でお願いしているんだけど平気?」

「大丈夫ですよ。私の父は硝子細工の職人で涼しげな取り皿は沢山ありますからね」

「うん、なら先に渡しておこう」


 茶器と交換した場合のチケットは本来、お茶とケーキなのだがそれを書き換えた。お茶とジュレとする。職人による硝子の取り皿の提供ゆえ、特別にジュレとしたソルレイ・グルバーグと書きつける。署名をして2枚渡した。


「これは嬉しいですね」

「ジュレは小金貨1枚だって。俺はペナルティーになるって止めたんだよ」

「クライン女史もいらっしゃったのでしょう?」

「うん、レリエルの文化祭のことで教室に来るの初めてで、試食の時だけ来るのかって女子に睨まれてた」

「ハハハ。では期待できますよ。私も菓子コンは見に行っていましたからね! 楽しみにさせてもらいます!」

「そうだったの? ありがとう! やれるだけやるよ。余ったら皆で買い取りになりそう」


 絶対にペナルティは回避するのだ。それじゃあ教員棟に行ってくるよと手を振った。


 教員棟のポストに2日遅れでチラシを入れていると何人かの先生に捕まり、説明を求められた。

 知らない先生達に聞かれるまま説明をしていると、ダンスを教えてくれていたテイナー先生が出てきたので、脇に避けて挨拶をした。


「ミスターソルレイ、私は茶器を持ってきましたよ」

「ありがとうございます。では受け取らせていただきます」

 頭を下げると、先生は俺を呼びとめた先生達に目を留める。

「ふむ。ラッセル先生、エリザ先生、モーリス先生。茶器はかなりの数が集まっていますから諦めた方が宜しいのでは?」

「そんなあ!」

「先生方は、抜け駆けなさったのでしょう!?」

「風の噂を便りに私もかなりいい茶器を持って来たのですよ。認めて頂きたい」


 ん? 受け取りは先生が初めてなのだが?


「テイナー先生? 私は、先生が初めての受け取りなのですが、他の生徒が誰か受け取ったのでしょうか?」

「ハハハ。ミスクラインが、動いているのですよ。ポットがないなら駄目だとミスターバールが断わられていましたよ。今日持って来ると約束していましたね」

「そうでしたか。そのような話は初めて聞きました」

「ミスターソルレイの菓子は教員の間では有名ですからね。1日限りしか食べられない菓子コンクール優勝者の菓子です。食べたい者は多いでしょう」


 ミスターソルレイは名門家のグルバーグ家の跡取りなので、今後、絶対に食べられませんからね、と言われる。

「確かに、パティシエの道へは進みませんね」

「そういうことです」

「テイナー先生、交換するチケットは、お茶とケーキなのですが、先生には是非ジュレを食べて頂きたいです。私の渾身の作です」

 その分、小金貨1枚と値も張るのですが……小さく続けた。


「ほう。これは良いことを聞きましたね」

「芸術家肌の先生には喜んで頂けると思います」

「是非、食べさせてもらいます」

 笑顔の先生に笑顔で返し、引き留められていた先生達に一礼をして、クライン先生にお話を伺って下さいと伝え辞した。


 チラシは配り終えなかったが、後はクライン先生を頼りにしよう。


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