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渾身のジュレ作り

 カフェで出すジュレの試作は渾身の出来になった。

 花が咲き蝶が舞う。

 鮮やかな色が、特別な日を演出する。


「作るのは2日がかりだけど、最高にいいものができたな」


 ハーブで桃色や紫、黄色の鮮やかな色のゼリー板を先に作り、小さい蝶で型抜きをした。

 これで大量の蝶ができる。

 ババロアを作るのに使うドーナツ型の型で作るか悩んだ末に、ボウルで作ることにした。ドーム型のジュレをグラデーションさせるために、色つきのジュレを流しては冷やしの繰り返しだ。最初は水色からだんだん透明にするのだ。空を表わしている。

 一層ずつ流し込むので手間はかかるが、綺麗にできた。


 詰んできた蜜漬けにしたハーブの花は空にも広がり、そこを蝶がひらひらと飛ぶのだ。

 皿にひっくり返すと、ぷるんと出てきた。想像以上の物の完成に頬が緩む。

「お爺様ー! ラウル! できたよー! カルムお兄ちゃんとダニーも食堂に来てー!」

 声を上げるとメイド達が伝えに行ってくれる。

 運ぶと言ってくれた給仕の申し出を断り、蓋をする。隠してテーブルまで持って行くのだ。


 ふふ、驚いてくれるかな。


 このワクワク感は作った者にしか分からない。食堂の扉をミーナが開けてくれた。入ると、もう席について待ってくれていた。


「完成したよ」

「今日はジュレだね!」

 ラウルの声も楽しそうだ。よく見えるように中央に皿をおく。

「うん! 昨日のレアチーズに引き続き、みんなには、カフェで食べるジュレの試食をお願いします!」

「楽しみじゃのう!」

 この年で食べたことの無い物と出会うのが嬉しいとお爺様が笑う。


「ふふ。じゃーーん!」

 蓋を置開ける。

「わぁ!! キレイ!!」

「これは見事じゃ!!」

「これは、どうなっているんだ?」

「美しい作品ですね。蝶と本物の花ですか?」

「そう! これはハーブの花の蜜漬け。ちゃんと食べられるよ。先に蝶々のジュレを作って型抜きして、花と一緒に大きいジュレの中に閉じ込めたんだ」


 皆を驚かせることに成功したので、ナイフを持ち「切るね」と声をかけた。今日は試食をしてもらわないといけない。

「冷菓なんだ。味が大事だから正直に教えて」

「お兄ちゃん、ダメ! もう少しずらして! チョウチョさんが!」


 ドーム型のジュレを切ろうとした手が止まる。

 ああ、本当だ。羽の辺りが切れてしまう。

「ごめん、ごめん。そうか、そういうのも考えないとな」

「必要ないだろう」

「十分だと思います」

 優しいカルムスとダニーにお礼を言いつつ、切らずにすむ部分を探す。


「ラウル、どれかのチョウチョさんは切られちゃうかも。ごめんな」

 配置を考えていなかったと正直に告げた。

「うん、分かった。一番は僕ね!次はお爺ちゃん!」

 皿を持って側に来るのは、子供の時から変らない。尋ねるようにお爺様を見ると頷いた。

「ハッハッハ。ラウルツでは仕方あるまいの」

「アハハ、お爺様、ありがとう」


 皿に運び、置いていくと給仕達がみんなの前に運んでくれる。ラウルは自分で運び席につくと、皿を回して蝶々や花を眺めてにっこり笑った後にパクンと食べた。


「美味しい!」

「ラウル! 早いぞ! ラインツ様が先だ!」

「ハッハッハ! よい、よい!……む、旨いのう。つるんと飲みこんでしもうた」

「ふふ。ジュレは喉ごしが良いのが特徴なんだ。夏の冷菓にいいかなって作ってみたよ」

「見た目も美しく優美じゃのう」

 喜んでくれた。頑張ってよかった!


「間近で見るとよく分かる。花に止まる蝶々の配置、緻密な感じがソルレイっぽいな」

 検分するようにフォークで花と蝶の隙間を測っている。

「カルムス。それより試食を。ソルレイ様は明日学校でクラスメイトにも試食されるんだ。改良するなら今日中になる」

「ああ、分かっているが……」


 カルムスは何と言うだろうか。

 世辞は言わないから、感想では一番信用している。

 審判の時だ。


「見た目も味もいいな」

 カルムスがそう言いダニエルも口にする。

「本当に美味しい。爽やかな味だ」

 みんなに美味しいと言われて安心した。


 花が食べ辛いと思って大きな花の花びらは少しカットして短くしてある。自分でも食べてみる。

 型を抜いた後の蝶の余りは試食したが、全体を通して食べるのはこれが初めてだ。


「よかった。美味しい。銀貨1枚と銀貨2枚だとどっちがいいと思う?」

 お爺様も含めてとても驚かれた。

「うーむ。ちと安すぎじゃな」

「お爺様も女の子と同じ意見? ケーキが銀貨2枚ですのよって言ってた」

「ん? 待て。まだ試食はしていないんだろう?」

「うん。明日だよ。実はね……」

 料金を決める時にいくら貰うのかで、クラスで意見が食い違った話をした。


「男子と女子で意見が違うんだ」

 ゲームの時は銀貨1枚で焼菓子が貰えたのだから、お茶とセットの銀貨1枚でいいと思うと述べた。

 原価はクッキーと変わらない。

 正直この世界ではゼラチンが高いのでクッキーと同じ価格になったというだけなのだ。


「ソルレイよ。銀貨2枚でも安いのう。このような優美な菓子は見たことがないぞ」

「御爺様……ありがとう」

 褒められると嬉しい。照れてしまう。


「僕もそう思う。お兄ちゃんは、お菓子コンクールで優勝してるもん。お芋のお菓子は小金貨2枚で売られてたよ?」


 ええ!? 嘘だろう。なんて高いんだ。


「ぼったくりじゃないか!」

「うーん、僕には分からないよ。でも、みんな並んでたよ?」

 お爺様にソルレイの味と変わらないか買いに行こうと誘われて二人で買いに行ったらしい。


 まるで敵情視察のようだ。

 ちゃんとやっているんだろうな? ということだろう。


 お爺様もラウルも言ってくれれば、いつでも作るのに……。

「カル厶お兄ちゃんの実家の領は、税金を高くしてるのかな」

 鉱石採取の時は、優しい人に思えたのに。流石は財務派閥。


「馬鹿を言うな。伝統ある菓子コンクールの優勝作品なのだぞ。父上は、ソルレイが、商業ギルドのやつらがオークションにかける時に、出店先の条件を甘藷が沢山摂れるうちの領に指定してくれたから芋が高値で売れると喜んでいたが、これでも売値は安い方だぞ。だから並ぶんだ。とはいえ、今回は、学生の文化祭だ。銀貨5枚でどうだ?」

「ええ? まだ高いよっ。バターも生クリームも使ってないのに。ダニーも高いと思うよね?」

 原価を考えるとかなり高いぞ。商家はともかく、平民に銀貨5枚など支払えない。


「常なら高いと言うのですが、菓子コンクールの優勝者です。お客さんは来ますよ」

 頼みの綱のダニエルが太鼓判を押す。

「それじゃあ平民の人が食べられないよ。非日常を楽しめるようにローズガーデンでの屋外カフェなのに」

「いえ、食べられなくても見ることはできると思います。ケーキを乗せるケーキクーラーに魔道具でできた硝子のケースをすっぽり被せると保冷されます。見えるところに飾ればいいのです。昨日食べたレアチーズケーキも白は貴族の証ですから非日常だと言えます。クッキーとあちらの値段を下げるのはいかがですか」


 ダニエルの提案がいいのは分かるのだが……。

 悩ましい。


「お茶とクッキーのセットが銀貨1枚、レアチーズケーキが銀貨1枚か2枚、ジュレは……」

「銀貨3枚だね! 菓子コンクール優勝者、特別価格銀貨3枚。お兄ちゃんどう?」

「うん、それで提案してみようかな。寄付されるから出せる人には出してもらった方がいい」

 仕方がないか。残念だな。


「安すぎるぞ! 丸ごと置けば、社交界にあってもおかしくない。金貨3枚は取れる! 一切れ銀貨5枚でも破格だ!」

 変なところで財務派閥家の片鱗を見せないでいいよ。

 銀貨3枚でも大金なのに。貴族相手なら痛む胸もないんだけどな。


「カルムお兄ちゃん、貴族価格銀貨5枚、平民価格銀貨2枚って書いてあったらどう思う?」

 “何故だ”って言いそう。

「ん? そうなのかと思うだけだぞ」

「え? そうなの? 同じ物なのに?」

 驚いた。

 スプーンで掬ったジュレを持ったまま、問い返す。


 

「ああ」

 当のカルムスは、何に驚いているのか分からない様子だった。

「お爺様本当?」

「本当じゃ。寄付されるからだなと思うだけじゃな。魔道士学校の文化祭は寄付と決まっておるからの」

「そうなんだ。じゃあ、子供だけ一律銀貨1枚とかでもいいのかな」

「ハッハッハ。ソルレイは子供たちに来て欲しかったのか」

「うん!そうなんだ」


 俺はラウルを見る。

「だって、綺麗だって素直に喜んでくれるから嬉しいよ」

「うん! とっても綺麗だって思ったよ!」

 笑顔で言われて嬉しい。


「俺達も綺麗だと思ったぞ?」

「お爺様やダニーは、わぁっていう顔をしてくれるけど、カルムお兄ちゃんは、“今日の試食はコレか”っていう感じの淡々とした顔だったよ」

「そんなことはないぞ」

「アハハ。分かり辛いですけど、とても感心した顔でした。ソルレイ様もラウルツ様も自慢の弟で鼻が高いそうですよ」

「「そうなの? よかった!」」

 ラウルと二人で笑い、お爺様も笑った。

「値段は好きにするといい。悩んだ分だけ良い答えになるはずだからのう」


 優しい目で助言を貰った。

 明日、クラスの皆に相談するよと笑って応えた。

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