4年生の文化祭 準備編
試験が終わると文化祭の季節がやって来た。
夏休みの開始は遅れても文化祭の期日はそのままだ。
つまり、準備にかけられる時間が余りないことを意味する。
クライン先生はガーネルを思うと頭痛がすると言い、レリエルは任せますわ、と嫌そうにガーネルに向かった。
未だに尾を引いているらしいので、気持ちは分かる。
「皆。2年前にやった文化祭だよ。予算が金貨5枚に増えているだけで同じだね。ただ、4年生になって、忙しさは2年生の時の比じゃない。絶対に回避しよう」
2年前はペナルティーを受けたクラスが多すぎて新入生の冊子作りや先生の買い出しの雑用まであったらしいよ。情報を出し、“嫌だ”という原動力を胸に一丸となって挑むのだ。
一応ボードにルールを書いていく。
「では、前と同じように出し物から決める。2年前、候補に残ったのは音楽演奏とハーブ屋だった。他に意見があれば述べてくれ」
ノエルが前に上がった候補を言うので、これも書いておく。
「どちらかでいいような気がしますわ」
「そうだよな。どっちもいい案でしたから賛成です」
「そうですわね」
皆がどちらかにしようと意見がまとまりかけた時、フォルマが手を挙げた。
「フォルマ、意見か?」
「はい! 女子の前で言い辛いのですが、菓子作りになるならソルレイ様が監修をお願いします!」
ピシッとクラスが固まった。
フォルマ!?
起立して自分が言わなければと思ったようだが、ここで爆弾を投げるのはまだ早い!
男子達が全員、勇気あるフォルマから目を逸らした。
「……そういえば、そんなこともあったね。でも、女子達が焦がしたのは家のオーブンと型式が違ったからだと思うよ。高等科の調理室のオーブンは旧式なんだ。扱いが難しい。もし、ハーブ屋に決まったら今年は一緒に調理室に行ってオーブンの使い方を教えるよ。試食するから食べたい男子はクッキー作成班に入るといい」
内心の動揺を押し殺して、でフォルマに微笑む。
一つ大きく頷くと、笑顔で座った。男子達も静かに息を吐く者が多い。人心地ついたな。
ヒヤヒヤした。前に領地に行った時に話したことを皆にも聞かせたかっただけのようだ。
そうすると、ビアンカ、ケイト、ソラ、アンジェリカが手を挙げる。
「4人揃って意見か?」
ノエルがちらっと俺を見るので、任せて!と頷く。
喧嘩になる前にフォローをスタンバイだ!
「2年前は、申し訳ありませんでしたわ」
「わたくし達は、手を火傷するといけないので、焼くのは家の者がしてくれていましたの。生地作りや形を作って天板に並べたら、メイドに焼いてもらっていたから焼き方が分からなかったのです」
ああ!なるほど、そうか。
貴族だもんな。
11歳だとメイドが代わりに焼いてくれるのか。
“いつも作っている”の意味を誤った。
「練習で失敗したので、焼けるように家で時間を計ってきたのですが、それでも焦げてしまって……。皆で、それぞれ家で焼いていた方法を試すことにしました。そうすると、材料が足りなくなってしまい、時間もないので焦ってハチミツを使ってしまったのです。ちゃんと謝っておりませんでしたので、ここで謝罪致しますわ」
女子達が『無断で使用して申し訳ありませんでした』と謝った。
男子達は『気にしないでいい』『もう終わったことだ』と優しく言っていた。皆の声が収まってから俺も女子達に謝った。
「俺達も申し訳なかったね。11歳の女の子が重い天板は持たないな。気がつかなかった。天板は持つところがないからミトンで掴んで持つんだけど、重さもあるし、オーブンから出す時は庫内が高温になっていて火傷をしやすいんだ。その部分は使用人がしているということに思い至らなかった。ごめんね」
俺は男なので、誰にも止められずに普通に厨房に出入りしていたので気づかなかったのだ。
ようやく謝れたと笑う女子達は、ずっと心苦しかったのかもしれない。
男子達も理由が分かりすっきりした顔を見せる。
「焦げた理由は庫内の温度だね。クッキーの焼く温度は160 度ほどだ。でも何度も焼くと初めは160度でも焼く度に温度が上がるから200度を超えていたのかもしれない。そうなると 5分入れただけでも焦げる。本来の焼き時間は15分だからね」
「3分でも焦げましたわ」
それでどうしたらいいの? と焦ってしまったと言う。
それなら300度近くまで上がっていたんじゃないか。と返しつつ火傷はしなかったかを尋ねると大丈夫だと全員が言った。
そのことにほっとした。火傷は痕が残るからな。
「できれば、リベンジで焼かせていただきたいですわ。ソルレイ様もご一緒して下さると安心なのですが、いかがでしょうか」
そう言った後でノエルを見るので、釣られて俺もノエルを見る。
「食べたことのある物だ。怒らないぞ」
よく分からない許可は下りた。
「えっと、はい。皆ハーブ屋でいいの?」
頷きで了承を返された。
今年はハーブ屋をすることになった。
「となると、カフェは、競争率が高いからよく考えないと。まず、何を出すかだね」
アリアとメイが失敗したカフェか。気を引き締めないと、ペナルティだ。ノエルも危険は承知の上で、了承をした。
「失敗したカフェも多い。メニュー決めは予算を使いすぎないように気をつける必要がある。ハーブティーにクッキーだけにするのか。紅茶も用意するのか、だな。まずは飲料から決めていくぞ」
板書にメニューのラインナップと書き、ボードの中央に線を引き、右に、飲み物欄、左に食べ物欄と書き、決定しているハーブティーとハーブクッキーは書いておく。
そこに、紅茶も必要だと思うという意見でアイス、ホットティーを足す。
「せっかくのハーブ屋だから、お茶を頼んだ人にはハーブのお菓子をつけようよ。ローテルの花って甘い花で味をつけた衣をつけて揚げると美味しいんだ。花の形に揚がるから可愛いんだ」
勝手に食べ物欄にローテルの花のお茶請け(お茶を頼むと 1枚サービス)と書いておく。どこにでも咲いているハーブだ。ハーブティーの下にカモミール、ジャスミン、ローズラベンダー、オリジナルハーブブレンドなどと書き、心や身体の整腸作用や眠りやすくなるなどのハーブの効能も書いておく。
「アンジェリカ嬢。今年もレモンが欲しいんだけど、いいかな?」
書きながら尋ねると、『もちろんですわ』と回答が来る。
「俺も領内でハチミツを取ってくるよ」
飲み物欄にレモネードと勝手に書き足し、紅茶の欄にもレモンティーを足す。
ボードに書き終って振り返ると、全員に見られている。
「なにかまずい?」
ボードを見て、皆が気にくわないのはレモネードかと思う。
「ハーブ屋だからレモネードはまずいかな?」
「いや。原価が全くかからない飲み物だ」
「いいと思います」
「ああ、うん。そう言われればそうだね。でも、飲み物でお金がかかるのって紅茶だけじゃないかな。 野草を摘んで野草茶にする? 結構美味しく飲める草って多いよ」
「そうなのですか?」
「うん。校内でも採れるし、皆で飲んでみる?」
半分冗談で半分は本気で尋ねた。一人でも嫌がったらなしにしよう。
「試してもいいかもしれませんわ」
「紅茶はどこでも飲めますものね」
「当日余っても皆で飲めば無駄になりませんわ」
「予算も使っていませんものね」
おお。
意外に女子が乗り気だ。
男子達は女子の変化に驚いている。
「よし、飲み物はこれでいいだろう。野草茶の味に問題があれば紅茶に変更する。菓子は……ソルレイ。低予算で夏向きの菓子は何かあるか?」
「そうですね。クッキーと同じ予算なのですが、ジュエリージュレと名付けた冷菓を先生とのお茶会で作って出したんです。見た目が涼やかな菓子で。食べられるハーブの花を散らせばとても綺麗だと思います。それにハーブで色を染めたダイス型も散らせばかわいいかと。そうだ! 宝石の形のジュレにすれば色とりどりでいいかもしれない」
一人で楽しそうに話しているのを全員にじっと見られ、咳払いをする。
「ジュレという菓子がお薦めです。それからレアチーズケーキはかなりの低予算で作れます。どちらも冷菓です」
ベイクドチーズケーキはあるけど、レアチーズケーキは無いからな。
逃げるように背を向けた。ボードにジュレ、レアチーズケーキと書いておく。
かかる一個当たりの原価を少しだけ多目に書いた。
試食するだろうからな。
振り返るまでの時間稼ぎに書いておく。どうせいくら貰うか計算しないといけない。
「では菓子は、クッキー、ジュレ、レアチーズケーキだ。今年は、持ち帰りはないが、茶器や食器、カトラリーをどうするかだな」
「そういえば、学校からの備品一覧にはありませんでしたね」
納得だ。これで予算を食うのか。
「あのー迎賓館にはありましたが、使えませんか? 試験の茶会で使いました」
「私も使いましたわ。数は揃っていました」
外国から来ている生徒達が案を出す。
「いっそうのこと迎賓館でやりますか?」
「いいかもしれませんわね」
「いや、少し遠いんじゃないか?」
「そうだな。あそこは許可が下りないのではないか?」
賛否が分かれた。
皆が、活発に意見を言うので、ボードの内容を紙に記載してから消して、食器、カトラリー、借りる(迎賓館)と書くと、借りない場合は持ち寄るのか? と意見が出て、持ち寄ると書く。
「割りそうです」
という意見が出れば、木の器、銀食器、竹細工、紙船と書く。
「ソルレイ様。紙船とはなんですの?」
「うん、見せた方が早いか」
俺は紙を折っていき、船を作って見せた。
「まあ!」
「ここにお菓子を入れることはできるよ。ただカップの解決にはならないね。平民の人も来る。 家ではカップではなくて木のコップだから、小さい取っ手に慣れていなくて落として割ってしまうこともあるかもしれない。お祭りなのだから弁償して下さいっていうのはやめよう。家から大切な食器を持ち出すのもどうかと思うんだ。かといって迎賓館のカップも割れば弁償だ。ここは皆で知恵の出しどころだね」
そこから、陶器工房を回って安いカップを買うのはどうか。割れてもいいカップの一つくらい家にあるのではないか。再び活発に意見が出る。
「確かに、一つ割れたら数が足りなくて仕舞っていますわ」
上級貴族家から声が上がる。
下級貴族家はメイド達に下げ渡して休憩中に使うのだという。
家、それぞれだなあと俺も頷きながら話を聞く。
「先生達も持っていないかな? 安く買うか、当日のお菓子とお茶のセットのチケットで譲って貰うとかできれば嬉しいね。捨てずに仕舞うのなら、お爺様やお婆様をあたれば意外に集まるんじゃないかな。それに、今年は卒業だ。それは家族にとってもそうだから、カップを貰う代わりに、チケットを贈るのも親孝行になるかもしれない。次男、三男、国外生とまあ、色々立場は違うけど、最後だから来て欲しいと手紙を出すのも記念になるよ。結果は、『おい!』って言いたくなるものかもしれないけど、一人2枚。誰かにチケットを渡そう」
「良いですね!」
「賛成ですわ」
カップは教員棟のポストに不要な茶器を募集、一つにつきチケット1枚と交換と書いて紙を教員棟のポストに入れることに決まった。
足りなければお爺様やお婆様をあたり、それでも駄目なら工房に行って足りない数を買おうと決まる。
陶器は高いので、どれだけ稼げるかが焦点になった。ペナルティーを回避したいのはみんな同じだ。
「銀貨1枚でお茶とケーキのセットは安すぎますわ」
女子達から指摘を受けると、男子達がバイキングで銀貨1枚だよと言い返す。
すると、それは先生向けのサービス価格だからでしょ! カフェのケーキは、最低でも銀貨2枚ですのよ? となる。
まぁジェラードも銀貨2枚だ。
お茶を頼んだらお茶請けがついてくるからな。
お菓子って案外需要がないかもしれない。
このままだと2年前と同じ口論になるな。そう思っているとノエルが口を開く。
「ソルレイの菓子だぞ」
男子達がピタッと口を噤んだ。
「今度は逆にいくらか難しくなりました」
え?
「ジュレとレアチーズケーキってソルレイ様が作った新しい菓子ですよね。どうします?」
「そうか、新しい冷菓か」
俺ですらまだ行っていなかった菓子コンクールで優勝した芋の菓子を、皆は、買いに行って食べたらしい。
そこそこの価格で売られているのに、すぐに売り切れるので最初は買えなかったと聞いて驚く。
「俺は一度も行っていないから分からないな。そんなに高いのか」
その呟きを聞いたクラスメイト達も驚いていた。
商品化するにあたって、これでいきます! と、改良したレシピは貰っているため家でも作れるからな。




