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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Garden×Garden クローバ

作者: 武見ゆう

 その世界の中心には、一本の木がありました。

 木が宿した果実から、始原の神人(かみうど)が生まれました。


 最初に「1」 創造する者、ケテル。

 次に「2」 至高の父、コクマー。

 そして「3」 至高の母、 ビナー。

 それから、ケセド、ゲプラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド。


 最後は「10」。


 聖なる木の、大きな枝に腰かける。ふわふわしたレモン色の髪と、オリーブの瞳の可愛らしい少女。彼女の名は、マルクト。聖なる果実から生まれた、最も若い神人かみうどです。


 マルクトは、世界の木の、その狭間に生まれた世界を覗き見るのが好きでした。

 ゆったりと、悠久の時間があるココとは異なり、狭間の世界は刹那。流れるように過ぎていきます。けれど、彼女がこう、と望めばソコに入り込むこともまた、容易に為すことができるのでした。




「ねえ、何をしているの?」

 マルクトが声をかけたのは、一組の少年少女。

 少年の名は、セト。少女の名は、レダと言いました。

 四葉のクローバを探しているのだ、と二人は言います。

 足元に広がる一面の草花。地面に這う緑の間からは、白くて丸い可愛らしい花が伸びていました。見れば、少女の頭には、その白い花で作られた冠が載っています。


 マルクトは、少女に冠の作り方を教えてもらい、お揃いの冠を身に着けて、護衛だと言い張る少年も一緒になって、四葉のクローバを探しました。


 クローバの葉は、三つの葉を持つのが普通なのだといいます。けれど、時々葉を四つ持つものがあって、それを見つけることが出来たら、幸せになれるのだと。


 嬉しそうに話す少女の顔は晴れやかで、それを見守る少年の顔は穏やかで、幸せそうで。いま、ココにある幸せ以上の幸せって、どんなものなんだろう。思いを馳せたのは、ほんの瞬き。


 


「・・・・あれ?お前、マルクト、か?」

「・・・・?」

 振り向くと、そこには、見知らぬ少年が一人。

「覚えてないか?ほら、小さいときに一緒に遊んだだろ?ココで。レダと俺と、三人でさ。」

 マルクトは目を瞠りました。癖のある焦げ茶色の髪と、碧い目。 

「・・・セト?」

「ああ。わからなかったか?しっかし、お前は全然・・・・・。」

 おどけたように言葉を続けようとして、少年は言葉を詰まらせました。

「・・・・変わって、ない。」


 ああ、そうか。

 マルクトにとってそれは、刹那。ほんの一瞬。

 それだけで時間は過ぎてしまうのです。見下ろしていたはずの少年を、見上げなければならないまでに。

「どうして・・・・。」

「セト?どうし・・・あっ!マルクト?」

 背後から、長い髪を揺らした少女が現れます。彼女もまた、すっかり女らしい体つきに成長していました。

(ああ、もう、一緒に遊ぶことはできないなあ・・・。)

 マルクトはそっと、溜息をつきました。


「・・・一緒に遊んでくれてありがとう。楽しかった。」

 困惑する二人を前に、マルクトは言いました。もうすぐ大人になる二人。子供のままの自分。たった一人、取り残されたような気分でしたけど。


「バイバイ」

 マルクトは、小さく手を振って、その場を去ることにしました。






「・・・・消えた・・・・。」

「え?え?マルクト、だったよね?・・・・え?」

「・・・・昔会った時も、いつの間にかいなくなってたよな。」

「そう?そうだっけ?」

「・・・・・・・・。」

 足元に残されたのは、クローバの冠。瑞々しい白い花。それはまるで、たった今編んだばかりのように見えました。





 セトとレダが住む村は、龍の住まいとされる美しい山脈の麓にあります。すぐ近くには王都の裕福な商人や貴族らの保有地があり、その別荘の手入れをし、季節になるとやってくる彼らの世話をするのが、村の者の重要な仕事でした。


 セトは、工芸品を作る職人の息子です。手先が器用で、彼の作る繊細な作品は、淑女の絶大なる支持を集めていましたが、彼は王都の騎士になるのが夢でした。剣を正式に習うことなど、田舎では無理でしたが、保有地にやってくる貴族が気まぐれに剣術を教えることもあって、その腕前は、みるみる上達していきました。


 レダは、村長の一人娘です。草原を思わせる翠の目と白い肌、艶めく銀髪の、美しい娘。甘やかされて育てられたレダは、少々我儘なところがありましたが、心根は真っすぐで優しい子でしたから、村人は皆、彼女のことが好きでした。いずれ彼女が婿を取り、この村を次代へと繋げていくのです。そのはず、でした。





「レダっ!どこだっ!」

 美しい村は見る影もなく。

「レダっ!」

 荒らされた家と、畑と。焦げつく鉄の、匂い。

「レダ!」

 

 セトは、懸命に少女の名を叫びました。

 騎士試験を受けるために、村を離れた僅かな期間。不穏な噂を聞いて、セトは慌てて戻ってきたのです。けれど。


 黒く焼け落ちた家に、両親の姿はありません。

 飛び込んだ隣家は真っ赤に床が染まっていて、一家は皆、殺されていました。

 向かいの家も、その隣も。

 村中が荒らされていて、転がっているのは死体ばかり。


「レダっ!」


 駆け込んだ村長の家の玄関で、セトの両親が折り重なるように倒れていました。その奥には、村長が。けれど、レダの姿はありません。


「いやあっ!離して!触らないでっ!」


 叫び声をきいて、セトは全速力で走ります。村と、保有地とを繋ぐ道。森の中にあるその小道のわきで、一人の少女が二人の男に組み敷かれているのが見えました。セトは、躊躇うことなく男を切り伏せます。恐怖に震える少女は言いました。レダは、村を襲った者たちに連れていかれた、と。自分は、隙をついてここまで逃げてきたのだと。


 セトは必死に走りました。たどり着いたのは、保有地の中でもひときわ豪奢な建物。それは王族の所有するものでした。中にいたのは、複数の男たち。そして、ぼろぼろになったレダでした。



ガチャン!










 いったい何が起きたのか、レダにはよくわかりません。怒号や悲鳴が聞こえ、何事かと部屋を出ると、そこには見知らぬ男たち。

「おおっ!・・・これは、あたりじゃねえ?」

「見つけたもん勝ちだよなあ?」

 腕をつかまれ、引き出された先には、倒れこんだ父の姿。その背には深々と剣が刺さっています。


「お、お父さん?お父さん!い、いや。いやあっ!」

 泣き叫ぶレダを、男達はゲラゲラと笑いながら、お屋敷へと運び入れます。尊い方がいつ訪れてもいいように、美しく整えられているはずのその場所は、醜悪な狂乱の場と変貌していました。


 怖くて。怖くて。怖くて。


 レダは必死に抵抗しましたが、敵うわけはありません。頬を打たれ、手足を押さえつけられて、泣き叫ぶほかはなく。ついには叫ぶことすらできなくなって、レダは自らの意識を深く深く沈めるように押し込みました。











 ガチャン!



 窓ガラスが割れる音。



「っ!なんだ、お前!」

「うわっ!よせ、やめろお!」

「げふっ!か、はっ」

「あ・・・っ」


 急速に浮上したㇾレダの意識を捉えたのは、幼馴染の青年の姿。 

 窓を割って飛び込んだセトは、その勢いのまま、男たちを一人、また一人、と切っていきます。


 ・・・・・・・・ああ。


 ぽろぽろと、レダの瞳から涙が零れます。


 来てくれた。助けに、来てくれた。

 レダは、どこかぼんやりと、セトの姿を目で追いかけました。幼い時から、ずっとずっと近くにいてくれた。その手はいつだってレダを護ってくれました。


 ああ、でも。セトは、ほんの少し手習いを受けただけの若者です。不意打ちでしたから、はじめこそ一方的に切りかかることができましたが、男たちが態勢を整えれば、あっという間に形勢は逆転していきました。


 駆け付けた男が、セトを背後から狙っているのに気がついたレダは、何の躊躇もせずにその身を剣の前に差し出しました。

「・・・・レダっ!」

 レダの体が、ぐらりと崩れて、セトの腕の中に落ちていきます。男たちは一刻戦いを忘れてその様に見入っていました。


「セ、ト・・・・。」

 レダは、幼馴染の頬に手を伸ばします。指先に感じる暖かさに、レダは苦しみも痛みもなにもかも忘れて微笑みました。







 ・・・・・・ひとつしか年は変わらないのに、いつだって大人ぶってたね、セト。それとも私が、いつまでも子供なのかしら。いつもいつも、我儘につきあわせてごめんね。仕方ないなって、笑ってくれる。私はいつも、甘えてばかりで。


 騎士になるって、あなたの夢を。無理だなんて、言ってごめんね。そばにいて欲しかった。離れたくなかった。王都に行ったらきっと、私なんかより綺麗で、ずっと可愛い子が貴方を好きになる。それが、怖かった。


 ああ。なんだか、子供みたいだね、セト。

 そんなに泣いて。そんなに、必死に、縋りつくような目をして。

 

 

 怖かったけど。痛かったけど。嫌だったけど。

 ああ、でも。

 こうやって貴方の、腕の中で逝ける私は、幸せだと思うの。


 セト。

 セト。

 セト。


 大好き。




 パタリ、と糸が切れたかのように、レダの手が落ちました。







「・・・・っ!!!!!!」

 セトの、声にならないその絶叫が、ジジジっと世界を歪めていきました。音が消え、地面が消え、空も、何もかもが飲み込まれたどこか。


『レダ・・・・。』

 静かに、少女の声が響きます。


『セト・・・・・』


 幼き日に出会った、そのままの姿。

「マル、クト・・・。」


 少女は、哀し気に二人を見つめます。

「お、願いだ・・・!」

 セトは、声を絞り出すように言いました。

「レダを、レダを助けてくれっ!頼むから。お前が何でも、構わないから。俺はどうなってもいいからっ!レダを・・・レダをっ!」


 けれど、マルクトは首を横に振ります。失われた命を、元に戻すことはできないのです。セトはレダの身体を、ぎゅっと抱きしめました。

「・・・ならば、・・・俺に、力を。あいつらを、レダを害したやつらを、叩きのめす力を!」




 セトが、レダの亡骸をゆっくりと床の上に寝かせるのを、男たちは黙ってみていました。血だらけの剣が床に落ち、青年は抵抗をやめたのだと、男たちは思いました。

「っ!」

 顔をあげ、ぎっとこちらを睨む青年の目に、男たちは怯みます。その目が、金色に、ヒトならざる輝きをもってこちらを見据えていたからです。青年は虚空に手を伸ばし、何かを掴む動作をしました。


「あああああっ!」

 引き出されるようにして、顕現したのは一振りの剣。

 薄暗い部屋の中、光放つ剣に一瞬、少女の姿が重なりました。



 マルクトは、剣なのです。その存在が始まった時から、戦い方を知っています。ですから、その剣を手にしたセトは、それだけで、最強の剣士となっていました。


 タンっと床を蹴った身体は、しなやかに伸びて、正面の男の胴を薙ぎ払います。流れるように隣、またその隣と。我に返った男たちが、同時に左右から襲いかかっても、目に見えぬ剣圧が彼らを吹き飛ばし、すぐにその身を串刺しにされることとなりました。


 騎士団がその地にたどり着いたとき。すべては終わった後でした。

 村の生き残りは、わずか。

 保有地を襲ったならず者達は、全滅でした。


 

 マルクトは、折り重なるように息を止めた、二人の亡骸を見つめます。

 マルクトは、創成の世界、その始原。その力を顕現させるには、代償を支払なければなりません。捧げられたのは、セトの命でした。


『・・・レダ。』

『・・・セト。』

 マルクトは、友の名を呼びました。応えるように、二人の魂はふわりと浮かび上がります。くるくると、お互いの周りを回りながら、愛し気にきらめく二つ。


 身体は、大地へ。魂は輪廻の輪に還る。それがこの世界の理でした。いつかまた、この地に生を受け、巡る。マルクトは願います。来世もまた、二人が出会えるように。そして今度は、二人、幸せに、過ごせるように。




 

 


 


******



「ねえ、何をしているの?」

 マルクトに、話しかけたのは一人の少女。草原を思わせる翠の目と白い肌、艶めく銀髪の、女の子。その後ろからは一人の少年が駆けてくるのが見えます。


「・・・・クローバの冠を作ってるのよ。」

「冠!私も作りたい!」

「だ、駄目だよ!知らない人に!」

 慌てた様子で少年が言います。相変わらず過保護、とマルクトは少しおかしくなりました。


「私は、あなたたちのこと、知っているから大丈夫。」

「じゃあ、大丈夫だね!」

「全然、大丈夫じゃないよ!」

 ぷくッとむくれて、少年は言います。けれど、警戒心は消え去ったようでした。


 マルクトは、少女に冠の作り方を教えます。レダに教わった、そのままに。少年はそわそわしながらそれを見守ります。かつての、セトと同じように。


「四葉のクローバを見つけるとね、幸せになれるんだって。」

「へえ。」

「絶対、見つける!」

 少女は冠を作りながら、少年はちょっとびっくりするくらい真剣に、あたりを探し始めます。


「あったー!」

 大声で叫ぶ少年と。

「え、ほんと?」

 出来かけの冠を頭にのせて、駆け寄る少女。


 少年は、四葉のクローバを少女の掌に載せて笑います。少女はそれを大事そうに受け取って見つめます。マルクトは、それを少し離れたところから見守って、それから静かに姿を消していきました。

久しぶりの投稿になります。

お読みいただいてありがとうございました。

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