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帰 -the origin of love- @ひろかな

由梨亜(ゆりあ)お願い。協力して」

とある秋の夜。旧友が集まる飲み会に出席していただろう彼女――親友の高遠(たかとお)香奈(かな)から突然かかってきた電話。その声を聞くなり、二つ返事でこちらに来るよう伝えたのだけれど。

「紅茶を淹れる練習をしたい?」

自宅リビングのローテーブルを挟んで座るやいなや、発せられた一言に驚く。

「『お願い』なんていうから、なにかあるんだろうなとは思っていたけど、ずいぶんと突拍子のない話ね」

「ごめん。でも今はこれしか思いつけなくて」

最近沈んでいた様子の彼女とはうって変わった、熱のこもった眼差しを受けて向き合う。

「この間、ジャスに相談したって話したでしょ?」

「ええ」

「あのとき『取り戻せばいい』って言われて、それからずっと考えてたの。何をどうしたらいいのかなって。でも、今なら」

「それがわかる?」

「うん」

力強い頷き。

「あたし、やっぱりヒロが好き。ヘタレでも天然でもマイペースでも構わない、これからもずっと一緒にいたいなって思うの。なのに、今まで黙って望まれるのを待ち構えてただけだった。与えられることに甘んじて、思い通りにならないと不満を募らせて彼を責めてた。そのくせ彼と違って自分には才能もなんにもない、どうせ何もできないからって卑屈になって言い訳して……そんなの卑怯だわ」

「そうかしら。関係が落ち着いてくれば要求と期待は増えるし、冷静に周囲や自分が見えてくれば、理想と現実のギャップに悩むのも当然じゃない? 世の中には『倦怠期』なんて便利な言い訳もあるくらいなんだし」

「それは真理だと思う。でもだからって何もせずにいるなんて、あたしの性に合わないなって気づいたの。どんな状況にあろうと、できる限りの努力はしたい。そうでないときっと……どんな結果も、納得できないと思うから」

ひとつひとつ自分の意思を確かめるかのような(げん)。そう、と短く返してテーブルの上に手を組んだ。

「ひとつ聞いてもいい?」

「うん」

「どうして『紅茶』なの?」

努力のしようならいくらでもあろうに、それが筆頭に上がった理由は何か。黙って答えを待っていると、向かい合った頬がほんのり染まった。

「上手く言えないけど、あたしの『はじめて』だったからかな」

「え?」

「高一で初めてヒロに出逢ったとき、あたしたちの間には紅茶があって。大学で再会したときには、彼が淹れてくれて。それからずっと寄りかかりきりだったけど、これからはあたしも」

「自分の手で淹れたい……この恋を守っていきたいと思ったのね」

こく、とみたび頷きが返される。

「だからお願い由梨亜(ゆりあ)、あたしの『芯』を取り戻すのに協力して」

伝わってくる真剣さ。それを受け止めつつも、少しだけ場の緊張を削いで問いかける。

「ねぇ、カナちゃん」

「なに?」

「もうだいぶ前のことだけど、浩隆(ひろたか)さんと喧嘩をして、私に愚痴をこぼしてくれたことがあったでしょ?」

背伸びをして魅力を増した彼女に、彼が思わず憎まれ口を叩いた、そんな出来事が過去にあった。

「あのとき、刺激は世界を広げるためにあるって言ったわよね」

「うん」

「未知を追うことは楽しいし、変化は人に必要な要素だわ。でもそれを成すには、変わらずにあるものを守り続けることも不可欠だって、カナちゃんは改めて気づいたのね。紅茶は二人にとって最初に抱いた気持ちの象徴たるもの、原点(オリジン)であると同時に回帰点でもあるってことなんでしょう?」

「うん」

「わかったわ」

いいざま立ち上がると、キッチンへ向かう。電子ケトルに湯を沸かし、冷蔵庫から牛乳を取り出してマグに注ぐとレンジにかけた。温まるのを待ちながら、リビングで姿勢を正した彼女にくすりと笑う。

「肩に力が入りすぎてる。意気込みはわかるけど、そんなに構えなくても大丈夫よ」

「でも」

次いで戸棚からティーバッグを取り出し、沸かした湯を少なめにマグに注ぐと彼女を呼び寄せた。湯気の向こうに、依然として気を張った顔が見えて苦笑する。

「気軽に始められるのが、ティーバッグのいいところでしょ」

焦りは禁物よとパッケージを開け、湯の中にそっと沈める。徐々に飴色が広がっていくさまを、二人で見ながら頃合いを待った。

「いい匂い」

やがてふんわり漂ってきた香りに、意識せず漏れ出た笑み。そこですかさずびしっと指先を突きつける。

「それよ」

「え」

「それこそが、カナちゃんの原点(オリジン)だわ」

飾らない素直な感情の現れ、本来の姿。幸先(さいさき)の良さに、この調子ならそう時間はかからずに済むかもしれないと思った。

「『似合わないって言ったのよ、あのバカ』ってまた言えるカナちゃんになりましょ」

ティーバッグを取り出し、濃く抽出された紅茶の中に、温まった牛乳を注いでゆく。くるくると彩文(さいもん)が描かれていく様子を前に、ふふ、と顔を見合わせた。

「ありがと、由梨亜(ゆりあ)

「うん」

彼女のセコンドならお手の物だし、負けるつもりなど毛頭ない。

けれど、一人にだけ努力させるのは不公平だろう。

もとより愛とは、誰かと共に育むものなのだから。

「『呼び水』が必要になるわね」

「え?」

そのためには、相手にも然るべき人材を手配しようと考えながら、香り立つマグをそっと差し出す。

「さあどうぞ、召し上がれ」


布告が発せられ、再び動き出す時間。


その先にあるハッピーエンドを確信して、微笑みに載せた心からのエールを彼女に贈った。

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