誰一人わきまえない婚約破棄
前作で「教養無いから多少(結構?)やらかしてるけど、ちゃんと弁えてる男爵令嬢でよかった!」という感想を頂戴して、じゃあ逆に全員やりたい放題の婚約破棄ってどうなるんだろう?と思っていたら、なんかできました…
きっかけになった感想をくださったクーディレクト様、ありがとうございました!
「ジュスティーヌ・シャラントン、貴様との婚約は破棄とする!!」
貴族学院の卒業舞踏会の席上、ホールの真ん中に設えられた壇上で、王太子アルフォンスは、婚約者のジュスティーヌ・シャラントン公爵令嬢を指弾しはじめた。
ジュスティーヌのもろもろの悪事を暴き立てていくアルフォンスの左腕には、ここ半年、彼の寵愛を一身に集めているジュリエット・フォルトレス男爵令嬢がしがみついている。
胸の谷間をのぞかせた真紅のドレスをまとい、淡い金色の髪を縦ロールにしたジュスティーヌは不敵な笑みを浮かべ、扇で口元を隠して、ちらりと会場の隅をみやって、頷いてみせた。
「ジュリエットが乗る予定の馬に興奮剤を与え、馬具にも傷をつけて落馬事故を起こそうとしただろう!
貴様が馬に薬草を挟んだ人参を与えているところを、ノアルスイユが見ていたんだぞ!
……ん??なんだ??」
見覚えのある侍女達が、乙女の膝で憩う一角獣を織りだしたタペストリーで覆われた、キャスターつきの巨大な姿見とおぼしきものをガラガラと押してくる。
確か、アルフォンスの母親である王妃つきの侍女達だ。
よいせっと止める間もなく姿見?を壇の上に上げてくる。
アルフォンスも、名を出されたのでジュスティーヌの悪事について証言しようと一歩前に出てきた宰相ノアルスイユの次男も、一同あっけにとられてそちらを見た。
「最近、アルフォンス様のご様子がおかしいと王妃様にご相談申し上げたのです。
すると、王家の秘宝『破邪の鏡』を小癪な男爵令嬢に突きつけてやれば、万事巧く行くでしょうとのお言葉で……」
ジュスティーヌがさっとタペストリーを取り去った。
異様に明るい、人の背ほどの高さがある円形の鏡が、両面にはめ込まれていた。
いかにも王家の秘宝らしく、互いの尾を噛み合う白龍と黒龍をかたどった重厚な彫刻で縁取られている。
ジュスティーヌは出席者一同によく見えるよう、一度鏡をその場でゆっくりと回転させた。
皆、息を呑んで不思議な鏡に映った自分の顔を見る。
そしてジュスティーヌは、鏡の面をぴたりとジュリエットに向けた。
「ジュリエット、さあおっしゃい。
どうやって殿下の心を盗んだの?」
朗々と響くジュスティーヌの声に、一同、たった半年前までアルフォンスとジュスティーヌは仲睦まじい婚約者として知られていたことを思い出した。
アルフォンスがジュリエットを寵愛しているのを、いつの間にか当たり前のことのように思っていたが──王太子と男爵令嬢が婚約者の目の前でいちゃつくなど、道理が通らない。
「み、魅了の、スキルを……つい……」
額に玉のような汗を浮かべて、ジュリエットは絞り出すように白状した。
「魅了だとッ!?」
アルフォンスがジュリエットの顔を覗き込み、その表情から真実だと悟ったのか、顔色を変えて自分の腕から振り払った。
きゃ、と声をあげて転び、床に横座りになったジュリエットの前に進むと、ジュスティーヌはぱしりと扇を閉じる。
「あら、そんな力があなたにあっただなんて、驚きだわ。
魅了のスキルは、発現した時点で国に届け出て、封印の腕輪をつけねばならないはずよね?」
ジュリエットは慌てて手首を隠そうとするが、金髪に蒼い眼のアルフォンスから贈られた、大粒のサファイヤを嵌めた金のブレスレットがあるだけだ。
「法で決まっている届けを出さずに殿下のおそばに上がり、殿下や将来の側近の心を惑わせるだなんて。
将来の王妃の座、ひいてはこの国の実権を狙った、フォルトレス男爵の意向かしら?」
ジュリエットは一気に血の気が引いた顔で、激しく首を横に振った。
「そそそそんな大それたことはッ
スキルは、今年に入って気がついたのですッ
父も母も知らないことで……」
すっとジュスティーヌの眼から笑みが消えた。
「ではなぜ、殿下だけでなく、将来の側近となるご友人方にまで魅了をかけたの?」
宰相の父を持つノアルスイユ。
騎士団長の父を持つサン・フォン。
シャラントン公爵家の養子で、ジュスティーヌの義弟であるドニ。
ジュスティーヌが一人ひとりを、扇の先で指してゆく。
ノアルスイユとドニがさっと顔色を変え、大柄なサン・フォンが「あれ?俺も魅了かかってたの?」とのん気に呟いたのが静まり返ったホールに響いた。
「そ、それは……」
映されると嘘がつけなくなるらしい「鏡」の力を持ってしても言いにくいことなのか、ジュリエットは言いよどんでぶるぶると震える。
ジュスティーヌはジュリエットをじっと見下ろしている。
「……殿下は、顔はいいじゃないですか!」
耐えきれなくなったジュリエットはジュスティーヌを見上げると叫んだ。
「確かに…」「そうね、殿下は顔はいいわ」と、さざなみのように令嬢達が頷いた。
「【急募】顔以外で私のよいところを挙げてくれる令嬢…」とアルフォンスが呟いた。
「ノアルスイユ様は、陰険ドS眼鏡でラブリーチャーミーじゃないですか!」
「あー…わかるわかる」「陰険ドS眼鏡と見せて、わりとポンコツとか最高よね!」と、またざわざわ。
「わりとポンコツ…だと…?」と、動揺したノアルスイユが眼鏡をくいっと上げながら、平静を装う。
「サン・フォン様のパワー!!!な筋肉のたくましさ、なーんにも考えてないなコイツってなる、にかっと明るい笑顔、尊いじゃないですか!」
「そうそうそう!」「脳筋男子、よいわよね!」と、頷きの波がさらに大きくなった。
人によっては馬鹿にされたと怒るかもしれないところだが、サン・フォンは嬉しそうに照れている。
「確かに尊い…」と皆ほっこりした。
「ドニ様の、腹黒ショタっ子ぶり、ちびっこだからと油断していたら、気がついたら大変なことになりそうでドキドキじゃないですか!」
「ちびっこ言うなあああ!」と小柄なドニは叫ぶが、「アリですわ、わたくし的にはアリですわ!」と興奮の渦に飲み込まれた。
「みんなみんな欲しかったんです!
それだけなんです!
王太子妃とか王妃とか、考えてなかったんです!!!」
要するにイケメン王子様も眼鏡くいーも脳筋も小悪魔ショタも独り占めしたかったのだと、令嬢としてというより、人としてどうかと思う強欲っぷりを皆の前で晒す破目になったジュリエットは、よよよと泣き崩れた。
「……わかるわ」
頭上から降ってきたジュスティーヌの優しげな声に、シャベルがあったら穴を掘って飛び込み、自分で土をかぶせたいくらいの気持ちで震えていたジュリエットは顔を上げた。
「初めて殿下にお会いした時、なにこれ天使なの!?ペロペロしたい!!超したい!!!と思ったわ。
その日から、生涯殿下をお支えしたいと堅く思い続けてはいるのだけれど……
正直に言えば、クリフォードの逞しい腕に抱かれてみたら、どんな感じなのかしらと思う気持ちもあるのよね」
「え!?クリフォード!?」
アルフォンスはぶったまげた。
アルフォンスの護衛騎士で、ジュスティーヌと接する機会も多いクリフォードが「ひょあ!?」と妙な声を漏らして飛び上がり、真っ赤になって、違います違いますなんにもしていませんと必死にアルフォンスに向かって手を横に振る。
「それだけでなく、フローラ様のお胸に顔をうずめて見たいという気持ちもあるし」
「え、わたくし!?」とジュスティーヌと仲の良い、ちんまりふくよかとした伯爵令嬢がうろたえて顔を赤らめる。
「そうそう、ジュリエットには色々と『お仕置き』をしなければならないと思っていたし」
ジュスティーヌは身をかがめると、あうあうと口が利けなくなっているジュリエットの顎をくいっと持ち上げてにんまり笑い、そのまま立たせると逃さないと言わんばかりに腰をしっかりと抱いた。
「義姉上の『お仕置き』って、エロいヤツ……?」とドニがうめいた。
鏡にもっとも近い位置にいたジュスティーヌは、もっとも強く鏡の影響を受けてしまったのである。
ジュリエットを掴まえたまま、ジュスティーヌは、貴族平民生徒教師関係なく、今の立場ではどうにもならない相手であることは重々わかってはいるが、天地がひっくり返ってワンチャンなんとかならんかなと心の奥底で夢見たことがなくもない人物の名を次々と挙げていった。
男女半々、年齢やタイプは見事にバラバラ。
「そっか。ジュスティーヌ様、わりとなんでもアリなんだ」という生温かい空気が流れた。
「いやいや待て待てジュスティーヌ!
君がなんというかその、とてつもなく愛情深いというか、愛が多すぎるということはよくわかったが……私より多いじゃないか!」
二〇名を超える手前で、さすがにアルフォンスが遮った。
「あらそんなに多いかしら。
では殿下は、どなたがよいと思っていらっしゃるのです?」
きょとんと問い返すジュスティーヌに、アルフォンスはバカ正直に、まずジュスティーヌだろう?ジュリエットだろ?クラウディア先生だろ?と指折り数えていく。
こちらは同性は入っていなかったが、ジュスティーヌに挙げられたフローラが2度目のランクインを果たし、女教師や色っぽさで名高い高位貴族の夫人なども普通に入っていた。
というか、なにげに同世代の令嬢よりも年上の女性が多い。
ついでに言うと、「お胸」が豊かな者がほとんどだ。
「アルフォンス殿下、やっぱり甘えたがりなんだなぁ」と皆が納得した。
「実は僕は……」
「わたくし、本当は……」
気がつけば生徒達、それから王太子の婚約破棄という大スキャンダル発生で固まっていた教師達まで、それぞれジュスティーヌやアルフォンスのように秘めた欲望をさらけ出しはじめ、ホールはいつしか蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
どさくさに紛れて陰険ドS眼鏡ノアルスイユが脳筋おバカ男子サン・フォンに告り、「男は考えたことなかったんだけどなぁ…」と一度は困惑したサン・フォンが、思い直してにかっと笑い「お前はいいやつだし!なんとかなるだろ!」と受け入れて熱い抱擁をかわした時には、両者の婚約者も含めて黄色い声援があがりまくった。
300名ほどの出席者の中に、心の底の底まで純粋に一人だけしか思ったことがない者はいなかった。
婚約している者同士もいたが、お互いフラットにさらけ出してみれば「そうだったんだ」と受け入れるしかなく、婚約者が心の底でほのかに望んでいた相手と気持ちが通じれば「よかったね」と喜んでしまう始末。
多対多で次々とカップル?が爆誕しつつ、思いに応えられなくとも相身互いということで、「すまんな」「ええんやで」と許しあう優しい世界が広がっていった。
「で、この後はどうすればいいんだ?」
クラウディア先生(40代巨乳未亡人)をひしと抱き寄せたアルフォンスはジュスティーヌに訊ねた。
先生は普段は生徒に厳しく接するタイプなのに、潤んだ目をしてうっとりとアルフォンスに身を預けている。
もはやあっちでもこっちでもほわんほわんと桃色な雰囲気が漂い、舞踏会どころではない。
というか騒動に巻き込まれてしまった楽団員も互いにほわんほわんとしていて、演奏してくれるかどうかも怪しい。
「いまさら取り繕っても仕方ありませんもの。
もう、心のままにすればよいのではないでしょうか。
場所は……寮もありますし、皆、なんとかするでしょう」
ジュスティーヌはおっとりと答える。
「ああそうだ、鏡を王宮にかえしておいてくださるかしら。
素晴らしい鏡だから、皆様に──陛下や妃殿下にもよくご覧いただくようにね」
鏡を運んできた侍女達に声をかけると、「殿下もよい夜を」と挨拶して、ジュスティーヌはまだ展開についていけずにあうあうしているジュリエットの腰を右手で抱えたまま、頬を染めたフローラと左手をつないでどこかに消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
他国から嫁いできた王妃は、説明が不十分だったこともあり「身を映せば嘘がつけなくなる王家の秘宝」と誤解していたが、「破邪の鏡」は長年王宮の宝物庫に封印されていた物で、「一度この鏡に映った自分を見てしまうと、生涯自分の心の底の欲望まで晒し続けてしまう」という、どう考えてもヤバいアイテムだった。
学院舞踏会の騒ぎが知られたら、王妃はもちろん、ジュスティーヌや「破邪の鏡」を持ち出した者も、ただでは済まないはずだったが、その前に国王も王妃も、主だった上位貴族もうっかり「破邪の鏡」を見てしまい、それどころではなくなってしまった。
侍女達は、ジュスティーヌに命じられたとおり、王宮で開かれていた晩餐会の真っ只中に「破邪の鏡」を持ち込んだのだ。
心の底まで一度開いてしまえば、欲望を封じ込めることにまったく意味を感じられなくなってしまう。
「鏡」を目にする機会がなく、欲望を解放することができずに鬱屈した生活を送る者達を救おうと、魔導工学の研究者が鏡の製法を突き止め、同じ効果を持つ鏡が大量に作られるようになり、王族から平民まで誰もが「鏡」を一度は目にすることになった。
結果、王国は、度外れた乱倫の国として一気に悪名高くなったが、欲望が解き放たれっぱなしになるとストレスが激減するのか、生産性は尋常でなく伸びた。
さらに派閥争いやらなにやらもどうでもよくなってしまったので、無駄な揉め事もほぼなくなり、国は明らかに豊かになっている。
もしかして、「鏡」を導入した方がよいのではと他国からこっそり視察が来るくらいだ。
「こういう国になってしまったことに後悔はないが……
さきざき、王位はどう継承していけばいいのだろうか」
結局、アルフォンスは普通にジュスティーヌと結婚した。
責任感の強いジュスティーヌは、女性とは全力ではっちゃけまくっているものの、男性についてはアルフォンス一人を守ってくれている。
だが、子供の時に「鏡」を目にする次の代ではそうした自制は望めまい。
「そうですわね……
確実に王家の血を残すには、この子の代からは母から娘へ王位を渡すことにした方がよろしいのでは?」
膝の上に抱いた赤ん坊を、母親の顔であやしながらジュスティーヌは答えた。
「そうだな、それがわかりやすいな」
確かに、母から娘へ血をつないでいくなら、父親が誰であっても王家の血は確実に伝えていくことができる。
もともと、この国では、国王に男子がいなければ女子が王位を継ぐことになっており、過去に何人も女王が即位している。
その分、女王から王女へ継がせても抵抗は薄いだろうし、今、法改正に取りかかれば、次代には間に合うだろう。
女王に女子が産まれなかった場合はどうするかなど、詰めなければならない点もあるが、まずは次の王室会議で提案してみようとアルフォンスは頷いて、赤ん坊──アルフォンスにとってはおそらく3人目、王太子夫妻にとっては最初の子供であるシャルロットに笑いかけながら人差し指を差し出した。
シャルロットはアルフォンスの指を握り、ぱーぱ!とはしゃいだ。
ご覧いただきありがとうございました!
ブクマ&評価をくださったみなさま、ありがとうございます。
他の作品にもお立ち寄りいただけると幸いです。
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※登場人物の名前は同じですが、別の世界です。
登場人物の名前を揃えていらっしゃる、たなか先生(https://mypage.syosetu.com/2124137/)リスペクトということで…!