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実戦演習と初顔合わせ

 翌日、いつもの通り仕事に取り組んだ。正直、化け物だの人間が滅びるなどと言われても実感が沸かない。いつもの通り膝の上にファーを乗せ、プログラムを組み立てていた。もうすぐ19時になる。一旦休憩するかと思い伸びをすると、ファーが膝から降りて、新しいサーバーの方へ向かって歩いて行った。

「おい、どこに行くんだ?」

 そのとき、ガチャっと部屋のドアが開いた。木村さんだった。

「虎太郎君、今日から実戦演習始まるから。」

「じっせんえんしゅう?!木村さん、久しぶりに来たと思ったら何ですか?実戦演習って何ですか?しかも今日ってもう19時ですよ。」

 木村さんは、部屋の中央にある大きなモニターを操作した。すると、モニターだと思っていた大画面は大きな窓になった。窓の先には広い空間が広がっている。空間には、ビルや道路が作られ、小さな街があるようだった。僕らの部屋は、この空間の天井近くに位置して、空間全体が見渡せる。モニターの向こう側がこんなに広い空間だったなんて今まで全く気付かなかった。

「何ですか、これは…」

「流れ星からだいぶ日が経った。そろそろ現実世界にモンスターが生まれる。これまで魔法が使える人材を探してきた。その人たちの実力を見定めるために、実戦演習を行う。」

「モンスターとか、木村さんまで何を言っているんですか?」

「あれ、昨日話したって聞いているけど…。流れ星を受けた人がモンスターに変化するって聞いてない?」

「そんな軽く言われても、信じられますか!大体、昨日ゲームの中で言われただけですよ。本人がどんな人なのかも知らないのに、そんな現実味のない話をすんなり信じられないですよ。」

「じゃあ、実物見て信じてもらうしかないな。とりあえず、実戦演習見学しよう。」

 木村さんがそう言って指を差した先にはビルがあり、屋上に4人の人物が並んでいた。みんな同じ服を着ている。服にはフードが付いていて、フードは目元以外を全て隠しているため顔はわからない。丈の長いコートのようなものを着ている。ズボンも靴もおそろいで、背丈は多少違うが中身の人物の性別さえわからなかった。

 少し離れたところに、同じ服装をした人物が二人いた。一人はフードを被らず顔が見える。若い男性のようだった。その人物がもう一人の人物に指示を受けると、戦闘体制に入る。彼の周りに水が集まり始める。そこに、屋上にいた人物が一人ふわっと下りて来た。ビルからふわっと地面に着地…不思議だ。大きなモニターでゲームを見ているようだった。水を集めた彼は、下りて来た人物に小さな水の弾を作り当てていく。すごいスピードですごい量だった。あたり一帯は煙に包まれてよく見えない。煙が落ち着くころ、水の弾丸で攻撃した彼はビルから下りて来た人物に締め上げられていた。本当に魔法だ。現実世界で魔法が使われている。

「なかなかの戦力だけど、まだ力が足らないかな。」

「木村さん、何が起きたんですか?全然見えなかったんですけど。」

「ビルから下りて来た人物は火の属性が使えるんだ。彼くらいの水の攻撃なら即座に蒸発させちゃうね。まだまだだけど、攻撃できる魔法使いは重要だ。…と、こんな感じで実戦演習やっていくからね。」

「僕にこれを見せてどうするんですか?」

「この部屋は、彼らを管理する管理室も兼ねているから、実際に戦闘が始まったら、彼らの属性が戦闘中に暴走しないか監視しなくてはいけない。ほら見てごらん。」

 木村さんがモニターにブレスレット管理用の画面を出した。すると、その中の一人が『戦闘中』となっている。属性は「水」で、かろうじてバランスを保っている。確かに今戦っていた彼のようだ。

「ビルにいた人たちの属性管理はこっち。」

 指差す方には、「なんだかわからないメーター」の一つの針が少し振れている。こちらは力を使うと針が動くシステムのようで、バランスを見るものではなさそうだ。それにしても、ほんの少ししか針が振れていない。

 先ほど戦っていた火属性の人物は、またふわっとビルの屋上に戻った。

「木村さん、魔法が使えるようになると空も飛べるようになるのですか?」

「あぁ、あれは重力と浮力の属性だね。自身の持つ属性のバランスが保てると確信できる人物には、創始から『重力』と『浮力』の属性を与えられるんだ。練習するとああやって自由自在に扱えるようになる。」

「『重力』と『浮力』…属性って増やせるんですか?」

「属性の付与は創始にしかできない。創始はわかるかい?」

「この組織を作った人だと聞いています。何者なのか、どういう人物なのか、詳しい話は何も知りません。」

「そうか。じゃあ今日わかるかな。あ、今日顔合わせするから、虎太郎君も21時に地下2階の会議室に行ってね。それまでは、こういう感じで違う属性の人たちが色々バトルしていくから君も見ておいて。」

 そう言って木村さんは部屋を出て行った。

 急展開だな。ビルの上の4人は僕の所属するパーティの人たちなのだろうか。4人だから団長以外って事なのか。実戦演習場では木村さんが言っていた通り次から次へと、様々な属性の人たちが戦闘を繰り広げている。しかし誰一人ビルの上の4人には勝てない。そして4人とも針は少ししか揺れない。少ししか力を使っていないということだろう。フードを被っていない人たちは、チャンピオンに挑むチャレンジャーのようだ。チャレンジャーたちも、それぞれ属性のバランスを保ったまま戦っている。この人たちを木村さんは全国飛び回って探していたのか。よく見ると、ビルの上の4人とチャレンジャーたちは服の模様がちょっと違う。ビルの上の4人は腕のあたりに4本のラインが入っているが、チャレンジャーたちには2本しか入っていない。フードを被っていてもわかるようになっているのだろうか。ランクの違い?明日木村さんに聞いてみよう。

 実戦演習を見ていると、いつの間にか21時前になっていた。僕は急いで地下2階へ向かう。僕の職員カードでも地下2階に行けるようになっていた。会議室に入ると誰もいなかった。僕は部屋の隅で立ったまま待っていた。すると、実戦演習の服装をしている人が4人入ってきた。腕のラインは4本。ビルの上にいた人たちだ。

 会議室の椅子に4人が座る。フードは被ったままで顔は見えないのに、なんだか威圧される。僕は部屋の隅で小さくなっていた。なんでこんな会議に僕が出席しなくてはいけないんだ。木村さん、あんたは来ないのか…。

 しばらく沈黙が続いた後、フードの一人が話しかけてきた。

「コタロー君、君、ストップできるんでしょ?ストップして女性のスカートの中覗いてるって本当?」

「は?」

 いきなり話しかけられたと思ったら、何?スカートの中を覗く?誰がそんなことを言い出したんだ?

「そ、そんなことするわけないじゃないですか!今までも2回しか現実世界ではストップかけたことないですよ!それも人を助けるためで…」

「…」

「…」

「…ふふふっ。ふははははー。冗談だよ~。あまりに緊張していたから~。」

「やめろよ。かわいそうじゃないか。ただでさえも状況わかってないだろうに、いじめるなよ」

 焦った僕をかばうようにもう一人がふざけた人物に話しかける。その時、もう二人同じ服装をしてフードを被った人物が部屋に入ってきた。腕のラインは二人とも4本だが、一人はラインの1本が金色だった。このメンバーがA0000001番パーティだとすると、4本ラインの人が団長で、金色のラインが入った人が創始だろうか?

「揃ったようなので会議を始める。」

 あとから入ってきた4本ラインの人物が話し始めた。低い声の人だ。声だけで判断すると50代だろうか。

「コタロー君も席に着きなさい。」

「は、はい。」

 僕は一番近くの席に座った。

「今日の演習では…」

 会議が始まる。今日実戦演習を行った人たちについて、意見交換が始まった。僕はすっかり蚊帳の外で、なぜこの会議に呼ばれたのかわからない。時間だけが過ぎていく。今まで皆勤賞だったパーティボス戦にも今日は間に合わないのか…。あと15分で22時になる。

「では、今日の会議はここまで。みんなフード外して構わないよ。」

 そういわれてみんなフードを外し始めた。見た目は30代っぽい男性二人、20代後半の男性一人、20代女性一人、といった感じだった。

「リアル世界で顔を合わせるのは初めてだね。改めて初めまして、コタロー君。さっきはごめんね~。いじめたつもりはなかったんだけど、あまりに緊張している君がかわいくてさぁ、いじりたくなっちゃったよ。」

「フク、コタロー君に絡むなよ。いつもこんな調子でさ、ごめんよコタロー君。俺は、下楽蒼井(したらあおい)。ゲームの中では楽坊だね。よろしく。こいつは…」

福田優士(ふくだゆうじ)。福坊です。俺たち親戚、従妹同士なんだ。」

「は、はぁ。」

 ということは、こちらの女性が紗奈さんで、もう一人の男性が銀次さんかな。男性の方を見ていたら、自己紹介を始めてくれた。

「あー、初めましてコタロー君。藤島享(ふじしまとおる)です。ゲームの中では「紗奈」です。」

「えっ?」

「あれ、女性だと思っていた?ダメだよ、プレーヤーがアバター通りだと思ったら大間違いだよ。ネットの世界って怖いよねぇ。」

 ということは、無口で渋い男性だと思っていた銀次さんは…

「あ、えっと、寄居朋(よりいとも)です。ゲームでは銀次でやってます…。」

 紗奈さんが男性で銀次さんが女性だったとは。すっかり騙された。

「僕は橋崎虎太郎です。」

 …あれ、誰も聞いていない。みんなスマホをいじり始めた。

「コタロー君も急いで~。パーティボス戦始めるよ~。」

 まだこの席に名前の知らない二人が残っていますけど、22時になったらきっちり始めるんですね。放っておいていいのかなとふと見てみると、残りの二人はまだフードを外していない。僕もスマホを取り出してパーティボス戦に加わる。いつもの通り、僕はいるだけで特にすることなくボスは倒され、本日のパーティボス戦も終了。

「さて、そろそろフードを外したらいかがでしょうか?団長殿。」

 フクさんがそう言うと、僕は、もう一人の四本ラインの人物を見たが、みんなの視線は金色ラインの人物に集中している。あれ?こっちの人じゃないの?


「ぷはぁ。フードは苦しいねぇ。」

 そう言って、金色ラインの人物はフードを取った。

 中から現れたのは…見たことある人物だった。


「コタロー君、久しぶり。」


「ま、真城雪華…さん?」


 団長と呼ばれ、金のラインの入った服を着る人物は真城雪華だった。

「君が団長だったのか…」

 何か知っていそうだし、僕のストップも効かなかった。何かしら流れ星に関わっている人物だとは思っていたが、まさか団長だったとは…。団長だから金色ラインなのか?

「驚いているねぇ。いいねぇいいねぇ。まさか私が団長だとは思わなかったかい?色々忙しくてさぁ、なかなか説明できなくてごめんね。じゃあ、コタロー君も揃ったから、改めて僕らの敵について話しておこうかな。」

 軽い。こんな重要な団を率いている団長なのに、軽い。と言うか、これでパーティメンバー全員ですけど、あと一人、この方はどなたでしょうか?僕はちらっと四本線でまだフードを取っていない人物を見た。今日の会議を取り仕切っていた低い声の渋い感じのダンディな男性だと予想しているのだが…。

「あ、それは私の作った人形ね。土で作って動かしているの。私自身が動くわけにはいかないから、それを動かしているんだ。」

 僕の視線に気づいた真城雪華が答えを聞かせてくれた。

「人形?これが?」

「そうそう。」

 そう言うと、ほろほろとその人物は崩れ落ちた。そしてウネウネと形ができたと思ったらまたあの人物になった。そんなこともできるのか。僕はあっけにとられていた。

「団長、時間ないから話進めておかないと。」

 銀次さんに言われて、雪華は改めてみんなの前に立った。その時、会議室に木村さんが入ってきた。

「悪い悪い。遅れちまった。」

「琉ちゃん。まだ大丈夫だよ。これからコタロー君含めて説明するところだから。」

 …軽い。木村さんのことを琉ちゃんて呼ぶのか。雪華って何者なんだ。

 木村さんは僕の隣に座った。

「明日、一緒に昼食取ろう。」

 木村さんは僕にだけ聞こえるように耳元でボソッと話してきた。木村さんが昼食を一緒にって、悪い予感しかしないんですけど。

「え~では。コタロー君も気になっているだろう僕たちが戦うべき敵について説明します。」

(僕たちが戦うべき敵?)

「あいつは、いつから地球にいるのかわかりません。ずっとずっと海底深くに眠っていました。正体はわからないけれど、宇宙から来たものと思われます。おそらく氷河期あたりに宇宙から落ちて来たものと考えられています。」

 そう言って、ホワイトボードに簡単に日本地図を描いて、三陸海岸沖に〇を書いた。

「今も、この三陸海岸沖に眠っています。あいつは、地球にいる限り目覚めることはなかったのです。あいつを動かす栄養となるものは、宇宙には存在するけれど地球上には存在しないものだからです。」

 雪華は、先ほど書いた〇に眠っている顔を書き足し、話を続ける。

「ところが、あいつの栄養となるものが海に流れ出します。さて、それは何でしょうか?はい、コタロー君。」

 ここは学校ですか?

「わかりません。」

「ヒントは、2011年3月11日。」

「2011年3月11日…東日本大地震。」

「そう。東日本大震災で福島第一原発が津波の被害に遭いました。福島第一原発ではメルトダウンが起こり、大量の放射線が海に流れ出します。」

「…放射線。そうか。宇宙には大量の放射線があるけれど地球にはほとんどない。」

「ピンポーン。福島第一原発から漏れ出た放射線が海で眠っていたあいつに少しずつ栄養を与え続けています。そのため、あいつは目覚め始めています。」

「はい、先生。あいつとはどういう生き物なんでしょうか?」

 フクさんが挙手をして質問をする。

「はい。みんな知りたいですよね。お答えしましょう。あいつは目覚めると30メートルくらいある化け物です。見た目は…二本足で歩くから一応人間と同じような形をしているけれど、黒くてドロドロしていて、ごつごつしていて、とても気持ち悪いです。日本の自衛隊がミサイルを打ったり頑張るけど、全然歯が立ちません。核爆弾なんて打ちこんでしまえば、あいつはモリモリ元気になってしまいます。人間では歯が立たないことは一旦置いておいて、では、目覚めたときに自分ひとりだったら、みなさんならどうしますか?はい、想像してみてください、コタロー君」

 え、また僕?

「え~。他に人がいないか探して、いなければ助けを呼びます。」

「はい。正解です。あいつは、仲間が周りにいないことを確認すると、宇宙から仲間を呼び寄せます。また、自分自身から分身を作り出し、地球上の生物に攻撃を仕掛けてきます。あいつも我々を敵だとみなしたのでしょう。とことん我々を倒しにやってきます。あいつと、あいつが作る分身に対抗できるのは、魔法だけです。なぜなら、あいつには属性があり、弱点を突かないと倒せないからです。そのために我々の機関があります。」

 結構やばい話をしている気がするけど、雪華は淡々と説明を続けている。やっぱりラスボスがいたんだな。属性の弱点を突くって、「ウェポンマスター」のパーティボス戦と同じだな。僕たちはずっとゲーム内で模擬練習をしていたのか。大体の謎が解けてきた。

「あ、あの、この機関を作った創始と呼ばれる方は何者なのでしょうか?」

 勇気を振り絞って質問してみた。…が、みんなぽかんと僕のことを見ている。

「虎太郎君、何も知らないからね。みんなそんな目で見ないでくれる?」

 木村さんが切り出してくれた。

「虎太郎君、創始は雪華君だよ。この機関を作ったのは雪華君。流れ星を降らせたのも雪華君。全員に配ったブレスレットの属性を保っているのも雪華君。彼女は属性を与える存在なんだ。5年前、俺は総理大臣の秘書の一人だった。雪華君が突然現れて、その場にいた総理大臣含め大臣やお偉い方々全員が、この先に起こる戦いを見せつけられた。嘘みたいな話だったけど、あの映像を見せられたら対策を打たないわけにはいかなかったんだ。だけど公に動くわけにはいかなかったから、こうして地下施設を作って密かに準備を進めていたんだよ。」

 そんな前から…。

「あんな映像って…?」

「雪華君は、俺たちの頭の中に直接映像を送り込んできたんだ。その上で、魔法をちょこっと使って見せて俺たちを信じさせて動かしたんだ。…それほど衝撃的な映像だったよ。」

「まぁ、何回もやっているからね。どのくらいのことをすれば信じてもらえるかはもうわかっているんだよ。」

 何回もやっている?そういえばゲームでもそんなことを言っていたな。

「とりあえず、今日はここまで。これから流れ星を受けた者のうち、化け物に変化してくるものが出てくるから、それに対応していくことになる。それはリアルな世界で魔法を披露することになる。日本政府もいよいよ公表しなくてはいけない時期となる。そうなってくると、強いものは敵とみなす人間の本性から、君たちも狙われる可能性が出てくる。正体がばれないための制服だからね。きちんと着て対応するように。それと…」

 そう言って雪華は僕に近づいてきた。

「コタロー君も僕たちのパーティの一員だからね。これを渡しておきます。」

 そう言って僕の手を握ると、僕の中に何か力が入ってくる。

「『重力』と『浮力』の属性ね。今日見ていたでしょう。」

 属性を与えるって簡単なものなんだな。

「あの、僕は攻撃できるような魔法は使えないので、戦闘に出ることはないと思うのですけど。」

「それでも、君には最前線に出てもらうから。あとで制服も受け取ってね。浮く練習もしておいてね。はい、解散。」

 雪華は土でできたダンディな人形と木村さんを連れて部屋を出て行ってしまった

「ねぇねぇ、コタロー君」

 フクさんは、だいぶ年上だと思うけど、フレンドリーに話しかけてくる。

「なんでしょう、フクさん?」

「コタロー君の『ストップ』って誰かをストップさせて、誰かをストップさせないとか操作できるの?」

「やったことはないですけど、今までは全体的に止まっていました。」

「ちょっとやってみてよ。僕だけストップさせないで周りをストップさせてみて。」

「えっ、今ここでやるんですか?」

「ちょっとフク~。悪いこと考えてるでしょ?」

「ラクはいちいちうるさいなぁ。いいじゃん。それができればいたずらし放題だよ~。」

「コタロー君、いちいち相手しなくていいよ。悪いことばっかり考えているんだから。団長戻っちゃったけど、他に何か聞きたいことある?」

「えっと、紗奈さんはなぜ女性の名前を付けたんですか?」

「……」

 あれ、聞いちゃいけない質問だったかな?

「それはね、コタロー君、享君の元カノの名前だよ…」

 ラクさんがそう言うと、隣で紗奈さんが泣き始めた

「うっうっ、いい子だったのに、突然別れようって…。思い出となってしまった彼女のことを忘れたくないじゃないか。」

 あー、聞いちゃいけない事だったな。まぁいいや。他人の彼女事情なんて僕には関係ないし。泣いている紗奈さんを放っておいて、僕は銀次さんにも質問をした。

「銀次さんはなんで銀次さんなんですか?」

 普段ゲーム内では無口の銀次さんだが、現実世界では無口というわけではないようだった。

「昔、桃太郎電鉄というゲームがあって、誰とやっても、いつやっても絶対にスリの銀次にお金取られてたのよ。それで借金抱えていつもビリ。今度はいつ出てくるのかしら、って考えながらいつもゲームをしていたのだけど、いざ出てこないとちょっと寂しくなっちゃって。いつの間にか愛着沸いていたんだね。そんな理由。」

 銀次さんはおそらく同年代か少し若いくらいだけど、とても可愛らしい女性だった。しかし、桃鉄か。一人でやるととても寂しいゲームだな。

「銀次さん、ゲーム内では、無口ですよね。」

「文字を打つのが面倒なだけですよ。男性キャラなのは、女性だとわかるとなめられたりするでしょ。たかがゲームでも、なんか悔しいじゃない。」

 なるほどね。紗奈さんとは正反対っぽいな。A000001パーティの人たちはゲームの中と同じで感じの良い人たちだった。今までもゲーム内で話したことがあったせいか、初めて顔を合わせたのに、初めてという感じはしなかった。雑談をしていたらだいぶ夜遅くなってしまった。

「さて、今日はこのくらいで解散しようか。また明日集まろう。」

 フクさんが切り出した。フクさんは一番の年長で、みんなのリーダー的な存在だった。

「明日?」

「そう。明日も22時前にはここに集合して、みんなでパーティボス戦をやろう。ほら、顔も覚えたし、もっと仲良くなれるでしょ?」

 仕事以外でみんなで集まって何かやるって、いつぶりだろう。嬉しいのか恥ずかしいのかわからないけど、僕はちょっとにやけてしまった。

「あれ、もう夜も遅いですけど、みなさんお住まいは近くなんですか?」

 僕は仮眠室に泊まれば良いけれど、みんなはこれから帰るのだろうか?そう思って、ふと聞いてみただけだったが、みんな驚いた顔でこちらを見ていた。

「あぁ、そうか。コタロー君は知らないよね。俺たちは、もう一つ上の階、地下1階に部屋があるんだよ。だから、1つ上がれば寝床があるんだよ。」

「そうだったんですか。それでは、僕は下の階、地下3階の仮眠室で休みます。おやすみなさい。」

 みんなこの施設に住んでいるんだ。全然知らなかった。みんなに挨拶を済ませ、僕は仮眠室へ向かった。


「さて、橋崎虎太郎君ね…。」

 虎太郎が会議室から出て行ったのを確認すると、フクは机の下から書類を取り出した。そこには虎太郎の情報が詳しく載っていた。


 橋崎虎太郎

 2010年7月7日 福島県浪江町生まれ

 母子家庭 母親は医者

 東日本大震災で罹災

 母親は津波により行方不明

 虎太郎は保育園に預けられており津波に飲まれるも奇跡的に生還

 その後、栃木県那須塩原市の祖父母に預けられる

 虎太郎が中学3年の時に祖父母他界

 祖父母の相続で揉めた親族に那須塩原の家を追い出され高校から東京の寮に入る

 その後は、祖父母がわずかに残した遺産で大学へ進学し、卒業後ソフトウェア開発会社へ就職


「俺たちは創始に選ばれた戦士だけど、虎太郎君は何に選ばれてしまったんだろうね。」

 フクは書類を見ながらまじめな顔で言った。


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