団長と約束
引っ越してから1ヶ月、AIのプログラムはコピーしたものに手を加え、木村さんからもらったIDで、情報もあちらこちらから取り込み、だいぶ形になってきた。そして、先日迷い込んだなんの動物かわからないモフモフは僕の膝の上にいる。こいつは、成長が早い。発見したときは赤ちゃんだったのか、今は膝にようやく乗るくらいの成猫サイズになった。そして、こいつの毛は抜けない。撫でても梳かしても抜けない。というわけで、サーバーのある部屋に連れて行っても問題はなかった。ご飯は与えれば食べるが、フンはしない。これも流れ星に関連した特別な何かなのだろう。誰かに聞いてわかるものでもないし、それがエイリアンだろうが怪物だろうが妖怪だろうが僕に害がないなら構わない。むしろこのモフモフ感で癒してくれている。 先日、昼食を食べに行くときに、このモフモフがついてきた。首に良い感じに巻き付いていて、お店の人に「立派なファーですね。」と言われた。まぁ、本物だからねと思いつつ、得体の知れない生き物だから、妖怪かなんかで、僕にしか見えないかもしれないと考えていたのだが、みんなに見えていることが判明した。以来、僕はこのモフモフをファーと呼んでいる。
今日の業務はこのくらいで終わりにしよう。一日頭を休めるとずっと悩んでいたことがパッと解決したり、探し物が出てきたり、経験上働き詰めは良くない、というのが僕の持論だ。実は、今日はパーティボス戦でやってみたいことがあるのだ。僕は仮眠室でシャワーと夕飯を済ませ、22時のパーティボス戦に参加した。
いつものようにパーティメンバーがボスを倒していく。複数の属性を持っていても簡単に倒せるようになってきた。皆さんのコンビネーションがすごい。僕はとりあえずそれを見ている。参加人数が少ないときも、僕は毎日みんなの戦いを見ていた。すると、次第に敵の属性もわかるようになってきたし、みんなの戦闘パターンもわかってきた。戦いに口を出すことはないが、「今だ!」みたいに感じることはある。目だけは肥えてきた気がする。今日もいつも通りボスを1体倒して解散となる。みんな相変わらず忙しいみたいだな。早々にみんないなくなってしまった。僕は一人だけゲーム内に残った。
ボス戦はパーティメンバーなら誰でも始めることができる。僕が一人で始めたらさすがにNPCが参加してくれるだろう。そう思って、ボス戦を開始する。僕のレベルも136になったが、ボスのレベルは150だ。もちろん僕では倒せない。そもそも攻撃魔法がないのだ。やっぱりNPCが参加してくれた。4人参加してくれたので僕を合わせて5人での戦いになる。今回参加したNPCの属性で倒せる相手なのだろう。とりあえず、「指示するまで攻撃しない」に設定をして、僕はボスにストップをかけた。上位レベルのボスにどれだけの時間ストップがかかるのか試したかったのだ。5分が経過した。僕もそれなりに強くなっているようだ。7分30秒を超えたところでボスが動き始めた。
ふぅ。僕にできるのはこれだけ。僕の実力は7分半ということが分かった。さぁ、あとはお願いしますよ、NPCの諸君。
と思ったら、僕が必死にストップしている間に4人のNPCが消えている。
これってまずくないですか?
連戦連勝のパーティに黒星が付いてしまう。
あわわわわ。どうしよう。
みんなに内緒で始めたボス戦だから、なんと言い訳しよう…。
ボスが攻撃してくる。
あぁ、絶対に一撃でやられる。みなさんごめんなさい。
殴られたと思ったその瞬間、バキーンとボスの攻撃がはね返っていった。
あれ、やられていない。無傷?
『やぁ、コタロー君』
自分の無事を確認していると、目の前に団長がいることに気付いた。団長は、サッと一振り腕を振ると、ボスは一瞬で消えていった。何なんだこの人は。団長はあまりパーティボス戦に参加しないので、何の属性なのか、何の武器を使うのかなど僕は全く知らない。
『団長?』
『君が一人で戦っているのを見かけたから参加してみたよ。』
『ありがとうございました。NPC消えちゃって負けちゃうところでした。』
『まぁ、僕が来たから消えたんだけどね。以前、君に詳しく話すって言っただろ。このまま話してもいい?』
『僕は構わないですけど、ご覧のとおり、僕はストップしか使えませんから、パーティボス戦のお役には立てませんけど。』
『ゲームの話ではなくて、リアルな世界の話。君以外のパーティメンバーにはすでに話がしてあるんだけど、君はこのゲームと流れ星の関係、いくらか知っているかい?』
『え?あ、まぁ、流れ星が流れてきたのはウェポンマスターのプレーヤーで、不可解事件の被害者もプレーヤーって事くらいでしょうか。』
僕はゲームの制作側であることは隠してプレイしている。ばれたら面倒な気がするからだ。詳細を誰から聞いたのかなどは話せないので、大雑把にしか回答できなかった。
『うん。そうだね。属性のバランスが保てない人間は強い属性に飲まれてしまう。まだ、今は属性に飲まれて命を落とすだけなんだ。』
『命を落とすだけ?「だけ」ってどういう意味ですか?』
『亡くなった人にそんな言い方をしてしまうのは本当に申し訳ないと思うのだけど、ブレスレットが配られたこれからは、バランスを保った属性の力に体が耐えられるかということになってくるんだ。』
『バランスを保ったまま力だけが増えていくと考えればいいですか?そうなるとどうなるんですか?』
『力に耐えられなくなると、人間は力に耐えうる存在に変わってしまう。』
『力に耐えうる存在?』
『そう。それはもう人間じゃない。自我も無くなるから、何をするかわからない。自分の持つ属性で暴れまわるようになるんだ。』
『現実の世界でモンスターみたいのが出てくるってことですか?』
『そう。まだ属性の力が弱いから本人以外に被害はないけど、これから起こる未来だ。ところで…』
これから起こる未来?なんでそんなことがわかるんだ?僕は頭の中が整理できない。今まで起きていたことも、それとなく受け入れてきたけれど、こればかりは想像できない。
『コタロー君は現実世界で魔法を使ったことがある?』
『魔法?』
僕はとぼけた。まさか実際に時間を止めたことがあるなんて誰にも言えない。頭がおかしくなったかゲームのやりすぎか、変な奴としか思われないに決まっている。
『そう。星を受けた人たちは何かしらの属性を持っている。それが現実世界で使えるようになるんだ。嘘みたいだけど、そのための流れ星だから。』
『魔法を使えるようにするための流れ星?』
『それが人類に与えられた抗う力なんだ。だけど、魔法として扱えるようになる人はごく一部で、それ以外の人はバランスよく体の中で潜んでいるか、魔法が使えたとしても、家事に役立つ程度だね。火を起こしたり、軽く電流を流したり。それと、バランスを保つために二つの属性が体の中には入っているのだけど、基本的に使えるのは一つだけ。火の魔法を使える人が持つ水の属性は火属性を抑えるためだけに存在するんだ。』
うちのパーティはゲームの中で二つの属性を使用しているけど、現実的にはそういう存在はいないということだな。あの強さはあくまでゲームの中だけなんだ。
『それで、モンスターが出てきたとして、人はどう抗うんですか?』
『魔法を使える人は、使えない人を守らなければならない。今はそのための訓練期間なんだ。』
よくわからなくなってきた。モンスターを倒すための力を持たせるために流れ星が流れてきたのだとすると、そのモンスターもまた流れ星を受けた人が変化したものという話だ。そもそも流れ星が流れてこなかったらモンスターなんて生まれないじゃないか。
『そもそも敵は何なんですか?魔法を使えるようにした代わりにモンスターが発生してしまうと理解したのですが。』
『そのあたりは直接話そう。近々現実世界で顔を合わせることになるだろうから。僕ももう戻らないと。』
聞きたいことは山ほどあったが、僕も頭の中を整理したかった。
『これは直接会ってお願いしなくてはいけないことなんだけど、みんなには聞かれたくない。』
ゲーム内なのでどんな表情をしているのかわからないが、団長は話しにくそうに切り出した。
『コタロー、約束してほしいんだ。』
呼び捨て?まだそんなに仲良くなっていない気がするんだけど…。
『なんでしょう?』
『これから現実世界で戦いが始まる。最前線で戦う戦士は、このA0000001番パーティのみんなになる。…もし、万が一、彼らが負けるようなことになったら、僕を過去に戻してほしい。』
『過去に戻す?僕はそんなことできないですよ。それに、万が一って、負けたらどうなるんですか?』
『彼らが負けたら、この世界が終わる。』
『終わる?』
『そう。彼らにもしものことがあれば人間は滅びる。だから戻ってやり直さなければならない。』
滅びる?やり直す?
『約束してほしい。僕を過去に戻すと。』
『僕にその能力はありませんし、やり直すって…』
『…もう何度も、やり直しているんだ。何度も…。あいつに勝つために、人間を滅ぼさないために僕は負けるたびに過去に戻してもらってやり直している。大丈夫。コタローは、もうその魔法を覚えているよ。』
僕はステータスを確認した。僕がゲーム内で使える技は「ストップ」だけ…あれ、グレーアウトしているけど「リバース」って書かれている。いつのまにか一つ増えていた。
『リバースでしょうか?使えないみたいなんですけど。』
『今は使えないかもしれないけれど、そのうち使えるようになるよ。じゃあ、約束だよ。もう行くね。』
そう言って団長は帰っていった。一方的に約束をされてしまったが、全く意味がわからない。流れ星の日から意味がわからないことだらけだ。僕もゲームを終了し、仮眠室でファーを膝に乗せながら団長と話した内容を考えていた。
まず、流れ星を受け取ると何かしらの属性が体内に入り、魔法を使えるようになる。与えられた属性と逆の属性を持つことでバランスを保っている。バランスが保てなくなると属性が暴走し、不可解事件のように死んでしまう。ブレスレットで属性のバランスを保つことで暴走することはなくなるが、強くなっていく属性に耐えられなくなると人間は化け物となってしまう。その化け物を倒すために魔法で戦えるメンバーを育てている。この辺りが矛盾している。何のために属性を与えたのか…。属性を与えたから化け物になってしまうのだから、流れ星が無ければ何もなかったのではないかと思う。でも、現実世界で魔法を使えるようにするための流れ星だとすると、属性の暴走で亡くなった人も、化け物になるというのも、魔法を使えるようにするための副産物=犠牲であるとするなら、魔法は化け物になった人を退治するためのものではなく、その先に何かラスボスみたいなのがいるんじゃないのか?団長も「あいつ」と言っていた。そして、僕の所属するA0000001番のメンバーはゲーム内でも現実世界でも最強のメンバーなんだ。僕の所属するパーティが負けてしまえばこの世界は終わる。僕も双子の星を受けたからこのパーティに所属しているが、はっきり言って戦力外だ。僕がこのパーティにいる理由はおそらく、団長との約束となった「戻す」こと。それは顔を合わせたときに話してくれるって言っていたな。近々顔を合わせる機会もあると言っていた。そうしたら流れ星の真実は明らかになるのだろうか…。その時まで謎は謎のままだな。