A0000001番パーティの秘密
ブレスレットの配布が告知されてから大々的に広告が始まった。もらってすぐは気づかなかったが、このブレスレットは時計の機能も付いているし、スマホと連動して心拍数を図ってくれたり、メールや電話の受信もできてスマートウォッチの機能を備えている他、『ウェポンマスター』においても、手をかざすとゲーム内で魔法が使えたりと、プレーヤーが楽しめる機能が付いていた。そのため、応募者数も爆発的に増え、一週間でおよそ2分の1の応募が集まった。応募してもらって情報を集めたところで、みなさんの情報はすでに持っているわけですから意味がないのだけれど、悪いことを考える人は転売目的で違う住所に送ろうとしていたり、すでにオークションで予約販売されていたりと、人間の悪い一面がよくわかる一週間だった。転売したところで、そのプレーヤー用に作られたブレスレットなので他の人がつけても電源が入らない設定になっている。AIすごいな。
残り2分の1は、応募していない人ももちろんいるが、すでにゲームをプレイしていない人もたくさんいるだろう。それでも一週間後には一斉に個人の住所にブレスレットが配送される。監視するのはゲームのプレイ状況ではなくその人本人なので、監視対象はもちろん、すでにゲームをしていない人も含まれる。ブレスレットがうまく機能すれば足らない属性があっても補ってくれるから、属性も暴走せずに燃えたり水になったりしないで済むはず。みんながきちんとはめてくれることを祈ろう。
ブレスレットの応募状況を確認しながら、プログラムの解析をして、たまにAIと話をして一週間を過ごすこととなった。ブレスレットの配送もAIがやってくれるので、僕は誰が受け取って身に着けたか確認するだけ。楽なものだ。
ウェポンマスターの方は、ここ1週間はパーティメンバーが僕を除いて二人ずつしか来なかった。最初はフクさんとラクさんの親戚コンビだったが、次の日はフクさんと紗奈さん、ラクさんと銀次さん、フクさんと銀次さん、ラクさんと紗奈さん、紗奈さんと銀次さんといった感じだ。二人で1体のボスを倒す練習をしているようだった。僕はたまにストップをかけて、皆さんが敵の属性を見破るお手伝いをしている。毎日参加することで、僕もボスの属性が体のどの部分に現れているのか見つけられるようになってきた。撃破報酬をもれなくもらっている僕の武器はより装飾が施され、なんとまぁ美しい杖に仕上がってきた。これで敵に殴りかかるなど考えられない。実物ではないがゲーム内で毎日磨きをかけて眺めて楽しんでいる。骨董品を眺めて楽しむお年寄りの気持ちが良くわかる。
1週間経ちブレスレットが配布され始めた。応募してきた人は3分の2まで増えていた。住民票の住所に強引に配布されたうえ、一度はめたら外れない仕様、世間がどう反応するのか怖い。
日本全国に配送され、プレーヤーが身に着けるとこちらのサーバーに登録されていく。パーティ毎に登録され、もちろん僕も登録されているはずなのだが、僕の所属するA0000001番のパーティは表示されなかった。またどこか見えないフォルダにでも入っているのだろうか。
ブレスレットを付けた人の情報で表示されるのは、その人の属性と属性のバランス。安定しているかどうかがここでわかる。それとバランスを保つための属性供給量。供給量が多ければ多いほど自力でバランスが保てていないことになる。そして逆属性の補充量が多ければ、その人自身の属性の力が強いということになる。バランスが崩れれば属性に飲まれ死ぬ可能性が高い。
1ヶ月ほど経つと情報はだいぶ満たされてきた。1000万人以上のリストで、まだブレスレットを身に着けていない人は半分くらいいた。よく見てみると残りの半分のうち、二重線で消されている人たちがいた。「対象外」ということだろうか。最近は木村さんも忙しいようであまり顔を出してくれないので、詳しく聞くことができない。この機関のことも結局詳しく聞けていない。あの人は一体何者なんだ。
そんなある日、木村さんが膨大な荷物と一緒に現れた。
「久しぶりに来たと思ったら、木村さん、何なんですか?その機材は。また規模拡大するんですか?」
「これはお前用のコンピュータだ。ここにもう一体AIを作れ。」
「は?」
「そろそろAIの分析も進んだだろ。いよいよここに作れってことだ。いいか、虎太郎。ウェポンマスターのAIはあそこにしか存在しない。移せないしコピーできない。だけど、どうしてももう一体必要なんだ。だからお前が作る。」
「僕が作るんですか?ウェポンマスターのAI作った人に頼めばいいじゃないですか。」
「…だからお前に頼んでいるんだ。いいか、これから6ヶ月で完成させろ。」
「6ヶ月!?無理でしょ。そもそもまだ解析済んでいないのに。」
「ほら、仮眠室あるだろ?たまには外出で日光浴びろよ。わからない部分はウェポンマスターのAIが教えてくれる。過去のことなら答えられるように上にお願いしてきた。そろそろ許可が下りるだろ。一人じゃない。AIと二人で組み立てるんだ。あと、このIDはこれまで作成されたゲームの情報にアクセスできるIDだ。あらゆるゲームから情報を集め、AIを組み立てろ。いいか、最長6ヶ月だ。場合によってはもっと早く作らないとダメかもしれない。じゃあな。俺は出かける。」
「あ、ちょっと、木村さん!」
木村さんは出て行ってしまった。いつもこうだ。僕の意見は一切聞いてくれない。なんだって?6ヶ月でもう一体この優秀なAIを組み立てろって?
「無理だろー!!」
『大丈夫ですか?』
木村さんが出て行ったのでAIが話しかけてきた。最近職場では唯一の話し相手がAIだから自然と会話してしまう。
「大丈夫じゃないよ。これから泊まり込みでAI作れって?君みたいな優秀なAIをたった一人で、しかもたったの6ヶ月で完成できるわけないだろ。」
『私もお手伝いいたします。』
「そういえば、木村さんもわからないことは君に聞けって言っていたな。木村さん、僕がAIと話をしているのを知っているのかな?盗み聞きされた?まぁいいや。君のことについて聞いてもいいかい?」
『…許可が下りました。以前お答えできなかった質問にも答えられるようになったかもしれません。何でも聞いてください。』
「君を作った人はどんな人だい?」
『…とても優しい方です。別れ際も私のことを心配してくださっていました。』
「そういうことじゃなくて、どこかの教授とか、研究者とか、そういうことを聞いていたんだけど…。別れ際ってことは、その人はもういないの?」
『別れる際にはまだ生きておられました。』
「年寄か?まだ生きていたということはもう亡くなっている可能性があるな。詳しくは教えてくれないの?」
『詳細はお伝え出来ません。許可が下りたのは過去のことを答えても良いということですので。』
「よくわからないな。君はコピーできないって言っていたし、実際にプログラムをコピーしてもAIは起動しない。君を動かしているコアの部分は何なんだ?」
『私は完成して初めて動きます。ですから、仕組みについてはわかりません。』
いかにも知っていそうな感じがするけど。教えてくれないのは許可が下りていないからなのか。
「君に許可を出している人って誰?政府の機関だから総理大臣とか?」
僕は冗談交じりで聞いてみた。
『この機関を作った方です。周りからは創始と呼ばれています。』
「そうし?創始者だから創始?安易な名前だな。」
『創始はもともと政府関係者ではありません。一人政府に掛け合いこの機関及び施設を作りました。』
一般人が政府に掛け合ってこれだけの施設を作るって?そんなことできるわけないだろう。一体何者なんだ。超金持ちか?
「なぁ、このプレーヤーリストの二重線の人たちは何なんだ?監視しなくていいのか?」
『二重線が引かれた方は、すでに亡くなっている方たちです。』
「亡くなっている?まさか、不可解事件?」
『その通りです。属性に飲まれ亡くなった方々ですので監視する必要はありません。』
「ウェポンマスターのプレーヤーが星を受けているんだから、不可解事件の被害者もウェポンマスターのプレーヤーなのか。考えてもみなかったけどそりゃそうだよな。それにしても、結構な数亡くなっているぞ。このゲームは一体何なんだ?」
『ウェポンマスターは星を受ける人を集めるために作られました。』
「流れ星を受ける人を集めるために作られたのがウェポンマスター?ということは、あの日流れ星が流れてくるのをわかっていてゲームをリリースしたのか?」
『その通りです。予めプレーヤーに対応する属性を決め、その属性の星を受けるよう設計されています。流れ星以降に新規にウェポンマスターを始められた方は流れ星を受けていませんので、ただのプレーヤーです。こちらのリストにも入っていません。何もない人を登録することで、ウェポンマスターのプレーヤー=不可解事件の被害者ということをカモフラージュしています。』
「僕は流れ星を受けた後にウェポンマスターを始めたんだけど、どうなっているのかな?」
『あなたは特別です。もともと流れ星を受けることは確定していました。』
「どういうこと?その割には役に立つ魔法が使えないんですけど…。」
『前にもお話しした通り、あなたの属性はとても貴重です。あなた一人にしか使えません。』
「とは言ってもね、少し敵を止めるくらいだから大して役に立てないよ。新規登録をやめたのは?」
『もうすぐウェポンマスターはゲームとしての機能を終えるからです。』
「ウェポンマスター終わっちゃうの?」
『それどころではなくなるからです。詳細はお教えできません。』
「過去のことじゃないからな。ところで、何で僕らのパーティはこのリストに載ってないの?」
『A0000001番のバーティは特別です。このリストではないところで管理しています。』
「特別?」
『はい。A0000001番のパーティのメンバーの方は双子の星を受けた方々です。双子の星はバランスを崩しませんので、暴走することはありません。』
「双子って珍しいんだな。だから僕も大した魔法がないのにそこに配属されたのか。よし。新しいコンピューターもうまく起動したし、午後からこちらに君のプログラムをコピーしてみよう。AI起動の仕方はまた考える。ちょっと昼飯食べに行ってくる。」
『かしこまりました。お気をつけて。』
僕はエレベーターで地下三階から地下鉄のホームまで上がり、職員用通路を通り地上に出た。良い天気だった。木村さんの言っていた通り、やはり日光に当たらないと体がもたない気がする。
近くのカフェに入りランチを注文する。OL達がきゃぴきゃぴとランチを食べていて、男一人ランチは若干浮くが、僕はそんなことは気にしない。早々に食べ終わるとコーヒーを飲みながら空を眺めていた。空に浮かぶ雲を見るのは好きだ。青い背景にゆっくり動く雲。時間がゆっくり流れている気がする。
その時だった。
「あぶない!!」
近くにいた人が大きな声を上げた。視線の先を見ると、乗用車が暴走し、信号を無視してものすごいスピードで走ってくる。車の向かう先に小柄な女性が歩いている。このままではまずい。目の前で人が跳ね飛ばされるのは見たくない。
『コタロー!』
「ああ!止めてくれ」
そう言うと、周辺の時間がストップする。僕は店から出て急いで女性を助けに向かう。現実世界でストップを使うのはこれで人生2回目だ。どのくらい時間が止まっているのかわからない。急がなくては。
僕は驚いた。
向かった先にいた女性が振り向いた。周囲の時間は止まったままなのに彼女だけ動いている。おかっぱの髪に変わったカチューシャ。僕は彼女を知っている。以前トラックに轢かれそうになったのを、今回と同じように時間を止めて助けた女の子だ。彼女はこちらに向かって歩いてきた。
「お見事。だいぶ力をつけたみたいだね。」
彼女が道を渡り切り、僕のところまで来るとそう言った。
「君は一体何者なんだ?」
「それは本来であれば私がする質問だよね。あなたはなんで時間を止められるの?」
「そ、それは…僕にもよくわからない。」
「じゃあ少し話をしましょう。」
そう言うと、周りの時間が動き始める。暴走した乗用車はガシャーンと大きな音を立てて向かいの店に突っ込んだ。車は炎上し大惨事となっている。
にも関わらず、彼女は僕がランチを食べていた店に入り椅子に座った。救急車や消防車や野次馬が集まって外は騒がしい。僕たち二人だけ別空間にいるように落ち着いていた。
「じゃあ、手を貸して。」
そう言われ、僕は手を出した。
「うん。まだ成長途中だけどきちんと育っているね。仲良くしてくれているんだ。」
「君は彼らのことを知っているの?」
「そうだね。今暴走した車の運転者も星を受けた人。片方の属性が暴走するとああなってしまう。非常に残念だけど仕方ない。仕方ないんだ。」
「君も星を受けた人なの?」
「…そう、なるのかな。もう少ししたらきちんと自己紹介できると思う。あ、名前は真城雪華です。19歳です。よろしくね。」
幼く見えるが19歳だったか。
「僕は橋崎虎太郎。26歳です。」
「じゃあ、私もう帰るね。仕事戻らないと。」
そう言って席を立つ彼女のカチューシャがキラっと光った。
「ねぇ、そのカチューシャ変わってるよね。」
呼び止めるつもりはなかったのだが、少し気になって話しかけてしまった。
「…」
何かまずいことを聞いてしまったのか。彼女は黙ってしまった。僕は女性のファッションにはとても疎い。きれいだとかお洒落だとか言ったほうが良かったのかな。
「…特注ですから。」
そう言って雪華は去っていった。僕もカフェを後にした。周囲は相変わらず騒がしい。
『コタロー』
(あぁ、シロ。さっきはありがとう。)
僕は、頭の中にある二つの声に名前を付けた。女の子の方が「シロ」、男の子の方が「クロ」。我ながらネームセンスがないと思う。白っぽいのと黒っぽいのという感じがしたからだ。時間を止めてくれるのは2回とも「シロ」だった。「クロ」がどんな魔法を使えるのかまだわからない。そして、毎晩寝る前に話をしていたら、いつの間にか声を出さなくても心の中で会話できるようになっていた。寝る前だけでなくいつでも会話できる。友達とか、兄弟とかそんな感じはなくて、話ができるペット?みたいな感じだ。
『コタロー、さっきの人…』
(さっきの人?セツカって人か?)
『うん。手を繋いだ時に何か置いていったよ。』
(何かって、何を?)
『わからない。卵みたいな感じ。クロわかる?』
『いや、わからないが今のところ無害だし、悪いものではない気がする。』
(また何か体に入ったのか?)
『私たち似ているような気もするんだけど、クロが言う通り悪いものではなさそう。』
(どうすることもできないからな。様子を見よう。二人とも監視よろしく。)
『『わかった。』』
おかしな状況にも慣れてきた。もう戻って作業しないと。何しろ先が見えない。本当に僕はAIを完成させられるのだろうか。
僕は職場に戻り新しいコンピューターにAIをコピーした。その後も解析を続けた。しかしわからないのがコアの部分だった。なんでAIが起動しないのかわからない。
ここ最近僕はほとんど家に帰っていない。たまに外に出て日光を浴びてはいるが、すぐに戻って解析する日々だった。木村さんはほとんど来なくなった。この前電話した時には、九州の方にいて、牡蠣がうまいとか言っていた。ちくしょう。お土産に期待しておこう。ウェポンマスターも22時のパーティボス戦には参加するようにしていたが、ボスを1体倒すとすぐに解散となっていた。みんな忙しそうだ。木村さんは最長で6ヶ月で完成させろと言っていたが、AIとウェポンマスターのプログラムをリンクさせることを考えるともっと早く完成させなければ。
「うーん」
頭を抱え悩んでいると、足元に何かの気配を感じた。ふと見てみると、丸くてふさふさした何かが歩いている。
足が短い。丸い。フサフサ。顔はどこだ?何の動物だ?猫でも迷い込んだか?
僕はおそるおそるその丸いフサフサを持ち上げた。
サイズはこぶしより少し大きいくらい。手のひらに乗る。
「お前、何だ?猫か?」
最初はどこが顔かわからなかったが、声を掛けたら目が合った。かわいい。動物はそんなに好きではないが、かわいいと感じる。何の動物だろう。チンチラとかいうやつか?どこかから逃げ出してきたのか?とにかくここは動物は立ち入り禁止。サーバーには埃が厳禁、抜け毛なんてもってのほかだ。僕はそれを持ったまま外に出た。
「外に持ってきたのはいいけど、ポイって放すわけにもいかないよなぁ。」
僕は持ち主を探して周辺を散歩したが、ペットがいなくなって困っている人は見かけなかった。
(シロ、クロ、いるか?)
『どうしたの、コタロー。』
(こいつなんだかわかるか?)
『俺たちがわかるわけないだろう。』
(そうだよな。)
『あ、でも一つ報告がある。』
(何?)
『この前、雪華が置いていったやつ、いなくなった』
(いなくなった?じゃあ良かったんじゃないか?)
『無害で終わったからね。何だったんだろうね。』
少し散歩をして外の空気を吸ったせいか、とても気分が良くなった。こいつのおかげで気分転換ができた。なんだかわからない生き物は僕の手の中で静かに寝ていた。そのまま職場に連れ帰って、仮眠室に置いておいた。誰かペットがいないって騒いだらお届けしよう。