ザクスとの戦い
ユキの体を乗っ取ったザクスは、その内に渦巻く膨大な魔力を制御しきれず、次々と魔法を暴発させていた。巨大な雷柱が天を貫き、地上には炎の雨が降り注ぐ。吹き荒れる暴風が建物の屋根を引き剥がし、虚空に開いた闇の穴からは氷の刃が無差別に撃ち出された。
もはや意図的な攻撃とは思えない。ただ溢れ出す魔力が、本能的に破壊を撒き散らしているのだ。それでも、地上の戦士たちは退かなかった。
「右から火球、くるぞ! 風でそらせ!」
「熱波が来る、冷気で打ち消せ! 今すぐだッ!」
炎には水、雷には土。属性魔法をぶつけて打ち消すことで、被害を最小限に抑えようとする。一撃一撃が街一つを消し飛ばすほどの力。それでも誰も逃げようとはしない。彼らは、ザクスと化したユキの体に直接攻撃することなく、ただ暴走する魔力の奔流を受け止めていた。
パーン
シロの放つ遠隔射撃が、ザクスの目の前で爆発する。一瞬目が眩んだところへネセロスが魔法ではなく物理的に攻撃をする。ネセロスの攻撃を軽く避けているが、その間は魔法が途切れるため、クロはケガ人の治療にあたる。しばらくするとザクスはネセロスと距離を取り、数多の属性の魔法を繰り出す。その繰り返しで何とか凌いでいるが、体力やケガ人の数を考えると長くはもたない。
「兄上、なぜ邪魔をする?この星はお前とは関係ないだろう?」
「ザクス、お前こそなぜこの星まで滅ぼそうとするのだ。我が星を滅ぼしただけで十分であろう。これ以上何を望む?」
「十分?十分とは何か?私は何も持っていない、私には何もない。喰っても喰っても、何もない。」
「お前は何を得ようとしているのだ?お前が得ようとしているものはここにあるのか?」
「何を?何を得ようとしているのだろうな。わからない。わからない。」
時折交わされる兄弟の会話には何の意味もなかった。あまりにも長く眠り続けていたせいか、ザクスの意思は薄れ、そこに在るのかさえ曖昧だった。ただ、「自分には何もない」「何かを得たい」という、ぼんやりとした欲求だけが残っていた。そして、ようやく肉体を得た今、まるで与えられたおもちゃに夢中になる子どものように、その力を無邪気に振るい続けているのだった。
「まずいね。そろそろみんな体力の限界?」
ドラゴンの形の氷と炎を携えたフクが周りを見て言う。地上ではシロがケガ人を集めクロが治療を続けている。各支部の戦士たちもザクスの放つ魔法への対処が間に合わずケガ人が出ている。
「ん~ちょっと厳しいね。ケガ人も増えてきたし、クロがケガ人の対応に追われていて防御には回れないから、前線で戦うネセロス王と、俺とフクで何とかしないとね。」
ゴーレムの肩に乗ったラクが答える。
地上では紗奈により、巨大樹の横に木で作られた小屋が建てられケガ人が運ばれている。それを巨大樹と共に紗奈と銀次が守っている。
その様子を見守りながら、これからどう動くべきかを考えていたフクとラク。だがふと、ザクスの気配が変わったことに気づき、同時に顔を上げる。地上の戦士たちも、何かを感じ取ったように一斉に空を仰いだ。
これまでのどんな魔法とも比べものにならないほど巨大な球体が、空に静かに浮かんでいた。火か、岩か、あるいはそのどちらでもない何か。表面は不気味に脈打ち、色も形も安定せず、さまざまな属性が渦巻いているのが遠目にもわかった。まるで世界の“ルール”そのものがねじ曲げられて作られたような、常識の外にある異物。見た瞬間、誰もが直感的に思った――「あれは絶対に触れちゃいけない」。
「なんじゃありゃ。」
先ほどまで前線で戦っていたネセロスが、そう叫ぶフクの元へ飛んでくる。
「あれはまずい。全員で防ぐぞ。」
「防ぐって、どうやって??あれは何の属性?」
「知らん!」
ザクスが右手を下ろすのと同時に巨大な球が地上へ向かって飛んでくる。ネセロス、フク、ラクはそれぞれの最大の魔力で防御壁を作り、地上の仲間たちもその防御壁に可能な限りの補強を施す。めり込む防御壁。もう限界と思ったその時、ネセロスは最大の力を込めて巨大な球を横へ弾いた。
ズドーン
巨大な球はスカイツリーに激突し、スカイツリーのほとんどが無くなった。
「やばぁ。あれもう一発来たら地球割れるでさぁ。」
「フク、それなに弁だよ。」
はぁはぁと息が上がった状態のフクとラクの横で、長期戦になることを見込み、魔力をなるべく消費しないようにして戦ってきたネセロスも息が上がっていた。そして、ネセロスの中で一つの決断がなされる。
「フク、ラク、もうみんなの体力も我々の魔力も限界に近い。防ぐだけではだめだ。死なない程度に攻撃するぞ。」
「え?ユキを傷付けるってこと?」
「四の五の言っていられる状況じゃない。あの球をもう一度作られたら、こちらに手はない。ならば、作る暇を与えなければいい。それが唯一の対抗手段だ。」
そう言ってネセロスはザクスの元へ飛んで行った。繰り返される拳に魔力が込められる。ネセロスの持つ属性はユキも持っている。防がれないわけがない。それでも、普通の拳の数十倍の威力で攻撃をし続ける。
「まぁ、ちょっとやそっとじゃユキは傷つかないよね。」
そう言って、フクはザクスのもとへと飛びかかった。ラクもすぐに後を追い、ザクスに隙を与えまいと怒涛の攻撃を仕掛ける。吹き飛ばされるネセロス。その瞬間を狙って、フクとラクが得意の剣と斧で斬りかかる。当初はユキの体を傷つけまいと手加減していたが、次第に迷いは消え、攻撃は本気へと変わっていった。しかし、ザクスはそんな3人の猛攻にも一切怯まず、軽やかに躱しては、一人ずつ容赦なく吹き飛ばす。やがてそれにも飽きたのか、三人まとめて叩きつけ、余裕の笑みを浮かべると、再び空に向けて両手を掲げた。巨大な球体を生み出そうとしている。自由に動く肉体と溢れ出る魔力に酔いしれ、心から楽しんでいるようだった。
「うぉりゃあー」
吹き飛ばされながら、フクは反射的に自分の斧を投げた。それに気づいたザクスが身をひねって避けた刹那、その背後からラクの剣が鋭く飛来し、左肩に深々と突き刺さる。ザクスに、初めて攻撃が通った。空に生成されかけていた球体は、音もなく霧のように消えていった。だが、わずかな達成感の後に訪れたのは、冷たい現実だった。肩に突き立った剣の柄から、ユキの血が滴り落ちている。
「あ、俺たちユキの体に……」
ラクはフクを失いかけた瞬間を思い出していた。
「ク、クロ、か、回復を!ユキに回復を……」
「でも、今回復してしまったらザクスが回復しちゃうから……」
フクとラクは、目の前の光景にひどく動揺していた。だが、動揺していたのは彼らだけではない。ザクスもまた、左肩から流れる血をじっと見つめていた。その表情には、明らかな困惑が浮かんでいる。肩の傷のせいで、左腕が思うように動かないのだ。右手は握ったり開いたりできるのに、左手は指先までうまく力が伝わらない。さっきエリナルが、自分たちの種族は小さな傷ならすぐ治ると言っていた。人間にとっては致命的な傷でも、ザクスにとってはかすり傷程度のはずで、この傷も、本来ならすぐにふさがるはずだった。なのに治らない。力があるのに、体が思うようにならない。その事実に、彼はまるで自分の体が裏切ったかのように、戸惑いの色を濃くしていった。
「よくやった。」
動揺したフクとラクにネセロスがそう言うと、ポンっと肩を叩き、再びザクスの元へ行き攻撃を繰り返す。
ザクスは傷を治す間もなくネセロスの本気の攻撃を躱さなくてはならなかった。
「人間の体は脆いものだろう?そろそろ出てきたらどうだ?」
攻撃をしながらネセロスはザクスを諭す。そんな言葉には耳を貸さず、ザクスも反撃をしてくるが、先ほどのような会話はなかった。ザクスは、体に傷が付き、思うように動かなくなったことに動揺が隠せない。魔法も乱雑に放たれ、地上にいる戦士たちが対応に追われる。ネセロスの方が若干優勢に見えたが、ネセロスの体力と魔力も限界に近づいていた。
ネセロスに肩を叩かれ我に返ったフクとラクは、少し離れた場所で血を流すユキの体を見つめながら、後悔と不安、そして怒りに体を震わせた。
「ラク、大丈夫?」
「うん。一瞬さっきのフクの死んだ姿がよぎったよ。もう誰かを失うのはごめんだ。」
「うん。そうだね。誰かが死ぬのは……ん?いや、俺は死んでないからね?ギリギリ間に合っているからね?」
「だから俺たちは戦わないといけないんだ。仲間を失わないために。」
「そうだね。ここを守れるのは俺たちだけだからね。……一応補足しておくけど、俺は死んでない。」
一刻も早くこの状態をどうにかしなければ。そう思いながらも何もできない自分たちに怒りがこみ上げる。今はただ、コタローを信じて耐えるしかない。フクとラクはネセロスのもとへ飛び、ザクスに隙を与えぬよう攻撃を続けた。
(コタロー君、急いで。)
心の中でそう叫びながらも、不安がじわじわと胸の奥に広がっていく。




