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リバース

 ユーリのゲートを使ってラクさんの肩を借りながらフクさんがヨタヨタとやってくる。間もなく紗奈さんも銀次さんに支えられ合流する。

「コタロー君、ありがとう。」

「死んじゃったかと思った。」

 涙でぐちゃぐちゃになっている人が2名、ラクさんと銀次さんだ。僕は苦笑いで答える。

「遅くなって悪かった。時間がないからすぐに説明を始めるよ。フクさん、紗奈さん、もう痛くないし苦しくもないはずだから、早く立ち直ってくれ。」

 そうは言っても難しいことはわかっている。負ったはずの傷が消えたとしても、致命傷となる傷を受けたことには変わりない。一度認識してしまった痛みを消すのは難しい。


「ちょっと待って!どういうこと?フクと紗奈はケガしたの?」

 慌てているのはユキだ。自分は戦うことを許されず、仲間がこんな状態で現れたのだから驚くのも仕方がない。

「ユキ、落ち着いて。フクさんと紗奈さんは大丈夫だから。ちょっと死にそうになっただけだよ。」

「そうそう、俺たちは大丈夫。コタロー君が来てくれたから。」

 フクさんはそう言うと、ユキの近くまで来て座り込んだ。ユキはフクさんを心配そうに見つめているが、そんなユキにフクさんはにっこりと微笑みかけた。さすが、エーワンメンバーのムードメーカー。さっきまで腹に大穴が開いていたのに微笑むことができるとは、感服だ。


「で、コタロー君、これからの事説明してくれる?俺たちを回復したということは、これからが本番ってところかな?」

「さすが、フクさん。理解が早くて助かる。時間がないから手短にこれからのことを説明する……」

「コタロー!」

 話を遮って来たのはネセロスだ。みんなが合流してきている間もずっと視線を感じていた。ずいぶんとお怒りのようで、僕はその視線に気づかないふりをしていた。

「私の質問に答えていない。今は何回目だ?」

 酷い剣幕のネセロスに一瞬あたりが静まり返る。あわよくばその質問は聞こえなかったことにできないかと考えていたが、今回のネセロスはそうも行かないようだ。

「あー、そうだな。その質問は今回が初めてだったな。ただ、時間がないから……」

 何とかごまかせないかと思ったが、今はネセロスだけでなく全員の視線を集めている。

「何回目ってどういうこと?」

 ネセロスの言葉を聞いて一番反応したのはユキだった。

「もしかして、戻っているの?」

「……」

 ここで頷いて良いものか悩んだ。これからザクスとの最終決戦になるのに、過去に振り返っても仕方ないし、今までのことを話している時間もない。少しの間沈黙が続く。

「……126回目だよ。」

 口を開いたのはファーだった。

「ひゃ、ひゃく……」

 ユキは驚いて声が続かない。ネセロスは静かに俯いた。

「え?なに?どういうこと?」

 次に口を開いたのはフクさんだ。現状を理解できていないようだった。同じように銀次さんと紗奈さんも頭に「?」が浮かんでいる。ラクさんは、何か考えているようだった。

「やけに手際が良いと思ったんだ。どうして地震の後、私たちは敵の『寸前』ではなく少し離れたところにゲートで移動したのか、まだ一度も使っていないのに、圧縮魔法を使うとシャルの歌の被害が大きくなることを知っていたのか、接近戦が苦手なコタローが、どうしてファズとやりあえたのか、それだけ繰り返して入れば手際も良くなるわけだな。」

 ネセロスが不機嫌なのは、僕が何度もやり直しているのを自分が知らないことに憤りを感じているのだろう。納得したのかしていないのか、最後には嫌味も忘れない。

「ちがうよ、ネセロス。僕はもう125回失敗しているんだ。誰かが傷つき、死んで、地球が滅びていく……それを、もう125回繰り返している。リバースで戻れるのは僕とファーの二人だけで、戻れるのも地震直後までだった。ネセロスがユキを戻す時のように、もっと過去に戻ることができれば対策も打てたのに、何度繰り返しても地震直後にしか戻れないんだ。だから、僕はもう何度も、何度も仲間を……みんなを見捨てて自分だけ過去に戻って、やり直している。情けない話だろう?」

 沈黙が続く。僕は俯いて地面を見ていた。こんな情けない話、できれば仲間にバレてほしくなかった。みんなの顔を見ることができず、ずっと地面を見つめていた。

「つまり、コタロー君はかれこれ125回やり直して今に至るわけだ。俺がクトにやられるのもわかっていたわけだよね?」

 僕は地面を見たまま静かに頷いた。僕は紗奈さんがクトにやられることを知っていた。フクさんがロザと相打ちになることも知っていた。知っていながら、東京上空に送り込み、クトとロザと戦わせていた。

「あの時……ロザが光の魔法で攻撃してきた時、俺とフクの魔法では防げないと思ったんだ。押されていて、もう防ぎ切れないと思った時に、突然光魔法が消えたんだ。あれは俺たちの力じゃないよな。あの時、コタロー君が光魔法に闇魔法をぶつけて助けてくれたんだろ?」

「あっ、それに、リミッター解除のタイミングも絶妙だった。」

「それは、あのタイミングでロザの光魔法でフクさんとラクさんが跡形もなくなることがわかっていたし、クトが闇魔法を爆発させて紗奈さんと銀次さんが死ぬとわかっていたからだよ。そのパターンを知っていたから、ロザの光魔法に圧縮した闇魔法をゲートで飛ばし、銀次さんがクトに雷の魔法を打ち込むタイミングでリミッターを解除したんだ。」

 そういうことか、とラクさんと銀次さんが納得している横で、厳しい顔をしてこちらを見ているのが紗奈さんだった。

「結果、死ぬ寸前にコタロー君が来てリバースをしてくれたから俺もフクさんも生きているわけだけど、『知って』いて俺たちを戦わせたのには意味があるんでしょ?コタロー君ならもっと早くに俺たちを助けることもできただろうに。」

 驚いた。もっと責められるかと思っていたし、そこまで読んでくれると思わなかった。紗奈さんは、ふぅと軽くため息をつき、頭をポリポリとかきながら、「呆れた」と言わんばかりの表情をして視線を逸らした。

「コタロー、そんなに何回もやり直してくれていたんだね。ごめんね、力になれなくてごめんね。」

 ユキが泣きながら謝ってくる。仲間の死を目の当たりにして、自分だけが過去に戻る。これを繰り返してきたユキだけが、仲間を置いて自分だけ戻ることの悔しさを知っているのだろう。僕はユキの頭を軽く撫でる。

「ユキだってずっとやってきたことだろう?それも僕よりもずっと長い時間を掛けて。」

「コタロー、すまない。お互いに私の魂が入っているはずなのに、どうしてコタローと一緒にリバースで戻らないのかわからない。先ほどのストップの間も意識がない。一緒に行動すればもっとうまく立ち回れたかもしれないのに、コタローばかりに辛い思いをさせてしまった。」

 先ほどまで怒りに満ちていて、嫌味まで言って来たネセロスまで申し訳なさそうな態度になっている。

「さあ、時間がない。これからのことを話すよ。」

 僕は重い空気を振り払うように大きな声で話し始める。

「まずは、さっき紗奈さんからも話が出たけど、フクさんと紗奈さんには死ぬ寸前まで戦ってもらう必要があったんだ。だから僕は二人が死ぬほど痛い思いをするのがわかっていたのに戦わせた。僕たち属性持ちは、魔力が枯渇すると、最大容量が増えて格段に魔力が上がる。この後の戦いも、フクさんラクさんペア、紗奈さん銀次さんペアで動いてもらうことになるんだけど。その戦いに二人の魔力が必要になる。」

「私だって戦えるよ!」

 ユキはそう言うと、力強い瞳でこちらを見てくる。今まで戦っていないユキは、一番魔力が残っているし、ユキがこちらの戦力であるなら、僕たちの戦いも優勢になることは間違いない。でも、これまでの『結果』からその戦法が取れないことがわかっている。

「ユキにはもっと大事な役目があるんだ。」

「私に役目?」

「そう。ファズ、シャル、クト、ロザを戦闘不能にしたところで、残るはザクスなわけだが、ザクスの魂は今海から出てきて地上を彷徨っている。その姿は、こういうロザやクトのような一つの『魂』という感じではなくて、辺り一帯に広がる霧のような形なんだ。」

 僕はクトとロザの魂を指差しながら話をする。

「霧の状態だと、ザクスを倒すことができない。だから、一旦ザクスに形を与えなくてはいけないんだ。」

 僕は静かにユキを見つめた。

「それって、まさか、ユキちゃんの体を与えるって事?」

 理解していないようで、こういう時に一番先に理解するのはフクさんだ。

「そう。そもそもザクスがユキの体を乗っ取ろうとしていたのは事実だし、以前の戦いで、クトはユキに何かしらのマーキングをしている。ユキが魔法を使うと、それに反応してザクスの魂がユキの位置を捕えるようになっている。さらに言うなら、ネセロスから属性を託されたユキは、空腹のザクスにとって格好の食事になる。体を乗っ取った時点でかなりの数の属性が使えるようになるからな。」

「つまり、ザクスを倒すために我々はユキを倒さなければならないのか?そんな作戦、認められるわけがないだろう?」

 再びネセロスが怒ったような表情になる。

「ユキのことは死なせないし、ザクスの思うようにもさせない。」

「では、どうやってザクスを倒すのだ?」

「ユキの中に入ったザクスの魂を倒すんだ。」

「つまり?」

 僕はユキのカチューシャを一旦外し、カチューシャがはめ込まれていた耳の後ろの穴にコードのプラグを差し込み、僕のブレスレットと繋ぐ。ブレスレットの設定を変更し、カチューシャを元に戻した。

「ザクスがユキの体を乗っ取った後、僕はファーとユキの意識の中に入る。意識の深層にいるザクスを倒して戻ってくるまで、紗奈さんと銀次さんには僕とファーの体を守っていて欲しい。そして、体を乗っ取られて暴れるユキを『傷つけないように』フクさんとラクさんに相手をしてもらいたいんだ。ネセロスと、シロとクロは現状を見ながら、4人のサポートに回ってほしい。」

「この作戦が上手くいったことは?」

「……まだない。だから僕がここにいる。」

「んー、わかった!じゃあ、俺たちは、ユキの攻撃を軽くあしらっておけば良いって事ね?」

「んで、俺たちはコタロー君とファーちゃんを守り続けると。」

「簡単に言うとそんな感じ。ただ、フクさんと紗奈さんは、以前よりもマシマシで魔力があると思うので、僕の方から一つ知恵を授けておきます。」

 僕は、フクさんと紗奈さんそれぞれの額に人差し指を付けると、頭の中に僕の想像するものを流し込む。

「なにこれ?すごいね。」

 そう言うと紗奈さんは、僕たちの背後に木を生やす。その木はメキメキ音を立てながら大樹となっていった。その大樹の幹には空間が作られている。

「うわー。紗奈さんすごいですね。ゲームでよくある精霊の住む大樹のようです。」

「この中で守っていれば良いって事ね。でも木の成分だけだと燃やされちゃうから、銀次さんの能力も必要なんだ。よろしくね、銀次さん。」

 驚く銀次さんに、紗奈さんは優しく声を掛ける。紗奈さんのプレイボーイだった頃とは違う甘い声の掛け方と、それに対してニッコリと微笑み返す銀次さんを見て、他のエーワンメンバーはポカンと口を開けたままになる。あそこだけ別空間になっていて、キラキラと輝く花が舞っているように見えた。

「あらあら、お二人、何かあったのかな?」

 ラクさんが呆然と見ている横で、フクさんが腕を組んで唸っている。

「俺の方もすごいの来たよ~。」

 そう言うとフクさんは、炎と氷を具現化した。炎の周りは強大な炎に包まれ、氷の周りは大量の水で包まれた。炎も水もどんどん大きくなっていき、それが収まる頃には炎と氷は巨大なドラゴンへと変化していた。

「こりゃすごいね。フクだけの想像力じゃ、こうはならないや。」

「フクさん、ユキを傷つけないで欲しいから、武器は使わないで。フクさんは炎と氷を操ることに専念して、ラクさんがフクさんを守ってあげて。」

「「了解」」

 フクさんと紗奈さんの準備は整った。

「ユキ、利用するような形になってすまない。」

「私が戦ってはいけない理由もわかったし、この作戦が今まで繰り返してきた中での最善策なんだよね。これでザクスが倒せるなら、私ごと倒してしまっても良いくらいなのだけど、そんなことしたらまたコタローがリバースで戻っちゃうだろうから、私がザクスに乗っ取られた後も、よろしくお願いね。」

 そう言ってユキが手を出してきた。笑顔だが、どこか寂しそうな辛そうな笑顔に見える。これからユキの意識がないまま、どれだけの被害を出して、どれだけ仲間を傷つけることになるかわからない。仲間を傷つけることがユキの一番嫌いなことなのに、ユキは泣き言一つ言わず、僕の作戦に乗ってくれた。


「コタロー、リバースで戻っても魔力は戻らないんじゃないか?」

 低い静かな声で背後からクロに話しかけられた。フクさんと紗奈さんを助けるときにはストップはシロに、リバースはクロにやってもらっている。あの時は、何も言わずに引き受けてくれたが、魔法を使う時に僕の残りの魔力量が気になったのだろう。

「コタロー、どういうこと?」

 ユキが心配そうに見てくる。

「リバースで戻っても魔力量は戻った時の魔力量にならないんだ。失敗した記憶がある状態で、体は過去のもの、魔力量は失敗したその時のまま過去に戻る。つまり、繰り返す度に魔力量は減ってしまっている。」

 みんな驚いた顔でこちらを見てくる。

「それで、125回も繰り返していて大丈夫なの?」

 このユキの『大丈夫なの?』という発言は、これからの戦いが『大丈夫なの?』と言うよりは、僕の体を心配しての発言だろう。

「とは言っても、戻るのは地震直後までだし、これまでの戦いで僕はそんなに魔法を使っていないから大丈夫だよ。」

 笑ってごまかすが、みんなの視線は僕から離れてくれない。みんなには言えないが、間もなく始まるザクス戦を考えると、僕の魔力量はもう底を尽くだろう。おそらくこれが最後の回になる。どうしても今回で決着をつけなければならない。

「ほら、いざとなればネセロスから魔力を奪うから大丈夫、大丈夫。」

 なんて言っておいて、ネセロスと僕の魔力量は『共有』だから、奪うなんてことはできないんだ。

「まあ、そう言うことだ。私がいるから大丈夫だ。」

 ネセロスは僕の嘘を見抜いて察したのか、みんなを安心させるように言う。

「本当にぃ?」

 フクさんは相変わらず疑っているようだが、ここは笑ってごまかすしかなかった。

 そんな和やかに話をしている場合ではなかった。僕の魔力量の話なんてどうでもいいから、もっとこれからの作戦について話を詰めておきたかった。僕がリバースで過去に戻っていることがバレてしまったのなら、今までどのような感じでダメだったのか、みんなには少しでも多く情報を伝えておくべきだった。こんな後悔をしても、もうどうしようもないのだが、みんなの視線が僕に集まっている間に、背後であいつが動くことに気付くことができなかった。


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