決戦・コタロー&ネセロス対ファズ&シャル【コタロー編】
ファーにはユキを見張るように言ってある。もちろんユキとシュウ君を守ることも大事だが、何より大事なのはユキを戦わせないことだ。僕はブレスレットのタイマーを静かにセットする。
ネセロスは「大丈夫だ。あれは偰那じゃない。」なんて言っていたが、あれが偰那の体である以上戦いづらいことは変わらない。しばらくあの体を傷つけることはできないだろう。そう考えているうちに、ファズから強烈な魔力が溢れ出した。この魔力、何度当てられても気分が悪くなる。しかし、そう感じるだけで、特に恐怖は感じない。
「へえ。虎太郎君怯まないんだ。」
ファズは僕を見て感心しているようだった。
「そりゃあ僕だって、痛いのも怖いのも嫌だし、死ぬのはもっと嫌だ。それは生きているものが当たり前に持っている感情だし、この感情が無ければとっくに生き物は絶滅しているだろう。だけどな、お前だけは怖くない。僕は、お前にやられる気は全くないし、お前の魔力ごとき怖いとも思わない。」
ファズは少しムッとした様子でこちらを見ていた。そんなつまらない会話をしているうちに、シャルが歌の体制に入る。
「ネセロス!シャルに歌わせるな!」
こちらを見て油断しているネセロスに大声で警告する。ネセロスはシャルに向かって炎を飛ばしていた。その炎は軽く避けられるがシャルの歌は中断することができたようだ。あれは『避けられる』炎だったな。やはりまだシャルと戦うことに抵抗があるようだ。ネセロスも人間っぽい感情があるじゃないか。そんな関心をしているうちにネセロスは小さな体で打撃攻撃を開始した。こちらもファズの攻撃が始まる。僕の苦手な接近戦だが、ファズの攻撃は完全に覚えているから避けるのは簡単だ。ネセロスが思い切り攻撃しないせいで、シャルに吹き飛ばされているのが見えた。吹き飛ばされた先で、シャルの歌を止めるためにネセロスが圧縮魔法を使おうとしている。僕はネセロスの元へ飛び、腕を掴んでネセロスを止めた。
「ダメだ!ネセロス。圧縮魔法ではシャルの歌は止められない。それどころか、うまく利用されて歌の効果が上がってしまう。」
圧縮魔法はシャルには効かない。シャルの纏う魔力のせいで圧縮しきれないのだ。それどころか、圧縮された空気がスピーカーの役割をして被害が拡大される。
僕はネセロスの腕を掴んだ後、シャルに向かって無数の光の矢を飛ばした。
若干ネセロスが違和感を持った顔をしている。「なんでそんなこと知っているんだ?」って言いたそうだ。
僕がシャルとネセロスの戦闘に割って入ったために、ファズがユキの方へ攻撃を仕掛けてしまった。ファーがいるから攻撃されても問題ないが、ユキが戦いに加わることだけは避けなくてはならない。急いで飛んでファズに攻撃を仕掛ける。
「コタロー、私も戦いたい!」
言い出すと思った。ユキは力があるのに守られているだけなのが嫌なのだろう。
「ユキ、戦闘は僕たちが行う。ユキの体はザクスに狙われているし、シュウ君もファズたちに狙われている。シュウ君とシュウ君の中のエリナルを守れるのは君だけなんだ。」
こう言っておけば、しばらく大人しくしているだろう。
ファズと戦いながらユキを説得しているうちに、ちょいちょいネセロスがシャルに吹き飛ばされている。まあ、体が小さいから戦いづらいのもあるのだろう。僕は飛ばされるネセロスの元へゲートで移動し、受け止める。しっかりしろ、ネセロス。
ファズと戦いながら、ゲートでネセロスを受け止めて、ユキも守る。なかなか忙しいな。
少し距離を取って様子を見ていると、ネセロスと戦っていたはずのシャルが近づいてきた。
ネセロスはシャルを追うが、ファズがそれを遮った。
「何だ?僕に用か?」
「見て?あなたのお母さんよ。ずっと会いたかったでしょ?」
いきなり何を言い出すのかと思った。シャルは母親として生きていたことがあるのだろうか?母親が必要なのはもっと幼い子供だろう。「会いたかったよ」って感動の涙の再開になるとでも思ったのだろうか?
「お前、バカか?僕は母親の顔なんて全く覚えていないんだぞ?写真で知ったからって別に会いたいとも思わない。それに、お前のその体は死体だぞ?この世界で言えば『ゾンビ』だ。気持ち悪いな。」
そう言うと、シャルの表情が一変した。それは怒りと憎悪の入り混じったひどい表情だった。まさにゾンビっぽいな。
ピピピッ
戦闘開始直後にセットしたブレスレットのタイマーが鳴った。
(ファー、リミッターを解除してくれ。)
ファーがリミッターを解除した瞬間、目の前からシャルがいなくなり、ドーンと大きな衝撃と共に地面で砂ぼこりが立つ。
ああ、シャルがあんな表情をするから、ネセロスを怒らせたな。
ネセロスはシャルを地面に叩きつけたまま首を押さえつけている。怒りの感情がファズの闇魔法で増幅させられている。僕たちはザクスを止めなくてはならない。そのためにはこいつらを倒さないといけないわけだが、ネセロスがシャルを殺すことは避けなくてはならない。
増幅させられた怒りの感情に任せ、シャルを倒し、偰那の体が目の前で消えてしまうと、今度は悲しみの感情がネセロスを襲う。そうなった時に、ネセロスの魔力が暴走してしまうのだ。僕の中の魔力も奪われ、世界は悲しみと怒りに溢れ、ザクス復活よりもおそろしい世界が生まれてしまう。ネセロスとシャルを戦わせたのは偰那への気持ちの整理と、シャルの無効化の為なのだが、シャルの魂を壊させずに無効化させなくてはいけない。あぁ、すごく面倒だ。
ネセロスがシャルを押さえつけたまま光の剣を具現化した。ここからでは止めに入ることができないが、僕たちは魂が繋がっている。シャルに剣が刺さる直前に、僕はネセロスが使っていた光の魔法を制御した。
パキンッ
シャルの体に刺さる瞬間に光の剣が砕け散った。
ネセロスがゆっくりとこちらを見てくる。いつになく怒っている表情だ。憎悪の感情が増幅された後、僕に対して生まれた怒りの感情が増幅されている。
(悪い、ネセロス。でも、今シャルの魂を壊すとその体はすぐに朽ち果ててしまう。……それではダメなんだ。)
僕はネセロスにそう伝えると、離れた場所にいたシロを呼び寄せた。
すごい力でシャルの首を押さえつけているネセロスの手をそっと握り、シャルから離す。シャルは首を抑えながら逃げるようにファズの元へ飛び去って行った。ネセロスは納得がいかない表情をしている。やっと踏ん切りついて偰那の姿のシャルを倒そうとしたところを僕が止めてしまったのだ。怒るのも無理はない。
「ネセロス、落ち着け。」
「なぜだ!なぜ邪魔をする!なぜシャルの魂を壊してはダメなんだ。あれは偰那の体を良いように操る傀儡師だ。この世にあってはならない。」
怒っているな。きっと今はシャルの事よりも僕のことを怒っている。怒りや憎しみの感情は、王であった時には持ったことがなかったのかもしれない。いつになく大きな声で僕を怒鳴りつけている。湧き出てくる怒りをどこに向かわせればよいのかわからない感じだな。ちょっとした怒りがどんどん湧き出てきてしまうのはファズの魔法のせいだ。
「……ネセロス、お前ファズの闇魔法にやられているぞ。」
……
ネセロスが驚いた表情をしている。
まさか自分が闇魔法にやられると思っていなかったのだろう。ネセロスは驚いた表情をした後、すぐに落ち着いた様子を見せた。闇属性に負の感情が増幅させられたことをすぐに理解して落ち着きを取り戻すなんて、さすが王様だな。
「……すまない、コタロー。」
「いいさ。お前も俺たち人間寄りになって来たんじゃないか?王様で偉そうにしているよりずっといいよ。」
僕はネセロスにやわらかい表情で微笑むと、シロを連れて上空に白い魔法陣を展開した。
ストップをかけようとしているのがわかって、シロは不安そうな表情を浮かべている。
「シロ、僕たちの魔法は破られない。僕を信じてほしい。」
僕はシロにそう言うと、左手でシロの右手を握った。シロは驚いた表情を見せたが、僕を信じてくれたのか、不安だった表情は自信に満ちた表情へと変わった。
僕は右手を、シロは左手を真上に掲げる。魔法陣が光り始める。そうだ。このストップが破られてはもう後がない。僕たちは負けてしまう。
「「ストップ!」」
ファズとシャルを含めたこのあたり一帯が動かなくなる。
「ファー!」
「はいよっ」
止まった世界で僕たちだけが動ける。シロは緊張した表情で左手を空に掲げたままでいる。
「大丈夫だよ、シロ。」
僕はシロの手を握ったままファーと共にファズとシャルの元へ飛んで行き、彼らの属性をメモリした。これで僕たちの勝機が見えてくる。
「ストップ解除。」
辺り一帯が動き始める。
魔法陣を出現させたから、ストップをかけたことも、ストップが成功して彼らの属性を手に入れたこともネセロスは理解できるだろう。闇属性と電波属性があればファズとシャルは怖くない。
僕は自分の中に闇属性が入ったことを確認すると、すぐに10センチほどの小さなゲートを作り、そこに手に入れたばかりの闇属性の魔法を圧縮して球にして放り込んだ。
「ファー、少しの間ここを頼む。」
「わかった。あっちのことはよろしくね。」
「ネセロス、少し外す。すぐに戻るけど、ファーとこの場は任せる。」
ストップ解除前にネセロスの隣に移動してあったので、ネセロスには突然僕が隣に現れたように思えただろう。僕が手に入れた属性は、魂を分け合うネセロスも扱うことができるはずだ。自分の中に変化があったことも、それが何なのかもすぐに把握してくれたようだった。
「シロ、クロ、行こう。」
僕はシロとクロを連れてゲートの中へ入って行った。
ゲートの先で巨大な魔法陣を展開した。
「シロ、魔法陣の範囲でストップ掛けられるか?」
「ここは……東京の上空?でも戦闘している音はしないけど……。」
「シロ、ちょっと急いでいる。できないなら僕がやる。」
「ううん、私がやる。」
さっきのストップは僕とシロの共同魔法だ。だけど今回はシロ一人でストップを掛けさせる。ここにはファズがいないせいか、先ほどのストップで自信を付けたのか、シロは見事にストップを成功させる。
「よし。まずはフクさんからだな。」
僕は先ほど圧縮した闇属性の球を放り込んだあたりまで急いで飛んで行く。
そこには、相打ちとなり、腹に大穴を開けたフクさんを抱きかかえたラクさんがいた。
「クロ、リバースしてくれ。フクさんの傷だけではなくて、ラクさんの魔力も回復してほしい。」
「わかった。」
ラクさんの表情を見ると、フクさんは命を落とす寸前だったようだ。危なかった。
「次は紗奈さんだ。こっちも結構まずい。」
フクさんとラクさんの傍らに転がっていたロザの魂を拾うと、僕たちは紗奈さんと銀次さんの場所まで飛んで行く。魔法陣の範囲は、この四人が含まれる最低限の範囲だ。お互いの戦いが巻き込まないようずいぶん離れて戦ってくれたようだ。
「クロ、リバースを頼めるか?紗奈さんの怪我と銀次さんの魔力。」
「わかった。」
クロは何も聞かずにリバースをしてくれているが、僕の中の魔力がだいぶ枯渇してきていることを悟ってくれているのだと思う。
銀次さんが酷く泣いている。紗奈さんも危ない状態だった。
ロザとクトを無効化してくれたメンバーは回復した。フクさんも紗奈さんも死ぬ寸前だったけど、どことなく満足気と言うか、幸せそうな顔をしているんだよな。二人が死ぬと相棒のラクさんと銀次さんも使い物にならなくなってしまう。これからラスボスなのに死ぬなんて認めないし、まだまだ動いてもらわないと。
あとはファズとシャルだが……。
「一旦福島に戻ろう。今頃ネセロスとファーも終わっているだろう。」
銀次さんが鉄で固めたクトの魂を拾うと、僕はゲートを開いた。僕がゲートに入るのと同時にストップを解除させる。
「ネセロス、すまない。戻った。ああ、終わったんだな。」
思った通り、ネセロスとファーはファズとシャルと精神的に追い詰め、戦えない状態にしておいてくれた。僕はファーの元まで飛んで行くと、ファーの頭をそっと撫で、耳元で囁いた。
「ファー、ユキの様子を見ていてくれ。」
いよいよザクスの魂がやってくる。今は海から出てきてユキの体を探しているところだろう。ザクスはユキの魔法を感知する。ユキが魔法を使ってしまえばすぐに居場所がバレて体が乗っ取られてしまうのだ。だからどうしてもユキを戦わせるわけには行かなかった。
「ファズとシャルはもう戦えないだろう。先ほどシャルの魂を壊そうとしたらダメだと言われたからな。きちんと傷つけずに戦えない状態にしておいた。」
「ああ。上出来だ、ネセロス。これでいい。」
これでザクスの味方は無効化できた。ザクスを倒すための最終段階に入ることができる。
僕は地面に倒れたファズとシャルの体を確認し、怯えた二人を抱えてシュウ君の元へ飛んだ。
クロがリバースで戻したとは言え、痛みや苦しみは残る。もう少しメンバーを休ませてあげたいところだが、もう時間がない。
「……コタロー。」
「なんだ?ネセロス。時間がないんだ。質問なら早くしてくれ。」
「今は、何回目だ?」
この質問は初めてだ。
「ファー、あとどのくらい時間がある?」
「んー、早くて10分、ゆっくり見ても30分くらいが限度ってところかな。」
「わかった。時間がないから、みんなを集めて簡単に説明する。ユーリ、東京にいるメンバーのことはわかるよね。ゲートで連れてきて欲しい。」
「わかりました。」
そう言ってユーリは東京にいるメンバーの元へゲートを開いた。




