決戦・日本崩壊
翌朝サワ先生のところへ行った。サワ先生は、対電波攻撃用の小型装置をたくさん作ってくれていた。仕組みは長い説明を聞いてもよくわからなかったが、前回壊れた物とは違う造りで、前回のようにシャルの歌で壊れないよう改造したそうだ。これでクトの攻撃を受けても幻覚を見なくて済むし、シャルに操られることもないだろう。やはりサワ先生はすごい人なんだな。早い所ユーリにも渡してあげたい。
「サワ先生、戦いが始まったら先生もこの装置を付けておいてくださいね。これのおかげで僕たちは戦える。先生の存在はとても大事です。先生にもしものことが無いようにお願いします。」
話を聞いているのかいないのか、サワ先生は何か作業をしていて返事をしてくれなかったが、隣に立つ助手の方はニコニコして僕のことを見ていた。サワ先生の助手を務めるのは本当に大変だと思うが、この人はもう長いことサワ先生の元で学んでいるらしい。僕がサワ先生のことを心配していることが嬉しいようだ。
「今回、敵からの攻撃を受けていることがわかるよう電波干渉が起きたら光るようにしてある。青色に光ったら微弱な電波の影響を受けている。電波が強くなれば赤く変化していく。青い光の間は敵からの電波干渉を防ぐが、濃い赤色になったら装置が壊れるか体が壊れるか、とにかくやばいから逃げたほうがいい。」
「それは、わかりやすくて良いですね。ありがとうございます。」
フンッとちょっと得意気にしているサワ先生のにやけた顔は初めて見た顔だった。隣の助手さんもちょっと得意気だ。
その後、各支部にサワ先生の小型装置を届けたら、本部で強い魔力に当てられる訓練を行った。ネセロスとユキの融合した魔力は凄まじかった。しかし、やはり仲間であることから恐怖は感じられなかった。ファズの攻撃は恐怖を増幅させる。そのまま、ネセロス&ユキ対エーワンメンバーの実践演習となった。この魔力量にも対応できると自信を付けるためだ。僕たちの魔力も明らかに増えているのに加え、みんなそれぞれ精霊たちと連携が取れている。思っていることがわかるとこんなにも連携できるんだな。僕たちも、シロの狙撃、クロの二丁拳銃も様になって来たので、僕とファーの魔法に加え、二人の攻撃が加わったことにより、だいぶ攻撃力が上がった。
途中から、ネセロス&僕対ユキ&エーワンメンバーに代わったが、ネセロスと僕は魂がつながっているから考えがわかるというより体が勝手に動く。同じ属性が使えるということもあり、みんな太刀打ちできなかった。
それから、みんなに昨日の夜ユーリから片言の伝言があったことを伝えた。ユーリの意識はまだ完全に解放されたわけではない。むしろもう自由な意思はないかもしれない。「近々」がいつ頃なのかわからないが、今であっても明日であっても一週間後であっても僕たちは対応できるよう準備しておかなければならない。みんなの顔が緊張していた。
(コタローくん、今日ユキちゃんのところに泊ってもいい?)
夕方になり、それぞれが部屋に戻って行ったあと、シュウ君が珍しいことを言って来た。
(別に構わないよ。)
(ありがとう)
そう言ってシュウ君はユキに付いて行った。
ずっと両親にも会えないで寂しい思いをしているだろうに、ユキの不安を察して一人にしてはいけないから付いていてあげたいと思ったのだろう。シュウ君は本当に優しい子だ。両親にも会わせてあげたいが、なかなかそうも言っていられない状況になってしまった。
「シュウ君は絶対に守ろうな。」
ぼそっと口に出てしまった言葉に、シロ、クロ、ファーは深く頷いた。
ファズがやってきて以来、私は眠りにつく前に必ず自分の体と意識に変化がないか確認する。今日やったことは覚えている。体もいつも通りだ。ベッドに入ると、深々と口元まで布団を被る。不安に感じてしまえばファズにやられてしまう。私は大丈夫。みんなが守ってくれるし、いざとなれば、私のことを倒してくれる。そう思っていても、体が乗っ取られみんなに攻撃をしてしまう側になってしまったらという不安は残ってしまう。たとえ世界が滅びても、仲間を傷つけることはしたくない。体が乗っ取られるくらいならこのまま目覚めない方がいいのかもしれない。いっそのこと、私が死んだ方がザクスも復活できなくて良いのではないか、そんなことすら考えてしまう。何度もやり直したけど死んだことは無かった。やっぱり怖いな。
(ユキちゃん。大丈夫?)
ベッドの隣に布団を敷いて横になっているシュウが眠れない私に声を掛けてくれた。大きな体だけど中身はまだ小学生なのに、私のことを心配してくれている。心配してもらえることがこんなに心強いなんて今までは感じたこともなかった。
(大丈夫だよ、シュウ。ありがとうね)
(うん。おやすみユキちゃん。)
一人でいると悪い方悪い方へ考えてしまう。一人じゃなくて良かった。
ユキとシュウをユキの部屋まで見送った後、閉められた扉の前で静かに目を閉じる。やはり気のせいではない。先日ファズが来て以来、ユキからほんの少しだがザクスの気配を感じる。いよいよザクス復活の時期が近付いていることを感じさせられる。自らの力の為に多くの民を喰らい、星自体も滅亡まで追いやった忌むべき存在。これから私たちが倒さなくてはいけない敵なのだが、家族として、弟としての懐かしい気配でもある。弟を倒すということに抵抗があるわけでもないし、許すこともできない。だが私の心の奥底には、なぜこうなってしまったのかと後悔している自分がいる。シュウの中にいるエリナルも同じような思いでいるだろう。家族の始末は身内がすべきなのに、こんなにも多くの地球人を巻き込んでしまった。特にユキには私の属性を託したのに加え、無理矢理過去に戻されること35回。その上、ザクスに体を乗っ取られるかもしれない状況だ。ユキはこの世界を守るためにずっと頑張ってくれている。私もそれに答えなくてはいけない。そう決意して部屋を後にした。
「ほら、餃子焼けたぞ。」
ラクの作る餃子はどこの中華料理店よりもうまいと思う。それはおそらく俺好みに味を仕上げてくれているからだと思うが、疲れている時はニンニクが多めだったり、太ってきていると感じたら野菜が増えたりと、ラクは色々考えて作ってくれているようだった。こんな奥さんがいたらいいなと思うが、ラクを嫁にもらうわけにはいかない。少なくとも、ラクには幸せになってほしい。だから何があってもラクのことは俺が守るんだ。餃子を持ってくるラクを見ながら冷えた缶ビールを開けようと手をかけるが、開けることなくそっとテーブルの上に戻した。
「あれ、今日は飲まないのか?」
いつ敵が攻撃してくるかわからない今、酔っぱらっている場合ではない。それくらい俺だってわかる。
「今日はやめておこうかな。さすがに疲れたからさっさと風呂入って寝ようと思う。」
「……そうか。そうだな。」
テーブルに並んだ餃子を二人で囲んで食べる。今日の餃子はニンニクが効いている。疲れているように見えたかな。それともスタミナをつけるようにってことかな。ラクの優しさを感じながら一つ一つ餃子を口にした。
みんなと解散した後、俺たちは夕食を食べに外に出た。銀次さんとはたまに夕食を一緒に食べに行くが、最初の頃の警戒度に比べれば二人で食事をすることに慣れてくれたようでうれしい。今目の前にいる銀次さんは、俺の大好きな銀ちゃんなのだけれど、俺がウィステリアであることは内緒だ。彼女を傷つけるわけにはいかないし、今さら『トレジャーディスカバリーでウィスタリアやっていたのは俺です』なんてカミングアウトできるわけがない。だったら、正体は明かさずに俺は彼女を守ると決めた。
「ねえ、銀次さん。ちょっと星を見に行かない?」
食事を終えた後、すぐに帰っても良かったが、試しに誘ってみた。
「いいですけど、どちらまで?」
俺は復活祭で花火を見たビルの屋上まで銀次さんと一緒に行った。
「わあ、きれい。」
空には満天の星が広がっていた。喜んでくれたみたいで良かった。
「花火みたいに派手じゃないけどきれいだね。」
そう言うと、空を見ていた銀次さんが振り返った。
「紗奈さん、連れてきてくれてありがとう。」
暗がりに見えた銀次さんの笑顔に、胸がチクっと痛む。ダメだ。彼女に恋をしてはいけない。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
そう言って、俺たちは帰路についた。そして、彼女のことは俺が絶対に守るのだと改めて決意した。
翌日早朝、大音量でアラームが鳴る。
突如鳴り出すアラームは、アンノウン出現のアラームではなかった。
「ビービービー地震です。ビービービー地震です。」
その直後、巨大な地震が起こった。3.11を思い起こさせるその地震は、東北から関東にかけて広範囲にわたり震度5以上の揺れとなった。
僕はアラーム音で飛び起きて、すぐにエーワンメンバーを集めた。
(みんな、すぐに演習場に集まってほしい!)
『地震の震源地は三陸海岸沖で、マグニチュードは9.0。海岸付近の方は今すぐ避難をしてください。それ以外の地域でも余震が続くと思われます。危険な場所には近づかず、みなさん身の安全を第一に考え……』
テレビやラジオ、インターネットでは人々へ避難を呼びかける放送が絶え間なく続いている。かつてこの規模の地震を経験している東北の人々は、この後すぐ津波が来ることを知っており、直ちに避難を始める。
「コタロー君、これって……」
「日本は地震に強い国だ。東北の人もかつての大地震からの大津波を経験しているし、避難は間に合うと思う。ただ、この地震は自然のものではない。」
「自然のものではないってことは……」
「この地震はザクスが海から出てくる時の揺れだ。大きな図体で起き上がるが、そのままの状態では出てこない。海から上がる頃は魂の状態になっていて、ユキの体を狙ってくる。」
「じゃあ、ユキを守らないと!」
「そうなんだけど、みんなには行って欲しい所がある。」
そう言って、僕はフクさんとラクさん、紗奈さんと銀次さんに東京本部の上空で待機するよう伝えた。僕とネセロス、ユキとシュウ君は東北支部へ向かう。ユキをザクスに近付けるのは危険だが、シロとクロとファーに守らせる。
間もなく、日本中の各支部の上空に黒い円が現れる。
インターネット上には、この黒い円に対して、『魔界への門だ』とか、『ブラックホールが現れた』とか『世界の終わりだ』と言ったような暗い話が飛び交っていた。
違う。この黒い円は僕たちの良く知る『ゲート』だ。出現したのが各支部なのはユーリが僕と行ったことがある場所だからだ。そして、これが日本中の人々を死へ導く『ゲート』となるのだ。
フクさんたちを東京支部上空へゲートで移動させ、僕たちは東北支部へ移動した。地上にユキとシュウ君を残し、僕らは空へ移動する。東京上空の移動地点からも東北支部の移動地点からも黒い円が見えるが、目の前ではない。黒い円に近すぎない位置に移動させたのだ。そして、その黒い円から聞き覚えのある歌が流れてくる。黒い円は少し遠くにあるが、しっかりと歌は聞こえてきた。
シャルの歌だ。サワ先生の装置が赤く光っている。これだけ離れていても赤く光るくらいだ。黒い円に近づいていたら意識が吹っ飛んで倒れていただろう。この歌を日本全土に響かせるために、ファズはユーリの知る日本各地の支部の上空にゲートを開かせたのだ。
先日のシャルの歌は、電波を遮るものだった。しかし、今日のこの歌はかなり強力な電波を放っていて、その電波の一部は人体の中へ吸収され、吸収された電波のエネルギーが体の中で熱となり、黒い円の近くにいた人たちは軒並みバタバタと倒れていった。それと同時に、日本中の電波は遮断され、サーバーから属性の提供を受けられなくなった元ウェポンマスタープレーヤーたちの属性が暴走し、各地でアンノウンが出現した。テレビもラジオもインターネットも繋がらず、日本中がパニックに陥った。
シャルの歌が終わる頃、日本の人口の半数近くは電波によって倒れ、元ウェポンマスタープレーヤーのほとんどが消滅するかアンノウンへと変化した。
(ちょっと、コタロー君。日本中大変なことになってない?)
地上を見ながらフクさんが連絡をしてきた。地震によるパニック、津波によるパニック、急に現れた黒い円から発せられる聞き覚えのない歌、加え何の情報も得られない不安。パニックにならない方がおかしい。しかし、今は地上に構っていられない。
(フクさん、各支部に対応するよう言ってあるから、フクさんは目の前の敵に集中して。)
(敵?)
シャルの歌が終わると、東京支部上空に出現していた黒い円から出てきたのは、クトとロザだった。
(コタロー君、すごいね。こいつらが来るってわかっていたから俺たちをここに配置したの?)
(フクさんとラクさんはロザ、紗奈さんと銀次さんはクトの相手を。)
僕は質問に答えることなく、短く指示を出すと、少し離れたところにある黒い円に近づき、睨みつけた。
東北支部上空に出現した黒い円から出てきたのはファズだ。
「ああ、虎太郎君じゃないか。まるでわかっていたかのようにそこに居るんだね。」
ファズは黒い円の中へ手を延ばし、シャルの手を取って黒い円から連れてきた。シャルの後にユーリがゲートから出て来ると、ゲートは静かに閉じて行き、ファズとシャルの力が無ければ浮けないユーリは力尽きた様子で地上へと落下していく。僕はユーリの下にゲートを開き、僕の上空まで移動させキャッチした。もう用なしということだな。
(リバース)
僕はユーリの体力と魔力を回復させ、ゲートでユキとシュウ君の所へ移動させる。
「ネセロス、シャルを頼めるか?姿に弱いならファズを任せるが?」
「大丈夫だ。あれは偰那じゃない。」
ザクスが海から出て来るまでの間に、こいつらをどうにかしておかなければならない。こいつらがいる限り、ユキを守ることができない。
(ファーはユキたちの所で3人を守ってくれ。シロは離れて様子を見て狙撃、クロは全体の様子を伺いつつ加勢してほしい。)
それぞれの場所で、エーワンメンバーが戦闘態勢へ入る。
ついに最終決戦が始まった。




