バージョンアップ
翌日、木村さんにもらったメモの場所に行ってみると、それらしい建物が見つからない。僕の職場はどこに引っ越してしまったのだろうか。メモを見ながら彷徨っていると、何やら黒いスーツ姿をした男性が近づいてきた。
「橋崎虎太郎さんですね。」
「そうですけど、あなたは?」
「会社の者です。案内しますので付いてきてください。」
すごく怪しかったが、職場が見つからない以上付いていくしかなかった。黒スーツの男は地下鉄の駅に向かっていった。ここまで来させておいて地下鉄に乗るのだろうか。木村さん、あんたのメモって…。
駅に着くと改札から入るのではなく、職員用っぽい扉に入っていく。扉に入ると下り階段があった。1階分ほど下りるとまた扉があり、その先にはホームがあった。改札から入らずにホームに来た感じだ。ホームの先まで歩くとまた扉があった。本当にこんな所に職場があるのか?僕は怪しい奴に怪しい場所へ連れて行かれようとしているのではないだろうか。でもまだホームだから逃げられる。とりあえずもう少し様子を見よう。ホームの先にある扉の先にはエレベーターがあった。下にしか行かないエレベーターだ。どれだけ地下に行かせようとしているのか。スマホの電波は届くのだろうか。いざとなったら助けを呼ばなくてはならない。僕はしっかりとスマホを握っていた。エレベーターは職員カードをかざして動く仕組みになっていた。
「橋崎さん、あなたの職員カードはこちらになります。」
そう言って黒スーツは僕にカードを渡してきた。会社はいつの間にこんなものを作っていたのか。そのカードには僕の写真と所属が書いてあった。
『WM開発部 橋崎虎太郎』
WMはウェポンマスターのことだな。確かに僕の職員カードのようだ。カードをかざすとエレベーターが到着した。黒スーツと一緒にエレベーターに乗る。エレベーターのボタンはそこから地下5階まであるようだったが、僕は地下3階に連れて行かれた。
「他の階には行けませんので。」
黒スーツに説明を受ける。職員カードの種類によって行ける階があるのだろう。僕が用があるのは地下3階のようだ。
エレベーターを降りるとトイレと部屋が二つあった。部屋の一つは仮眠室になっているようで、シャワールームやベッドなどがあった。簡単なキッチンも付いている。ということは、僕の職場はもう一つの部屋だろうか。
「今日からこの部屋がウェポンマスターの開発部になります。それでは私はここで。」
「ありがとうございました。」
本当に?なぜこんなところに?…色々疑問に思いながら部屋に入る。
そこには今までの機材のほかに大きなモニターがいくつも並んでいた。目を引くのは超大型モニター。映画館のスクリーンのようだった。そして、なんだかわからないメーターのようなものが並んでいる。引っ越してどうしてこのような状態になっているんだ?さらに規模を拡大するのか?メンバーは二人しかいないのに?
「あぁ、来たね、虎太郎君。」
部屋の奥に木村さんがいて、配線をいじっていた。
「木村さん。一体どういうことでしょうか?」
「今日からウェポンマスターはゲームでありながらゲームではない存在となる。そのためにこちらに場所を移した。」
「何を言っているのかわからないのですが…。」
「今日のバージョンアップで、ウェポンマスターのプレーヤーは新規登録できなくなる。これ以上プレーヤーを増やさないためだ。そして、全員にこのブレスレットが配布される。」
そう言って木村さんはブレスレットを見せてくれた。金属でできた機械のようなものだ。どこかで見たことがあるような気がする。
「色々突っ込みたいところはありますが…全員って、どうやって配布するんですか?」
「とりあえず全員プレゼントって言って応募させる予定なんだけど、さすがに全員は応募しないだろうから、1週間後に全員に強制配布する。」
「そんなこと言っても、全員の住所なんてわからないですよ。」
「そうでもないんだ。」
木村さんはサーバーの電源を入れると、ウェポンマスターのプログラムが立ち上がる。大きな画面にプログラムが表示される。僕にも見えない隠された場所から木村さんは一つのフォルダを開いた。そこには1000万人以上のウェポンマスターのプレーヤーの個人情報が記録されていた。
「ウェポンマスターに登録している人の情報は全員分こちらに揃っている。」
「!!こんなことしちゃだめでしょ。一体どうやってこんな情報集めたんですか?犯罪ですよ。」
「順序良く話すべきかとは思うが、ウェポンマスター自体、日本政府からの命令で稼働しているゲームなんだ。だからこんな情報も集められる。まぁ集めたのはAIだけど、この世の中、マイナンバーがわかれば何でもわかってしまうからね。ここも、政府の機関、君も今日から政府の関係者だよ。正確にはウェポンマスターに配属になってからだな。」
木村さんがよくわからない話をしている。昨日からおかしなことばっかりだ。僕は好きなゲームの世界で楽しく仕事をしたかっただけなのに、政府って何?僕は何に関わってしまったの?
「俺らの仕事はブレスレットが配布されてから、それらの人を監視すること。ブレスレットはつけた人を監視する機能が備わっている。その人たちの情報は全部ここに集まってくるからそれを監視するよ。ゲームもしばらくは今まで通りプレイできるけどね。」
「…木村さんって何者なんですか?」
「さっきも言ったろ。政府の人間だ。俺らの所属する政府の機関は、この先の未来を守るために作られた機関。今世間で起きている不可解事件の原因は本当はもうわかっているんだ。これからもっと大変な事態になっていく。それを解決するための機関という感じかな。」
「不可解事件って、流れ星が原因の?」
そこまで言って自分でもはっと気づく。これを教えてくれたのは夢かもしれない自分の中の何かだ。確実なことでもないのにわかったような口をきいてしまった。
「あれ?知っているの?なんで?属性が偏ると暴走することも知っているのかな?誰から聞いたのかは、まあどうでもいいや。俺らは流れ星を受けた人を監視する。ブレスレットには監視する機能と、不足している属性を補う機能がある。配布されれば不可解事件も減っていくとは思う。」
「そんなブレスレット、誰が作っているんですか?属性はみんな違うんだからそれぞれの人の属性を理解してブレスレットに機能を付加しているってことじゃないですか。」
「属性は『ウェポンマスター』の属性と合っているはずなんだ。だからAIが分析してブレスレットに機能を追加して、その人専用のブレスレットを作成している。」
ウェポンマスターの属性と同じ?ウェポンマスターと流れ星はやっぱり関係しているんだな。
「…木村さん、やっぱりよくわからないので順序良く話をしてもらっても良いですか?」
「うーん、夕方から『ウェポンマスター』のメンテナンス終了させて稼働させないといけないからな。またあとで詳しく話すよ。あ、これ君のブレスレットね。」
そう言って渡されたブレスレットには僕のニックネームが刻まれていた。試しに付けてみると、ブレスレットは僕の腕のサイズに形状を変え、外せなくなった。
「…木村さん、外れなくなりました。」
「外れたら監視できないからな。残念だが外れないぞ。俺、ちょっと出てくるからサーバーの様子見ておいて。」
「…わかりました。」
外れないってものすごいクレーム来そうですけど。またクレーム対応とかやらされないといいけど。
『暗い表情をしていますね。』
木村さんが出て行ったのでAIが話しかけてきた。
「昨日から色々ありすぎなんだよね。僕の頭では理解できなくなってきた。僕は長い夢でも見ているのかな。」
『夢ではありません。こちらもいよいよ表立って活動しなければならない時期が来たということです。』
「君は何を知っているの?」
『全て知っております。知っておりますがお話しするようにプログラムされていません。』
「知っているなら教えてくれればいいのに。君は一人で色々やっているんだね。ゲームの処理だけでなくブレスレット作ったり、情報収集したり、僕に隠し事をしたり…。お疲れ様。」
『お気遣いありがとうございます。それが私の仕事ですから。』
「さらりと流したね。まあいいや。よし、今日のメンテナンス終了は予定通りできそうだ。さすがだよ。僕も一日ぶりのパーティボス戦楽しみだ。」
『だいぶお強くなられましたよね。パーティメンバーが強いためあなたの存在はあまり必要とされていませんが、他から見ればずいぶんと高レベルで強力な武器になっていますよ。』
「そうなんだ。強い人たちしか見ていないから自分の強さってわからないんだよね。」
『あなたの力はとても貴重で、重要です。大事にされてください。』
「君が言うならそうするよ。」
ここまで会話するとAIは静かになった。
僕は改めて部屋の中をぐるりと見まわした。前の狭い部屋にもあった機材、大きなモニター、何かのメーター、非常ボタンのような簡単には押せない赤いボタン、一体何に使うのだろう。核爆弾でも発射されそうだ。この部屋に来たのがプレーヤーの監視のためなら、この追加された機材も監視のために使うのだろうか。同じメーターが5つ、そしてメモリの異なるメーターが1つある。木村さんにおいおい聞いてみよう。
ウェポンマスターのプログラムはAIとセットで組まれている。どちらが欠けても機能しない。とは言っても、ウェポンマスターの中の武器のデザイン原案やボス設定、パーティーの編成なども全てAIがやっているのだから、ゲーム自体は地盤が完成すればあとはAIが運営してくれるはず。だから僕はまずAIのプログラムを解析する必要があった。解析しているのは現在進行中の『ウェポンマスター』とAIのプログラムをコピーしたものだが、ただのコピーではAIは機能せず全く動かない。そのあたりも何か特殊な仕組みがあるのだろう。僕はまだそこに至っていない。まだまだ時間はかかりそうだ。
夕方、ウェポンマスターはメンテナンスを終了した。
まず表示されるのが、「新規プレーヤーの登録終了いたしました。」のメッセージ。そして、「【感謝祭】プレーヤーの皆様全員に名前入りのブレスレットをプレゼント。今すぐ応募!」と表示された。スキップもできるが、しつこいくらい表示される。僕はすでにブレスレットを受け取っているのだが入力しないと何度も表示されるので仕方なく応募した。木村さんは出かけたまま帰ってこなかったので、僕は定時に帰ることにした。
いつものように夕食と入浴を済ませたが、入浴の時にもブレスレットは外れなかった。濡れても平気なんだな。違和感はないから良いのだが、これで監視されてると思うとあまり良い気分はしない。
22時になったので、パーティボス戦に参加した。たった一日ぶりだけどなんだか嬉しい。
『じゃあ今日も行きますか。』
今日はメンバー少なめですな。フクさんとラクさんしかいない。僕は戦わないから良いのだけど、やっぱりNPCは来てくれないのね。
ボス戦が始まると、今日はなんだか強めのボスが登場した。いつもとレベルは変わらないはずなのに、今日のボスは属性を同時に2種類持っているようだ。二人は少し苦戦しているけれど僕は何の役にも立てません。すみません。そう思いながら戦いを見ていた。
ん?少し苦戦?かなり苦戦していないか?
『やっぱり厳しいね。』
『そうだね。これは団長呼ぶか。』
しばらく見ていると、どう呼んだのかわからないが団長がやってきた。
『苦戦しているって?どんな感じだい?』
『格段に強さが上がったね。そんなにダメージを受けるわけではないけれど、攻撃が通じないことが多い。』
『なるほどね。このままだと1対2でも少々厳しいかな。…ねぇコタロー君、ちょっとストップかけてくれる?』
突然話しかけられた。ストップは僕が唯一使える魔法だ。
『わかりました。』
そう言って久しぶりに「ストップ」を使ってみる。レベルが上がったせいか、ボスなのに簡単にストップするし、継続時間も長くなっているようだった。
『ありがとう。よく見てごらん。フク、君は右側を、ラクは左側を攻撃するんだ。ボスの属性がどこに現れているかを注意して見てごらん。一つの体に複数の属性が現れた場合は、攻撃する場所が決め手だよ。』
説明を受けるとボスのストップが切れる。フクさんは右側を、ラクさんは左側を同時に攻撃すると、ボスを倒すことができた。
『弱点ではない属性で攻撃してもあまりダメージは与えられないから、これからのボスはそのあたり気を付けながら攻撃してごらん。じゃあ僕は帰るね。』
そう言って団長は帰ってしまった。忙しいのだろう。一体どういう人物なのだろうか。
『ボスの形態が変わったのでしょうか?』
恐る恐る質問してみた。
『そうだね。これもまた練習だから。コタロー君ありがとうね。明日はうまくできると思う。』
フクさんはそう言って帰っていった。ラクさんも間もなく帰っていく。皆さん忙しいみたいだ。それにしても、来たのがフクさんとラクさんで良かった。銀次さんだったら話をしてくれたかわからない。攻撃の要であるフクさんとラクさんは僕の中で仁王像のような存在だ。やっぱり二人とも強い。
僕も今日は早めに寝ることにしよう。これ以上武器を強くしても使える魔法がストップだけだと何の意味もない。僕の武器は杖だけど、もっと凶暴な形にカスタマイズして杖で叩けば少しは役に立てるかな。いや、ボスに蹴られて終了か。早く役に立てるようになりたいな。
それにしても、制作側の人間なのに一体何がどうバージョンアップしたのか知らないなんて、情けないよなぁ。こんなんで制作側と言ってよいのだろうか。
『コタロー、寝ちゃうの?』
眠くなると声が聞こえてくる。職場でもAIと会話しているし、僕は姿のないものと話をする特技でもあるのだろうか。でも、幻聴ではないのは認識し始めた。そして、それを受け入れている自分がいる。正直、僕はそこそこ稼いで食うに困らず、好きなゲームの仕事に関われていれば人生それで良かった。時期が来れば僕も結婚とかそういう話になって人並みに家庭を築いていくのかもしれないが、それは時期が来ればの話だから焦っていなかったし、結婚にも興味はなかった。だから世間でおかしな事件が起きても、自分に関わらなければどうでも良かったし、自分に起きてしまってもそれはそれで仕方ないと受け入れられた。そうやって欲深くなく簡単に自分の人生を受け入れてしまったから、「君も政府の人間だ!」とか「頭の中に声が聞こえるでしょ?」とか、変な展開になってきているのだろうか。
「なぁ、聞いてもいいか?」
『!コ、コタローから話しかけてくれた!』
『そんなに驚くなよ。俺たちのこと認め始めたってことだろ。これだけしつこく話しかけているからなぁ』
『答えられることなら何でも答えるよ!』
「君らは何なんだ?」
『私たちは双子の星。相対する属性。って昨日も話したよね?』
「それが何なんだって聞いてるんだ。」
『私たちが星になって飛んできたときはまだ卵の状態なの。人の体に入り、生まれ、成長してきた。だから何だと聞かれても、自分たちでもよくわからないの』
「そうか。じゃあ、双子の星って珍しいのか?バランスが保てない人にはブレスレットから不足する属性を補充するって言っていたけど。」
『双子の星は滅多にいない。基本的には星は二つセットで人の体に入るんだけど、双子ではなく違う属性の二組という感じなの。だからバランスが保てなかったり、片方しか機能しなかったりするの。』
「他にも聞きたいことがたくさんできた。僕ももっと自分に興味を持ちたくなってきた。けど…すごく眠い」
『俺らと話すのは力使うからな。まぁ訓練だと思ってまた明日話そう。』
「わかった。もう寝るよ。」
『あ、コタロー、私たちに名前つけて!そしたらもう少し力が使いやすくなる。』
「名前?考えておく。」
『おやすみ、コタロー。また明日。』