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宣戦布告

目を開くと良く知る天井だった。また僕は部屋に運ばれたんだな。あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。前回目覚めた時は近くにクロがいたが、今は誰もいない。まだ少しぼーっとしているが、前のだるさは無くなった。無事にネセロスの魂を一部移動できたんだな。僕の中にもネセロスの気配を感じるが、僕の外にもネセロスの気配を感じる。不思議なものだ。シロとクロとファーも同じ場所にいるみたいだから、着替えて合流するか。僕は顔を洗って寝ぐせを整える。制服に着替えようとすると、頭の中に声が聞こえた。

(コタロー、起きたか?体調はどうだ?)

ネセロスか。ネセロスは元気そうだな。

(大丈夫だ。魔力を吸われている感じも無くなった。僕の魔力もだいぶ回復したみたいだ。)

(……そうか。それは良かった。ところで、お前に客が来ている。準備ができたら会議室に来て欲しい。他のメンバーも揃っている。)

(……わかった。)

みんな会議室にいるから僕の部屋には誰もいなかったのか。よく考えたら、ユキやシュウ君もいない、自分しかいない部屋は久しぶりだ。それにしても、エーワンメンバーが総出で出迎えているなんてどんな客なんだ?サワ先生か?いや、サワ先生は直接電話してくるだろうし、先生が研究室を出て自らこちらに来るなんてことはないだろう。他に知り合いで客なんて僕にはいないんだよな。政府の偉い奴か?いや、ユキやネセロスがいるのに僕に用事ってことはないだろう。色々考えながら制服に着替え、僕は会議室へゲートを開いた。魔力もすっかり回復したようだ。ゲートは本当に便利な魔法だな。こんなに近所でも、つい使ってしまう。

ゲートをくぐり会議室に出ると、知っている気配を感じた。その気配に嫌悪と怒りの入り混じった負の感情が沸き上がり、回復したばかりの魔力が体から溢れ出た。会議室の空気が一気に張りつめ、壁と天井がミシミシと音を立てる。僕は光属性の剣を具現化し、その気配に向かって振りかざす。

「落ち着けコタロー。」

僕の動きを止めたのはネセロスだった。

「みんな気持ちは一緒だ。だが、隣にユーリがいる。今手を出せばユーリも無事では済まない。」

会議室の正面の席に座るのはファズだ。隣で立つユーリには黒い靄がかかっていて、ファズの気分次第でどうにでもできる状態だった。

エーワンメンバーはファズを睨みつけている。武器は具現化しておらず、一見落ち着いているように見えるが、殺気は隠し切れない。僕は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。ネセロスに押さえつけられた腕の力をゆっくりと緩め、具現化した剣を消して魔力を抑えた。


「やあ、虎太郎君。久しぶり……でもないか。元気そうだね。いやぁ、虎太郎君が小さくなっていたからびっくりしたよ。こっちの小さい虎太郎君はネセロス王なんだってね。こんなことできちゃうなんてすごいな。」

椅子に座ったまま、調子よく話を始める。いつでもここに来ることはできるし、いつでもユーリを殺せるという余裕の態度だ。

(ネセロス、どういうつもりだ?なぜこいつが客扱いされているんだ。)

僕はファズから目を離さずにネセロスに問う。

(隣にユーリがいる。下手に攻撃できないし、コタローの目が覚めるまで大人しく待っているというので全員で見張っていた。それに、勝手に座っているだけで茶などは出していない。)

茶はどうでもいいが、客って言うからまさかこいつが来ているとは思わず、想定外すぎて感情が抑えきれなかった。いきなり襲い掛かったのは、シャルが目覚めた時のネセロスと一緒じゃないか。

「何しに来たんだよ。ユーリを返しに来たわけではないのだろう?」

「ユーリは返さないよ。こうやって正面からでもなく、建物を壊すわけでもなく、いつでも君たちの所に来られるなんて、便利な魔法だよ。虎太郎君と話がしたくて、君が起きるのを待っていたんだ。」

ネセロスやユキがいるのに、僕に話があるということか。僕たちの本部に堂々とやってきて、偉そうに座って、一体何の話があるというのだ。僕と話していたファズの視線がユキに移った。

「実はね、クトが雪華君にザクス様の魂が馴染むようにちょっとした仕掛けをしていてね。雪華君の様子を見に来たんだよ。だいぶ定着してきたかな。」

定着?確かにユキの中には「何か」いるのはわかっているし、ザクスに狙われているというのも心得ている。この間は精神的に追い詰められて、そこを乗っ取られそうになっていたが、ユキが拒絶した。ユキの意識がしっかりしているうちにどうにかできるものなのか?

「貴様がユキに何をしたのか知らないが、ユキは渡さない。」

「ユキは渡さない?君は何を言っているんだい?」

ファズは席を立ち、ゆっくりと僕に向かって歩いてくる。ユーリから少し離れた今なら、連続ストップで近づいて、光属性の魔法で黒い靄が払えないだろうか。僕はちらりとシロの方を見てストップをかけようとする。

「『ストップ』は効かないよ。クトが君のストップを破ったのも僕の魔力を使ったものだ。ストップを破られる原理だってわかっていないのだろう?まだ、私には喧嘩を売らないほうがいいんじゃないかな。」

ファズから闇の魔力が溢れ出す。ピリピリと体中で魔力を感じる。威嚇でこの魔力量か。体が動こうとしない。ここにいるエーワンメンバーが同じようにファズの魔力に圧倒されていた。そんな中、ファズはゆっくりと僕の方へ歩いてくる。

「虎太郎君、何か勘違いしているみたいだね。雪華君は私がここまで育てたのだよ。そもそも君のものではない。『渡さない』とかおかしなことは言わないで欲しいな。」

ファズの威圧で体が動かないが、僕も含め後ろに控えるエーワンメンバーの殺気がすさまじい。僕は何とか言葉を返す。

「だったら一緒に連れて行けばよかったんじゃないか?ユキを精神的に追い詰めて、体を乗っ取ろうとするなんて、やり方が姑息だ。」

ファズは僕のところまで来ると、顔を真正面に近付けた。

「違うんだよ。虎太郎君。私は雪華君を育てているんだ。ここにいることで信頼のおける優しい仲間に囲まれて、心が強く育っていく。何度もやり直せたのは仲間がいたおかげだろう?私にこれまでずっと利用されていたとわかっても、正気に戻れたのは君たちがいたからだ。体が小柄なのは仕方ないとして、この強い心と魔力が十分に備わってこそザクス様の体にふさわしい。コレをここまで育て上げたのは私だ。良い感じに実ってきた果実を、持ち主が収穫するのは当たり前だろう。」

僕の顔面寸前にファズの顔がある。話すファズの息がかかる。一発殴ってやりたいが体が動かない。こいつは何を言っているんだ?果実を収穫するだと?こいつはユキを、人間を何だと思っているんだ。


「雪華君の様子を見て、ちゃんと虎太郎君に報告しておきたかったんだ。雪華君と別れる準備をしておくといいってね。ああ、ネセロス王。この前のシャルの魔力は80パーセントくらい私の魔力を補充していたが、今はすっかり前の状態に戻りましたよ。貴方とも十分対等に戦えます。ぜひ、次回はお相手お願いいたします。」

そう言ってネセロスに向かって深々と頭を下げると、ゆっくりとユキの方へ歩いていく。ユキはシュウ君の後ろに隠れていた。シュウ君の目の前に着くと、ファズはまじまじとシュウ君を見た。

「うん。こちらも良い感じだね。」

そう言ってシュウ君に触ろうとした瞬間、ネセロスがファズの手を弾いた。

「シュウに触るな。」

「おや、ネセロス王、動けましたか。みんなにはコレの属性のことは話していないのですか?まあ、私も黙っていたわけだし、べつにどうでも良いですけど。それでは、またお会いできるのを楽しみにしております。」

そう言って、ファズはユーリの所まで戻るとゲートを開かせた。

ちくしょう。今回も目の前にいるユーリを助けられない。ごめんよ、ユーリ。そう思いながらユーリの方向へ目を向ける。

(!)

操られた状態のユーリは自分の意思がないからか、どこを見ているのかわからない、死んだような目をしていた。敵に捕まってからはずっとそんな状態で、早く解放してあげたいと思っていた。しかし、今ゲートを開いているユーリの視線はネセロスに向けられている気がする。

ファズに連れられ一緒にゲートに入っていくユーリ。

姿が消える寸前、フクさんが武器を具現化しファズに切りかかろうとする。これまで積もりに積もった怒りと、今ここでユーリを救いたいと言う気持ちが彼を動かしたのだろう。

僕は咄嗟にフクさんを止めた。

「なんで?なんで止めるんだよ!」

フクさんが飛び出した瞬間、ユーリと目が合った。僕はその瞳に強い意志を感じた。もしかしたら、ここに来てから少しずつユーリは意識を取り戻していたのかもしれない。ユーリの属性は記憶を持っていて、ネセロスを敬愛している。ネセロスの意識が表に出ていない僕にさえ臣従の意を示していた。その敬愛するネセロスが今ここに姿を持って立っているのだから、強い思いが彼女の意識を取り戻させたのかもしれない。もし意識が戻っていたのだとしたら、自分の意思で敵の元へ戻って行ったことになる。このまま戻ってもまた操られる可能性もあるが、意識が戻った状態を保てるのであれば、向こうの情報を手に入れられるかもしれない。


僕はまたユーリを利用しようとしている。敵に捕まってしまったのも僕のせいなのに。助けられないのも僕に力がないせいなのに。戻ってきたらきちんと謝罪をしなくては。


ドンッ

ファズが去り、静まり返った会議室で、フクさんが床を強く叩いた。

悔しい気持ちは全員一緒だ。

「ネセロス、僕たちはファズの魔力に当てられて動くことができなかった。何でお前は動けたんだ?」

「あれは闇の魔力の特性だ。闇の魔力は人の心の闇の部分を増幅させる。以前、ファズは自分の力を誇示することで、私たちに自分の魔力量を知らしめた。それによりお前たちには『自分よりもファズの魔力の方が強い』と思ってしまった。だから、奴の魔力を当てられると『敵わない』と意識してしまう。その無意識の部分を増幅することで、体に恐怖を思い出させて動けなくするのだ。私はファズの魔力を知っている。だから恐怖を感じない。コタロー、お前のストップが破られたのも同じ原理だ。『ストップがなぜだかわからないけど破られた』という経験から、『ストップをかけても破られてしまう』という意識が生まれてしまう。その意識を増幅させて、本当は使えるものを使えないようにしてしまっている。つまり、ストップは破られたわけではなくて、無意識で自分で解除しているのだ。」

確かに僕の中でストップは破られてしまうものと意識していたし、破られてしまうことに恐怖を感じていた。そういう意識が増幅されて僕は自らストップを解除していたのか。ファズの魔力に当てられて動けなくなったのも、僕が怖いと感じているからなのか。

「そう言うことかぁ。ビビッて動けなくなるとか悔しいなぁ。」

落ち着いたフクさんがいつもの調子で言った。

「恐怖の感情は身を守る大事な感情だ。それを持ち合わせることは問題ではない。」

「それで、コタロー君、何で俺の事止めたの?」

僕らはそのまま会議室に残り、それぞれ席に座った。ネセロスが銀次さんの膝の上に座っているのは触れないでおこう。

「捕らわれてからずっと死んだような目をしていたユーリが、ネセロスを見ていることに気付いたんだ。ゲートで消える瞬間に僕とも目が合った。」

「それってどういうこと?」

「ユーリに意識が戻ったんじゃないかと思って……。」

「え?だったらなおさらユーリを奪い返しておかないとまずかったんじゃない?」

フクさんの言うことはもっともだ。操られていないとバレたら何をされるかわからないし、より強い魔法をかけられてしまうかもしれない。そんな強い魔法で脳を操られたらもう元のユーリに戻れなくなるかもしれない。クロのリバースだって人の脳だとうまく戻せるかどうかわからない。

「……」

何も言えずにいる僕の肩を隣の椅子に座っていたユキが優しく叩いた。

「ユーリは賢い子だ。大丈夫だよ。意識が戻っていてもうまくやれるさ。」

そうだね、とみんな納得してくれたし、目が合った時に感じた強い意志からも、ユーリは心配いらないと感じた反面、利用してしまっていることへの罪悪感も重くのしかかって来た。

「ユキは大丈夫か?」

「え?私?大丈夫だよ。」

そう言って笑って見せたが、心の奥にある不安は隠しきれていない。こういう不安を闇属性の魔法は増幅させてしまうのだろう。

「ネセロス、闇属性の影響を受けないようにするにはどうしたら良いんだ?」

「強い意志を持て、としか言えないのだが、なかなか難しいな。さっきも言ったが、恐怖を感じることは生きるために必要なことであり、誰もが持っている感情だ。これは本能だから仕方ないのだ。その負の感情に勝たなければまた恐怖で動けなくなる。光属性の魔法でも、心の中の闇までは照らすことはできない。」

「ネセロスくらいの強さがあればいいのかな。」

「もっと強い魔力を当てられれば、俺たちも自信が付くんじゃないか?」

「試してみる価値はありそうですね。」

「では、早速やってみましょう!ネセロス王!」

メンバーのみんなはやる気満々だ。この前向きな姿勢はすごいと思う。確かに、もっと強い魔力を当てられても動くことができればファズの威圧には負けないかもしれない。

「私の魔力ではお前たちの魔力を超えることは難しいだろう。ユキ、手伝ってもらえるか?」

「うん。大丈夫だよ。」

「あと、この前の戦闘でコタローとファーでエーワンメンバーのリミッターを外したな?」

リミッター?そう言えばファズに『君たちの魔力は私が管理しているからね。』と言われて全員のリミッターを外したな。

「外したが、なにか問題でもあるのか?」

「うむ。リミッターを外したことで、メンバーの魔力がそれぞれの精霊たちに流れている。お前たちは前より疲れやすくなったとかそう言うことはないか?」

「うーん。言われてみれば……?」

「よくわからないけどね。」

みんな腕を組んで悩んでいる。忙しすぎて気が張っていて気付かなかったのかもしれない。リミッターを外したのは僕も同じだが、ネセロスに魔力を吸われたりしていたから特に何も感じなかったな。

「精霊に魔力が流れ続けるとどうなってしまうんだ?」

「このまま魔力が流れ続けると自らの魔力が枯渇してしまうし、精霊たちも力を使いきれないし、本体が倒れれば精霊は消えてしまうから元も子もない。リミッターは必要な時だけ外した方が良い。」

あの時ファズはわざと僕にリミッターを外させたんだな。僕が解除できることも知っていて、僕らが自滅していくように仕向けたんだ。僕はすぐにリミッターを発動させた。使用できる魔力の上限はできるが、無駄な消費は抑えられる。

「ところで、ファズがここに来たのはユキの様子を見に来たということだったが……」

「要は『宣戦布告』だな。そろそろザクスが復活するから、器となるユキを確認しに来たのだろう。ザクスが復活してしまえば、おそらくユキの体が乗っ取られる。まずは、それを防ぐ術を見つけるのと、クトの精神攻撃対策、それから、ファズ対策として、強大な魔力への耐性を付けなくてはな。」

あとどのくらいの時間の猶予があるのかわからない。のんびり構えている暇はない。やろうと思えばいつだって僕らの本部を襲撃できるんだ。またシャルが歌えば全国にアンノウンが出現してしまう。考えなければならないことが山積みだ。サワ先生にも電波妨害装置を作ってもらわなくては。


「ネセロス。」

「なんだ?まだ何かあるのか?」

「……話していないことがあるだろう?」

それぞれ準備に動き出したメンバーが振り返って僕らに注目した。


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