ミニコタロー
翌日になっても、ユキは目覚めなかった。ゆっくりでいいよと言った手前、ユキが目覚めるのを僕たちもゆっくりと見守っている。
実は、シャルが復活したあの日、意識の中でネセロスと話をして以来、僕は頭の中でネセロスと会話ができるようになっていた。その件も含め、ユキの精神世界で何があったのかをみんなに話した。
「で、コタロー君。ネセロスはどうした方が良いって言っている?」
「まあ、ユキの精神世界から逃げられてしまった状態だったから、その場ではどうしようもなかったし、起きてからも要注意ってことで、今のところできることは何もないって言っていたよ。」
「そっかぁ。なんか何もできないってもどかしいよね。」
「うーん。」
「ユキちゃん、本当に起きるかなぁ。」
あれから一週間以上経って、きっと敵も着々とザクス復活の準備をしている。ユキを乗っ取ることがザクスの目的なら全力で阻止しなくてはいけないのに、今の僕たちには何もできない。みんなそれぞれ思うことがあるが、ひとまず解散した。
「ふう。」
この一週間でかなりの努力をして「敬語を使わない」ことをマスターした。あと、この前気付いたのだが、ネセロスが僕のことを虎太郎ではなく「コタロー」と、ユキのことを雪華ではなく「ユキ」と呼んでいた。ネセロスもエーワンメンバーの一員になった感じだな。そういう方向へ向いてきたということで、僕はもう一つやらなければならないことがあった。
「さて……」
(ネセロス、そろそろこの間言われたことを試してみようと思うんだが……)
(……ああ、やってみてくれ)
この前ネセロスと意識の中で話をしたときに言われたのは二つ。一つはユキを敵から守ってほしいということ。やらなければいけないものというのは、去り際に言われたもう一つの件だ。
「シロ、クロ、ファー、ちょっと一緒に演習場に来てもらえるか?」
「「「わかった。」」」
僕たちは制服に着替えて演習場に向かった。
「何するの?」
シロが僕の顔を覗き込みながら聞いてくる。
「実は、この前ネセロスに頼まれたんだ。自分も具現化してもらえないかって。」
「ネセロス王を具現化?」
クロが眉間にしわを寄せている。疑問に思うのはわかる。属性を具現化するのは他のエーワンメンバーもできていることだが、ネセロスは属性ではなく魂そのものだ。それを具現化できるのかも、具現化する方法もわからない。
「ザクスの臣下が揃った以上、いつザクスが復活してもおかしくない状況だ。ネセロスは、今は意識の中で僕としか会話ができないが、他のみんなとも直接会話できた方がいいだろうし、その度に僕の体を乗っ取ったのでは効率が悪いということで、自分も僕とは別に表に出てきたいそうだ。ザクスのことをよく知る人が指示を出す。僕らは指示に従って戦う。いわゆる参謀だな。」
「具現化するって、どうやるかわかるのか?」
「ファーはわかるのか?」
「わからん。」
「僕もわからん。具現化できるのかもわからないし、ネセロスの魂が抜けた後の僕がどうなるのかもわからない。だから、3人を連れてきた。うまくネセロスが具現化したところで僕が倒れたら運んで欲しいし、僕が死んだらまたネセロスを戻して欲しい。」
「え?ネセロス王を具現化したらコタローが死ぬって事?そんなことダメに決まっているでしょ。そんな危険なことやらせないよ。」
「シロ、落ち着け。どうなるかわからないって話だ。まあ、大丈夫だろ。僕の命を奪ってまでネセロスは出てこない。」
「万が一のことがあったとして、俺たちはどうやってネセロスをコタローに戻すんだ?」
「……さあ、わからん。」
3人とも心配そうな顔をしているが、止めても無駄なことはわかっているのだろう。
さて、どうすればネセロスを具現化できるのだろうか。僕の中にあるネセロスの魂を僕の外に出す。とりあえずイメージだよな。僕は目を瞑って自分の中の別の人格、ネセロスの魂をイメージする。真っ黒い空間に不気味に光る紫色の丸い球、これがネセロスの魂だな。ここに魔力を集中させる。
辺り一帯に風が巻き起こった。膨大な魔力が僕の体から溢れてくる。突然吹き出した風にシロとクロとファーは飛ばされないよう身構えた。
「コタロー!大丈夫か?」
(クロが心配している。シロとファーは吹き飛ばされそうだな。ああ、まずい、魔力の操作ができない。あの球にどんどん吸われていく……)
「シロ、クロ、ファー……すまない。」
僕の周りに起こった風は魔力の竜巻となり、あたり一帯を巻き込み演習場の一部を破壊した。その竜巻はすぐに収束し、僕の体の中に納まった。僕の魔力はほとんど紫の丸い球に吸収されていき、間もなく僕は意識を失った。
「「「!」」」
解散後、それぞれの仕事に戻ったエーワンメンバーは膨大な魔力を感じ、すぐに魔力の元へと駆けつける。この魔力の感じと、膨大な魔力量から、すぐにコタローのものだとわかったが、他の魔力は感じない。おそらく敵襲ではないのだが、いくらコタローでも、こんな膨大な量の魔力を放出してしまったら、倒れるどころの話ではない。一体何が起こっているのだろうか。しかし、駆けつけるよりも早くその膨大な魔力は収まった。駆けつけたフク、ラク、紗奈、銀次の四人が演習場の前で顔を合わせる。
「何?何が起きているの?」
「わからないけど、コタロー君の魔力だよね。」
「もう収まっているけど、何があったんだろう。」
「演習場の中、ですよね。」
四人は、静まった演習場の中に入る。演習場の一部は倒壊していて、砂ぼこりが酷い。恐る恐る砂ぼこりの方へ歩いていく。あたりの建物が倒壊しているにもかかわらず、足元もうっすらとしか見えなかった。このままでは近づくのも難しいと判断し、ラクは風の魔法を使って砂ぼこりを一掃した。そこに現れたのは、倒れたコタローに、シロとクロとファーと、三人に囲まれた「何か」だった。
「コ、コタロー君大丈夫?」
四人は一斉に駆け寄った。そこで四人は衝撃の事実を目撃する。
「きゃー、何これ?」
顔を赤くして喜ぶ銀次に……
「ど、どういうこと?」
驚く紗奈。
「これは一体……?」
事態を飲み込めずにいるラクに、
「こりゃまた、びっくりだね。」
冷静にのぞき込むフク。
そこにいたのは、小さなコタローだった。小さなコタローがちょこんと座っている。いつものコタローはそこで倒れているから、これは一体?
「あ、あのですね、実は……」
「私が説明しよう。しかし、今はコタローを部屋まで運んでやって欲しい。」
シロが説明しようとすると、小さなコタローが喋った。
「……喋った。」
「小さなコタロー君だ。」
「小さなコタロー君が喋った。」
「可愛い。可愛すぎる。」
目を開けると見慣れた天井があった。ここは自分の部屋か。体が重い。ごっそりとネセロスに魔力を持っていかれて正直死んだかと思った。あの後、どうなったんだ?
「お、コタロー起きたか?」
同室のクロが近くにいたようだ。
「クロ、どうなったんだ?」
僕はゆっくりと体を起こした。クロの話を聞いた感じでは、どうやらネセロスの具現化には成功したが、あまりに膨大な魔力を使ったため、僕はあれから一週間ほど眠った状態だったようだ。頭が痛い。もう少し寝ていたい。
居間から声が聞こえる。これはユキの声か?
「クロ、ユキは起きたのか?」
「ああ、コタローが倒れたのと入れ違いでユキは目覚めたよ。大丈夫そうだ。」
「そうか。良かった。」
僕はまた布団へ潜り込んだ。
「おかえりー。」
「ただいまー。ってコタロー君の部屋なんだけどね。」
この声はフクさんか?みんな僕の部屋に集まってきているのだろうか。
「コタロー、まだ眠るか?みんなにコタローが起きたことまだ黙っていたほうがいいか?」
クロが気を使ってくれている。まだとても眠いが、みんな心配しているだろう。起きて無事を報告しなくてはいけないよな。
「大丈夫だ。起きよう。」
立ち上がってみるがやはりまだフラフラする。僕はクロに支えてもらいながら居間へ移動した。
「コタロー、大丈夫か?」
「ああ、ユキも大丈夫そうで良かったよ。」
「まだ本調子ではないみたいだね。」
「正直、頭痛とだるさでまだ寝ていたいよ。」
僕は苦笑いで答えた。
「そうであろう。私がお前の魔力を吸い上げているからな。」
……
ユキの奥から何やら声が聞こえたので、覗いてみた。ユキに隠れて見えなかったが、そこには小柄な少年がいた。
「誰?この子供。」
……
その場にいた全員が固まった。え?何?何かまずい子なの?僕がいない間に、何かまずいもの拾ってきちゃった?
「コタロー君、よく見て。」
「どう見てもコタロー君でしょ?」
「え?」
よく見てみると、確かに僕に似ているかもしれない。僕はじっとその少年を見つめていた。
はっ。もしかしてこれが……。
「わからないのか?私だ。ネセロスだ。」
やはりネセロスか。僕は片手で顔を隠した。まさかこんな形になって現れているとは。こんな幼い姿なのにずいぶん偉そうだな。
「何でこの姿なんだ?なんかもっとあるだろう?もっとこう、王様らしい姿って言うのが……」
「お前の魔力をほとんど吸い上げて、このサイズにしかならなかった。もう少し私の魔力が回復してから具現化すれば大人のサイズになったかもしれないがな。何だ?不満か?」
いや、不満と言うわけではないが、やりづらいなぁ。みんなもやりづらいだろう?しかしよく見ると、エーワンメンバーに馴染んでいる。特に女子には人気のようだ。ネセロスは銀次さんの膝の上にちょこんと座ったりしている。なんだか自分が座っているようで気恥ずかしくなる。
「では、ネセロス、コタローが目覚めたから、具現化されたあなたのことを教えて。」
ユキの一言で、ネセロスは銀次さんの膝から立ち上がった。僕が眠っていた一週間は、エーワンメンバーを鍛えていただけで、ネセロスの具現化の仕組みは、僕が起きてから説明するということになっていたようだ。
「今ここにいる私は、コタローの体内にある私の魂が抜けたわけではない。だから、私が具現化している間、体の形を保つためにコタローの魔力を吸い続けている。この姿の私が、自ら魔力を作ることができないからだ。それは感じるだろう?」
確かに、寝ても覚めても体が重い。みんなも僕の様子を見ているとわかるようだ。
「コタローは、コタローの中にある私の魂に魔力を注ぐことで、自分の外に出そうとしたのだが、それでは私の魂は外に出なかった。」
いや、魂を意識しただけで魔力をごっそりと持って行ったのはネセロスだろう。
「そもそも、コタローからネセロス王の魂が抜けてもコタローは大丈夫なんですか?」
シロの質問はもっともだ。僕からネセロスの魂を抜いたら死ぬ可能性もあると思ってやってみたところ、実際僕が生きていたのはまだ僕の中にネセロスの魂があるからかもしれない。
「そうだな。私もこのような形で人の体に魂を入れておくことが初めてだから、実際にやってみないとわからないが、やってみたところでコタローが死んでしまっては意味がない。だから、私の魂の一部をこの体に持ってこようと思っている。」
魂の一部って、そんなことできるのか?
「この体に私の魂が一部でも入れば、私は自分で魔力を作ることができる。全ての魔力をコタローに依存しなくて済む。しかし、これには問題もあって……」
ネセロスの視線を感じる。これは、よくアニメとかゲームであるパターンだな。
「一蓮托生ってことだな。」
「さすが、コタロー。話がわかるな。」
「どういうことだ?コタロー。」
「片方がやられれば、無条件でもう片方もやられるってことだ。」
同じ魂を共有するのだから、命が繋がっていてもおかしくない。ダメージまで共有されるのかは試してみないとわからないな。
「それは俺たちも一緒か。コタローがやられれば、コタローの属性である俺たちも消える。つまり、ネセロス王がやられればコタローがやられて俺たちも消えるってことだな。」
「そうだ。この小さな体に私の魂の一部を入れるということは、私が死ねばコタロー含めコタローの属性であるシロ、クロ、ファーも消える。」
つまり、僕とネセロスの命は5人で繋がっていると言うことだな。
「ご、ごめん。ちょっとまとめて良い?」
フクさんが混乱しているようだ。
「俺がまとめるよ。つまり、コタロー君からネセロスの魂をすべて取り出すとコタロー君の命がどうなるかわからない。だから、ネセロスの魂を一部だけ、具現化したネセロスの体に移すのだけど、魂を共有することで、お互いの命も共有することになる。そう言うことで良いか?」
ラクさんがまとめてくれた。そう言うことだ。命を落とすかもしれないが丸ごと魂を取り出すか、一部を移動させて魂を共有するか、どちらか選択しないとネセロスの具現化を保っていられない。
「で、コタロー君はどうしたいの?」
「元々、ネセロスの魂を外に出したら、僕は死ぬかもしれないという可能性も考えて試したんだけど、死なずに済む方法があるなら、そっちでやりたいかな。とりあえず、今体がしんどくて……」
僕はくったりとテーブルに顔をうずめた。
「そう言うことなら早めにやっておこう。大丈夫。コタロー君もネセロスも俺たちが絶対に守るから。」
ラクさんの言葉はとても頼もしかった。早速ネセロスの魂を一部移動させるため演習場に移動したのだが、僕はよろよろとクロに支えられながら、ネセロスは幼い僕の姿でぴょんぴょんと跳ねながら元気に移動した。なぜだ。僕はこんなにだるいのに、なぜあんなにネセロスは元気なんだ。魔力奪いすぎじゃないか?
演習場に着くと、クロに支えられたままの僕の正面にネセロスが立った。
「何をしている、屈め。背が届かぬではないか。」
何でそんなに元気で偉そうなんだ。僕はクロに寄り掛かったまま膝を付いた。
「では、コタローから一部、私の魂を取り出す。皆下がれ。何が起こるかわからないぞ。」
そう言うと、ネセロスは自分の右手を僕の腹に刺した。
うぐっ。なんか気持ち悪い。腹に刺さったネセロスの腕の周りに紫の風が起こる。腹の中探られるってこんな感じなのか?
「あったあった。」
子供の遊びじゃないのだけど、幼い僕の姿の少年が楽しそうにおもちゃを見つけた感じだ。早くしてくれ。
紫の光が僕の周りを包みこむ。そして、僕は再び意識を失った。