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ユキの精神世界

 あれから、政府への説明や記者会見など木村さんとユキが行っていた業務をみんなで分担して行った。政府に報告に行ったフクさんとラクさんは、相当絞られ嫌味を言われたようだが、さすが元営業マンの二人だけあって、けろっと帰ってきた。記者会見では泥の人形に制服を着させて説明させた。前にユキが作っていたのを真似したものだ。全員「記者会見なんて出たくない」という意見に対し、ユキにできるなら僕にもできるだろうとラクさんが提案してくれた。ラクさんだってできるだろうと思ったが、政府の方に行ってもらった手前、僕がやることになった。僕はバックヤードから泥人形を操り、記者からの罵倒やしっ責は泥人形が全部受け止めてくれた。政府からの指示で、世間には敵からの無差別攻撃と言うことにしてある。電波が途切れただけでこれだけの被害が出たなんて公表したら、属性の持ち主、つまりブレスレットの所有者の迫害は免れない。ブレスレット所有者を排除する暴動が起きないよう「無差別」と言うことにした。

 バタバタして1週間ほど経ってしまったが、その間もずっとユキは僕の部屋で預かっていて、シロとファーが面倒を見ている。僕たちが出動する時はシュウ君が様子を見ていてくれている。ユキは起きている時も無表情でどこを見ているのかわからない。幸い食事を摂ることはできるので、「生きる」意欲までは無くなっていないようだ。


 プルルルル


 珍しく部屋の電話が鳴った。部屋の電話に掛けて来るなんて、木村さん以外では初めてだ。とは言え、木村さんが掛けてくるわけがない。木村と言う人物はもういないんだ。僕は仕方なく電話を取った。

「もしもし?」

 営業電話を追い払う時用の冷たいトーンで電話に出る。

「『もしもし』じゃないわ、若造が!」

 若造が!ということは、サワ先生か。

「サワ先生、どうしました?」

「『どうしました?』じゃないわ!この前何があったか知らんが、私が作った装置が壊れただろう?なぜ報告に来ない?ちっとも研究にならんではないか!」

「色々大変だったんですよ。」

「そんなことはテレビを見ていればわかるわ。だから今まで静かにしておったのに、お前は全く連絡してこようとしないじゃないか。思わず私から電話をしてしまったぞ。とにかく、今すぐ報告にこーい!」


 ガチャ


 電話が切れた。と言うより、サワ先生がキレている。これは行かないとまずいな。僕はゲートを使い一人でサワ先生の元へ移動した。

「こんにちは……」

「若造が!そこへ座れ!」

 これぞサワ先生のもてなし術。助手の人に促され、僕は研究室に無造作に置いてあった丸い折りたたみ椅子へ腰かけた。そして、あの日の出来事を報告した。サワ先生の装置が壊れたのはおそらくシャルの歌の時だ。あの時の電波の衝撃で壊れたのだと思う。

「ふむ、なるほどな。そのような電波を近くで浴びてしまえば私の装置も壊れるだろう。しかし、それに耐えうる装置となると……。いや、そこにその部品を使っては……。」

 サワ先生は、一人でブツブツと話し始めた。もう僕はいらないだろう。そう思い、助手の方が出してくれたお茶を飲み終えると席を立った。

「それでは、僕は失礼します。お茶、美味しかったです。」

 そう助手の人に告げ、ゲートを開こうとした。

「いやいや、待てぃ。まだ私の話は済んでおらん。今帰ったら打ち首獄門じゃ。」

 何時代の人ですか。お奉行様、僕の話はもう終わりましたよ。

「もう全部話しましたけど、まだ何かありますか?」

「話はもう一つある。雪華君のことだ。」

 ユキの事?ユキは今会話をすることすらできない。サワ先生に何か言われても対応できないけどな。

「ユキがどうかしましたか?」

「実はのぅ、雪華君の方も私にデータが流れてくるようになっているのだが、最近データの動きが無くて、彼女の使っている装置も壊れたのではないかと考えている。」

 彼女の装置とはカチューシャの事か。ユキの頭の回転が速いのはサワ先生の研究の成果で、頭に付けているカチューシャからの微量の電波によるものだ。そのカチューシャが壊れているということか?確かに、シャルの歌の時に一緒に壊れた可能性があるかもしれない。

「実は、ユキは精神的にかなりダメージを受けていて、今は話せる状態ではありません。壊れた可能性もありますが、動きが無いのは、彼女が力を使っていないからではないでしょうか?今回はユキは戦っていませんので。」

「いや、動きが無いのはそれよりもずっと前からだ。むしろ、脳へ送る電波が少し滞っているように思える。機能していないわけではないのだが、何か邪魔が入っているようなそんな感じだ。だから装置が壊れているのではないかと考えている。そもそも今話ができないのは本当に精神的なダメージのせいなのか?」

 それ以外考えられない、と言うより考えもしなかった。ユキは木村さんの正体がファズで、これまでずっと騙されていたことに大きなショックを受け、まだ立ち直れていない、と考えていた。違うのか?

「わかりました。あとでカチューシャを持ってきますので、壊れているか確認をお願いします。」

「うむ。……コタローよ、精神的なダメージは、これまでの経験や人への思いに左右される。本当に雪華君が、精神的なダメージで立ち直れないのであれば、何かきっかけを与えてやれると良いな。無理に話しかけたり起こしたりするのではなく、直接心に聞いてみると良いのだが、それができないから人の精神は難しいのだ。」

 直接心に……。ユキと直接リンクしたら、ユキの精神世界に行けないだろうか……。

「サワ先生!ありがとうございます。やってみます。」

 僕は急いで部屋に戻った。ユキはソファーで眠っている。

 僕が時々ネセロスと話す時のように、ユキにも精神世界があるのだろうか?もしあるのなら、そこでなら話ができるかもしれない。僕は部屋からコードを持ってくると、ユキの頭からそっとカチューシャを外し、僕のブレスレットとコードで繋いだ。

「コタロー、何するの?」

「できるかわからないけど、ちょっとユキの頭の中に入ってみる。僕も眠ったようになるけど、起きるまで起こさなくていいからな。」

「わかった。」

 心配そうにユキを見つめるシロとファー。僕はゆっくりと目を瞑り、ユキの頭の中へ入っていくのをイメージする。

 真っ暗な世界だ。精神世界と言うのは真っ暗なものなのだろうか。うまく入れているのかさえわからないが、ここがユキの精神世界なら、どこかにユキがいるはずだ。

(コタロー、よく思いついたな。直接ユキの頭の中に入るなんて。)

 いつの間にかネセロスが隣にいた。

(ネセロス、うまくいくと思うか?)

 そう言うと、ネセロスはまっすぐ前を指差す。その方向には小さな人影があった。ユキはもともと小柄だが、もっと小柄の幼い少女がそこにいた。

「私が属性を預けたころのユキだな。」

 と言うことは10歳のユキか。ゆっくりとユキの方へ近づくが、見えない壁に阻まれて進むことができなかった。暗い中幼いユキが座っている。

「ユキ!」

 大きな声で読んでみるが、聞こえないようだし、僕たちのことは見えていないようだ。壁を叩いても音はしない。僕らの存在がユキに辿り着けないのは、ユキの意識の中に僕らは入って来ないという認識があるからなのか?それとも僕らが近づくことを拒絶しているのだろうか。

 ネセロスは見えない壁に触り、辺りを見回している。この壁はどこまで続いているのだろう。僕も壁に触りながら少し歩いてみるが、どうもユキの周囲にこの見えない壁はあるようで、上からも下からもユキに近づくことができない。何とか僕らのことを認識させられればここに入れる気がするのだが……。

「コタロー、嫌な感じがする。この壁はユキが作っているものではないかもしれない。誰かが故意にユキに近づかないようにさせているような、そんな感じがする。」

 どういうことだ?誰かがユキの精神世界に何かしているということか?一体誰が、なぜ?

 そう言えば、サワ先生がだいぶ前からユキのデータに動きが無いと言っていた。この壁がデータの妨害もしているのだろうか。

「そう言うことならなおさらユキを元に戻さないといけないな。この空間からユキを出してあげないと。」

 だが、どうやってもこの壁の中に入れない。

「ユキ!」

 もう一度読んでみるが、座り込んだ少女は何の反応もしない。

 その時、ユキの近くに近づく人物がいた。

「僕だ」

「私だ」

 そう。それは僕でありネセロスであった、当時高校生の橋崎虎太郎だ。真っ暗だった場所はいつの間にか砂浜へと変わっていた。

 何か話をしているが、何を話しているのかは聞こえない。




「せつかちゃんちって、お父さんもお母さんもおしごといそがしくてほとんど会えないんでしょ?」

「えー、かわいそう。さみしいね。」

「じゃあまた明日学校でね。」

「……うん。ばいばい。」

 夕方になると、いっしょに遊んでいたお友達はみんな家に帰っていく。お父さんやお母さんがしんぱいして待っていてくれて、いっしょにおふろに入ったり、ごはんを食べたりするのだろうなぁ。私は家に帰ってもだれもいない。お父さんもお母さんもしごとがいそがしくて、ほとんど会えないんだ。夜おそくに帰ってきて、朝早く出て行ってしまう。でも、レンジであたためれば食べられるごはんを用意してくれているから、おなかがすいたらそれを食べている。きちんとおふろも入るし、ごはんもあるし、ふとんもある。ずっと一人で家にいるのがあたり前だった。でもひとりぼっちの家はきらい。むねがきゅっとなる。だから、家にどうしても帰りたくないときはこの浜辺に来た。人がたくさんいるところにいると、おまわりさんが来て、お父さんかお母さんに連絡されちゃうんだ。この浜辺は立ち入り禁止なんだけど、岩場の方から行くと入れる。だれも入ってこなくて、波の音だけが聞こえる。むねがきゅってならないように、しずかな波の音が私のこころをあったかくしてくれる。

 ……かわいそう。さみしいね……

 むねがきゅってなるのはさみしいからなのかな。私ってかわいそうな子なのかな。座りながら波の音を静かに聞いていた。

「ねえ、君名前は?」

 ここは人が入ってはいけない場所なのに、この人はだれなんだろう?私おこられるのかな?その人はおじさんでもないし、作業服も着ていなくて、どこかの学校の制服を着たお兄さんだった。この人はここに入っても良い人なのだろうか。

「私は、ましろせつか。お兄さんはだれ?私おこられるの?おまわりさんよんじゃう?」

「怒らないしお巡りさんも呼ばないよ。君にお願いがあるんだ。」

 お兄さんはやさしかった。さいしょはおこられるかと思ったけど、すぐに仲良くなれて、ひとりぼっちじゃなくなった。お兄さんはこまっているみたいだった。たすけてあげたいと思った。

「君……あるんだ。」

 え?なに?何て言ったの?私はお兄さんの顔を見上げるが、暗いし影になっていてはっきりと表情がわからなかった。

「君……あるんだ。」

 そう。確かこの時『預けたい』って言われたんだ。でも、顔がよく見えなくて表情がよくわからない。優しいお兄さん、困った顔をしているの?

「君の……たいんだ。」

 え?よく聞こえない。言われた言葉は『君に属性を預けたい』じゃなかった?

「君の体を乗っ取りたいんだ。」

 その時はっきりと顔が見えた。にやりと薄気味悪い笑みを浮かべたその表情は、今まで見たことのない不気味な顔だった。

 ちがう。これは私の記憶じゃない。私が覚えている記憶じゃない。

 私は恐ろしくなり走って逃げた。

「嫌だ!来るな!」



 小さなユキが急に走り出した。それを高校生の僕がゆっくりと追いかけている。

「ネセロス、なんかユキが逃げているように見えるけど?お前、嫌がるユキに無理矢理属性を預けたのか?」

「違う。あれは当時の私ではない。なんかおかしい。ユキの記憶ではなさそうだ。」

 僕は咄嗟に追われて逃げるユキを追いかけたが、ユキの周りには透明な壁があり、一定の距離以上は近づけない。

「まずいな。もしかしたらザクスの仕業かもしれない。」

 ザクスがユキを追いかけているのか?まさか、体を乗っ取ろうとしている?


 いやだ。あれは誰だ。助けて。だれか助けて。走って逃げているつもりなのに歩いているあいつに追いつかれる。いやだ。つかまりたくない!

「助けて!コタロー!助けて!」


 !

 今、僕を呼んだ声が聞こえた。ユキが助けを求めている。

「ネセロス!ユキが僕を呼んだ!何としても、この壁をぶち破るぞ!」

 僕は透明の壁を思いっきり叩く。弾かれるが無理やり拳をめり込ませる。めり込んだ拳の部分から無理やり壁をこじ開ける。

「ユキ!ユキ!聞こえるか?僕の名前を呼べ!」


「助けて!助けてコタロー!」


 穴が開き奥まで手が入った。僕は穴を大きく開いた。これで中に入れる!

 僕はユキの元へ、ネセロスはユキを追いかけまわす僕の元へ飛んで行く。

「ユキ、しっかりしろ。助けに来たぞ。」

 僕は幼いユキを背後に隠した。ネセロスはあいつに飛び掛かり、高校生の僕は吹っ飛ばされた。

「コ、コタロー?コタローが二人?」

 そう呼ばれ振り向くと幼いユキの姿はなく、いつもの大人の姿のユキがいた。

「そう。助けに来たよ。僕とネセロスだ。ユキ、あいつがなんだかわかるか?」

 ユキは首を横に振った。

「私の記憶の中のコタローじゃない。さっき、『君の体を乗っ取らせてくれ』って言われた。」

「やはりな。これはザクスの意思か。」

「ユキ、いいか。現実のユキはこの前の戦闘以来ほとんど意思がない。目が覚めてもどこを見ているのかわからないし、問いかけに対しても何の返事もない。そんな状態なのはおそらくこいつのせいだ。こいつがユキの意識に入っているせいで、現実世界のユキがおかしくなっている。こいつ、倒していいか?」

 ユキは静かに頷いた。人の意識の中で魔法を使えるのだろうか。使えたとして、暴れたり意識の中に出て来る人物を攻撃してもユキの精神は平気なものなのだろうか。しかし、すべての元凶はあいつであり、このままあいつがユキの意識に存在していれば、おそらくユキは乗っ取られる。あれは残しておくべきではない。

「ネセロス、やるぞ。」

「ああ、わかった。」

 僕たちは同時に攻撃を仕掛ける。ユキの精神世界では僕もネセロスも同時に魔法が使えた。ずっと一緒にいたんだ。お互いが何を考えているのかはよくわかる。僕が魔法を使えば、逃げた先でネセロスが待ち構えている。敵に逃げる場所なんてない。すぐさま敵は追い詰められた。

「もう終わりだ。消えてなくなれ。」

 僕が炎の魔法でそいつを殴ろうとすると、そいつは不敵な笑みを浮かべた。

「私は無くならない……」

 僕の炎魔法は不発に終わった。そいつは殴られる前にすっと消えてしまった。

「逃げられたのか?」

「わからない。とりあえずここにはいなくなったが、まだユキの中に潜んでいる可能性がある。懸念していた通り、ユキはザクスに狙われている。今以上に注意が必要だ。」

 今はもうどこに行ったのかわからない。追うこともできない。

「じゃあ、僕たちは先に外に出る。ユキもここから出て、現実世界で起きなくてはいけない。色々あったから、ゆっくりでいいからな。」

「うん。ありがとう。コタロー。」


 僕たちは一足先にユキの精神世界から出てきた。

 むくっと起き上がり、コードを抜いた。

「コタロー、うまくいったの?」

「ああ、そうだな。ユキは大丈夫だ。もう少ししたら起きるだろうから、シロとファーは見ていてやってくれ。」

 そう言うと、僕は少し厳しい顔をして自分の部屋へ戻った。

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