歌の後で
本部に戻ると、地上はパニックを起こしていた。シャルの歌の間、インターネットや携帯電話、テレビ、ラジオなど電波を利用するものは全て使えない状態だった。それだけでもパニックになるのに、電波が復活する頃には各地で化け物が暴れ始めた。各地でアンノウンが現れたため、各支部の戦士たちは総出で対応しているようだ。僕は急いでサーバールームに行く。サーバーを見る限りは、属性バランス崩壊による死亡者は現状38名、アンノウン化は現時点で124体だ。結構な被害だが、属性供給している人数は500万人くらいいたはずだから、よく耐えている方か。サーバールームのアラームが鳴り続けている。急いで各地で暴れているアンノウンをどうにかしないと。被害が拡大してしまう。
「ユキ!各支部に指示を……」
ユキはうつむいたまま自ら動こうとしない。ダメか。木村さんがいなくなったから政府の対応はユキに頼るしかないのだが、まあ、あいつらのことはどうでもいい。とりあえず現状をどうにかしなくてはいけない。
「エーワンメンバー、全員バラバラで動きます。それぞれ現場に赴き、支部の人たちで対応できないレベルのアンノウンを中心に対応してきてください。中にはシュウ君のようなタイプもいるかもしれないので、その場合は連れて帰ってきてください。会話ができるのは我々だけです。一人で対応できないレベルのアンノウンがいた場合は連絡を。」
僕はメンバーをそれぞれの支部にゲートで送った。僕も出動しなくては。とりあえず、ユキは僕の部屋に連れて行き、ソファーで休ませた。しばらく戦闘は無理だな。
(シュウ君、ユキのこと見ていてくれるかい?)
(うん。大丈夫だよ。何かあったら連絡するね。)
僕はシュウ君の頭を軽く撫でて、近場のアンノウンの元へ飛び立った。現場は東京本部の戦士が対応しているが、なかなか苦戦しているようだ。あまりに突然アンノウン化した上、テレビや携帯電話などの連絡手段が使えなかったので住民の避難ができていない。僕は近くにいる人たちをとりあえず安全な場所までゲートで移動させた。黒い円の中に入ることにみんな躊躇したが、時間がないので押し込んだ。そうして、街の人を避難させてからアンノウンを倒した。1体終了。戦士たちはだいぶ疲れている。
「まだ戦えますか?東京はアンノウンの出現率が高い。できれば他の戦士の所へ応援に行ってもらいたい。」
「四本ラインの方……。お助けくださりありがとうございます。まだ、戦えます。次の場所へ向かいます。」
「ありがとう。僕たちも次の場所へ向かうから、無理しないでね。」
彼らには、近くのあまり力の無さそうなアンノウンをお願いした。僕は強い力を感じるところへ飛んで行く。
2体目。これはかなり大きいな。人喰いアンノウンくらいのサイズがあるかもしれない。対応している戦士は2名か。だいぶ苦戦しているな。
「二人は住民の避難を優先して。僕があいつの相手をする。」
「よ、四本ライン!あ、ありがとうございます。」
二人は住民の避難を開始した。人がいては大きな魔法が使えない。しかし、このアンノウン、よく暴れるなぁ。
(シロ、ストップをかけようと思うが、すごく小さなエリアでアンノウンの周りだけストップってできるか?)
(やってみる!)
シロがストップをかけると、うまい具合にアンノウンだけ止まった。広域でストップをかけるのも難しいが、こんな細かく魔法を使えるようになったんだな。
「みなさん、今のうちに避難してください。あなたたち二人も避難して。」
「私たちもですか?我々は戦います!」
正直、大きな魔法を使うのに戦士も邪魔だ。
「避難をしてください。住民と一緒になるべく遠くに離れて。」
回りに人がいなくなったのを確認して、ストップを解除する。
「ファー、爆炎魔法発動。」
みんなにわかるようにアンノウンの下に魔法陣を描く。久しぶりだな。魔法って感じがする。
爆炎魔法はアンノウンと一緒に周りの建物も一気に焼き尽くした。アンノウンは暴れるだけだが、それだけでも人を殺してしまう。残された者にとっては、自分の家族なり知り合いがアンノウンになって加害者となってしまったのか、偶然その場にいて被害に遭ってしまったのかわからない方がいいだろう。証拠がなければ行方不明で済まされる。それに、あのアンノウンはおそらくこの辺りに住んでいた人だ。住まいも、思い出の品も残された者にとってはつらいものだ。無い方がいい。
……これから壊滅するのにな……
ファズの言葉が思い返される。こうなるのがわかっていたんだな。この事態が起きれば僕たちは対応せざるを得ない。
今のところ、シュウ君のような人格を持ったアンノウンはいない。シュウ君は特別なのだろうか?そう言えば、属性の提供が止まってもシュウ君の属性は暴走しなかったな。それにしても、属性バランスが崩れただけで、こんなに一気にアンノウン化するものなのか?あの歌には電波の遮断以外にも何か効果があるのだろうか?
今はそんなことを考えている場合ではない。次のアンノウンの場所へ行かなくては。
(ここは……)
初めてユキに会った場所だ。ユキが車に轢かれそうになって思わずストップをかけてしまった。そのあと一緒に入った喫茶店がある。喫茶店の近くで中サイズのアンノウンが暴れている。こちらも2名の戦士が魔法で対応している。住民の避難は終わっているようだし、このまま任せていても大丈夫だろう。
思い出なんて無い方がいい。思い返しても辛いだけだから。そう思っていた。今でもそう思っている。だから壊した。だけど、この場所が壊れるのは少し寂しい気がする。何だろうな。思い出というほどのものは無いのに。そうこう考えているうちに、二人の戦士は中型のアンノウンを倒した。
(コタロー君、九州・沖縄支部のアンノウンは終わったから、フクの方手伝いに行くね。)
ラクさんからの連絡だ。
(ラクさん、フクさんはたぶん大丈夫だから東京手伝って!アンノウンの数が多いんだ。今迎えに行きます。)
僕はラクさんの元へゲートを開き、東京本部に戻した。
「ラクさん、近場からアンノウン徹底的にやっちゃって。」
「オッケー」
ラクさんはすぐに応援に向かってくれた。
(コタロー君、俺の所もういないみたいだから合流するよ。)
(紗奈さんは銀次さんのフォローに行って。銀次さん遠隔攻撃だから住民の避難が終わっていないと狙いづらいんだ。手伝ってあげて。)
僕はゲートで紗奈さんの元へ行き、すぐに銀次さんへのゲートを開いて、紗奈さんの右腕を掴むと、銀次さん行きのゲートにポイッと投げ入れた。
「おわわっ!ちょっと!コタロー君、俺の扱い雑じゃない?」
紗奈さんはゲートに吸い込まれていった。
(コタロー君、俺の所もいなくなった。本部戻るよ。)
(じゃあ、フクさんはラクさんと合流で。東京は数が多いから、戦士たちも相当疲れているんだ。サポートお願い。)
紗奈さんを迎えに行った足で、僕はフクさんの元へゲートで移動し、すぐさまラクさんへのゲートを開く。
「ありがと、コタロー君。」
そう言ってフクさんはすぐにゲートに入って行った。
明け方にはすべてのアンノウンを倒すことができ、全員本部に戻ってきた。倒したアンノウンの数は124体。サーバーで確認した数と同じだ。電波が戻ってからアンノウン化はなかった。死者は、アンノウンの被害者も含め382名。多くの人が亡くなった。
我々エーワンメンバーも全員会議室に戻ってきた。
「コタロー君、お疲れ。」
「みなさん、お疲れさまでした。」
「コタロー君、指示出しありがとう。すぐ対応できたね。」
さすがにみんな疲れ切った表情をしている。
「ユキがあんな状態だし、色々話したいこともありますが、僕たちもひとまず休みましょう。」
「ああ……そうだねぇ……。」
何だろう、みんながっかりしている顔だな。疲れているから休みましょう、という意味で言ったのに嫌だったかな。
「え?どうしました?フクさん。」
「いやね、指示出ししてくれていた時、コタロー君敬語使わなかったから、また敬語に戻っちゃったなって。」
敬語?ああ、ちょっと忙しかったから気にしてなかったな。そう言えば、敬語使ってなかったかも。
「ああ、すみません。僕ちょっとテンパっていたみたいで。」
「いやいや、いいんだよ。またちょっと仲良くなった気がしてうれしかったんだ。……敬語使わなくていいんだよ。」
そう言われても、無意識で敬語が出ちゃうから意識して敬語を使わないようにするのは難しいんだよな。
「……善処します。」
僕たちは一旦解散して、それぞれ部屋に戻った。部屋に戻ると、ソファーで寝ているユキを見守りながらシュウ君が一緒に寝ていた。僕はそっとシュウ君とユキに毛布を掛けた。
(僕らも休もう。)
僕とシロ、クロ、ファーは順番にお風呂に入った。先に入ったシロとファーは、僕とクロがお風呂を終える頃にはもう眠っていた。さすがにみんな疲れたな。
僕も布団に入ると、すっと眠りについた。
(……タロー……コタロー……)
なんだ?疲れているんだよ。起こさないでくれ。
重い瞼を開けると、そこは真っ黒の世界だった。ああ、呼んでいたのはネセロスか。
この空間は、立っているのか浮いているのか、どちらが上でどちらが下なのかわからない真っ黒い世界だ。そこにいたのは、もう一人の僕だった。
(コタロー、呼び出してすまない。)
(いや、別にいい。ずっと静かだったのに、力が戻ってきたのか?)
(完全に戻ってはいないが、コタローが福島に通っていたおかげで、多少力は付いてきた。)
(それで?何か言いたいことがあるんだろ?)
初めてこの空間に呼び出されたときは、強烈なプレッシャーを感じて、顔すら上げられなかった。今は王としての威厳は残っているが、普通に話せるようになった。とは言え、自分と同じ姿の人と話をするのは変な感じだ。
(先ほどはすまなかった。表に出るつもりはなかったが、楔那の姿を見たら抑えられなくなった。)
(いつも冷静な王が、そんなに動揺したら民が困るだろ。)
(……もう私は王の資格などない。落ちぶれた弟に振り回されるただの兄だ。)
いつになく弱気だな。こんなネセロスの姿を見ることになるとは。母の存在はそんなにもネセロスにとって大事なものなのか。
(ネセロス。僕は母の記憶がない。あの姿を見ても何も感じない。シャルがまた攻撃してきたら僕は迷わず反撃する。)
(……そうだな。それが正しい。もうあれは楔那ではない。そうだとわかっていても、守れなかった後悔の念に駆られる。彼女は私のために自らを犠牲にしてくれたのに。私は自分だけ守ったのだ。その後も、彼女がいないことをすぐに認め、諦め、自分が力を取り戻すことだけ考えていた。まさか、弟の手に渡っていたことも知らずにな。)
一人の町医者が身ごもり、その相手を誰にも言わなかったことで、町民に不審に思われたり、両親や親戚に相当きついことを言われたという話は、福島に調査に行ったときに聞いていた。だが、それでも街の人の反応はみんな「良い医者」だった。「犠牲」というほどのことだろうか?それに、ネセロスはまだ生まれて間もなかった僕の中にいたんだ。何もできなくて当たり前だろう。
(母が亡くなったのは仕方のないことだ。あの地震では多くの人が亡くなった。僕はまだ赤ん坊だったのだから何もできなくて当たり前だ。そんなに責任を感じることではないだろう?)
(そうだな。タイミングが悪かった。もう少し成長していれば何とか出来ていたかもしれない。それもまた悔しいのだ。)
少し寂しそうな、悲しそうな顔をしている自分の顔を見ていると、僕でもこんな表情ができるのだなと感心してしまう。悲しいことも楽しいこともほとんど無い、何も無いのが僕の人生だった。こんな顔をしたことあったかな。
(楔那の件は、私が自分の気持ちにケリをつけなければならない。今回呼び出したのは、勝手に表に出てしまったことを謝罪したかったのもあるが、他にも話しておきたいことがあったのだ。)
(話しておきたいこと?)
(一つは、ユキに関してだ。)
(ユキはショックが大きくて今は戦えない。ネセロスは木村さんがファズだってわかっていたのか?)
(いや、あいつは完全に気配を消していた。少なくとも『木村琉之介』と言う人物は存在していたから、気配はずっと『木村琉之介』のものだった。うまくやっていたな。)
(存在していた?過去形?)
(そうだな。楔那と同じで、原因はわからないが『木村琉之介』は命を落としている。そこに程よくファズが入ったのだろう。いつ、どこで『木村琉之介』が命を落とすのかわかっていれば、繰り返す度に体を乗っ取ることが可能だ。)
そうだったのか。木村さん本人はすでに……。
(あいつらは、生きている人間の体を乗っ取ることもできるのか?)
(やってみたことはないが、中に入っても本人の意思が強ければ何かしらの異変が起こるだろう。完全に乗っ取るのは難しい。だが……)
(……だが?)
(今のユキの状態はまずいかもしれない。元々あいつはザクスに体を狙われていた。ザクスの持つ属性に加え、私の属性を託したユキが乗っ取られれば、最強の敵が出来上がってしまう。)
(それはユキも心配していたが、ユキの中の属性がそれを許さないんじゃないか?)
(普通ならな。だが、今ユキはこれまで信用していたものを失い、精神的にかなりのダメージを受けている。その状態では、体内の属性もうまく操れない。守護としては役に立たないだろう。もしかしたら、今回ファズが正体を明かしたのも、それと同時にシャルが復活したのもユキの体を手に入れるためなのかもしれない。)
では、今体を乗っ取られたらユキの意思に関係なく乗っ取られ、魔法も使い放題になってしまうということか。
(意地でも敵の手に渡すわけには行かないな。)
(そう。ユキを絶対に敵から守ってほしい。それが一つ。もう一つは……)
ネセロスは僕に近づくと、耳元でぼそぼそと話し始めた。
(わかった。やってみるよ。)
僕はネセロスにそう返した。
(ひとまず休めコタロー。ではな。)
すれ違いざまに僕の肩を叩くと、ネセロスは消えていた。僕の意識も遠ざかり、深い眠りについた。
トントン
「コタロー、そろそろ昼なんだけど、起きられる?みんな来ているよ?」
シロの声で目が覚める。相変わらず僕とクロは寝坊だ。
「……ああ、今行く。」
僕とクロは、ごそごそと着替え、寝ぼけた顔で居間へ向かった。
「おはよう。コタロー君」
「もう昼近いけどね。」
「俺たちもゆっくり休んだよ。体は大丈夫?」
「コタロー君、寝ぐせすごいね。クロ君も。せっかくのイケメンが……。」
いつも通りのメンバーだ。ユキは寝ているのか起きているのかわからないが、ソファーで横になっている。シュウ君がずっと傍にいてくれている。
「みなさん、おはようごぼ……」
挨拶の途中でフクさんに手で口を塞がれた。ああ、そういうことか。僕はそっとフクさんの手を外した。
「お、おはよう。」
「「「おはよう。」」」
いきなり敬語を辞めるのはちょっと恥ずかしい。僕はすこし俯きながら、テーブルを囲むように座っているみんなの輪に入った。
僕はぐるりとみんなの顔を見た。色々あったけど、みんなが無事でよかった。




