シャル復活
「どうしてわかった?虎太郎君。」
「スパイがいるとわかった時に、僕のことを知るエーワンメンバーには『ゲート』の持ち主をそれぞれ違う支部に所属していると報告した。『ゲート』はこちらにとってもお前たち敵にとっても便利な魔法だ。手に入れたがると思った。結果襲われたのは支部じゃない、ユーリ本人だけだった。『ゲート』の持ち主が彼女であることは東北支部の人と、あなた、木村さんしか知らないんですよ。加え、東北支部の人は僕の顔を知らない。名乗っていないのにクトは僕の顔を見て「コタロー」と呼んだ。敵には僕の顔がバレている。ユーリのことと僕の顔と両方知っているのは木村さん、あなただけです。」
「でも、なんで?琉ちゃんは私たちの力になってくれて、人間側の味方じゃなかったの?」
「そもそも、『木村琉之介』という人物はユキに会った時から中身はファズだ。それはユキの記憶を見て確信した。ユキがリバースで戻る瞬間、木村さんはいつも近くにいた。ファズ、お前もずっと繰り返していたんだろう?ユキと一緒に。」
「そこまでわかっているのか。そうだな。雪華君と、この『木村琉之介』が出会ったのは6回目だ。雪華君があまりにあっさりやられてしまうから、私もどうすればいいか悩んだよ。6回目に日本政府と繋がっているこの『木村琉之介』という体を手に入れてね。それからは少しずつ雪華君も周りの力を借りて強くなっていった。しかし結局これまで倒せたこと無かったな。全く、がっかりだよ。こんなに何度も協力しているのにその程度までしか強くならないんだ。」
「お前、ザクスを復活させたいのか?倒してほしいように聞こえるけど。」
「もちろん、私の目的はザクス様の復活だよ。だけどね、今までのザクス様……あの海から出て来る化け物はザクス様じゃない。だから雪華君がやられてやり直せてちょうど良かったんだよ。」
「ちょうど良かった?あれがザクスじゃないってどういうこと?あの化け物を倒すために私は何回もやり直していたんじゃないの?」
「違うんだよ、雪華君。あの化け物は確かにザクス様の魂が入っているが、ザクス様はもっと美しく高貴なお方だ。あんな馬鹿みたいに大きい化け物じゃない。意識もないただ暴れるだけの怪物に成り果てたザクス様なんていらない。今までの復活は失敗だったんだよ。」
「しっぱい?」
「そう。だから雪華君がやられてやり直して、それに俺も付いていく。それでまたザクス様の復活を手助けする。今回やっと違うパターンになったね。」
「わ、私は琉ちゃんに利用されていた?」
残念だがそう言うことになる。ユキの動揺が激しいな。ユキは木村琉之介に出会ってから今までずっと騙されて利用されていた。信頼を置いていた人物だ。動揺しても仕方ない。
「全てはザクス復活の為か。ユキを騙し、僕がリバースする時にちゃっかりくっついて過去に戻って、自分の都合の良いパターンになるまでやり直す。随分だな、木村さん。」
「ははっ。俺はこれでも君たちを強くするために尽力してきたんだよ。少しは感謝してもらいたいよ。虎太郎君が覚醒できたのも俺のおかげだろう。なあ、雪華君。」
「……」
ユキはもう声すら出なくなっていた。これはもう撤退をするしかないか。
(みんな下がって。撤退しよう。)
僕はユキの手を取り、後ろに下がった。ユキの足取りはフラフラで、顔を上げることもできない。
「なんだ、もう帰るのか。昨日、東京は『復興祭』だったか?これから壊滅するのにな。笑える。」
さっきまで『木村琉之介』だった人物は、これまでに見たこともない冷たい目をして気味の悪い笑みを浮かべている。まるで別人だ。
「今日は我らがシャルの復活祭だ。そこにちょうど君たちが来てくれた。幸運なことだ。ぜひ君たちも参加してくれ。」
ファズはフワッと飛び、灯りに照らされていない部屋の奥へ行った。暗闇には、横長の台があるのがうっすらと見える。その台の上に向かって静かにファズが話しかける。
「さあ、シャル。起きる時間だよ。」
(シャル?)
ぶわっと黒い靄が発生し、目の前が見えなくなる。光の魔法で打ち消そうとしたが、黒い靄はすぐにファズの元へ集まり、台の上にある「何か」に吸収されていった。ファズの魔力を注ぎ込んでいるようだ。何だ?あそこに何があるんだ?
黒い靄が収まると、台の上の何かがゆっくりと起き上がった。人の形をしているように見える。僕はゆっくりと光の魔法でその人物を照らした。上半身が起き上がったその姿は、髪の長い女性だった。
うぐっ!
猛烈な胸の痛みに襲われ、僕はその場でうずくまった。
「だ、大丈夫?コタロー君!」
すぐにフクさんが駆け寄ってくれた。この痛みは何だ?物理的な攻撃を受けているわけではない。強烈な感情?これは、怒り?
「……俺、あの人知っている。フク、見て。」
ラクさんに言われ、僕を支えながらフクさんが確認する。
「あ、俺も見たことある。確か……福島で……コタロー君の出生を調べている時に……」
「そう、写真で見た。あの人はコタロー君のお母さんそっくりだ。」
「ぐあっ」
また胸が締め付けられる。苦しくて意識が飛びそうだ。僕の母親?でも、津波で流されて……行方不明で……。
「どう?虎太郎君。君のお母さんだよ。君を産んだお母さんだ。」
ファズがそう言った瞬間に僕の周りに突風が起こり、僕を支えていたフクさんが飛ばされた。突風の発生と同時に、僕はファズの元へ瞬時に移動し、右手でファズの首を絞めていた。
「なぜ貴様が楔那の体を持っている?」
僕は精神の奥に追いやられた。今表に出ているのはネセロスだ。胸の痛みはネセロスの怒りだ。相当怒っている。
「やあ、これはこれは、ネセロス王。お久しぶりです。」
首を絞められているにも関わらず、ファズは平然と話をしている。今のネセロスの魔力に比べるとファズの魔力の方がはるかに上なのだろう。絞められたネセロスの右手を軽く払うと、闇魔法で吹き飛ばした。
吹き飛ばされた僕を守るようにみんなが僕の前に立つ。
「今どっち?コタロー君?」
突然僕が攻撃を仕掛けたような形になっていたが、ファズの言葉でみんなネセロスが表に出てきたことを理解してくれていた。「臨機応変で。」たったその一言で片づけてしまうのがもったいないくらい、みんな状況を理解してくれている。
「……いや、私だ。ネセロスだ。」
「で、どうするの?戦うの?あれ、コタロー君のお母さんなんでしょ?」
「……なぜ楔那なんだ。」
「ちょっと、王さま、大丈夫?」
ネセロスはまっすぐシャルを見つめる。その姿は楔那そのものだった。津波で流されてしまった彼女がなぜここに?
「不思議そうな顔をしていらっしゃいますね、ネセロス王。そうですよ、彼女は虎太郎君の母君だ。あの日、津波で流されて亡くなりましたが、幸か不幸かその体はザクス様の元までたどり着いてね、ザクス様がずっと保管していたんですよ。貴方の臭いが強烈についたこの体、貴方のお気に入りのこの体で、貴方に復讐できる日をずっと、ずっと待っていたんですよ。そして、貴方は海底のザクス様の様子を見に行きましたね。その時に貴方の気配に呼応して、ザクス様はこの体を私の元へ運んでくださいました。」
ロザが海底から出てきた時に、一緒に楔那の体も地上に出てきていたということか。ロザばかり気にしていたから、ロザ以外にも海底から出てきていたことに気付かなかった。
「ほら、会いたかったでしょ?突然いなくなってしまった楔那、貴方は自分……虎太郎君を守ることに必死で、楔那を守れなかった。貴方はシャルを攻撃できない。だって、これは楔那だから。貴方が唯一愛した楔那だから。」
僕の体が小刻みに震えているのがわかる。僕はクトと戦った時に怒りを覚えたが、その時の怒りの比ではない。この精神の世界も、怒りと動揺で満ち溢れ、今にも弾けて壊れそうだ。ネセロスの今の魔力ではファズには勝てない。本人もわかっているのだろう。飛び掛かっていくのを何とかこらえている感じがする。
(ネセロス、ネセロス!)
ネセロスに呼びかけるが、反応はない。今ここで戦闘になるのはまずい。眠ってしまったユーリやシュウ君を巻き込んでしまう。どうしたらいいんだ?どうしたらネセロスを止められる?
「だめじゃない、クト。またふざけて。手加減しているの?」
目覚めたシャルが台から下りて立ち上がると、ファズはシャルが横になっていた時に掛けられていた白い布を体に巻き付けた。青白い肌に白い布、裸足のその姿は、神話に出て来る女神のようだった。シャルはゆっくりとクトに近づき、絡まった植物を外していく。まるでいたずら好きの子供をしかっているようなその言葉は、一見優しい母の言葉のようであったが、表情は冷たく、その言葉に感情がこもっているとは思えなかった。
「あ、ああ、シャル。おはよう。今日も綺麗だね。」
いつも調子に乗っているクトが動揺している。怯えているようにも見える。そこまでシャルとクトでは力に差があるのか?
クトを植物から救出すると、その冷たい表情は、今度は僕、いや、ネセロスに向けられる。
「王よ。今ここに私シャルが復活いたしました。幾億年の時を経て、ザクス様のもと、貴方に復讐を果たしましょう。」
「……楔那……」
声も楔那そのものだ。まさか、ここで楔那が出て来るとは。こうして敵の手に渡り、敵の魂を入れられ中身はもう楔那ではないのに、楔那が利用されていることにとてつもない怒りを覚えているのに、その姿が懐かしい。ずっと会いたかった。助けられなくてすまなかったと謝りたかった。
シャルが右手を上げると、眠っているはずのユーリが立ち上がる。やはりシャルの属性はクトと同じで人を操れるようだ。眠っていても操れるのか。
そして、ゲートが開かれる。
「シャル、彼らも誘ってあげて。今日は君の復活祭だよ。聞かせてあげてよ、君の歌。」
ファズがそう言うと、僕らの下にもゲートが開かれ、僕らはゲートに落ちていく。
放り出されたのは、どこかの空。僕らは浮力の魔法で体制を立て直す。浮力の使えないシュウ君はファーとシロで支えている。
敵はどこにいる?ファズは?シャルは?ユーリは?
辺りを見回すと、すぐ近くに見慣れた建築物がある。あれは、スカイツリー。と言うことは、ここは東京か?
スカイツリーの展望デッキの上にある展望回廊、その上のアンテナのふもとに、人影を見つけた。ファズにシャル、ロザにクト、奥でユーリが倒れている。白い布を纏ったシャルは大きく手を広げ、歌い出す。
その歌声は、彼女を中心に衝撃波となり東京の上空に広がっていく。
耳を塞いでも頭の中に響く歌声。音楽を大音量で流されている感じで頭がおかしくなりそうだ。
(まずいな。今の東京でこれをやられてしまうと……)
……ロス!……ネセロス!
(コタローか。そろそろ私も限界だな。すまないコタロー。勝手をやってしまった。……あとは、頼む。)
精神世界に戻ってきた僕の姿のネセロスとすれ違う。ゆっくりと目を閉じ、再び目を開けると、目の前でシャルが歌を歌っている。意識が体に戻ってきた。すれ違いざまにネセロスは僕に一言言った。
「あの歌は電波を遮断する。どうなるかわかるな。」
電波の遮断、つまり、今歌が届いているエリアのネット回線が遮断されるということだ。東京には本部がある。本部にはサーバーがある。サーバーは全国の『ウェポンマスター』プレーヤーの属性バランスを保つようインターネット回線を通じて属性を送り続けている。ブレスレットの回線が遮断されれば、属性バランスを保てない人はみんな死ぬかアンノウンになってしまう。
「シロ!すぐにシャルを打て!」
「えっ?コタロー?戻った?」
「そう、コタローだ。シロ、急げ!」
「わかった。」
シロは、背中に背負っていた箱から武器を取り出す。それは、僕が作成したスナイパーライフルだ。構造はモデルガンと一緒だが、銃弾は、光の球の圧縮と同じ方法で僕の魔法を詰めて作ってある。鉄で作られた弾は2層になっていて、銃を打つと弾後方の金属が破ける。それと同時に風魔法が発動し、弾は高速で飛んで行く。的にぶつかると、先端の金属が壊れ、圧縮された魔法が一気に弾け爆発する。スナイパーライフルでありながら散弾銃のような強さとなる。
シロは空中にもかかわらず、手際よくスナイパーライフルを組み立て、シャルに向けて構える。
それに気づいたロザとクトがこちらに向かって飛んできた。ロザの相手はフクさんとラクさん、クトの相手は紗奈さんと銀次さんが行う。狭い室内とは違って、空中なら思いっきり戦える。精霊たちも具現化するが、戦いやすいのは向こうも同じだ。ロザが思いっきり光魔法を使ってくるし、クトもファズに借りたであろう闇魔法を仕掛けてくる。こちらは地上に被害が出ないように、敵の攻撃を打ち消しながら戦わなくてはいけない。精霊合わせて1人に対して6人で挑んでいるのに、なかなか手強い。
ユキは相変わらず動けない。とにかく、シャルの歌を止めなくては。
「クロ、ユキを頼む。」
「わかった。」
クロにユキを預け、僕はファズに向かって飛んで行く。ファズにシロの弾道の邪魔をさせるわけには行かない。
ファズはにやけた顔でこちらを見て、特に構える様子もなく僕が攻撃するのを待っている。余裕だな!
ファズに対抗するには光属性を使うしかない。しかし、派手に魔法を使えばスカイツリーが壊れる。また接近戦か。右手の拳に光属性を纏って殴りに行くが、案の定さらりと躱される。
「虎太郎君、潔いね。さっきまで仲間だったのに、そんなに思いっきり殴ってくるなんて。」
「うるさい。散々僕らを利用して、何が仲間だ!」
「それに、お母さんにも会わせてあげられたじゃない。喜んでもらえると思ったんだけど。」
いくら殴っても躱される。もっと接近戦の練習をしておけばよかった。魔法でスピードを上げても一発も当てられない。でも、シロが打つまでの時間を稼げれば……。
(コタロー)
(どうした?シロ?早く打ってくれ。)
(で、でも、お母さんなんでしょ?)
(そんなことはどうでもいいんだ。早く止めないと人が大量に死ぬ!)
(わ、わかった。)
ダーン!
シロが打った弾はまっすぐにシャルに向かって飛んで行く。しかし、シャルに当たる寸前で黒い靄が銃弾を止める。
ダメか!
それと同時に、僕の作った銃弾と同じ形のものが空中に出現し、エーワンメンバーに向かって大量に発射された。
「あんな遠くからシャルを狙うなんてやるじゃない、虎太郎君。お返しだよ。」
フクさんは炎で銃弾を燃やし尽くし、ラクさんは風で弾道を上空へと変える。紗奈さんは樹の盾で自分と銀次さんを守った。ファーは光属性で闇の銃弾を打ち消し、シュウ君とシロを守る。みんな大丈夫だ。ユキは……
ダン、ダン、ダーン
クロは制服の内側から2丁の拳銃を取り出し、飛んできた銃弾を打ち落とした。これは僕がクロ用に作った武器だ。クロから「自分もみんなを守りたい」と言う話を受け、シロのスナイパーライフルを作った時に同じように作った。シロのように大きい武器ではないが、弾の構造は一緒で、普通の拳銃より威力があると思っている。常に僕の近くで回復を続けるクロにとっては、大きな遠隔武器よりも小さい武器のほうが動きやすいと思った。
ユキは完全に戦意を失っているが、クロがいれば大丈夫だろう。僕はとにかくシャルの歌を止めなくてはならない。
「おい、ファズ!僕が、お前と、戦っているんだよ!周りに手を出すな!」
僕は光の剣を具現化し、ファズに切りかかる。ファズもまた、僕に合わせるかのように闇の剣を具現化し切りかかってくる。一発が重い。これが魔力の差か。
「虎太郎君、みんな全力で戦えないだろう。君たちの魔力は私が管理しているからね。」
「何を言っている。リミッター解除なら、とうに僕が操れる!」
(ファー!全員のリミッター解除だ!)
(わかった!)
(シロ!あきらめるな!何度でも打て!シャルを止めろ!次は邪魔させない!)
(了解!)
シロの2発目が邪魔されないように、僕はファズの気を引く。
「ほう。そんな操作もしていたのか。それは、すでに私が疑われていた、と言うことかな?」
僕の攻撃は軽くあしらわれ、完全に遊ばれている。みんなリミッターが解除されて、ロザもクトも少し押し気味になって来たか。
ダーン
シロの2発目発射と同時にシャルの歌が終わった。そして僕の振り下ろした剣をひらりと躱したファズがシャルの前に出て、シロが打った銃弾はファズに当たった。……わざと当たったのか?
「虎太郎君、私とシャルの体は人の体そのものだ。あまり傷つけないでほしい。修復がなかなか大変なんだよ。特にシャルの体を傷つけることは許さないよ。」
ファズの腹には、当たった銃弾が弾けて大きな穴が開いている。そこに黒い靄が集まり、穴が埋まっていく。こいつ、不死身か。それをわざと見せているのか?
「さて、シャルの歌も終わったし、我々は帰るとしよう。新しいアジトを探さないといけないな。ロザ、クト、帰るよ。さぁ、シャルも疲れたろう。帰ろう。」
シャルは再び倒れていたユーリを操りゲートを開く。
「待て、ファズ!今、ここで、お前を倒す!」
「へぇ、そんなに弱いのに、私を倒すと?そんなことより、シャルの歌が終わったよ。今大変なことになっているんじゃないの?」
そう言って地上を指差した。
ドーン!
地上で爆発音がした。戦いの影響は地上に出ないようにしたはずだ。何だ?何が起こっている?
(コタローくん!アンノウンが出ているよ!)
ファーにぶら下がっているシュウ君が地上を見ながら言った。ここから地上が見えるのか?アンノウンが出たということは、サーバーの属性供給が止まった影響が出ているんだ。
「じゃあね、虎太郎君。また会おう。」
ファズたちはゲートの中に消えていった。
「コタロー君、とりあえず地上のアンノウンをどうにかしよう。全くこんな時になんだってアンノウンが出現するんだよ。」
「歌です。あの歌は電波を遮断する。だから、サーバーからの属性提供が止まったんだ。ここだけじゃない。おそらく全国でアンノウンが出現している。急いで本部に帰ろう。」
結局ユーリは連れ帰れなかったどころか、『木村琉之介』がファズであったことのショックから立ち直れないユキに、シャルの復活。作戦なんて何の役にも立たなかった。散々だ。