奇襲、そしてファズの正体
22時になり全員演習場に集合した。
「奇しくも『ウェポンマスター』のパーティボス戦開始時間と一緒だな。みんな覚悟はいいか?」
ユキはいつだって僕らのリーダーで団長だ。みんなで集まってパーティボス戦に挑んでいたのを懐かしく感じる。いつものメンバー、いつもの制服、腰にはきんちゃく袋をぶら下げている。ゲームの時はユキは途中から入ってきて一気にボスを倒していたけど、現実世界ではそう言うわけにはいかない。
「みなさん、約束してください。危なくなったらゲートを使って帰ってくる。絶対に命は落とさないでくださいね。」
「大丈夫だよ、コタロー君。みんなわかっているから。」
「そうそう。俺もラクも簡単にはやられないし、紗奈と銀次はクトと戦うのは2回目だろう?コタロー君たちはファズの相手、よろしくね。」
「ところで、シロちゃんずいぶん大きな荷物背負っているようだけど、どうしたの?俺持とうか?」
シロは大きな箱を背負っている。これは僕が用意したものだ。制服のせいで体型はわからないが、細身のシロが持つには、かなり大きくて重いように見える。実際、結構な重さがあるが、シロはそれでも良いと言ってくれた。
「紗奈さん、お気遣いありがとうございます。今回、私の『ストップ』があまりお役に立てなそうなので、何かあった時用にコタローが用意してくれた武器です。大丈夫です、自分で持てますよ。」
「へー。随分大きいね。でも無理しちゃダメだよ。」
「はい。わかっています。みなさんもお気をつけて。」
「では、行きましょう。みなさん、できる限り気配を消してください。」
僕は、『ゲート』を展開する。行き先をイメージすると、ゲートが開かれた。
「……行こう、みんな!」
全員でゲートの中へ入る。ゲートの先は暗く、あたりに何があるのかよく見えない。
(コタロー君、ここは?)
(場所はわからないですが、どこかの部屋ですね。みなさん、3・2・1で部屋を照らします。視界気を付けてください。紗奈さん、銀次さん、ユーリを発見次第眠らせてください。ファーはシュウ君のそばに。他は敵を見つけ次第叩いて!行きますよ!3・2・1)
光魔法でパッと部屋が照らされる。右にクト、左に長髪の男性、ロザだ。クトの奥にユーリがいる。
ユーリ目がけて銀次さんが弓を打った。矢の先には強力な睡眠薬がついている。クトが気付き、矢を落とそうとするが、クトの体を紗奈さんの植物が絡みつき動きを止める。矢はユーリの目の前で弾け、辺りに睡眠薬がまき散らされた。ユーリはそのまま意識を失い倒れた。紗奈さんの睡眠薬が効いた。
同時に、ロザの元へフクさんとラクさんが戦闘を仕掛けるが、さすがに部屋の中ではフクさんとラクさんは思うように動けない。奇襲だったにもかかわらず、ロザは二人の攻撃を躱したが、躱すだけで攻撃はしてこない。
ユーリは眠らせたが、部屋の中では狭くてみんな思うように戦えない。クトの動きが止められているとは言え、敵の懐に飛び込むのはまだ危険だ。回収する機会を逃さないようにしなくては。
(シロ、ストップ試してみよう。)
(わかった。)
((ストップ))
1・2・3・4・5……
空間にヒビが入る。やはり破られるか。
(シロ、もう一回!今度はいくつか同時発動してくれ。)
(わかった。)
1・2・3……バリンッ
1・2・3……バリンッ
1・2……バリンッ
破られる時間が徐々に短くなるな。シロの負担も考えると、クトの属性をメモリしている時間どころか、ユーリを連れてくることすら難しい。まだどのくらいの戦闘になるのかわからないからな。いざという時のために取っておこう。
(シロ、一旦やめよう。クトが戦っている間に隙を見てまた試す。)
(……わかった。ごめんね、コタロー。)
僕はシロの方を向く。
(何を謝る必要がある?シロは悪くない。)
フードで隠れて見えないが、きっと泣きそうな顔をしているな。
僕はあたりを見回し確認する。ここは何かの管理室か?たくさんの監視画面と、装置が置かれている。いずれも壊れていてぐちゃぐちゃだ。電気も来ていない。窓がない所を見ると、地下の施設だろうか。出口が一つしかないから、ユーリを回収したところでシュウ君がユーリを抱えて逃げることは難しい。回収次第急いで撤退した方が良さそうだが……そううまくはいかないよな。
「びっくりした、コタロー。どうやって来たの?ユーリの所にはゲートが開かないようにしていたのに。あーあ、ユーリ寝てるじゃん。」
クトは植物に絡まれたまま倒れたユーリを見た。ロザはフクさんとラクさんに睨みつけられている状態だが攻撃してくる気配がない。奇襲だったとは言え、もっと抵抗しても良さそうな気がするが、なぜ戦おうとしないんだ?
「ちょっとここだと戦えないんだよね。外だったらいくらでも戦うから、外行こう!コタロー、外行こう!」
「お前に用はない。ユーリを返してもらう。」
「そういうわけには行かないんだよね。いいから、外行くよ!」
そう言われた瞬間、目の前が歪み、一瞬ふらっと倒れそうになる。クトの力か。その一瞬の隙にロザはフクさんとラクさんを吹き飛ばし、二人は部屋の壁に打ち付けられた。
壁にぶつかった音と、振動が伝わってくるが、実際のところ大した衝撃ではなかった。殺す気で吹き飛ばしていたら、おそらくこのボロボロの建物は崩れているだろう。あくまで、フクさんとラクさんを遠ざけただけのようだ。
「いててて。」
「油断した。」
「フクさん、ラクさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。攻撃食らう前に一瞬フラッとした。」
すぐにクロが駆け付けたが、怪我をするほどでもなかったようだ。僕だけではなく同時に全員に何か仕掛けたのか。
「あれ?意識がある?」
クトが驚いている。さっきの立ち眩みは、やはりクトの能力だったようだ。強制的に眠らせようとしたのか、幻覚を見せようとしていたのかわからないが、あれで全員倒れていたら終わりだった。
『今すごいの感知したぞ。コタロー生きているか?』
これはサワ先生からの通信だ。サワ先生に装置を作ってもらうための条件の一つで、僕の装置はサワ先生と通信できるようになっている。この装置は、電波から僕を守ると同時に、電波干渉が起きた時にデータを送ることで、サワ先生の研究材料となっている。
「一瞬目の前が歪んで立ち眩みがしましたが、大丈夫です。」
『そうか。今の電波は結構強力だったから、この装置がなかったら脳みそ溶けていたかもしれんぞ。ほっほー。すごいな。これは研究のし甲斐がある。』
この装置で防げたということは、サワ先生の予想通り、僕らの脳に影響を与えているのは電波だ。つまり、さっきクトは電波を使って僕らを操ろうとした。
『そう言えば、さっきも何度か電波干渉受けていたぞ。それは大した力ではなかったが、何か影響はあったか?強い影響力でなくても、人の脳と言うものは思い込みで力が増幅してしまう場合がある。お前は弱い、と言われたら、自分は弱いんだと思い込んで本当に弱くなってしまうようにな。』
申し訳ないが、今はサワ先生の授業を受けている場合ではない。今回意識を保っていられたのはサワ先生の装置のおかげだが、意外とうざいな、この通信。
「ロザ、いい子だね。力加減できるようになったじゃない。でも、もうここでは戦っちゃダメだよ。ところで、僕の攻撃効いてないね。何でだろう?結構強力なの使ったんだけど。僕たちが君のストップに対策を打ったように、君も僕の幻覚に対策を打って来たってところかな。僕の魔法の仕組みがバレちゃったかな。とにかく、ここでは暴れちゃいけないの。外に出てよ、コタロー。」
そんな誘いに乗るわけがないだろう。ロザもフクさんとラクさんを遠ざけただけで攻撃はしてこない。なぜそんなにここで戦うことを嫌がる?ここには何かあるのか?壊れた監視画面、画面に向かって並んだ操作装置、崩れかけた壁、むき出しのコード……。どこかで見たことがあるような……。頭の中で壊れていない頃の施設を想像してみる。モニターに映し出された施設の様子。装置の前に座る作業服の人たち。……見たことがある。でも実際に見たわけではない。映画で見たんだ。3・11の時の福島第一原発の映画だ。ここはもしかしたら第一原発の施設なのかもしれない。だとしたら、ロザが埋められていた場所のすぐ近くじゃないか。こんなに放射線の強い場所に敵の本拠地があったのか。放射線の近く……。敵が守りたいもの……。
「ここに何がある?」
「別に何があるってわけじゃないけど、ここで暴れると怒られちゃうんだよね。」
怒られる……。ファズにか。ここにファズがいることはわかっていた。僕はファズの所にゲートを開いたんだ。ファズが出てこないのはまだ姿を見せたくないということか。でももうみんなに隠しておくわけには行かない。姿を出してもらわなくては。
「ファズ、いるんだろ?出て来いよ。コソコソここで何かやっているんだろ?この施設が何なのかわからないけど、吹き飛ばすぞ。」
僕は大きめの声で言ったが反応がない。
「コタロー、僕のこと無視してファズに用?冷たくない?」
クトは相変わらず植物に絡まって動けない状態だが、脱出しようとしないところを見ると、攻撃してくる気はないようだ。
「クト、うるさい、黙れ。ファズ、いるのはわかっているんだ。いい加減姿を見せろ。僕らがこのままユーリを連れて行くのを黙って見ているわけではないだろう?」
……
無視か。
「それとも、こっちの名前で呼んだ方がいいか?『木村琉之介』!」
「「「えっ?」」」
エーワンメンバーに衝撃が走る。
「『木村琉之介』って……」
「き、木村さん?木村さんがファズ?」
「……そう。バレていたのか。」
静まり返った部屋の奥から声がした。ゆっくりと現れたのは木村琉之介本人だ。僕は木村さんをイメージしてゲートを開いた。木村さんの元へゲートを繋いだらクトとロザがいた。もう確実に木村さんは敵だ。
「うそだ。琉ちゃんが……敵……?」
初めて時間を戻されたとき、本当に怖かった。またあの化け物と戦わなくてはいけない、その使命が重かった。だけど、あの青年に力を託され、未来を知ってしまった以上、私は戦うしかなかった。誰にも話すことができなくて、一人で力を付けて戦った。孤独だった。何度挑んでも勝てない。やり直して数回目の時に、私にはもう無理かもしれない、そう思った。諦めかけて使命を放棄しようとした。私の精神はもう崩壊寸前で、戻された直後には一人で泣いて、吐いて、身も心もボロボロになった。そんな私の所に現れたのが『木村琉之介』だった。
「大丈夫かい?困っているのだろう?力になれるかもしれない。」
一人で戦うのはもう限界だった。そう言われて、差し伸べられた手を必死に掴み、初めて青年に託された力のことを人に話した。こんな話をしても誰にも信じてもらえない、そう思っていたのだが、彼が言った言葉は、
「君の体験を見せてくれ、君にはその力があるのではないか?」
だった。
私の記憶を人に見せる、そんな発想は思いもつかなかった。私は初めて人前で魔法を使った。私と一緒に過去に戻ってきた『記憶』の属性。それを使って、見せた映像には、化け物と慌てふためく人間。何の手も打てず、あっという間にやられてしまう私。滅びゆく世界。
彼は『木村琉之介』と名乗り、政府関係の人だと言った。そのためか、それからはとんとん拍子に話が進んでいった。化け物に対抗すべく組織が作られ、私が属性を配布するためのゲームアプリがリリースされた。属性を与えることで仲間を増やし、私は一人で戦うことが無くなった。彼に会ってから、私は一人ではなくなった。だから、やられてしまっても、その傍らに彼がいてくれたからまたやり直すことができた。過去に戻されたら、まずは『木村琉之介』に会うことを目指した。何度やり直しても彼は私の力になってくれた。私を支え、共に戦ってくれたパートナーだった。
そんな彼が……敵だった……?