復興祭
翌日、私たちはコソコソと買い物に出た。全員分のハロウィン衣装の買い出しだ。コタローのことはシロとクロとファーが見張ってくれている。そして、時間が来たら無理やり着替えさせて連れ出す、これが昨日私たちが考えに考えて出した作戦だ。「こんな時に緩い」とか、「浮かれすぎだ」とか、怒られるかもと考えたが、それ以前に、コタローは祭りに行きたがらないだろう、という考えに至り、説得する案は即却下された。
街に出てみると、夕方からの祭りの準備が行われていた。この場所でアンノウンが暴れたとき、ビルは破壊され道路も寸断され、助けもすぐに来られず、多くの人が命を失った。今回の復興祭は鎮魂の意味も含まれている。そもそもハロウィンは霊が家族に会いに戻ってくるらしいし、仮装をするのは戻ってきた家族の霊に付いてきた悪霊を追い払うためだとか。もう一つ楽しみなのは、みんなが仮装をするなら、シュウ君も連れて歩けると言うことだ。かなりリアルな仮装だと思ってもらえるだろう。
「みんな、買い物は大体オーケー?」
「オッケー。コタロー君たちの分も買った?」
「女子の服は買いましたよ。」
女子の服装は私と銀次で購入した。
「コタローの分は?」
「俺、買った。クロっちの分も買ったよ。」
男子の服装担当は紗奈だった。この中の男性では一番コタローに年齢が近いからな。
「よし、じゃあ一時撤退だ。次の集合は16時。女子は銀次の部屋、男子はコタローの部屋な。」
私たちはそれぞれの部屋に戻る。
……祭りなんて何年ぶりだ?これまでの35回では一度も祭りなんて雰囲気じゃなかったから、ざっと180年以上は行ってないな。ユーリが攫われた状況でこんなこと言っていいことじゃないのはわかっているけど……うー、楽しみだ。
コンコン
ノックの音で目が覚める。ここ一週間あまり眠れなかったから、昨日の夜に福島から帰ってきてから泥のように眠ってしまった。今は……16時か。
「コタロー、今いいか?」
クロか。珍しいな。
ガチャ
ドアを開けてクロを見て驚いた。
「ど、どうした?何?その服。」
クロは恥ずかしそうに目を逸らす。
「……黒猫執事だそうだ。」
ん?そうか、ハロウィンか。しかし、なぜクロがそんな衣装を着ているんだ?
「と、とにかく部屋を出てきほしい。」
クロが僕にお願いするなんて珍しい。あ、昨日ユキが『みんな心配しているよ』とか言っていたな。これは居間に行ったら、クラッカーがパーンってなって仮装したみんながいて、僕を驚かそうとしているシナリオだな。
「着替えるからちょっと待って。」
「いや、そのままでいい。着替えは……用意……ある。」
何だよ。最後のほうゴニョゴニョ話すから何言っているのかわからないぞ。
仕方ないので、僕は寝間着のまま居間へ行く。
そこで見たのは、フランケンシュタインと、ヴァンパイアと、そしてなぜか王子が部屋の隅でヤンキー座りをしている。思っていたのと違った。パーティってわけじゃないんだな。
「クロ。部屋戻って寝るわ。」
「いやいやいやいや、ちょっと待って。コタロー君。なんか突っ込んでくれないと。」
「……男ばっかりでどうしたんですか?」
「ああ、女子はもうすぐ来るよ。」
「と言うか何やっているんですか。紗奈さんは何?キラキラ王子様?」
フランケンシュタインはフクさん、ヴァンパイアはラクさん。この二人の仮装はかなりリアルだ。そして紗奈さんはなぜかキラキラ王子。
ガチャ
玄関のドアが開く。
「おっ!来たね!」
紗奈さんが嬉しそうに玄関まで迎えに行った。
「ヤッホー。みんな着替えた?」
最初に入ってきたのはユキ。ユキは……ネコ娘か?
「どう?かわいいでしょ?」
「え?妖怪でしょ?妖怪に可愛さを求める?」
「コタロー、私は?」
シロは……クロの黒猫執事に対して、白猫メイドって感じか?シロもクロも耳と尻尾は自前だな。これは、これでいいかもしれない。いや、ちょっと露出しすぎか?
「シロ、別にいいんだけど、ちょっと肌出しすぎじゃないか?」
シロは自分のスカート丈を確認するようにクルクル回っていた。シロとクロが揃うとまた人が集まってきそうだな。
「コタロー、ワシはどうじゃ?」
僕は視線を少し下に向け、話しかけられた方を見る。……ファー、まさかと思うが……
「砂かけばばあ?」
「そうじゃ。リアルじゃろ。」
誰だ、ファーにこの仮装をさせたのは……。
「ファー、今すぐ着替えてきなさい。」
「え~。気に入ったからこれで行く。」
どのあたりを気に入ったんだ?もっと他にあるだろう?ユキとファーは妖怪で揃えたのか。シロはいい感じだったのに、もっと可愛くできただろう?と、色々不満を抱きながらも、砂かけばばあを演じているファーがとても楽しそうだったので諦めた。そして、もう一人の女性、銀次さんに視線を移す。
「で、銀次さんは何でそんなボロボロの格好?」
銀次さんは、髪も乱れてボロボロなワンピースを着ていた。
「ちょっと聞いてよ、コタロー君!」
玄関からキラキラ王子紗奈さんがダッシュでやってきた。
「銀次さんが『シンデレラ』やるって言うから、俺、王子の仮装にしたのに~。なんで?なんでボロボロのシンデレラなの?シンデレラって言ったらドレス着てダンスでしょ?」
あ、なるほど。銀次さんはシンデレラなのか。魔法使いに会う前の。継母と姉たちにこき使われている時のボロボロなシンデレラだね。
「こういうのも面白いかと思って……。男性陣の皆さん、本格的ですね。コタロー君はパジャマの仮装?」
銀次さんって、紗奈さんのことは基本無視なんだよね。
「……いや、さっき起きたから。」
「と、言うわけで」
フランケンシュタインが僕の腕を掴む。
「コタロー君も着替えてきてね。」
ヴァンパイアに服を渡される。
「「行ってらっしゃい」」
二人に部屋に押し込められた。
(今はこんなことをしている場合ではないのだけど……)
ユキが準備があるって言っていたのは、僕の気持ちを明るくさせるためだったのかな。僕、そんなに荒れて見えたのか?クトは「ユーリにはまだ役に立ってもらう」って言っていたから、次の戦いでもユーリを使うつもりなのだろう。まだ殺されることはないと思う。衣装もわざわざ買ってきてくれたみたいだし、仕方ない、着替えるか。
「はぁ。」
生まれてこの方、仮装なんてしたことない。でも、意外と普通のワイシャツに黒いスラックス。あとは、マントか。これは何の仮装なんだ?
ガチャ
「お、コタロー君着替えたね。」
「これは何の仮装でしょうか?」
「紗奈、何の仮装?」
「ああ、これこれ。コタロー君の仮装のポイントはこれだよ。」
そう言って紗奈さんは僕に帽子を被せた。黒い三角帽子で、つばが広い。なるほど、これは魔法使いか。
「あとこれね。」
渡されたのは竹箒だった。これ持ったら、魔法使いじゃなくて魔女になってしまうのでは…。魔法使いは杖だろう。
「じゃあ、行こうか。」
「行こうかってどこへ?」
僕は手に渡された箒を持ったまま、家を出ようとするユキに尋ねた。
「お祭りだよ!」
よく見たら、ユキとシロとファーは目をキラキラさせている。ああ、そういうことか。さっきは「僕の気持ちを明るくさせるため」とか考えたけど、こいつら単純に行きたかったんだな?
「お祭りって何?」
「今夜は復興祭なんだよ!ハロウィンパーティを兼ねた復興祭!」
え?そうなの?それに行くの?この格好で?
「あー、行きたくなさそうな顔をしている。」
しまった。思いっきり顔に出てしまった。
「せっかく着替えたし、行こうよ!」
フランケンシュタインは乗り気のようだ。
「ワシはコタローと行きたいのじゃ。」
ファーの砂かけばばあも可愛く見えてきたな。
「はぁ、わかったよ。行きましょう。」
家を出る際に、僕は紗奈さんに渡された竹帚を玄関に置いていった。邪魔だしいらないと思った。それを見ていた銀次さんが少し悩んで竹箒を手に取った。確かにボロボロシンデレラに竹箒は合っている。
街はすっかりお祭りモードだった。祭りなんてほとんど来たことないけど、昔と全然変わらない感じだな。屋台が出て、多くの人が食べ歩きをしている。いつもと違うのは、みんな仮装をしているってことか。なるほど、これならシュウ君も堂々と外に出られる。
「シュウ君、楽しんでる?」
(うん。みんなぼくを見ても怖がらないね。コタロー君、連れてきてくれてありがとう。)
その言葉だけで来た甲斐があるな。それに……
「お前らは一体どんだけ食べるんだ。」
シロとファーは両手に食べ物を持っている。焼きそばにたこ焼き、りんご飴に綿あめ。二人の食欲のインパクトが強くて隠れているが、ユキも相当満喫しているな。
みんな普通の服装に少しハロウィンのグッズが付いているくらいだから、本格的な仮装をしている僕らは結構目立っている。時々写真を撮らせて欲しいと言ってくる人がいるくらいだ。一番本格的な仮装と思われているのはシュウ君だが、普段着でさえも人に囲まれやすいシロとクロは、放っておくと人だかりができる。そのたびにフランケンシュタインとヴァンパイアが助けてくれている。
「あ、コタロー。あの格好!」
ユキの指差す方向には、見覚えのある格好をした子供たちがいた。フードを被り、肩には四本のラインがある。
「四本ラインが一番強いんだぞ!」
「お前なんて二本ラインでじゅうぶんだろ?ぼくが四本やるから!で、魔法バーンって使うんだ!」
僕たちの制服だ。アンノウンが出るたびに、各地の戦士たちが活躍しているのをテレビで見ていたのだろう。現代の子の魔法使いのイメージは僕らの制服なのか?僕の魔法使いの仮装は古いのか。
色々な仮装があるものだと周りを眺めながらしばらく歩くと開けた場所に出た。ここは、人喰いのアンノウンを僕が倒した場所だ。今は建物が立っておらず、広場になっている。
「さあさあ!記念撮影しているよ。順番だから並んでね!」
広場の中央には撮影場所があり、周辺はたくさんのろうそくが飾られている。事件の際に亡くなった人の魂を鎮めるためのろうそくだと思うのだが、ハロウィンを兼ねているせいで、ろうそくが怪しげな雰囲気を醸し出していい感じに仮装とマッチしている。
「ねえねえ、みんなで撮ろうよ!せっかくみんな仮装しているんだしさ!」
言うと思った。ユキは最初からこれが目的なんじゃないか?
「いいねえ。おもしろいじゃない。」
「じゃあ、フク並んでよ。」
「えっ、俺ビール飲みたいんだよね。」
「じゃあ俺の分も買ってきて。」
「えっ、じゃあラク並んでおいてくれる?」
「わかった。行ってらっしゃい。」
フランケンシュタインがヴァンパイアにうまく乗せられて、ビールを買いに旅立った。
フランケンシュタインがビール購入の旅から戻る頃、ちょうど順番が来たので、みんなで並ぶ。
「『はい、チーズ』で撮りますからね!」
「「「はーい」」」
「では、はい、チーズ!」
パシャッ
「きゃあああああああ!!」
「ぎゃああああああ!」
あれ?周りにいた人が逃げている?何でだ?
「あ、あ、しゃ、写真は、こ、こちらから、ダウンロード、できますので……」
写真係の人も何やらビクビクしている。何なんだ。いくら仮装が本格的で雰囲気もいいからって、そんな化け物を見るような目で見ないでくれよ。さっきまでの態度とずいぶん違うじゃないか。
写真をダウンロードして見た瞬間に、みんなが驚いて逃げた理由がわかった。
「こりゃ、まずかったね。みんなビビる訳だわ。」
「まあ、ハロウィンだし、平気じゃない?」
「あ、あはははは。」
写真には8体の精霊も映っていた。「はい、チーズ!」の瞬間に具現化したようだ。これだけ楽しんでいたら、精霊たちも出てきたいよな。
「いい写真だな。」
僕はスマホにダウンロードした写真を見ながら微笑んだ。誰も何も言わないので不思議に思い顔を上げると、みんな僕を見て安心したような顔をしている。あ、そうか。僕は今を楽しんでいるんだ。その楽しんでいる僕を見て、みんな安心してくれたんだ。
「みんな、ありがとう。それで、明日大事な話があるんだけど……。」
「明日の話は明日しよう。今夜のメインイベント、最高の席で見ようよ!」
僕の話はユキに遮られてしまった。ユキは僕たちを連れて近くのビルに入って行った。そのビルの屋上までたどり着くと……
ピュルルルルル
ドーン
打ち上げ花火が始まった。メインイベントってこのことか。
「ちょうど始まったね!」
(うわあ、おおきいね!)
ゆっくり空を見上げたのは久しぶりだ。東京の空に広がる大きな花火と、心臓まで響いてくる音、こんなに近くで花火を見たのは初めてだ。
最後の一発の大きな花火が上がり終わると、歓声が聞こえてきた。
「じゃあ、帰ろうか。」
みんな満足した顔をしていた。
「みんな……」
「どうした?コタロー。」
「みんなに謝らなければならないことがあって……」
「それって、『ゲート』の持ち主のこと?」
「えっ?」
「知ってるよ。でも訳があって俺たちに違う支部を伝えていたんでしょ?」
「コタロー君が引きこもっている間に、みんなで話をして、その時に違う支部で報告を受けているって気付いたんだ。」
「そんなことで俺たちが怒ると思っているの?」
怒ると思っているの?って化け物の顔で言われても、ちょっと怖くなるだけなのだけど……。
「そうですけど、嘘を付いたのは事実ですし。」
「その理由も明日話してくれるの?」
「そうですね。明日きちんとお話します。」
「じゃあ、明日は何時に集合?」
「明日は16時に会議室に集合でお願いします。」
「「「了解!」」」




