コタロー引きこもり期間1
「コタロー、ここに食事置いておくよ。」
ユーリが連れて行かれてからコタローはずっと部屋にこもっている。こうして私はラクさんから差し入れで頂いた食事を部屋の前に運んでいる。みんなコタローのことを心配してくれて様子を見に来てくれるのだけど、一人になりたいというコタローの意思を尊重して、差し入れだけは頂いて、部屋には入れないようにしている。居間に戻ると私は深いため息をついた。
「シロ、そんなに心配するな。」
「だって心配でしょ。クロはどうしてそんなに平気なの?部屋だって追い出されて、どうして大人しくしていられるの?文句の一つでも言えばいいのに。『引きこもってばかりいないで俺たちにも相談しろ』って。」
クロはいつだってそう。いつだって冷静で、何でもわかっている顔して、興味のないような振りして。本当は自分だって心配なくせに、表面には出さないんだ。クロは読んでいた本をそっと閉じて私のことを見た。
「コタローは落ち込んでいるわけではない。現に食事だって置いておけば無くなっているし、出かけたりもしている。きっとユーリを助ける手段を考えているんだ。それを邪魔しちゃいけない。俺が部屋にいて気が散るなら出て行くだけだ。」
「うー。そうなんだけど。」
クロが言う通り、コタローは食事はきちんと取っているし、時々出かけているのも知っている。それは私たちがコタローの精霊であり、ある程度の考えや行動が共有できるからだが、だからと言ってすべてを共有しているわけではない。コタローの考えていることはわからないことが多いし、出かけているのを知っているのは気配が部屋から消えるからだ。どこに何をしに行っているのかはわからない。
ガチャ
コタローが部屋から出てきた。
「ファー、ちょっといいか?」
「うん!」
呼ばれたファーが部屋に入っていく。間もなく気配が消えたから二人で出かけたのだろう。いいなぁ。私もコタローの役に立ちたい。でも邪魔にはなりたくない。私は居間で小さくなってラクさんが作ってくれた私の分の食事を食べながら、一人でテレビを見る。クロはずっと本を読んでいる。よく落ち着いて本を読んでいられるなと、クロの読む本を覗いてみる。あれ、さっきとページが変わっていない。もしかして、本を読んでいるふりをしてクロも心配で仕方ないんじゃない?
パタン
クロはシロに覗かれているのに気づくと、本を閉じ椅子から立った。
「ちょっと出かけてくる。」
そう言ってクロは出かけてしまった。その背中を静かに見ていた。
(シロちゃん、大丈夫?)
(……ありがと、シュウ君。私も何かコタローの役に立てないかな。)
(大丈夫だよ。コタローくんはみんなのことを信頼しているし、できることをできる範囲でお願いしているんだと思うよ。シロちゃんは役に立てる時が絶対にあるよ。……ぼくはどうかわからないけどね。)
あの夜、突然ファーちゃんが戻ってきて、全員制服を着て集まるようにって言って、バタバタとみんな出て行ってしまった。置いて行かれたぼくは、静かに待っているしかなかったのだけど、その後、30分もしないうちにみんな帰って来たんだ。
コタローくんは青ざめた顔をしていて、みんなコタローくんのことを心配していた。解散になってみんな部屋に帰って行ったあとは、コタローくんはずっと自分の部屋にこもっている。ぼくは基本的にコタローくんの部屋の居間で暮らしているんだけど、夜はコタローくんの部屋を追い出されてしまったクロくんと居間のソファーで寝ている。ぼくがまだ幼いからか、みんな何があったのか詳しく教えてくれない。ただ、コタローくんが助けたい人がいるということだけは聞いている。コタローくんの役に立ちたいって、ぼくも思っているんだよ。だけど、ぼくでは何もできることがないんだ。
「ねぇ、君、どこかの事務所所属している?」
またこれか。街に出るとすぐに話しかけられる。いつもはコタローが軽くあしらって俺のことを引っ張って救出してくれるのだが、今日は一人だ。本当に面倒くさい。
実はコタローのことが心配で、頭の中に何も入って来ない。本を読んでいても、同じ場所を何度も読んでしまう。シロにバレそうになったから部屋を出てきたが、特に行くあてもない。
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、ちょっと忙しいんで。」
俺は面倒な人たちを通り過ぎてカフェに入った。コーヒーを頼むと、いつもの通り何も入れずにブラックで口に入れる。シロと違って俺は味にこだわりはない。黒い色が好きだから黒いまま飲んでいる。だけど、たまには砂糖とミルクも入れてみるか。今日は初めてそんな気分になった。
ポチャン
角砂糖を二つ。そこにミルクも入れて軽くかき混ぜる。シロやファーがコーヒーを飲むときはいつもこんな感じだ。黒いコーヒーが茶色くなった。初めて甘いコーヒーを飲んだ。美味しい。
俺が使える魔法は「リバース」だけだ。生き物に対してしか使えないこの魔法は「ケガの前の状態に戻す」つまり回復として使われる。つまり俺に攻撃魔法はない。だから、攻撃できる人が常に「攻撃できる状態」であるように、コタローや周りの人の動きに神経をとがらせ、攻撃の邪魔にならないようになるべく近くで待機している。攻撃できないことがもどかしいのは確かだ。俺もみんなのように魔法で攻撃してコタローの助けになりたい。
コーヒーカップに入ったスプーンをくるくるとかき混ぜる。
「はぁ……」
軽くため息をつき前髪をかき上げながら顔を上げると、店中の女性が俺のことを見ていることに気付いた。
「「「はぁぁ♡」」」
何でみんな一斉にため息をつくんだ?そして、なぜそんなに俺のことを見ているんだ。俺はそんなに目立つ行動しているか?小さくため息をついただけじゃないか。
次に外に出るときはシロとファーも連れて出よう。俺たちももっと協力してコタローの役に立たなくては。黒いコーヒーに砂糖とミルクが混ざっても美味しかった。俺たち三つ子なんだからもっと混ざってもいいよな。
コタローの部屋に入ると、何やらびっしりと書かれた紙が至る所に散乱している。コタローがクロ兄を追い出したのも頷ける。これではクロ兄の寝床どころかまともに歩く床がない。
「コタロー、僕ができること何かあるのか?」
僕は、紙が置いていない床を探してちょこんと立っていた。
「ああ、ファー。実は、メモリしたい属性があって、一緒に行ってもらえるか?」
「もちろん一緒に行くよ。」
連れてこられたのは北海道支部だった。そこでメモリしたのは、空気を圧縮する魔法だ。以前訪れた時に見たこの魔法は、空気の球が飛んできて、ぶつかった部分が圧縮される感じだった。実際メモリしてみると、ぶつかった部分を圧縮させるのは応用で、基本はその場の空気を圧縮させる魔法だ。これをコタローは何に使うのだろう?
「実験してみたいから、演習場に行こう。」
本部に戻り演習場に行くと、コタローは光の球を手のひらの上に展開する。光属性の魔法だ。2メートルほどの光の球を先ほどの圧縮魔法で小さく圧縮し始めた。
球はどんどん小さくなっていくが、最終的に3センチほどの大きさになったところで、コタローは遠くへ投げた。光の球はコタローの手を離れると、小さくされた反動か、遠くで爆発を起こす。
「これじゃあ持ち歩けない。常に圧縮魔法を使っていないといけないな。」
「コタロー、何をしようとしているの?」
「魔法の貸与だ。闇の属性に対抗できるのは光の属性だけだから、みんなに持たせておきたいんだよ。」
なるほど。闇属性にみんなが対応できるようにあらかじめ光魔法を閉じ込めて持たせておきたいんだな。攻撃はできないにしても、身を守ることはできるかもしれない。しかし、僕がやってみても圧縮魔法は僕を離れると解けてしまう。
「うーん。何かカプセルのようなものに入れられたらいいのにね。ガチャポンみたいに。」
顔を上げると、コタローがじっと僕を見ていた。
「なるほど、カプセルか。物理的なカプセルを用意したとして、僕やファーの元を離れると圧縮された魔法が解放されてしまうのをどうにかしないと入れても弾けるだろうな。」
「それなら、魔法を留めておく依り代があるといいんじゃない?」
僕とコタローは二人で声のする方向を向いた。そこにはユキちゃんがいた。
「ユキ、忙しいところ悪いな。」
「いいって。頼ってくれて嬉しいよ。」
「依り代ってどういうことだ?」
「コタローから離れると魔法が解けるなら、コタローの一部をカプセルの中に入れておいて、そこに魔法をつなぎ留めておくんだ。そうすれば、カプセルが開いたときに中の依り代が飛び散って、圧縮魔法が解かれる、とかどう?」
「僕の一部って……」
コタローは自分の両手を見ている。指の一部でも入れようとしているのだろうか。僕は風の魔法で自分の髪を少し切った。それを手のひらに乗せ、さっきコタローがやっていたように光の魔法を展開し、圧縮魔法で小さくしていく。3センチくらいになった光の球を、髪の毛が入ったままコタローに渡す。光の球は小さいままコタローの手の上に乗った。コタローはそのままユキちゃんに渡す。ユキちゃんの手の上でも光の球は小さいままだった。ユキちゃんはそれを遠くへ放り投げる。光の球の中央にあった僕の髪は、投げられるとともに中から出てしまい、圧縮魔法が解け光の魔法が爆発する。
「できた。髪の毛でいいのか。」
「カプセルはプラスチックでいいか?それとも陶器で作るか?」
ユキちゃんはその場で小さな球を3つ作った。一つはプラスチックで、一つは陶器、もう一つはガラスだ。ガラスの球はきれいに輝いていた。この中に光の魔法が閉じ込められたら、光ってきれいだろうな。
「戦闘しながら割れたら困るから、ガラスは難しいだろう。プラスチックか陶器がいいな。詰める作業を考えるとプラスチックか。陶器だと詰めながら丸い形の陶器を作らなくてはいけない。」
ああ、ガラスは却下なのね。まあ仕方ない。ユキちゃんが試しに作ったあの一つを頂いて、あとで光魔法を閉じ込めて部屋に飾っておこっと。
ガチャ
コタローの部屋のドアが開くと、みんなが注目する。
「クロ、ちょっといいか?」
「ああ!」
呼ばれた。俺が手伝うことが何かあるんだな。部屋に入ると驚くほど散らかっていた。何か書かれた紙が散乱している。どこに何が書いてあるのかきっとコタローは把握しているのだろうから、動かさないように、踏まないようにコタローの元へ行った。俺のベッドの上に山ほどあるこのプラスチックのカプセルは一体なんだ?コタローはどこかに行って憂さ晴らしにガチャポンを回しまくってきたのか?
「クロ、僕の髪を切ってくれないか?」
「は?……え?髪?」
「そう。髪型はクロに任せるよ。片づけるからちょっと待ってて。」
そう言うとコタローは床に散らばった紙を順番に拾い、その後で何も書かれていない白い紙を並べて椅子を置いた。
「はい。」
コタローは俺にハサミを手渡し椅子に座った。これで髪を切れと。なぜ突然……。色々疑問に思うことはあるが、コタローの役に立てるなら髪でも何でも切ろうじゃないか。俺はササっとコタローの髪を切った。人の髪を切るのは初めてだが我ながらよくできた。手鏡を渡すと、コタローは一瞬自分の顔を見て、髪型なんてどうでもいいような興味が無いような表情で、ただ髪が短くなったのを確認すると、床に散らばった自分の髪を見た。
「片づけないとな。」
俺がそう言うと、コタローは椅子から立ち、大事そうに自分の髪を集め始めた。
「クロ、あとは僕がやるからいいよ。ありがとう。」
「俺の仕事は終わりか。髪を切っただけか。まあいい。他にできることがあればいつでも呼んでくれ。」
「ああそうだ、クロ。いつも回復してくれてありがとう。気付かないうちに回復してくれているクロのリバースがいかに大事なのか、この前身に染みてわかったよ。」
!
そうか、俺は役に立てているんだな。
コタローの部屋を出ると、シロがうらやましそうにこちらを見ている。俺は静かに無表情で椅子に座り本を開いた。感謝してほしくてコタローの回復をしているわけではないのだが、改めて言われると……嬉しいものだな。思わず顔が緩んでしまう。
数分後またコタローの部屋のドアが開いた。
ガチャ
みんなが注目する。今度は誰が呼ばれるんだろう?
「シロ、ちょっといいか?」
「!う、うん!」
呼ばれて思わず跳ねてしまった。これでは、驚いた猫そのものではないか。恥ずかしい。でもコタローがやっと私を呼んでくれた。何だろう。何をすればいいのかな。
部屋に入ると、コタローの髪型はさっぱりしていて、切った髪が白い紙の上に集められていた。
「シロ、頼みがあるんだ。」
「何?何?何でもやるよ?」
「今切ったこの髪を、このカプセルの中に少しずつ入れてほしいんだ。」
カプセルは半円の状態でクロのベッドの上にきれいに並べられていた。
「ファーはカプセルの開け閉めがうまくできないみたいで。シロはこういう細かい作業は得意だろ?」
どちらかと言うと器用な方だとは思っている。だけどガチャポンのカプセルはあまり開け閉めしたこと無いからなぁ。もしかしたらファーと同レベルかもしれない。しかもこのカプセル、普通のガチャポンのカプセルよりも小さい。うまくできるかなぁ。それでもコタローに期待されているんだから頑張らないと!
「わかった。これ全部にこの髪を入れればいいの?」
「そう。少しずつね。」
私は地道に少しずつ、たまにクロのベットにこぼしながらコタローの髪をカプセルに入れていった。こんなガチャポン作ってどうするのだろう?誰が喜ぶの?
ガチャガチャ。ポンッ。カプセルを開けてみると髪の毛。……ホラーか!
そんなことを考えながら作業を終えた。
「できたよ、コタロー。」
「お、ありがとう。じゃあ、そこに魔法を入れていくから。魔法が入ったら蓋をしてほしい。大丈夫。僕の髪が入っていれば爆発はしないから。」
ば・く・は・つ?
「あ、黄色いカプセルには黄色い蓋を、黒いカプセルには黒い蓋をしてね。」
ちょ、ちょっと待ってください、コタローさん。今爆発って言いませんでした?
驚いて目を丸くしている私を気にすることなく、コタローは光の球を小さく収縮し、カプセルの中に入れた。
「ほら、シロ、今だよ。蓋して。」
はっ、驚いている間にもう魔法がカプセルに入っている。確かにコタローの手を離れても光の球は小さいままだった。コタローは次々に光の球を作ってカプセルに置いていく。私はポコンと半円のカプセルに入っていく光の球にひたすら蓋をしていった。
「よし、ありがとう。これで準備良し。詳しくはみんな集めた時に説明するから、もういいよ。」
私の仕事は済んだようで、部屋から追い出されてしまった。ろくに会話はできなかったけど、コタローは思ったより明るかった。思い詰めているんじゃないかって思っていたから、私がやった仕事は大したことなかったけど嬉しかった。
コタローくんが部屋に引きこもってから数日、ドアが開いて呼び出された人が何かを手伝いに行く、というのを繰り返していた。その間、ぼくが呼ばれることはなかった。やっぱりぼくは役には立てないのかな。一緒に住んでもらっているし、何かお礼がしたいけど、ぼくじゃ役に立てないんだよね。
ガチャ
コタローくんの部屋のドアが開くとみんなそっちに注目する。今度は誰が呼ばれるのだろう。
「あー、シュウ君。ちょっと来てもらえるかい?」
コタローくんが部屋に引きこもって1週間経った日だった。ぼくは初めてコタローくんに呼ばれた。ドキドキしながら部屋に入ると、そこはきれいに掃除された後のようで、大量の紙がファイルされたものと、プラスチックの小さなボールがたくさん並んで置いてあった。
(あの、ぼくにも何か手伝えることがある?)
「そうだね。大体の準備は終わったんだけど、シュウ君には大事なお願いがあって来てもらったんだ。」
(大事なおねがい?)
「今どんな状況になっているのかは聞いているかい?」
(ううん。みんな詳しくは教えてくれない。ただ、コタローくんが助けたい人がいるっていうのは聞いている。)
「そう。どうしても助けたい。僕が巻き込んでしまったからね。シュウ君にはこれから乗り込む所には来てもらいたくないし、戦闘に参加してもらうつもりもない。」
(えっと……そしたらお留守番してたらいいのかな?)
「今のは本心。本当はね、留守番していてもらいたいんだ。まだ幼い君を戦場になんて連れて行きたくない。まして、まだご両親にも会えていないだろ?だけど、僕がお願いしたいことは、戦場に行かないとできないことなんだ。だから、シュウ君の意思をきちんと確認して、それから最終的な策を練ろうと思ったんだ。」
ぼくが戦場に?
(みんなみたいに戦うことはできないよ。)
「そうだね。戦ってもらうつもりはないよ。」
(じゃあぼくは戦場で何をすればいいの?)
「僕が助けたい人も、戦う人ではないんだ。だから、その人を助けたら、シュウ君に預けるから、その人を抱えてずっとずっと遠くに逃げてもらいたいんだ。戦場は広範囲に及ぶだろうから、できるだけ早く、できるだけ遠くへ。力持ちの君にしか頼めないだろう?」
それならできる。ぼくもコタローくんたちの役に立ちたいんだ。
「だけど、戦場では思わぬことが起きるだろうし、その人を助けられるかもわからない。そんなあいまいな状態なのに君を連れて行って、巻き込まれたらと思うと、お願いしていいことなのかどうかわからないんだ。僕は君を傷つけたくない。だから、シュウ君が行きたくないって言えば、留守番をお願いしようと思っている。」
コタローくんは本当にぼくのことを大事にしてくれている。この姿になってコタローくんと住んでから、たまに一人で留守番することもあるけど、いつも誰かが傍にいてくれるし、内緒で外に連れて行ってくれたり、勉強を見てくれたり、ぼくがお母さんやお父さんと居られなくても寂しくないようにしてくれているんだ。ぼくはそんなコタローくんたちの役に立ちたい。恩を返したい。
(コタローくん、ぼくはもうこんな姿なんだ。ここのみんなはこの姿のぼくを受け入れてくれて大事にしてくれている。本当に嬉しかったんだよ。毎日毎日楽しく過ごしてる。ぼくもみんなの役に立ちたい。コタローくんの役に立ちたい。だからぼくも連れて行って。)
「……シュウ君、ありがとう。」
そう言うとコタロー君はぼくの手を取り、両手でぎゅっと握ってくれた。ぼくのこの毛むくじゃらの大きな手を。この姿を怖がらずにずっと傍にいてくれる、そのことにぼくはどれだけ感謝してもしきれない。
(コタローくん、ありがとう。)




