クト再び
クトの姿は容姿も気配も全く違う人物で、見た目は性別すら変わっていると思うくらいだった。今日教えてもらった藤の花の匂いの情報が早速役に立った。こいつがクトなら、突然ユーリの隣に現れたのも説明がつく。僕はまた幻覚を見せられていたのか。
「やっと気づいてくれた?あ、この匂いのせいかな?あの植物使いの人、紗奈だっけ?粋なことしてくれるよねぇ。体も気配も変えるようにってファズが言うからさぁ、コタロー気付かないんじゃないかって思っていたけど、嬉しいなぁ、気付いてもらえて。」
こいつ、僕に気付かせるためにわざと匂わせたな。それにしても、見た目と気配が変わっても気持ち悪さは変わらない。顔が変わってもいやらしい笑い方をする。
(ファー、幻覚に惑わされないように気を付けながら攻撃する。ユーリの保護が第一優先だ。僕はクトを引き付けるからユーリのほう行けるか?ゲートでユーリをエーワンメンバーの所へ連れて行ってほしい。みんなに保護してもらってくれ。)
(わかった。コタロー気を付けて。あいつ、幻覚を見せるだけじゃないかもしれない。)
(ああ。)
僕はクトと対峙し、ファーはユーリの元へ向かう。ユーリのゲートは大きく展開され、鉄や土も含めて丸ごとロザを運ぶつもりのようだ。ああ、ユーリがおかしいと思った時になんで気付かなかったんだろう。今更後悔したって遅いけど、もっと注意しておくべきだった。とにかくユーリを助けなくては。
大きな魔法を使えばユーリに当たってしまう。それがわかっていてクトはあの立ち位置にいるのだろう。ユーリはファーに任せて近距離戦で挑むか……。
僕は静かにラクさんの剣を具現化する。今はクロがいないから怪我をしても即座には治してもらえない。武器は力任せに振り回していると骨が何本か折れるんだよな。でも何とか時間稼ぎくらいはしなくては。苦手な近距離戦で戦うには、不意打ちをするしかない。僕は剣を片手に持ち、もう片方の手でゲートを展開する。クトの背後に回り切りかかるが、いとも簡単に避けられてしまう。クトは懐から小剣を取り出し、攻撃してくる。クトの攻撃をゲートで躱すが、ゲートの出口にクトは待ち構える。これでは逃げるので精いっぱいで、時間稼ぎも難しい。ファー、早くユーリをそこから移動させてくれ。
「困るなぁ。彼女に近づかないでくれる?」
クトの手から黒い靄のようなものが現れ、ファーに向かって放たれた。
(ファー、避けろ!)
ファーが避けると黒い靄はユーリとユーリの展開するゲートを包み込む。あの靄が何なのかわからないが、僕たちには害のあるものだろう。操られたユーリは靄の中でゲートを使っている。あれがユーリには無害である保証はどこにもない。しかし、あの状態では近づけない。
「ストップ」
何とかしてユーリをあそこから連れ出さなくては。僕はあたり一帯にストップをかけ、靄に近づく。ストップの間、靄は黒い塊となっている。触ってみても非常に固く、大きな石のような状態だ。中に入ることができないからユーリも助けられない。でも、ストップ状態ならクトの属性をメモリすることができる。そうすればクトの属性もわかって、靄もどうにかなるかもしれない。僕はクトの元へ向かい、クトの属性をメモリしようとした。次の瞬間、パキパキと音を立て周りの空気にヒビが入る。何だ?どういうことだ?あたりを見回すと、周りの風景にヒビが入り、ガラスが割れて崩れるようにストップした風景は崩れ落ちた。目の前にいるクトが動き出す。クトの顔面が僕の目の前に来る。
「コタロー、君のストップに対して僕たちが対策を打たないと思っていた?」
対策?ストップが強制的に解かれるなんて今まで一度もなかった。一体どうやって……。
クトは右手に黒い靄を纏わせ、僕の腹に一発食らわせた。僕は浜辺を通り越し海まで吹っ飛ばされた。殴られた勢いを止めることができず、水中に入らないように浮力の魔法を使っていたので海上をゴロゴロと転がった。ちくしょう、痛いなぁ。僕は痛みに耐えながらリバースを唱える。怪我が治ったところで急いでユーリの元へ向かったが、そこには、黒い靄に阻まれどうすることもできないファーがクトを睨みつけている状態だった。
「コタロー、おかえり。あれで終わりじゃないってわかっていたよ。」
クトはニヤニヤと不気味な笑いを浮かべながら、楽しそうにこちらを見ている。
(ユキ!ユキ、聞こえるか?)
(……コタロー?どうした?)
僕は急いで精霊を通じてユキと交信する。僕とファーだけではユーリを助けられない。
(ユキ、クトが現れた!このままではロザが連れて行かれる。ロザと一緒にユーリまで!)
(ちょ、ちょっと待って、クト?ロザが連れて行かれる?……って言うかユーリって誰?)
まずいな、少し冷静にならなくては。これじゃあ僕よりユキがパニックを起こしてしまう。
(ユキ、すまない。落ち着いて話す。福島のロザが埋めてある場所にクトが現れた。東北支部のユーリが操られて、『ゲート』でロザを移動させようとしている。すぐにみんなでこっちに来てほしい。)
(え?あ、ああ。わかった。でも飛んで行くにしても少し時間がかかるぞ。)
(ファーをそっちに戻す。みんなで準備して『ゲート』でこっちに来てくれ。)
(わかった。すぐに招集する。とりあえず琉ちゃんに報告を……)
(ユキ!それは後でいい。とにかくエーワンメンバーを全員こちらへ。急いでくれ。)
(?ああ、わかった。)
「ファー聞こえていたな。ファーはとりあえずゲートで戻ってみんなを連れてきてくれ。」
「わかった!気を付けてね、コタロー。」
ファーは『ゲート』を開き自分だけ戻って行った。
「あれ?帰らせちゃったの?コタローだけで僕の相手してくれるんだ。うれしいな。」
ストップが使えない今、僕に残されたのはみんなの属性による魔法と、ゲートのみだ。魔法でユーリを巻き込むわけにはいかないから派手な攻撃はできない。なんとか時間を稼いで応援を待つしかない。
「……時間稼ぎかな?仲間、呼びに行ったんでしょ?いいよ。話をしようよ、コタロー。」
できればこの気持ち悪い人とは話をしたくない。だけど戦わずに時間が稼げるならそれに越したことはない。
「僕のこと知りたい?何が聞きたい?」
「クト、お前の属性は何なんだ?」
「それは、言っちゃいけないってファズに言われているんだよね。でもちょっとだけ教えてあげる。僕はね、人の脳に干渉することができるんだ。だから、幻覚を見せたり、こうやって操ったりすることができるんだよ。」
そう言ったクトは、黒い靄を吸収しユーリを見せる。ユーリはフードを取り、制服の上着を脱いだ。
「この制服いいよね。攻撃も軽減されるし、体温も調整してくれるし、それに見た目もちょっと格好いいし。」
クトはユーリが脱いだ制服を受け取り袖を通す。
「あれ、ちょっと小さいかな。ユーリは小柄だよね。」
そう言うと、クトはシュルシュルと形を変えて小柄な体になる。小柄になるどころか、その姿はユーリそのものだった。
「クト!貴様がユーリの形になるな!」
「そんなに怒らないでよ。この子さぁ、ここまで操れるようになるの本当に大変だったんだよ。コタローを裏切らないっていう考えが芯にあって、なかなか思うように動いてくれなくて、ずいぶん時間かかっちゃったからファズが怒っているんだ。人の脳ってすごく複雑にできているから、自分の思うように動かすのって大変なんだよねぇ。だから僕は、人の脳に元々ある記憶を利用して幻覚を見せるの。最初にちょちょいときっかけを与えれば、その後は勝手に幻覚見てくれるから楽なんだよね。あ、そういえばコタローとも絡んじゃいけないって言われていたんだけど、少しくらいならいいよね。ロザも無事に持って帰れそうだし。」
僕の両手のこぶしは小刻みに震えていた。これは怒りだ。クトにはいつも怒りを覚える。だけど、僕だけではユーリを助けられない。そんな自分にも怒りを感じている。
「ユーリを返せ。」
「そんなことしたらファズに怒られちゃうよ。」
「ファズ、ファズって、お前はファズの操り人形か?」
「僕はファズの人形じゃないよ。どちらかと言うと、シャルの人形だよ。僕はシャルから、ロザはファズから生まれたからね。」
シャル?ザクスの臣下の一人か。クトはシャルから生まれた?何を言っているんだ?
「何不思議そうな顔をしているの?コタローの精霊たちも君から生まれているじゃないか。好きな形になっているでしょ?それと一緒だよ。」
確かにシロとクロとファーは僕の精霊だ。最初は動物の形をしていて、それから人の形に変わった。クトとロザの形が自由自在なのは、ファズとシャルの精霊なのか?
「あまり詳しくは教えられないけど、ファズは闇の力を強くしたいから、逆属性の光属性を体から離したんだ。シャルは、自分と同じ属性を少しだけ分けて僕を作ったのさ。もうすぐシャルとも会えるよ。コタロー喜ぶかな。ふふっ。」
なぜ僕がシャルとやらに会えると喜ぶんだよ。できることなら会いたくないよ。
「あの靄、あれは何だ?ユーリに害はないのか?」
「ああ、あれ?あれはね、僕の属性ではないんだ。ファズが少しだけ貸してくれたんだよ。コタローにジャマされた時用にって。役に立ったよね。大丈夫だよ、体に悪くないわけじゃないけどユーリにはこれからも役に立ってもらうから死ぬことはないよ。」
ファズが貸してくれた……魔法って貸せるものなのか?ファズから借りているということはあれは闇の魔法か。光属性なら消すことができるのだろうか。ユーリはロザの上にゲートを展開したまま動かない。
「少しおしゃべりしすぎたかな。ファズに怒られちゃうな。本当はもっとコタローとおしゃべりしたかったけどまた今度ね。」
一体どうやってロザを地面ごと持っていくつもりなんだ?ロザ一帯の地面を持ち上げることなんてできないだろう?
「……つながった……」
ユーリがぼそっとしゃべった。「つながった」って言ったか?
その時、僕の隣に黒い円形のゲートが開いてエーワンメンバーのみんなが出てきた。
「コタロー!みんな急いで準備してくれた!」
「コタロー、遅くなってすまない。」
「ありゃりゃ、これどういう状況?」
「同じ女性が二人?」
「制服を着ているほうがクト。ユーリは操られて『ゲート』でロザを連れて行こうとしている。僕はユーリを助けたい。みんな、手伝ってくれますか?」
「当たり前だよ、そのために来たんだからね。」
「俺は、あいつ嫌い。」
「ちょっと、紗奈さん!私たちも戦いますよ!」
僕たちは武器を具現化して構える。クトはユーリの背後に回り、ユーリの首元に小剣を突き立てる。
「いやぁ、みなさんお揃いで。僕、そんな大勢とは戦う気ないんで、そろそろ帰るよ。楽しかったよ、コタロー。次に会う時は思いっきり戦おうね。」
ユーリの展開していたゲートがゆっくりと下がる。黒い円形のゲートが下りた地面は徐々にえぐり取られていく。ゲートに「入れる」のではなくゲートそのものを動かしている。ユーリに小剣を突き立てられている状態で僕たちは動けず。ロザが転送されていくのを見ているしかなかった。ゲートが閉じると、地面には円筒形の大きな穴ができた。
「じゃあね。コタロー。」
クトはそう言うと、ユーリにまたゲートを開かせ、ユーリを担いでその中へと入って行った。ゆっくりと閉じて行くゲートの奥でクトは嫌な笑みを浮かべながら手を振っている。
消えていくクトとユーリをただ見ているしかなかった。
「ゲート!」
僕はすぐにゲートを唱える。ユーリの所へは行けるはずだ!
「ゲート!ゲート!」
「コタロー……」
ユキがそっと僕の肩に手をかける。
「ゲート!何で開かないんだ!」
何度やっても、ゲートは開かない。
「ファーもやってみてくれ。ユーリを助けないと、ユーリの所へ……」
「コタロー、今は無理だよ。ユーリのほうから拒絶されてる。」
僕は大きな穴の前で膝を付いた。
ユーリが連れて行かれた。僕のせいだ。攻撃をされたのなら、僕の元へゲートで逃げてくれば良いと思っていた。東北支部が襲われたのなら、僕がゲートで行って助けられると思っていた。だからわざとユーリが狙われるように『ゲート』のことを言い回っていたんだ。敵にクトがいることも、クトが幻術のようなものを使うことも知っていたのに。
「コタロー、ひとまず今日は戻ろう。ロザが奪われたことも報告しないと。」
「そう、だな。みんなごめん。急いで来てもらったのに……」
僕たちは再びゲートで本部へと戻った。
戻ったらすぐに解散になったが、帰り際にみんな僕のことを心配してくれた。力及ばずユーリがさらわれてしまったことに僕が落ち込んでいるかと思っての行動だと思うが、僕の頭の中はユーリをどうやって助けるかということでいっぱいだった。僕のせいで連れ去られてしまったんだ。どうあっても僕が助けに行かなければならない。幸いにも、おしゃべりなクトが「詳しいことは言えない」と言いながら僕の知らないことをベラベラと教えてくれた。頭の中をまとめるために僕は同じ部屋で寝ているクロも追い出して一人で部屋にこもった。さっきは焦ってユーリの後を追いかけようと思ったが、ユーリを助けに行くということは、敵の本拠地に乗り込むということだ。念入りに作戦を練り準備をする必要がある。
これまでの情報を紙にまとめる。
ザクスの臣下は4人。ロザ、クト、ファズ、シャル。
まず、ファズについて。見たことはないので容姿はわからないが、闇の属性の持ち主で、その魔力量は面と向かって対峙したわけでもないのに空気がピリピリと張り詰めるくらいだった。クトにもらった一撃。あれも黒い靄を纏っていたからおそらくファズの魔力が込められている。魔力が貸し出せる件については後で考えるとして、貸出魔力であのレベル。ファズの力は底が知れない。
次に、シャル。クトは、シャルがもうすぐ復活すると言っていた。つまり、まだこの世に存在していない。属性もどういうものかわからないが、ロザはファズの逆属性、クトはシャルの属性の一部と言っていたから、クトと同じような魔法を使うのかもしれない。とは言ってもクトの属性もまだわからない。どんな攻撃をしてくるのかも不明だが、おそらく魔力の量はファズと同レベルだと思う。
ロザは光属性。ネセロスが地面に埋めた時にはまだ生まれたばかりで、言葉も話せない状態だった。埋められたまま敵の手に渡ったが、こちらも急がなくては復活してしまうだろう。
クトは人の脳に影響を与え行動を操ると言っていた。幻覚を見せていた攻撃も、人間の脳を操作するのは結構大変だから記憶の幻覚を見せていたと言っていた。ユーリを操っていた時には、僕に幻覚を見せる素振りすら見せなかったから、同時に複数の人間を操るのは難しいのかもしれない。それに、黒い靄の攻撃以外だと小剣を使った物理的な攻撃だけだったから、魔法での攻撃はできないのかもしれない。
あとは、魔法を貸与できるという話だが……これについては僕たちでもできるのかどうか試してみないとわからないな。何か魔法を閉じ込めておくようなアイテムとかあれば可能なのかもしれないが、そんなゲームみたいなものはないよなぁ。ないなら作ればいいって話だけど、この件についてはユキに相談するか。
ストップが強制解除されたことについては、どうやったのかはわからないけれど、「対策をしてきた」と言っていたから、次の戦いでもおそらく強制解除される。使えるとしたら、強制解除されるまでのわずかな時間だけだ。
ユーリの居場所、つまり敵の本拠地だが、今はユーリ本人に拒絶されているため、彼女の元へはゲートが開かない。これもおそらくクトの操作で拒絶しているのだろう。ユーリの元へは行けないとして……まだ半信半疑ではあるが、敵の本拠地に乗り込む手段も考えている。おそらく、ユーリへのゲートを拒絶していることで、僕たちは本拠地に乗り込めないと考えているだろう。この方法は賭けだが、不意打ちができるかもしれないと考えると、準備を整えてから試したい。
僕は1週間ほど部屋にこもって対策を練った。その間、ユキはロザが連れて行かれたことと、今後の対策について政府への説明をさせられ、東北支部はユーリがさらわれた件について色々と尋問を受けたようだ。引きこもっている間も僕は夜中には一人で福島へ行って大きな穴を見ていた。もうここにロザはいないから見張る必要もないが、福島に来るとネセロスの力が戻るスピードが早まると思った。4人の臣下が揃えば、次はザクスの番だ。もしかしたらザクスの復活も同時進行しているかもしれない。対抗できるのはネセロスの力だ。こちらも早く復活させなくては。




