ユーリの異変
その後、僕たちは『ゲート』を利用して各支部に簡単に行けるようになったので、各支部の戦士たちの戦闘能力向上のために模擬戦を行うようになった。エーワンメンバーにはまだ『ゲート』の持ち主がユーリであることは話していないので、東北支部との模擬戦を行う際にはユーリには参加しないでもらっている。
「ユーリ、大丈夫かい?あまり元気がないような感じがするけど。」
「いえ、大丈夫ですよ。なんか最近よく眠れていないみたいで。」
「そうか、疲れが出ているのかな。きちんと休むようにしてね。」
「わかりました。ご心配ありがとうございます。」
僕は東北支部での模擬戦の間、ユーリと並んで戦闘風景を見ていた。制服を着ているから顔色までは伺えないけれど、なんだかいつもよりも元気がない気がした。
ちなみに、僕はどの支部に行っても戦闘には参加していない。ユーリに『ゲート』を使わせないために戦闘には参加させないでいるのに、僕が『ゲート』を使って戦闘を有利にするわけにいかないし、僕が出なくてもエーワンメンバーが十分ボコボコにして、一般戦闘員と僕たちのレベルの違いを目の当たりにしている。改めて双子の属性たちの力がどれだけ強大なのかを思い知らされた。
「よう来たな。コタロー。今日は負けへんで。」
近畿支部の人たちはやる気満々だ。この前来た時にはろくに話もせず、「シャイニングアロー」を一発ぶち込んで終わりにしちゃったからな。急いでいたから仕方ないのだけど、支部を発つときも結構ブーブー言われていた。
「すみませんが、僕は今日戦いません。」
「なんやって?この前の借りが返されへんやんけ。」
「今日戦うのは僕よりも強い方ですから、この人たちに勝てれば僕にも勝ったことになりますよ。」
そう言って僕はフクさんとラクさんを紹介した。
「よろしくね。」
「たった二人で俺ら全員と戦う気か?……しゃあないな。やったろうやんけ。」
そんな会話をしていると、ボンッと炎と氷が出てきた。
「うおっ、なんやこれ?」
「俺の精霊たちだよ。」
「俺のもよろしく。」
ラクさんがそう言うと、ストームとアースも出てきた。
「俺たち二人と戦うってことは、六人と戦うことになるからね。容赦はしないよ。」
「じゃあ、始めようか。」
精霊たちはフクさんとラクさんとある程度離れても独自に行動できるようになっている。フクさんとラクさんも、精霊たちがいなくても魔法を使うことができる。魔力が上がってきているからだと思うが、やはり離れすぎると力が保てなくなるようで、フクさんチームとラクさんチームが合同で戦っている感じだ。今までフクさんとラクさんが連携の練習をしていたせいか、精霊たちも独自に連携して戦っていて、最高のチームプレーとなっている。
僕と紗奈さんと銀次さんは、演習場の端で紗奈さんが魔法で作った樹のテーブルと椅子に腰かけてお茶を飲んでいた。
「次はどこだっけ?」
「次は九州・沖縄支部の予定ですね。」
「ああ、マングース対ハブでも見てこようかな。」
「紗奈さん、いつの時代の話ですか?もうやってないでしょ。って言うか、今フクさんとラクさんが模擬戦やっているから、次は紗奈さんと銀次さんの番でしょ?」
「あ、そうか。じゃあ、こうやってまったりお茶飲んでいられるのも今だけか。近畿支部もすぐに終わっちゃいそうだね。」
僕らがお茶を飲む向こう側では、フクさんとラクさんが近畿支部のメンバーと戦っているが、圧倒的な強さで、近畿支部の主要メンバーが揃って攻撃を仕掛けても全く歯が立っていない。
「紗奈さん、お願いしますよ?フクさんとラクさんはそもそも親戚だし、コンビとしても息が合っているけど、私のパートナーは紗奈さんなんですから、紗奈さんにも頑張ってもらわないと、フクさんやラクさんの足を引っ張るようになってしまいます。」
「大丈夫だよ、銀次さん。俺はこれでも頑張っているんだよ。」
「そうは見えないんだよなぁ。」
そう言って銀次さんは「はぁ」と大きなため息をついた。
「銀次さん、僕から見れば紗奈さんと銀次さんはとても良いコンビに見えるよ。攻撃のタイミングとか、フォローの仕方とか、二人とも息ピッタリに見えるけど。」
「でしょでしょ。俺たち息ピッタリ。」
紗奈さんはニコニコと銀次さんに笑顔を向けている。
……そんな調子だから銀次さんに信用してもらえないんでしょう?
その日、東北支部、近畿支部、九州・沖縄支部で模擬戦を行ってきた。夜はエーワンメンバーだけで『ゲート』を組み合わせた戦闘訓練を行った。
訓練の後部屋に戻ると、僕はその足でロザの様子を見に行くことにする。
「ちょっと福島行ってくる。みんな休んでいていいからね。」
「あれ、コタローもしかして昨日も行ってる?」
「ああ。東北支部の人も見張っているようだし、ちょっと様子を見て来るだけだから一人で大丈夫だ。」
「私も行くよ。」
「そうだな、俺も行こう。」
「僕も行く。」
(……僕は待ってるね。)
「いや、いいよ。シュウ君一人置いていくわけにもいかないし。」
シロもクロもファーもじっと僕を見つめてくる。ああ、こいつら待っている気ないな。
「はぁ。じゃあ順番に行こう。今日はシロ。」
「やったぁ。じゃあ私行ってくるねん。みんな留守番よろしく!」
クロとファーとシュウ君を残して僕たちは福島へ向かった。
今日は制服を着ているままだから東北支部の見張りの人にも挨拶できるな。
「変わらないねぇ。」
「そうだな。変わらないのが一番だけどな。」
「あれ?あそこにいるのって……。」
ロザ埋め立て地に戦士が立っている。昨日もいたけど、監視カメラとかだけではなくて、きちんと人も置いて見張っているんだよな。
「夜中でもあそこに立っているんだ。東北支部の人も大変だよな。」
「あれってユーリじゃない?」
向こうも制服を着ているのに、よくわかるな。戦士たちの交代制なのか?相手がユーリなら挨拶してくるか。
「シロ、ちょっと挨拶しに行こう。」
「そだね。」
僕とシロは上空からユーリの元へ降りてきた。
「ユーリ、お疲れ様。」
「……」
反応がない。見張っているようで寝ているのか?
「ユーリ?」
「……はっ!あ、あれ?コタローさん?」
「ああ、僕だけど、ユーリ大丈夫?」
「え?ええ。だ、大丈夫ですけど、どうしたんですか?こんな所で。何かありましたか?」
「いや、ロザの様子を見に来ただけなんだ。ユーリは見張り?」
「ええ、そ、そうですね。見張り?ええ、見張っています。」
大丈夫か?なんか返事があいまいな感じだな。
「模擬戦の時もそうだったけど、ユーリ疲れているんじゃないか?見張りもしばらく代わってもらってゆっくり寝た方がいいんじゃないか?」
「……いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですよ。」
本当に?無理に働かされているんじゃいか?東北支部、ブラック企業だな?疑いながらフードの奥の顔を除くと、ユーリはちょっと疲れた顔で笑顔を作っていた。
「コタローさんは毎日ロザを見に来ているのですか?」
「まだ数日だけどね。ネセロスが気を付けろって言ってるから。」
「ネセロス王が?お目覚めになったのですか?」
「いや、力が付くとちょっと会話できたりするんだけど、ほとんど話せないな。」
「そうですか。いつの日かお話してみたいものですね。」
「復活したら連絡するよ。」
「ふふっ。ありがとうございます。」
東北支部の人たちは大変そうだな。僕も陰ながら見守ることにしよう。
「じゃあ、僕たちは帰るよ。今日もロザは埋まっている。変化なし。何かあったらすぐ僕のところに来るんだよ。」
「わかりました。では、また。」
ユーリに挨拶を済ませると、再度ロザ埋め立て地の上空に戻った。
「ねぇ、コタロー。」
「どうした、シロ?」
「やっぱり、ユーリちょっと様子が変じゃない?」
「疲れているんだろうな。東北支部に応援送れないか木村さんに進言しておこう。」
「……うん。そうだね。」
僕たちは、ゲートで部屋に戻った。
戻る寸前ユーリの元に人影が近づいてきたことに僕たちは全く気づかなかった。
翌日からも他の支部との模擬演習が行われた。夜にはロザを見に行く。しかし、あの日ユーリと話をして以来、東北支部の人が見張っていることはなくなった。木村さんに話しておいたから、人的負担を無くしたのかもしれない。これでユーリの疲れも取れると良いけどな。
「ねぇねぇ、コタロー君。」
中部支部での模擬演習の際に紗奈さんが話しかけてきた。
「『ゲート』の持ち主ってどの人?」
紗奈さんには『ゲート』の持ち主が中部支部の女性だと話してある。これだから女好きは……。
「内緒です。」
「えー。模擬戦やっていても全然『ゲート』使ってくれないし、どの人かわからないんだよ。教えてくれてもいいじゃん。って言うか、中部支部って男ばっかりじゃない?」
そう。これはちょっとミスをしたと思った。中部支部の人ってほとんど男性だった。今のところ女性を見ていない。ろくに挨拶もしなかったから女性がいないと思わなかったんだ。
「内緒です。」
「コタロー君のケチ。」
ケチで結構。これは僕が撒いた餌だ。敵にどの情報が伝わるかでスパイがわかる。今のところどこの支部も襲われたりはしていない。そもそも今回撒いた餌は、敵が『ゲート』の存在を知って、その持ち主であるユーリを襲うことが前提だから、敵が興味を持たなければ僕が単なる嘘つきということになるだけどな。少なくとも、エーワンメンバーの中にスパイはいないと信じたい。
「そういえばさ、コタロー君。」
「何ですか?紗奈さん。」
「俺の魔力って増えているのかな。最近全然体に負担を感じないのだけど。」
「そうですね。紗奈さんに限らずエーワンメンバーの魔力はここ最近でかなり増加しています。」
「……なんでそんなことわかるの?」
「僕のブレスレットで皆さんの魔力の量がわかるので。」
「えっ!そうなの?」
まぁ、みんなのブレスレットにプログラムを入れたことは話していないし、僕が魔力の残量を監視していることも知らないだろうけど、もう監視なんてしなくても無くなることがなさそうだからどうでもいいかな。紗奈さんは、この前のクトとの戦闘で倒れるくらい魔力を消費していた。僕も何回か倒れているけど、魔力が一旦枯渇した人は他の人に比べて増加量の幅が大きい。だから紗奈さんはもしかしたらエーワンメンバーの中でも1位・2位を争うくらいの魔力量になっているかもしれない。
「紗奈さん、この前クトと戦った時の魔力と同じくらい消費しても、今なら全然問題ないと思いますよ。」
「そうなの?できればもう戦いたくないけど……。あ、そうだ。コタロー君。実は話しておきたいことがあるんだ。」
フードの中に黒髪の真面目そうな青年が見える。今でも黒髪の紗奈さんは見慣れない。さらに真面目な話をしそうな紗奈さんは怪しく見えて仕方ない。何かいやらしい下心があるのではないかと考えてしまう。
「紗奈さん、変なことじゃないですよね?」
「違うよ。真面目な話だよ。」
うわぁ、怪しさが増した。
「実はね、クトと戦った時、あいつドロドロになっても生きていたでしょ。その時に、『ああ、こいつ姿変えられるんだな』って思って、次に再生した時に見た目変えられて近くにいても気付かないことがあったら困るなと思って、ドロドロになったクトの中心部分、おそらくあれがあいつのコアだと思うんだけど、そこに藤の花の匂いを付けておいたんだ。」
「藤の花の匂い?」
「そう。俺『藤島』だから『藤』が基調なのよ。」
匂いでマーキングしておいたって事か。それは助かるかもしれない。この前ロザのところで感じた敵の気配はクトのものとは違っていた。だけど、匂いがすれば気配や見た目が違っていてもクトだとわかる。
「でもコアの部分に匂いを付けただけだから、肉体を付けられると匂いも薄れちゃうかもしれないけどね。それに、その時にすでに倒せなくて逃げられるって思っての行動だから恥ずかしい限りだよ。だからみんなには言ってないんだ。まぁ、藤の匂いがしたら……って覚えておいてよ。」
「わかりました。って言っても僕、藤の花の匂い知らないですね。」
「えっ、ほんと?こんな感じの匂いだよ。」
そう言って紗奈さんは藤の花を咲かせてくれた。
「あ、藤の花!きれいですよね。」
「銀次さん。藤の花の匂いって知ってました?」
「ええ、もちろん。私、藤の花好きなんだ。」
「そうなんだ。」
え?何で紗奈さんが照れているの?まあいいや。藤の匂いは覚えておこう。
その日の夜は、ファーを連れてロザを見に来た。いつもと変わらない風景。今日も東北支部の人の見張りは無さそう……。
「コタロー、人が来た。」
それは一人の制服を着た東北支部の人だった。あれってもしかしてユーリじゃないか?
「ファー、ユーリかもしれない。行ってみよう。」
「うん。」
僕たちはユーリがいるロザ埋め立て地まで降りてきた。
「ユーリ、しばらく見なかったけど、やっぱり見張りはするのかい?君ばかり見張りの係をやっているよね?交代してもらえないの?まさか、押し付けられてる?」
「……」
「ユーリ?」
ファーがユーリの手を握った瞬間、ユーリのゲートが開く。
「ユーリ!何をやっているんだ!」
僕はとっさにユーリの両腕に手を延ばす。
バチンッ
掴もうとした腕が弾かれた。どういうことだ?
「「!」」
敵の気配だ。目の前に一人の人物が現れた。なんで今まで気づかなかったんだ!
細身で長髪の……女性か?見たことのない姿だが、敵であることは確かだ。
「コタロー、困るよ。やっとここまで手懐けたんだよ。」
そう言って、細い腕でユーリの体を包み込む。
「やめろ!ユーリに何をした!」
「そりゃあ、目の前に便利そうな女の子がいたから利用させてもらっているだけだよ。」
こいつは何だ?何で僕のことを知っている?これも情報が洩れているのか?ユーリのゲートはロザの上に展開されている。
「ほら、早くロザ回収して。その間、僕はコタローと遊んでいるから。」
敵は僕のことを見ていやらしい笑みを浮かべている。この嫌な感覚……。
「ねえ、コタローも遊びたいよね。」
!
気付いた時にはそいつは背後にいた。僕はとっさに距離を取る。その瞬間、フワッと覚えたばかりの匂いがした。藤の花の匂いだ。
「……お前、クトだな?」




