レベルアップ
そう言えば、フクさんやラクさんの精霊たちが少し大きくなった気がする。だいぶ魔法を使ったけど、二人の魔力消費もほとんどないようだ。精霊たちが大きくなったのは魔力が増えたからだろうか。やはり、魔力が強くなっているのは僕だけではないのか。
「フクさん、ちょっと試したいことがあるのですけど良いでしょうか?」
「うん。何だい?コタロー君。」
「ちょっと炎と氷を出していてもらえますか?」
ちょっと大きくなった炎と氷は、フクさんの両側の肩の上で浮いている。僕は背後に回り、フクさんの背中に右手を付けた。
「おっ?何するんだい?なんか背中が温かくなってきたよ?」
僕は右手を通じて僕の中にあるフクさんの属性を流し込む。すると、炎と氷は炎と水に包まれ、見る見るうちに大きくなってフクさんに並んだ。
「おおっ!何?どうなってるの?」
やっぱり、精霊たちの大きさは魔力の量によるみたいだな。それにしても、人と同じ大きさになったとはいえ、うちの精霊たちのように完全に人型になることはないんだな。これは……よくゲームで見かける召喚獣みたいな感じだ。火の召喚獣と氷の召喚獣だな。格好良い。
「おっ!炎と氷も同じくらいの大きさになったね!」
シロが炎と氷に話しかける。
(ああ、魔力がみなぎってくる。)
(最近フクの魔力量も多くなってきていたのだけど、コタローのおかげね。)
うん、なかなか良い声しているな。炎も氷も。……えっ?
「コタロー君すごいね。炎と氷が大きくなって格好良くなったよ。……うん?どうした、コタロー君?」
あれ?今、炎と氷の声が聞こえたような……。
「炎、氷、調子はどうだい?」
試しに炎と氷に話しかけてみる。普段なら、精霊は属性の持ち主と精霊同士しか話ができないから、炎と氷の言葉は僕の精霊かフクさんに通訳してもらわないと知ることができなかった。
(ああ、調子いいな。)
(そうね、魔法が使いやすくなった気がする。)
ほら、二人とも良い声している。
「調子いいって。」
「……シロ、聞こえた。」
「え?聞こえた?」
「ああ、炎と氷の声が聞こえる。」
「「「え?」」」
「……俺にも聞こえた。」
近くにいたラクさんにも声が聞こえたようだ。魔力が上がれば話もできるようになるのか。
同じようにラクさんにもラクさんの属性を流し込んだ。やはりストームとアースも人間の形ではないが人と同じくらいの大きさになった。こちらは風の召喚獣と土の召喚獣と言う感じだ。
……召喚獣が4体。すごい景観だな。どんな敵でも倒せそうな気がする。
(ありがとう。コタロー。)
(これで俺たちも戦える。)
ストームとアースの声も聞こえる。確かにこの大きさなら魔法だけでなく物理的にも一緒に戦えそうだ。まだ『ゲート』の連携がうまくいかないのに、戦闘メンバーが増えたら、さらに練習積まないとな。
「なになに?どういうことになっているの?」
遠くで連携魔法の練習をしていた紗奈さんと銀次さんがやってきたので、二人にも同じように二人の属性を流し込んでみた。
紗奈さんの精華と麗華は、かわいい双子の少女だった。かなり人型に近いが、髪の毛が枝のようになっていて時々葉っぱが生えている。
「何?紗奈さんって幼女趣味?」
「いやっ、ち、違うよ!」
銀次さんの冷たい視線を感じて、紗奈さんは全力で否定している。精霊たちは自分たちのなりたいと思う形になっているようなので、幼い姿は精華と麗華が望んだ姿なのだろう。比べ、銀次さんの妖鬼妃と夜叉姫は着物を着たお姉さんだ。いずれにしても人型に近いが人間の形とは少し違う。妖鬼妃と夜叉姫に至っては、妖艶な感じが……なんとも幽霊のような雰囲気を醸し出している。
「妖鬼妃さんと夜叉姫さんは色気ムンムンだねぇ。」
「ちょっと紗奈さん!うちの精霊を変な目で見ないでください!」
銀次さんが怒っている。でも妖鬼妃と夜叉姫は誰が見ても色気ムンムンだ。属性主の銀次さんと全然違うタイプなんだな。
(コタロー、ありがとう。)
(これで私たちはもっと銀次の力になれる。)
妖鬼妃と夜叉姫がふわっと僕のところに来て耳元で囁いた。ひやぁ、なんか霊に取りつかれている感じ。ちょっと怖いのでそんなに近づかないでください。
(うふふ、かわいいわね、コタロー君)
「からかわないでください。」
「いいなぁ、コタロー君。俺に絡んでくれればいいのに。」
「ちょっと!紗奈さん。」
ドスッ ドスッ
「いって!」
銀次さんの注意の声と共に、両脇腹に精華と麗華のパンチが入った。
これで、全員の精霊が大きくなり、声も聞こえるようになった。少し手伝っただけなのだが、もう精霊が小さくなることはなかった。全員レベルアップしているんだな。
「すごいじゃないか、コタロー。」
敵役をやっていたユキが戻ってきた。回を重ねるごとに力が減っていると言っても、ユキの力はまだまだ健在だ。僕たちが総出で戦ってもなかなか攻撃が入らない。
ユキは疲れた様子を見せることなく、僕たちを見ながら何やら考え込んでいる。
「なんか召喚獣みたいで格好いいよな。」
「でもこれじゃあ、コタロー君みたいに一緒に買い物に行ったりはできないね。」
精華と麗華は、紗奈さんにぴったりとくっついている。
「これって、戻すにはどうしたらいいんだろう?このままじゃ外出られないな。」
「いつもは戦闘が終わるとシュッと体の中に戻りますけどね。精霊って、離れると消えるのでしょうか?」
「シロとクロとファーは離れても消えなくなったんだ。みんなはどうなんだろうな。」
「精霊は属性の持ち主と共にある。だから離れたら消えるはずなんだけど…完全な人間の姿といい、シロ、クロ、ファーはやっぱり特別なんだろうな。」
「特別?」
「そう。私たちの持つ属性は、あくまで『コピー』なんだよ。ネセロスが星の民からコピーした属性。それとは違い、コタローの属性はネセロスの持つ属性そのもの、つまりオリジナルなんだ。そのあたり、ネセロスならわかるのかな。」
ユキはそう言うと僕のことを見つめる。ネセロスは……反応ないな。僕は静かに首を横に振った。
「そうか、ダメか……。今日は『ゲート』を使いながら連携する練習をしたけど、やっぱり初めてのせいもあってうまくいかないよね。それって、お互いの意思疎通がいまいちうまく行ってないからだよね?」
「そう。フクさんやラクさんがここぞという時に僕が対応できないし、まだ準備ができていないのに転送してしまったり。練習が必要だよな。」
「それって、精霊たちにやらせたらどうなる?」
「どういうこと?」
「精霊たちならフクやラクの次の行動がわかるでしょ?それをコタローもしくはファーに伝えて『ゲート』で転送させるの。コタローが転送しようとするのがわかればフクやラクも準備できるじゃない。」
……なるほど。魔法を使おうとすることは精霊たちはわかるはずだから、次にどんな攻撃をするのかも理解しているはずだ。あらかじめ次の行動がわかればうまく対応できるかもしれないな。
「ちょっとやってみようか。」
フクさんとラクさんは精霊たちを連れて戦闘モードに。僕も『ゲート』の準備をする。敵役はユキだ。
「いつでもいいよ。」
「オッケー。じゃあやってみよう。」
戦闘が始まると、精霊たちの次の行動が頭の中に入ってくる。
「……処理……しきれない。」
フクさんとラクさんの攻撃が早すぎて『ゲート』が追いつかない。
「コタロー、一旦ストップ」
シロに言われてストップをかける。
「すまない。頭が追いつかない。」
「今度は僕がやる。コタローは他の魔法で攻撃していていいよ。」
「ファー?」
いつになくファーがやる気だ。そうか、魔法もそれぞれ単独で使えるようになったのか。ファーが近くにいなくても、他の魔法を使っていたとしても、僕は僕で魔法が使える。
「わかった。じゃあ再開しよう。」
「「「リスタート」」」
すごい、精霊同士だとより情報のやり取りが早く済むのか、ファーの『ゲート』がうまく機能している。これは画期的だな。僕も攻撃魔法に専念できるし、フクさんもラクさんも楽しそうだ。これを自力でやっているユーリはすごいな。お互いの信頼関係がなせる業なんだろうな。
「よし、今日はここまでにしよう。なかなかいい感じだな。次回は紗奈と銀次も一緒に僕に攻撃してくると良い。受けて立とう。みんな精霊たちを体に戻す練習するんだよ。」
「「はーい」」
返事をしたものの、みんな精霊が大きくなったのが嬉しいようで、ワイワイと話をしていた。
「……コタロー、ちょっといいか?」
ユキは僕を連れて建物の陰に隠れた。そして、ポケットから予備のカチューシャを取り出した。
「これ。預けておくね。」
「ああ、ありがとう。すぐに返すようにするよ。」
僕はカチューシャを受け取り誰にも見られないようにポケットにしまった。
そういえばお昼を大量に食べたせいか、まだ夕食を食べていなかった。時間は夜22時を過ぎている。
「シュウ君、今日は僕の部屋に来るかい?僕たち夕食をまだ食べていないからこれから食べるけど、一緒にどう?」
(コタローくん、ありがとう。じゃあ今日はコタローくんの部屋に行こうかな。いい?ユキちゃん)
「ああ、いいよ。もう今日は特に用事もないし、何かあったら呼ぶから、呼ばれるまではコタロー達と一緒にいていいよ。」
(わかった。ありがとう、ユキちゃん。)
みんなまだ帰る様子がなかったので、僕はシュウ君を連れて部屋に戻った。夕食と言っても作る材料もないし料理を作る能力もないからどこかに行って買ってこないとな。
「シュウ君は何が食べたい?何か買いに行ってくるよ。」
(今日はもう遅いし、何もいらないよ。)
「そうかい?シロたちはどうする?」
「何か甘いものが食べたいなぁ。」
「僕も。」
「俺はいらない。というか、精霊は基本食べないからな?」
「まあいいさ。今日も疲れただろう?何か適当に買ってくるよ。」
僕は近くのコンビニまで出かけた。適当におにぎりとかコンビニスイーツを買い物かごに入れてレジに向かう。レジと言っても、僕が子供だった頃のように人がいてバーコードを読んで現金を払うわけではなく、かごに入った物をスキャンしてクレジットカードで自動決済されるので、基本的にレジに人は常駐していない。ところが、この日はレジに一人の男性店員がいた。さっきまで品出しをしていたのだが、僕が会計を済ませていると、その男性店員が話しかけてきた。
「そのブレスレット……。君も『ウェポンマスター』をやっていたのかい?」
男性は40代後半だろうか。その人の腕にもブレスレットがはまっていた。僕のブレスレットに気付いて話しかけてきたようだ。
「ええ、まあ、そうですね。期間は短いですが、少しの間プレイしていました。」
「そうか。それで、何か不幸なことはなかったかい?」
男性店員はどこか切なそうな顔をしている。不幸なことってどういうことだろう。
「いいえ、これと言って特には……」
「それは良かった。私はこれに人生を狂わされたよ。」
「……どういうことでしょうか?」
「化け物になる可能性があると仕事を辞めさせられた。だけど、そんなことはどうでもいい。私が息子と一緒に遊んでしまったせいで……このゲームに息子を奪われてしまった。」
息子?属性バランスが崩れて亡くなったのか?
「息子さんは……もしかしてお亡くなりに?」
「いや、死んではいないらしい。だけど、もう帰って来ない。妻は怪我をして、回復したときには愛する息子がいなくなっていた。落ち込んで、もうずっと妻の笑った顔を見ていない。今度息子に会わせてもらえることになったのだけど、それが本当に妻の為なのかわからない。すべては私が……私が息子にゲームをやらせてしまったのがいけないんだ。私なんてどうでもいいんだ。息子を、息子を返してほしい。」
そうつぶやく男性店員の胸の名札には『浅海』と書かれていた。
浅海……シュウ君のお父さんか。『ウェポンマスター』プレーヤーが化け物に変わる可能性があると公表されてから、しばらくブレスレット所有者が迫害を受けている時期があったが、仕事も辞めさせられて、夜中のコンビニくらいしか働き口がなかったのだろうな。さらにシュウ君のお母さんはシュウ君がいなくなって落ち込んでいる。そりゃそうだろう。夫婦そろって職も息子も失って、『ウェポンマスター』が人生狂わせたんだな。
「浅海さん、浅海さんの体調は大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。暗い話をしてしまったね。私は大丈夫だ。もう『ウェポンマスター』のプレーヤーも暴走しなくなったしな。つまらない話をすまなかった。君に何事も無くて良かった。」
『何事も無くて良かった』……か。おそらく『ウェポンマスター』プレーヤーで僕ほど色々あった人物はいないだろう。何と言っても「とある星の王様」の魂から生まれているんだ。とは言え、「僕は生まれる前から色々あったんですよ」とは言えない。伝えてあげたい。シュウ君はとても良い子で、今も僕と、僕の仲間と一緒に楽しく過ごしていますよ、と。でもそれでは僕の正体を明かすことになってしまう。
「浅海さん、僕は両親がいないので父親と母親の愛情を知りません。十一年間優しいお父さんとお母さんに育てられて、あなたの息子さんはとても良い子なのでしょうね。たとえ会えなかったとしても息子さんは浅海さんの愛情をしっかりと感じていると思いますよ。」
思ってもいない反応だったのだろう。浅海さんは驚いた顔でこちらを見ていた。
「ああ、ありがとう。私たちも息子のことを愛している。姿は変わってしまっても愛する息子であることに変わりはない。そうだな、ずっと悩んでいたけど、もう一度妻と話して、会えるように頼んでみよう。」
僕は会計を終えてコンビニを出た。店の裏に回り、誰もいないことを確認すると、『ゲート』で部屋に戻った。
「両親がいないか……。私たちにできることは離れていてもずっと愛情を注ぐことくらいだからな。ちゃんと向き合ってみよう。不思議な青年だったな。ありがとう。……そういえば、私は息子が11歳だって言ったかな?ふふっ。まあ、いいか。」
「シロー、ファー、はい、甘いもの。」
「ありがとーコタロー。」
嬉しそうにシロとファーは袋を広げた。
「早かったな。」
(おかえり、コタロー君)
「近くのコンビニに行って来ただけだからな。帰りはゲートで帰って来られるし。」
そう言うと僕はシュウ君を見つめた。
(なに?コタロー君、どうしたの?)
「いや、何でもない。シュウ君がこんなに良い子に育った理由がわかったよ。ご両親に愛されているんだね。」
僕はシュウ君の頭をなでた。
(うふふ、どうしたの、急に?コタロー君)
「何でもない。何でもないんだよ。」
みんなが眠ったのを確認すると、僕は『ゲート』でロザ埋め立て地の上空へ向かう。
「今日も異常はないようだな。」
(……警戒しろ、コタロー。ザクスの力を感じる。)
(ネセロス?さっきまで静かだったのに。力は回復してきているのか?)
(……ここに来ると、少し力が戻る。)
(昨日来た時に、敵の気配を感じたんだ。僕の知らないロザとクト以外の臣下はどういう奴らなんだ?一人は闇の属性だよな。)
(……そうだな。闇の属性のファズ。もう一人は……属性の……シャル……。)
(ネセロス?)
(……)
もう声はしなくなってしまった。他にも聞きたいことは山ほどあるのに、やはりまだ力が戻っていないのだな。闇属性の敵の名前は「ファズ」。もう一人の属性は聞き取れなかったな。名前は「シャル」か?ここに来ると力が戻ると言っていた。毎日見張りに来るのはネセロスの為にも良いかもしれない。さて、ネセロスは警戒しろって言っていたけど、今日は大丈夫そうだし、戻って部屋でやりたいことがある。今日はもう戻ろう。
ふとロザ埋め立て地を見ると、一人の制服を着た戦士がいた。これと言って何をするわけでもなくじっと埋め立て地の近くに立っている。東北支部の見張りだろうか。こんな夜中までご苦労なことですな。今日は制服を着ていないから挨拶はできない。
「お先に失礼します。」
小さな声で挨拶をして僕はゲートで部屋に戻るとパソコンの前に座った。先ほど預かったユキのカチューシャをパソコンに繋げる。
「接続は今時珍しい3.5ミリの4極か。これで直接耳の後ろに繋いでいるんだな。僕のブレスレットのインターフェイスと接続するには……このコードが必要か。どんな情報がカチューシャに流れているのかも確認しておこう。……カチューシャから微弱な電波を流すことで脳を活性化させているのか。それでユキは人より多くの情報を処理することができるんだな。この前会話をしながら紙に書いて質問したけど、紙の質問も会話の質問も両方処理できたのはカチューシャのおかげか。……ずるいな。あとは……これで……。僕のブレスレットにユキの情報を直接入れたり……。ユキにもこちらに入ってもらったり……。」
気付くと午前2時を回っていた。こんなもので良いかな。カチューシャの解析は終わったし、僕とユキを直接つなぐこともできそうだ。今度会った時に返しておこう。
僕は静かに部屋に戻り、寝ているクロの脇を抜け自分の布団に入った。




