日本列島支部巡り(北海道支部編)
待ち合わせの札幌駅で、まだ時間に余裕があった僕たちはカフェに入ってお茶を飲んでいた。
「コタロー、北海道はお魚がおいしいんだって。」
「イクラ、食べてみたい。」
シロもファーも食い意地がすごい。まあせっかく北海道に来たし、あとで食べさせてあげよう……っと、違う違う。忘れるところだった。
「今日の夕食はラクさんちで食べることになっているから、イクラは今度な。もういつでも来られるから。」
「え~。イクラ食べたかった。」
二人そろって膨れた表情をしている。
「ラクさんの手作りご飯もうまいぞ。」
「……そうだね~」
シロとファーはニコニコして顔を見合わせている。ちょろいな。
「ゲートの話は、まだみんなには内緒だから、北海道に来たことは話に出しちゃダメだぞ。」
「本部の方は仲良しなのですね。」
ユーリがクロと話をしている。
「いや、仲が良いのはエーワンメンバーだけだ。本部に他にどんなメンバーがいるのかは僕らも知らない。戦士の宿舎もエーワンメンバー以外はどこに住んでいるのかも知らないな。」
「あら、そうなのですね。私たちの東北支部とは規模が違うのでしょう。」
そんな話をしていると、時間になったのでカフェを出て待ち合わせ場所に向かう。
遠くから歩いてくる人を見てすぐにわかった。あの黒スーツ。絶対あの人だ。
「橋崎虎太郎さんですね。」
ほら。やっぱり。
「そうです。北海道支部の方ですね。」
「はい。支部までご案内します。」
僕らは黒スーツに連れられて北海道支部まで向かった。木村さんから聞いていた通り施設は全て地下にあるようだ。待合室に入る前に制服に着替え、顔が見えないようにする。僕とユーリは支部の待合室をよく見て記憶する。物の配置とか、部屋の感じは違うが、色合いはどこの支部も似たり寄ったりだな。わかりやすいように木彫りの熊とか置いておいてほしいくらいだ。
あちこち見まわしているうちに、一人の人物がやってきた。
「待たせたね。私が北海道支部の支部長だ。」
僕らは基本的に本名を名乗らない。戦士となった者を信用していないわけではないが、用心に越したことはない。正体を明かすことが身の危険へと繋がる。基本的に名前も名乗らないし、こうやって対面しても顔を見せることもない。そういえば、黒スーツは僕の名前も顔も知っている感じだった。あいつらはどういう立場の人間なんだろうな……。恐るべし黒スーツ軍団。
「初めまして。コタローです。この度は、突然の訪問に応じていただきありがとうございます。」
「こんにちは。東北支部のユーリです。コタローさんに同行させていただいています。」
「……後ろの3人は?」
「彼らは僕の精霊です。右から、シロ、クロ、ファーです。」
「「「初めまして。よろしくお願いします。」」」
おお、シロ、クロはわかるが、ファーもきちんと挨拶している。ユーリの指導のおかげだな。
「突然訪問させていただきましたが、もう用事は済みましたので、帰らせていただきます。お邪魔しました。」
ぺこりと頭を下げ帰ろうとする。僕たちの目的はこの場所に移動できるようになることだ。待合室を覚えればもう用はない。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。せっかく四本ラインの人が来たんだ。うちの戦士と模擬戦して行ってくれ。」
なんだ、なんだ。訪問するたびに模擬戦をやらされるのか?時刻は17時。会議は18時半からだから、時間があるにはある。…仕方ない、少し付き合うか。
「わかりました。1時間程度でしたら時間が取れますので簡単なものになりますが、よろしくお願いします。」
僕らは地下3階へ連れて行かれた。北海道支部の造りは、最下層が地下3階のようで、一部に宿舎や会議室等の施設があり、そのほかの空間は全て演習場になっているようだ。とにかく、横に広がる面積が広い。演習場には数名の戦士が並んでいた。
さてと。東北支部の人は割とすぐ満足してくれたけど、北海道支部の人たちはどうかな。
「いつでもいいですよ。」
僕は支部長に告げると、武器を具現化させた。支部長の合図で一斉に攻撃が仕掛けられる。どの程度まで攻撃をして良いものか、僕は攻撃を避けながら考ええていた。すると、急に押しつぶされるような感覚になり、地面に叩きつけられた。
地面に叩きつけられてできた怪我は瞬時にクロが治してくれる。治るとはいえ、怪我をした瞬間は痛いんだぞ。物理的に攻撃してくるものや、目に見えて飛んでくる魔法は簡単に避けられるが、それに混ざって、体全体を圧迫されたり、腕だけを圧迫されたりと、見えない攻撃に邪魔される。見えないものを相手にするのは結構難しいのだな。
「コタローさん、右側!」
地上からユーリが大きな声で叫んでいる。僕は右側を警戒する。すると、何やら空気の球のようなものが通り過ぎて行ったような感覚があった。なるほど、あの空気の球に当たるとその部分が圧迫されるのかもしれない。空気を圧縮しているのだろうか。
「ユーリ、ありがとう。」
ああ、面倒だ。誰があの空気圧縮砲を打ってくるのかわからないけど、もう時間もないし一気に片づけてしまおう。
「ファー、魔法陣展開。」
演習場の上空に複数の黄色く輝いた魔法陣が発生する。戦士たちは突然の展開に驚き、一瞬動きが止まる。
「シャイニングアロー!」
魔法陣から無数の光の矢が降り注ぐ。轟音と共に、あたり一帯が砂ぼこりで見えなくなってしまった。みんな怪我していないだろうか。光の魔法はあまり使ったことがないから、どのくらいのダメージになるかわからないんだよな。魔法がどこからくるかわかりやすいように魔法陣も展開したし、逃げられたよな。
「うおー、すげえな。」
「死ぬかとおもったよ。」
砂ぼこりが収まってくると、戦士たちの声が聞こえてきた。よかった、無事なようだ。まあ、怪我だったらクロにすぐに治してもらうけどな。
「このくらいで良いでしょうか?」
「……ん?あ、ああ。……いやぁ、思っていた以上にすごいな。こんなに広範囲の魔法を使っても体力無くならないんだな。」
支部長さんも驚いてくれているようで、何よりです。
「では、我々はもう行きますね。ユーリ、今日は一旦戻ろう。明日また東北支部に迎えに行くから。」
「わかりました。さすがですね、コタローさん。」
「あ、ユーリ。何かあればすぐに僕のところに来ていいからね。」
「?……わかりました。それでは、おやすみなさい。」
僕たちはお互いにゲートを開いてそれぞれの自分の部屋に戻った。
会議は18時半からなので、早めにシャワーを浴びておく。シロとファーは一緒に入るとしても、全員シャワーを浴びるには時間がかかる。素早く済ませなくては。
「コタロー、シャイニングアローって?」
シャワーを浴びてきたクロがタオルで髪を拭きながら話しかけてきた。
「ああ、急いで魔法に名前を付けてみた。ああやって叫んで魔法を使う方がそれっぽくないか?」
「ああ、……そうだな。それにしてもシャイニングアローって、……そのままだな。」
そうさ。ネーミングセンスがないのは君らが一番知っているだろう?
「でもカッコイイじゃん。」
脱衣所からヒョコっと可愛い顔が出てきた。ありがとう、ファー。でも、きちんと体を拭いて服を着てから顔を出してくれ。
というか、精霊もシャワーを浴びる必要があるのか?気持ちいいのか?さっぱりするのか?よくわからないな。
さて、時間は18時。そろそろ会議室に移動しなくては。
「……以上が、政府へ報告した内容である。君たちエーワンメンバーには、これまで通り関東一帯の守備に加え、敵が出てきた時にすぐに出動できるよう常に準備をしておいてほしい。」
いつもの定時連絡の会議だった。会議が終わるとすぐに木村さんは出て行ってしまうので、僕は急いで木村さんを呼び止めた。
「木村さん!ちょっと待って!」
「あ、どうした?虎太郎君。」
「シュウ君は大丈夫ですか?」
先日の福島の一件で、シュウ君のことを政府へ報告しなければならなくなってしまった。彼がいなければ、僕たちはやられていたかもしれない。シュウ君がいてくれたから助かった、と言う良い方向での報告なのだが、彼は見た目が獣だし、弱いが魔法も使えて力は強い。彼を見た政府の人間どもが何を言うかわからなかった。
「ああ。大丈夫だよ。政府の人たちも彼を見て驚いてはいたが、悪意がないのは伝わった。ただ、一旦親御さんと会わせることになってね。今準備中だ。今はユキが預かっているから安心していいよ。」
「良かった。処分とか言われていたらどうしようかと思っていました。」
そう言うと、木村さんは一瞬驚いた顔をして苦笑いをした。ああ、そういう風に言った人もいたのだな。シュウ君に悪意がないことを証明するために木村さんとユキが頑張ってくれたのだろう。
「おーい、コタロー君。」
フクさんに呼ばれた。次はラクさんの部屋で夕食だ。
「はーい。今行きます。それでは、木村さん。また明日から支部を巡りますので、何かあれば連絡ください。……連絡くださいね。」
「ああ、わかっているよ。」
そんなこと言って、今日の会議のこと教えてくれていなかったくせに。僕は一旦部屋に戻り制服から私服に着替えると、ラクさんの部屋で一緒に夕食を食べた。事前にフクさんが言っておいてくれたおかげで、ものすごい量の料理が出来上がっていた。
「それでは、部屋に戻りますね。シロ、クロ、ファー、行くよ。ラクさんごちそうさまです。たくさんいただきましてありがとうございました。(食べたのは主にシロとファーですが。)」
「アオイ、ごちそうさま。また来るね。」
フクさんは酔うとラクさんを「アオイ」と呼ぶことがある。二人は兄弟みたいなんだよな。僕は一番下の弟のような扱いをされている。兄弟がいたらこんな感じなのかな、なんて思ったりもする。こうやってたまに面倒を見てくれて優しくしてくれるのはありがたい。
僕たちがラクさんの部屋を出た時刻は22時。お酒の入ったフクさんも僕の精霊たちもだいぶ眠そうだ。
「フクさん。」
「どうした?コタロー君。」
「実は、今日北海道支部まで行ってきまして、『ゲート』という魔法をメモリーさせてもらったんです。僕の知っている場所や人のところに移動できる『ゲート』を開くことができるんですよ。」
「そうなの?いつの間に北海道行って来たの?あれ、昼間会わなかったっけ?」
「あれもゲートで移動していたんですよ。ただ、まだみんなには報告していないので内緒にしておいてもらえますか?」
「何で内緒?便利なんだから教えてもいいじゃん。」
「便利だからですよ。まだ僕以外が移動手段として使えるかどうか判断できないから、あてにされたら困るでしょ。」
「そっか。じゃあコタロー君がみんなに報告するまでは内緒にしておくよ。教えてくれてありがとね。」
「では、フクさん。おやすみなさい。」
本当は僕以外も移動できることはわかっているのだが、内緒にしておいてほしい理由は作っておかないと。これで、フクさんは『ゲート』の持ち主は『北海道支部』にいると認識したはずだ。
「コタロー、何で北海道で『ゲート』をメモリーしたって言ったの?ユーリは東北支部の人でしょう?」
シロが不思議そうに質問してきたが、クロもファーも疑問に思っていたようだ。
「ちょっとした仕掛けだよ。僕はまず近くにいる人たちの疑いを晴らしたいんだ。」
「疑いを晴らすのに嘘を付くの?」
「そうだね。ユーリをダシに使うのは申し訳ないけど、敵はユーリの存在が気に食わないと思うんだ。どこで敵が反応するか、今は様子を見ているんだよ。」
「ふーん。よくわからないけど、余計なことは言わないように気を付けるね。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
僕たちは部屋に戻ると、再び制服に着替える。
「シロ、クロ、ファー。行くぞ。ファー、もう少しだから頑張れ。」
「うん。」
やはりこれだけ移動と魔法を繰り返しているとさすがに疲れてくるな。
「ゲート」
ここは、福島第一原発近く、ロザが埋められている場所の上空だ。
ロザが埋められた一帯は立ち入り禁止区域とされ、原子力発電所の職員でも立ち入ることはできない。ここには監視カメラや熱監視システムなどが設置され、東北支部がロザを見張っている。見た目は埋めた時と変化がない。埋められている以上、ショベルカーか魔法を使わなければ掘り出すことはできないはずだし、そんなことをしたらすぐに東北支部に緊急アラームが鳴るはずだ。埋められたまま復活させる方法なんてあるのだろうか。とは言え、ネセロスが「ロザが力を付けてきている」って言っていたし、あいつらどんな形になっても復活するからな。油断はできない。
そう言えば、「ゲート」が使えるようになって「人」の場所にも移動できるようになったとわかった時に、クトのところへ移動できるか試してみたのだが、ゲートは開かなかった。敵の拠点がわかればと思ったがダメだった。あいつらは形が自由自在だから、見た目だけでは本体の居場所ということにはならないのだろう。クトの顔を覚えていたからと言って、偽物の顔を覚えていても意味がないと言うことだな。あの顔はもうこの世には存在しないのかもしれない。
「!」
何か気配を感じた。気配のした方に振り向くが、気配はすぐに消えてしまい、何がいたのかまではわからなかった。
「……感じたか?」
「ああ、嫌な気配だ。」
「たぶん敵だね。」
「でも、今までに感じたことのない気配だったよ。」
クロ、シロ、ファーも同じように感じたようだ。敵はロザ、クト、そしてあと二人の臣下。まだ見たことのない奴がいたのか、それとも、姿を変えるように気配も変えられるのか。どちらにしろ、やはり誰かがロザを監視している、と考えた方が良さそうだ。ネセロスが言っていた通り、敵がロザの回復を手伝っているのかもしれない。土や鉄を操作できる敵だとまずいが、そうだとしたらさっさと回収しているだろう。敵もなかなか回収できないからロザの回復を待っている、と考えるべきか……。
気配も消えたので、今日は一旦休むことにしよう。
「一旦帰ろう。ファーも眠いだろう?」
「うん。そろそろ限界……。」
ファーは今にも寝てしまいそうだ。
「ゲート」
僕らは部屋に戻ると、寝間着に着替えて布団に入る。
「みんな、お疲れさま。」
今日一日は長かった。巡る支部はあと5か所。どこに行っても模擬戦をやらされるのだろうか。さっさと行って帰ってきたい。そんなことを考えながら目を瞑ると、すっと眠りに入ってしまった。




