スパイ疑惑
サーバールームにて、ファーに作業をしてもらった後、僕は倒れて一晩眠っていた。居間が少し賑やかだったが、確認する余裕もなかった。どうせシロとファーが遊んでいたのだろう。翌朝目は覚めたが、異常なほど体が重い。負荷はかかると思っていたが、一晩眠るくらいで済んでよかったのかもしれない。
プルルルル
部屋に電話がかかってきた。珍しいな。この部屋の電話は備え付だが、スマートフォンがあるため部屋の電話を使うことはない。こういうローカルなことをしてくるのは木村さんくらいだ。あの人はなぜ僕の居場所がわかるんだ?そして、なぜスマートフォンにかけてこない?
「もしもし」
「虎太郎君、おはよう。昨日の報告をするから会議室に集まってくれ。」
会議室は地下二階。福島で色々あったから本部の会議室が懐かしく感じる。
「わかりました。すぐ行きます。」
「あ、一応制服着てきてね。」
制服は、フードで顔を隠し正体を明かさないためと、戦闘時の防護用だ。昨日の報告だけなのに魔法使うことがあるのだろうか。それとも、正体を明かせない誰かがいるのか?
僕は制服に着替え、同じく制服を着たシロ、クロ、ファーを連れ会議室に向かった。部屋にいたのはいつものエーワンメンバーだ。
「コタロー君、おはよう。ゆっくり休めたかい?」
「おはようございます。ええ、まぁ…。」
気に掛けてくれたのはフクさんだ。まさか倒れていたなんて言えない。みんな制服で集まっているので顔は見えないが、誰かはすぐにわかる。
「全員そろったか?では始めよう。」
木村さんは、昨日の政府への報告をまとめた。
「…以上の報告を上げてきた。そこで決まったことなんだが、今までは出動依頼があり、制服を着ている時のみ魔法の使用を許可してきた。ところが、今回のように通常のアンノウン出現とは異なり、制服に着替えることすらできずに戦闘しなければならないこともあると分かった。ザクスの臣下が人型であった以上、どこに潜んでいるのかも、いつ攻撃してくるのかもわからない。敵が『アンノウン』というわかりやすい形だけではなくなったんだ。だから、普段から魔法の使用が許可されることになった。この建物内だったら目に見える魔法を使っても構わないが、もちろん爆発とか建物自体を破壊する行為等はダメだ。建物の外でも、魔法を使うのはいざという時のみで、極力自分が魔法を使った事実を人に知られないようにしなくてはならない。理由はわかるね?」
理由……。そうだ。一般の人にとってはアンノウンも魔法を使える僕らも恐怖の対象であることは変わらない。アンノウンから救ったとしても、あくまで化け物が化け物を倒しているだけなんだ。
「いざという時っていうのは、敵が攻撃してきた時、ってことで良い?アンノウンの対応は今まで通り?」
「そうだな。アンノウンの発生は属性のバランスが崩壊したときだからある程度把握できる。それなら他の戦士も出動させられる。これからはどのような形で敵が攻めて来るのかわからないから、それがいざという時だな。判断は君らに任せる。君らが守るべきものは人間だ。人間にどう扱われようと、人間を守らなくてはならない。それが政府の要望だ。」
言い方というものがあると思うが、大衆が僕らを「敵」とみなせば、政府も僕らを「敵」として扱い、守ることはできないのだろう。それは仕方のないことだ。化け物扱いされようとも、僕らは「敵」とみなされないように、人を守り続けなければならない。
「以上で報告は終わる。これからはいつどこで呼び出しが来るかわからないから、出かけた先でもすぐに制服が着られるよう持ち歩いておくといい。じゃあよろしく頼む。」
そう言って木村さんは忙しそうに会議室を出て行った。
「制服着る必要あった?」
「誰か暴れるとでも思ったのかな。」
「いつでも魔法の使用が許可されたから、なるべく着ておいてほしいということじゃないでしょうか。」
「じゃあ、俺は部屋で花でも育てようかな。魔法があれば簡単だし。」
最後の発言は紗奈さんだ。全員が紗奈さんを見る。
「チャラ男が花?」
「贈り物用?」
「似合わなすぎる。」
「…ファーちゃん、シロちゃん、クロ君、君たちねぇ。」
「あ!そういえば、紗奈さん、髪黒くしたんですよ!」
「「えっ?」」
フクさんとラクさんが驚いている。そう言われた紗奈さんは、ササっとフードを外した。
「「ええー!」」
やっぱりそうなるよね。久しぶりののどかな会話を、ユキは静かに見守っていた。
(ユキ)
(ん?コタロー?どうした?)
(今日ちょっと時間取れないか?昨日話したかったんだけど時間が取れなかったから…)
(ああ、昨日言っていた「気になる」ことかな。じゃあ夕方4時に演習場に集合で。)
(わかった。忙しいのに悪いな。)
(ううん。大丈夫だよ。)
夕方4時少し前、僕は制服を着て演習場に向かった。サーバールームを含め、演習場が見える部屋に誰もいないことを確認し、ユキを待つ。広い演習場の一角で、小さな声で話すとしても、誰にも聞かれたくなかった。間もなくユキが来た。
「ああ、ユキ。」
「コタロー、話聞きに来たよ。」
「ああ。実は…」
話し出す前に僕は小さなメモ帳を取り出した。そして、監視カメラに背を向けるようにして立った。
「ユキのカチューシャのことなんだけど…」
話しながら僕はメモ帳に書き始める。
【これから質問するけど、回答はここに書く内容に対する回答をしてほしい。】
「え?」
【あと、精霊を通して会話をするのも禁止で。】
そこまで書くと、僕は話を続ける。
「初めて会った時、変わったカチューシャだなって思ったんだ。機械っぽいと思ったらプラグで繋がっていたんだな。そのプラグ、うまく使えないか考えていたんだけど…、考えていたらふと思い出したんだ。ユキ、初めて会った時のこと、覚えているか?」
話しながらメモ帳に書いていく。
【この前の戦闘で、クトが最後に言った言葉、覚えているか?】
「え、あ、ごめん。よく覚えてないかも。」
「そうか。初めて会った時、ユキは車に轢かれそうになっていたよな。あれは天然なのか?わざとなのか?これからもそんな目に遭う可能性はあるのか?」
【ユキのカチューシャから、情報が洩れている可能性はあるか?】
「…考えたことないけど、可能性的にはあるかもしれない。」
「そうか。最初に会った時はわけがわからなくて、別れ際に言った言葉も良くわからなかったんだよ。楽しそうに言った言葉、覚えているか?」
【クトの最後の言葉は……】
「えっと、何だったかな…?」
「『コタロー、なかなか楽しかったよ。また遊んでね』だよ。初めてあった人に急に言われても困ったよ。」
【実は、僕はクトに名乗っていないんだ。】
「えっ?そうなの?」
「何も説明してくれなかったから、自分に何が起きているのか全然わからなかったんだよ。一人で頭の中に聞こえる声に悩んで、相談する相手もいないし。ユキは過去に戻るのを繰り返して、いろいろ大変だったかもしれないけど友達はいたのか?」
【僕たちのことを知る誰かが敵に情報を流している可能性がある。政府への報告の時に、怪しそうな人物はいなかったか?】
「…い、いない、かな。いると言えばいる?みんな好意的じゃないから、よくわからない。」
「…そうか。まあ僕も同じようなもんだな。人を信じるのってなかなか難しいよな。」
そう。僕はクトに名乗っていない。紗奈さんが僕の名前を出していたとしても、僕イコールコタローだと判断できないはずだ。ユキとは精霊を通して話をしていた。クトは僕とユキの属性もわかっているようだった。クトに人のステータスがわかる能力があるのなら話は別だが、使っていた魔法の属性の感じだとその能力の可能性は低く、すでに僕らの情報を知っていた可能性が高い。僕らの情報は、戦士の中でも機密情報で、知っているのは上層部の人間くらいしかいないはずだ。政府関係者の中が怪しいが、判断するのは難しいか。
「カチューシャを利用して何ができるかを確認したいのだけど、僕のブレスレットとユキのプラグを直接つなぐことができるのか調べたい。上層部に許可を取るのは面倒だから、ユキの判断で試してみてもいいかい?」
【僕たちの正体を知る人は限られている。その中にザクスの臣下、もしくは味方がいるのか調査したい。協力してくれるかい?】
「わかった。何をすればいいの?」
「壊れた時の予備のカチューシャをちょっと見せてもらいたい。今外すと上にばれるだろう?」
【まずは身近にいる人の疑いを晴らそう。次の戦闘がいつになるのかわからないけど、それまでに、それぞれ僕らしか知らない情報を流して、どの情報が敵に流れたのか、それとも何も情報が流れなかったのかを判断したい。】
「…そうだね。難しそうだ。」
「うまくいくかわからないけどね。僕に任せてよ。」
そう言うと、僕はメモ帳を火の魔法で燃やした。
「あ、そういえば、この前東北支部に行ったときに一人の女性戦士に声を掛けられたんだ。」
「え?コタローが女性に?声を掛けられた?」
いやいや、そんな驚かれても困るんだけど…。
「僕に用と言うより、彼女は属性の記憶がかすかに残っていて、僕の中のネセロスに会いたかったみたいだ。会わせることはできなかったのだけど。」
「属性に記憶が?そんなことあるのか。」
「ネセロスを慕う気持ちだけ強く残っていたみたいで、ぜひ自分の属性をメモリーしてくださいって言われて、便利そうだからメモリーさせてもらったよ。」
「何の属性だったの?」
「『ゲート』と言って、知っている場所とか人のところに移動できる魔法なんだ。属性はユキが配ったんだからユキも持っているだろ?」
「ああ、いや、私の中にはかなりの数の属性があるから、全部把握しきれていないんだ。戦闘で使う魔法ばかり気にしていたから、『ゲート』はわからない。」
そうだよな。属性が何種類あるかなんて知らないけど、あれ使う、これ使うっていちいち考えてられないから使う種類は限られてくるよな。
「ああ、あと、こっちに帰ってきてすぐにユキの持つ属性の一部を僕の中に取り込んでおいたんだ。それこそ、攻撃で使えそうな属性をピックアップして、サーバーの中の属性のデータを僕にリンクさせて入れておいたくらいだけど。」
「そんなことできるの?」
「ファーがやってくれたよ。一晩寝込んだけどね。これで、ユキが暴れても多少は対処できるだろ?」
クトに眠らされていた時、意識の中でユキは自分の力が回数を重ねるごとに弱くなっていること、弱くなればザクスに体を乗っ取られる可能性があるかもしれないと言っていた。そんなことはさせないが、念のため、ユキに対抗できるよう強そうな魔法は手に入れておいた。
「ありがとう、コタロー。」
「僕ら、チームだろ。あと、ゲートは僕と僕の精霊たちは通っても平気だったけど、他の人で試したことがないんだ。僕の使うゲートにみんなが入れるのか試したいのだけど、今度こっそりフクさんあたりで試してみようと思う。使えることがわかってから報告したいからまだみんなには言ってないんだ。内緒にしておいてくれるかい?ばれたら移動手段としてうまく使われそうだ。」
「確かに便利だよね。ド〇えもんの『どこでもドア』みたいな感じでしょ?」
「そう。でも真っ黒い円だから入るのはなかなか勇気がいるよ。」
「私が試すのは?」
「もともとユキが持つ属性だからあまり参考にならなそうなのと、万が一ユキに何かあったら大変だから、やめておこう。」
フクさんも攻撃の要だから何かあったら困るのだけど、興味津々でやってくれそうなんだよな。
「わかった。じゃあ、カチューシャの予備持ってくるよ。今度で良い?」
「ついでの時でいいよ。よろしく。」
話しながら、違う質問を紙に書くってとても難しい。紙に書いた内容は燃やしたし、盗聴されていても会話は成り立っていたはずだ。ユキはちゃんと紙に書いた質問の回答をしてくれていたけど、カチューシャの話も聞いていてくれたんだな。なかなか頭の回転が速い。僕の頭はショートしそうだ。
<精霊女子会>
寝静まった銀次の部屋に4人の精霊が集まっていた。そこにいたのは銀次の精霊、夜叉姫と妖鬼妃、紗奈の精霊、麗華と精華だ。
「ねぇねぇ、紗奈さん福島から戻ってから変わったよね。」
そう切り出したのは夜叉姫だった。
「何か髪も黒くなって、まじめっぽく見えるけど、どうしたの?何かあったの?」
繰り広げられるのは、若い女子の好きそうな会話だ。
「そりゃあね。」
「気付いたからね。」
麗華と精華は顔を見合わせて言う。
「何が?何が?」
「何に気付いたの?恋?恋かしら?」
夜叉姫と妖鬼妃はテンションが上がり楽しそうだ。女子と言うものは人の恋の話にやたらと盛り上がる。
「まぁ、大事なものに気付いたというか…」
「本当に守りたいものができたのよ。」
精霊は主の心と通じている。紗奈が感じたことは、麗華も精華も感じている。
「何それ?どういうこと?」
「それは、私たちの口からは言えないわ。」
「銀次さんが気付いてくれないと。」
「えーどういうこと?」
女子たちの楽しそうな会話が続く。
「銀次さんも銀次さんだけど……」
「あなたたちもなかなか鈍いよね。」
麗華と精華が夜叉姫と妖鬼妃をじっと見つめる。
「ちょっと、鈍いってどういうことよ?」
夜叉姫は怒った顔をするが、麗華と精華はそんなことは気にしない。ズバッと物を言えるのは仲の良い証拠なのだろう。実はこの4人、結構仲が良い。それは戦闘にも現れていて、紗奈と銀次のコンビがお互いの魔法をうまく使い合うのも、彼女たちの仲が良い証拠なのだ。
「これじゃあ、紗奈は一生陰で静かに見守っていくのでしょうね。」
「まぁ、紗奈はそれでも良いみたいだし、今は、現状以上のことは望んでいないようだから、私たちは余計なことはできないわ。」
「そ、それって!紗奈さんの大事なものって…もしかして?」
「紗奈さんの守りたいものって…もしかして?」
口をおさえ驚いている様子の夜叉姫と妖鬼妃を麗華と精華は静かに見つめる。
「「そういうことなの?」」
四人はより近くに集まりキャッキャと話を繰り広げる。主の知らないところで、四人は主の幸せを願うのでした。




