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幻の属性

(紗奈!紗奈!起きて!)

「んあ?どうした精華。」

(何かおかしくない?)

「何かって?みんなよく寝ているみたいだけど…。あれ、コタロー君いないね。」

(それもそうなんだけど、何か嫌な気配がする。)

「麗華まで何を言って…。」

 その時、フクさんがのそっと立ち上がった。

「フクさん、どうした?」

「…」

 フクさんは返事をしない。寝ぼけているのか?

 すると、間もなくラクさんも立ち上がる。

 二人とも無言だ。

「あの…二人ともどうしたのかな?」

「さて、今日もやるか!ラク!」

「ずいぶんやる気だな、フク。俺は絶対に負けないぞ!」

 あれ、二人ともどうした?二人同時にこんなに寝ぼけるか?二人から少し離れて様子を見ていると、次第に二人とも武器を具現化し始めた。

「ちょっ、ちょっと。何やってんの、二人とも!」

「広いところに行こうじゃないか!」

「ああ、望むところだ!」

 そう言って、俺が止めるのを無視して二人は寝間着の浴衣のまま窓から出て行ってしまった。

 俺は、呆然として何もできなかった。

(紗奈さん、どうしたの?)

 寝ていたシュウ君が目を覚ました。

「いや、なんかフクさんとラクさんが寝ぼけているのか、武器持って外出て行っちゃった。」

 部屋の中を見ると、クロはいない。布団には着ていた服が残されているから、どこかに行ったというより、具現化が解けた感じだ。

「やっぱり、なんかおかしいよ!木村さん!」

 木村さんは、机に向かって座った姿で眠っている。ゆすってみるが起きない。

「起きない。おかしい。やっぱりなんかおかしい。精華、何かわかる?」

(毒で眠らされているのか、幻覚を見させられているのかそんな感じだと思う。紗奈は私たちが中和しているから大丈夫。)

「でも、シュウ君は何ともないぜ。女性陣はどうなんだ?というか、コタロー君はどこにいるんだ?」

(コタロー君は、僕が部屋に戻る前に屋上にいたから、今も屋上にいるかもしれない。)

 俺とシュウ君は、とりあえず近くの女性部屋に行った。

「緊急事態だから仕方ないよな。」

 ドンドン

 部屋をノックするが返事がない。カギは空いている。不用心だな。

「誰かいる?」

 そっと部屋に入ると、部屋には銀次さんが寝ていた。シロとファーも消えている。ユキもいない。

「銀次さん、起きて。なんか変だよ。」

 俺は、銀次さんのことをそっと叩いて起こす。

「んっ?ああ、えっ、ああ、ごめん。ボーとしていたな。今日は森のドラゴンに挑戦するんだった。みんな準備はいいか?」

「ちょっと、銀次さんまで何言っているの?準備って何?っていうか、いつもと口調変わってない?」

「…そうか、今日もウィステリアちゃん、来ないのか。」

(ウィステリア?)

 ザザッ

 目の前が一瞬ゆがんだ。

 ザザッ


「なんだ、今日はウィステリアちゃん来ているじゃないか」


 …ここは?

 俺の目の前には、あたり一面草原が広がっている。俺は草原の中の一本の大きな木の下にいた。


 …俺はここを知っている。昔プレイしていたゲーム「トレジャーディスカバリー」の世界だ。そのゲームで俺が使っていたのが「ウィステリア」という名前と、この少女キャラだ。しかし、なんで今この世界にいるんだ?


 俺は周りを見渡す。そこには、当時一緒にゲームをプレイしていたパーティのメンバーがいた。


「久しぶりだね、ウィステリアちゃん。」

 声のしていたほうを向く。そこはさっきまで銀次さんがいた位置だ。

「…銀…ちゃん?」

「そうだよ。ちょっと顔出さなかったからって忘れちゃったわけじゃないよね?」

 俺が「銀ちゃん」と呼んだこの人は、パーティのリーダーだ。俺はこの人とずっと一緒に「トレジャーディスカバリー」をプレイしていた。男性キャラだけど、本当は女性だってことを知っているし、銀ちゃんも「ウィステリア」が女性キャラで中身が男性なのを知っている。銀ちゃんは何とも思ってなかったみたいだけど、俺は銀ちゃんが大好きだった。


(…な!…さな!…紗奈!)

 誰かが俺を読んでいる。

(紗奈!目を覚まして!)

 気が付くと、俺は旅館の部屋にいた。

(なんだ?何が起こったんだ?)

(ごめん。私たちの対応が間に合わなかった。幻覚を見ていたんじゃない?)

 俺が見ていたのは幻覚なのか…。

「あぁ、精華。戻してくれてありがとう。精華と麗華の対応が間に合わないなんて、結構きつい幻覚だな。しかし、シュウ君はなんで無事なんだ?」

(幻覚を見るのは人間だけなんじゃないかな。で、紗奈は私たちが幻覚を見ないよう対応しているのだけど、銀次さんを起こしたときは紗奈の影響の受け方が半端なかった。)


 銀次さんを起こして目の前が草原になったところから幻覚だ。「トレジャーディスカバリー」の世界を見ていたところはすべて幻覚だから、俺の記憶を利用した幻覚ということか。しかし、「トレジャーディスカバリー」の記憶とは、またキツイ幻覚を見せてくれるじゃないか。フクさんとラクさんも昔やっていたゲームの記憶から幻覚を見ているのか?格闘ゲームみたいだったな。二人が同じ幻覚を見ているということは、共通する記憶になるのか。近くにいる人に影響される?


(僕には効かないんだね。とりあえず、動けるのが僕と紗奈さんだけだから、コタロー君のところに行ってみようよ。)

「そうだな。コタロー君とユキは俺の属性を持っているから、この幻覚は効かない可能性がある。探しに行こう。ところで、銀次さんは?」

 銀次さんのほうを見ると、窓の外に向かって弓を構えていた。

「ちょ、ちょっと銀次さん。何やってるの?武器出しちゃダメでしょ。」

「しっ。静かに。ウィステリアちゃんは後ろに待機。僕が奴を倒すから。」

「ウィステリア?」

 さっきまでの「トレジャーディスカバリー」は俺が見た幻覚だ。なんで銀次さんも同じ世界の幻覚を見ている?しかも、「ウィステリア」って俺のキャラのことなんだけど、なんで知っているんだ?


 ああ、考えるの苦手なんだよな。とりあえず、みんなが武器を出して戦いを始める前に、この状況を何とかしないと。


(麗華、解毒薬作れるか?)

(作れるけど、作ってもすぐまた幻覚を見ちゃうと思う。発生源を何とかしないと。)

 ひとまず、窓から矢をぶっ放そうとしている銀次さんを止めないと。

「銀次さん、武器しまって。コタロー君と合流するよ!」

「な、なにをするんだ。僕があいつを倒すって言っているだろ!」

 あいつ?

 銀次さんの狙う弓の先を見ると、金髪の青年が立っていた。

 …立っていた?ここは旅館の3階だぞ。あいつ、なんだ?

 あいつからは嫌な感じしかしない。俺は急いで銀次さんをあいつの死角に隠した。


「あれれ?僕の幻属性が効いていない人間がいる。」

 そう言って、あいつはスーッと窓の近くに近づいてきた。

 まずいなぁ。俺って攻撃系じゃないんだよね。どうするか…。

「シュウ君、銀次さん連れて部屋出て。」

(わかった。紗奈さん大丈夫?コタロー君探してくるよ。)

「ありがとう。よろしく頼むよ。」

 シュウ君が暴れる銀次さんを連れて部屋から出ていくのを確認して、俺は窓からあいつと向き合った。

 いやー。もういやー。すごく嫌な感じしかしない。

「興味深いなぁ。君はなんで僕の幻を見ないの?」

「見たよ。なかなかキツイ記憶を見せてくれたね。」

「僕の幻は、一番近くにいる人とリンクするんだ。二人の思い出ってやつ?ロマンチックでしょ?」

 気持ち悪いなこいつ。馴れ馴れしいけど明らかに敵だ。

(麗華、精華、こいつが元凶だな?)

(そうだね。こいつの魔法がみんなに幻を見せている。)

(わかった。)

「お前が何だか知らないが、何でこんなことする?」

「…なんで?なんでって、なんでだろうねぇ。僕は生まれたばかりのロザを迎えに来ただけなんだけど…埋められちゃったみたいだね。で、面白そうな人たちがいたから、遊んでいるだけ。」

 ロザ?ネセロス王が言っていたザクスの臣下の一人か。と言うことは、こいつも臣下の一人なのか。ロザは言葉が通じなかったって言っていたけど、こいつめっちゃしゃべるぞ。

「君、ジャマだから、先に死んでくれる?」

 気が付くと、そいつは俺の背後にいて、小剣を振りかざしてきた。ギリギリのところで、俺は木で壁を作り避けた。

 なんだ、こいつ。いつの間に俺の背後に?

 考えている暇はなかった。避けると、避けた先にそいつはいる。なんなんだ。俺はもともと戦いには不向きだけど、避けるのに精いっぱいじゃないか。ああ、ちくしょう。なんで避ける先にいるんだよ。あの刃物邪魔だな。何とか刃物だけでも無効化しなければ。

 俺は、入り口のドアに追い込まれたかのように見せかけた。よし、いい感じに振りかぶってきたぞ。そのままドアに突き刺してしまえ。俺は天井から蔓の植物を這わせ、刃物がドアに思いっきり刺さるように操作した。

 その時だった。

(だめだよ、銀次さん。その部屋には戻らないで!)

 シュウ君の声がしたと思ったら、部屋のドアがバンッっと開いた。

「今こそチャンス!一斉に畳みかけるぞ!」

 銀次さんが弓を構えている。

 !

 寸前で避けるつもりだった敵の小剣が、振り下ろされる。

 …避けたら、銀次さんに刺さってしまう!

 俺は銀次さんのほうへ振り返り、弓を構えたままの銀次さんを突き飛ばした。

 敵の小剣が背後から俺の肩に突き刺さる。銀次さんの矢は敵の腕をかすった。


 ちくしょう、いてぇ。


「銀ちゃん!ひとまずここは逃げて!」

「ウィステリアちゃん?…あっ、いや、ここは…」

 銀次さんが戻りかけてる?矢がかすったからか?

「…おまえ」

 やばい、やばいよ。怒っているよ、あいつ。

 敵は銀次さんを睨みつけていた。

「シュウ君、銀次さん連れてコタロー君と合流して。」

(でも、紗奈さんは?)

(俺は大丈夫だ、とか格好いいこと言いたいけど、俺じゃ倒せないからユキとコタロー君の助けがいるんだ。…頼む。)

(わかった!)

 シュウ君は混乱中の銀次さんを抱えて屋上へ向かった。よし、敵の小剣も俺の肩に刺さったままだし、仲間も部屋にはいない。これで思う存分毒が使える。

(麗華、小剣は刺したままにしておく。痛み止めと止血を頼む)

 肩の痛みが引いてくると、俺は両手から紫の煙を出す。

「俺の魔法、リミッターが外れていなくてもそれなりの強い魔法が使えるんだ。君、もうすぐ死ぬことになるけど、名前でも聞いておこうか?報告書に書かないといけないからね。」

「はぁ?何言っているわけ?僕に勝てると思っているの?…でも、名前は教えてあげるよ。死ぬのは君だからね。僕の名前はクト。ザクス様に使える臣下の一人だよ。」

「うへっ、変な名前。君、しゃべり方も気持ち悪いし、モテないでしょ。うん、そうだね。絶対モテないね。」

 さっき銀次さんの矢が当たった時に幻覚が解けそうになっていた。ロザは何度でも体を修復できたって聞いているけど、こいつはダメージを受けていた。物理攻撃は効くということか。ここで大きな植物生やしたら旅館ボロボロになっちゃうから大きな攻撃はできない。そもそも俺、物理攻撃は苦手なんだよね。

 俺の紫の煙は薄く部屋いっぱいに広がっていた。

「なに?この煙。なんか変なにおいがする気がする。君は…植物を扱うのか。ってことはこれは毒?」

 鼻をつまんで手をパタパタさせながらクトは言った。さっきの銀次さんの傷は治っているみたいだな。ダメージを受けているとは言え、やっぱり自動修復するんだ。

「死ぬ前に君に一つ知識を教えてあげよう。」

 俺は紫の煙を出すのを止めた。もう十分だ。

「世界一小さい草の種を知っているかい?」

「草の種?」

「ロザってやつに比べて君はよくしゃべるし知識もあるみたいだけど、さすがにそこまで知識はないだろう?世界一小さい草の種は着生ランの種だよ。一番小さいので重さが一億分の一グラム。」

「着生ラン?」

「そう。着生ランは樹の幹や岩盤にくっついて育つんだ。寄生するわけではないから、くっついた植物の栄養を吸い取るわけではないんだけど、根が伸びれば、動きを封じることくらいはできるだろ?」

「…まさか、この紫の煙は…」

「そうそう。君の体にみっちり着いたみたいだね。俺は植物使い、紗奈さんだよ、覚えておいてね!」

 そう言って、俺はクトについた着生ランの種子を一斉に成長させた。着生ランの根は一気にクトの体全体に絡みつき、姿を覆った。大きな繭のような状態になり、着生ランはきれいな花を咲かせた。


 そもそも、俺にクトの幻覚が効いていないわけじゃないんだ。幻覚を見そうになると、精華と麗華が中和して目を覚まさせている。それだけで結構魔力使うんだよね。肩の傷の痛み止めに止血剤、その上このラン。もう結構体力限界。あぁ、肩の痛み止めが効かなくなってきた。

「このまま大人しくしていてくれないかな…。」

 そういうと俺は床に倒れた。

 あぁ、肩が痛い。痛み止めに回す魔力が無くなってきた。目の前がぼやけてくる。コタロー君が魔力使い過ぎで倒れるときってこんな感じなのかな。

 ぼやっとした視界の先に着床ランが咲いている。ぐるぐる巻きにされた根から、何かドロドロのものが出てきた。

 ちくしょう。なんだよあれ。

 ドロドロは着床ランの根を吸収し、花も飲み込みまた人型に戻っていく。

 ほんの少しの時間稼ぎしかできないのか。でも、もう体が動かない。みんな、ごめん。


 その時、天井から白く光る模様が下りてきた。


 あぁ、このきれいな魔法陣…あとは任せたよ…。


 俺は静かに目を閉じた。


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