作戦会議
「みんな、今のネセロスの話をまとめておきたい。」
木村さんがホワイトボードに書き始める。
「まず、我々が最終的に倒す相手は『ザクス』。こいつを倒すために我々は魔法を使えるように試行錯誤してきた。そのために何人も犠牲になっている。ザクスは、今も福島第一原発から流れ出る放射線物質により、力を蓄え続けている。」
福島第一原発は被災後26年経った今も、核燃料の始末ができず、地震があった当初に比べ減ってきてはいるものの、放射性物質を海に流し続けている。
「ユキが今まで戦ってきたザクスは、海から出てきたんでしょう?」
フクさんが尋ねる。
僕たちがファーに見せられた過去の映像でも、海の中から化け物が出てきていた。
「そうだね。今までの35回の中で、ザクスまでたどり着けなかった時もあったけど、ザクスは必ず海から出てきた。」
「でも、肉体を得るためにユキを狙っていたのなら、海の中から出てこなくても、人に乗り移ることができるってこと?」
「…これは推測だが…」
考えていた木村さんが話し始めた。
「ザクスは流れ出る放射性物質をたどって、この第一原発まで意識を飛ばしてきていたとネセロスは言っていた。そこに程よい人間がいたら、魔法に耐えうる体に変化させて乗り移ることもできたのだろう。だが、雪華君はネセロスの持っていた属性を手に入れ、ザクスは手出しできなくなった。そして、立ち入り禁止区域には定期的に同じ人間が現れない。だから人間に乗り移るのを諦めて、自分の封印を解いて動くことにしたのだろう。」
僕が16歳の時に浪江町に行ったのは偶然だった。その時にユキと出会ってネセロスは属性を預けたのだが、本当に偶然なのだろうか。生まれてから一度も行ったことのない鎮魂祭に、なぜ16歳の時に行ったのだろうか。今度叔父に聞いてみよう。聞く機会があるのかはわからないけれど。
「そして、ザクスには4人の臣下がいると言っていた。」
木村さんは話をしながらホワイトボードに4体の人型を描く。その話、僕は知らない。ネセロスが僕の前に姿を現す前に少し間があったが、その時にみんなに話をしたのだろうか。それとも、また忘れているだけだろうか。
「1体は、先ほど雪華君とフク、ラクが応戦したロザ。こいつは光属性と言っていた。そして、あと3体。これは属性も名前もわからない。」
木村さんは、ホワイトボードに3人の人型を書いた。
「ロザは人型だったが人間ではなかったよな、フク。」
「そうだね。何度も再生していた。海からものすごいスピードで吹っ飛んできたし。ユキが作った土の人形に似ている。」
「となると、誰かの肉体を奪ったわけではなく、何かで形作っていたということか…。一体どこから現れて、なぜ人型だったんだ…」
木村さんは悩み始め、一人でブツブツ言い始めた。
「あの、何点か報告したいことがあるのですが…」
僕は、ネセロスと一緒に海底に潜っている。その時のことを共有しておくべきだと思った。
「その『ロザ』と言うのは、おそらくザクスと一緒に海底にいました。海底から何かが勢いよく浮上したのを見ました。ネセロスはそれを見て急いで追いかけたので、そいつを追いかけたのだと思います。」
「となると、他の3体も海底にいると思っていた方がいいか。そいつらも放射線で回復してきているのだろうか。」
木村さんのブツブツが止まらない。
「あと、先日皆さんのブレスレットに、魔力の残りがわかるゲージを表示できるようにプログラムをインストールしておきました。あとで解析して、さらに修正をかけますが、フクさんとラクさんは今回の戦いで、おそらく魔力ゲージも減少していたと思います。今後はそれを目安に魔法を使うとよろしいかと思います。」
「ほー。さすがだねぇ、コタロー君。」
フクさんとラクさんが感心してブレスレットのゲージを確認している。二人とも、もうかなり回復していますけどね…。
「最後に…」
「まだ何かあるのかい?」
木村さんはおそらく頭がパンパンになっている。最後の報告は別に後でも良いのだけれど…。
「ネセロスが、これを…」
僕は手のひらを上に向け、魔法を展開する。
「それは…光の魔法?」
「そう。ロザを埋めるときにネセロスが記憶しておいてくれたんだ。」
「それは、私も持たない属性なんだ。敵を倒すには逆の属性で攻撃する必要があるから、光の属性魔法でロザは倒せないけれど、私も持っていない属性だから記憶しておいてくれたのかな。」
ユキも持たない属性なのか。貴重だな。しかし、僕は使っているところを見たことが無いからイメージができない。光属性ってどうやって使えるのだろう。眩しいだけ?でも、ロザは光の魔法を使って爆発していたな。今度研究しておこう。
「さて、ザクスが目覚めるにはもう少し時間が要するとして、臣下の一人が出てきたということは、他の臣下も出てくる可能性があるな。雪華君が持っていない属性と言うことは、地球上の誰も持っていない属性と言うことになる。どうやって倒すか…」
「逆属性云々の前に、力もめちゃめちゃ強かったし素早かったよ。」
「魔法が無くても強いのか。何度も再生したと言っていたな。」
「そうだね。再生する間も与えずに攻撃したけど、小さなかけらからまた人型に再生していた。」
「再生するということは、何かコアになるものがありそうだけど、そこまではまだわからないな」
うーん。悩んでもわかるものではないのだけれど、みんな一生懸命考えている。
「小さくなっても、そこから再生したのだから、外部から操作しているわけではなさそうだよね。」
「埋めたら収まったし。」
「では、そのコアの部分の見分け方と、倒し方はこれから考えよう。」
その時、木村さんの電話が鳴った。
「はいもしもし。うん。そうか。わかった。すぐ出動する。」
出動?電話を切ると、木村さんまじめな顔で僕たちに向き直る。
「福島第一原発の浜辺でアンノウンが発見された。数は不明。海から出てきたという情報がある。もしかしたらロザ同様ザクスの臣下かもしれない。…ちくしょう、まだ対策が打てていないのに。君たちを失うわけにはいかない。出動するが、無理だと思ったら引いてくれ。」
「わかりました。」
僕たちは制服を着て現場まで飛んで行った。
すでに、21時を過ぎている。あたりは真っ暗だった。アンノウンらしきものが動いている気配はするが、暗くて場所も数も特定することができない。まずいな。気配だけで敵の動きを読まなくてはいけないのか。その時、フクさんが炎を灯した。
「少しは明るくなるかな。」
炎が照らすのはほんの一部分だ。全体が見えないと敵の数が把握できない。
…ん?もしかして、出番なのではないか?
僕は両手を上にして光の魔法を出してみる。あたり一帯が照らされる。敵の数は10体くらいか。先ほど埋めたロザのあたりに集まっている。
「おっ、コタロー君いいねぇ!」
「周りが見えた!」
すかさず、銀次さんが弓を射る。
ドシュっと矢は刺さり、アンノウンは倒れる。
「こいつら弱いみたいですね。」
「雑魚だな。」
銀次さんの攻撃が効いたのを確認し、フクさんとラクさんが直接攻撃に行く。銀次さんと紗奈さんは遠隔で攻撃して、様子を見ている。組み合わせて戦う練習をしていたけれど、さすがエーワンメンバー、息が合っている。魔法を組み合わせることでこんなに強くなるんだな。それにしても、今回のアンノウンは、自我はもちろんないのだが、攻撃力もないし、すぐ倒せた。先ほどのロザとは違う、ただの泥人形と言った感じだった。
「ユキ、どう思う?」
僕は、みんなが戦う上空で照明係をやっていた訳だが、ユキはその隣でずっと様子を見ていた。
「今のはザクスの分身だ。あれはこれまでも見たことがある。今はあの程度の強さのアンノウンだけど、力を付けてきたらただの泥人形ではなくなってくる。今は見た目も泥人形だけど、人の形をしていたら、僕らはどうやって人間とアンノウンを見分ける?僕らは気配でわかるかもしれない。だけど一般の人は?」
下を見ると、フクさんが大きく手を振っている。他にアンノウンの気配もないし、今回出てきたアンノウンは殲滅できたようだ。僕は光魔法を解除してフクさんの元へ降りた。
「お疲れ様でした。」
「コタロー君、ありがとう。明るくなったから助かったよ。」
「早速光魔法が役に立って良かったです。まぁ、若干使い方が違う気がするので、研究しておきます。」
みんなの魔力ゲージを確認させてもらったが、今回は大して減っていなかった。実践結果に変化がないのはつまらない。あとでロザとの戦いのときのデータを確認しておこう。
「ここに出てきて何をしようとしていたのだろうね。」
「ロザを掘りに来たのかな。」
「とりあえず、琉ちゃんとシュウ君のところに戻ろう。」
僕たちは、先ほどまで会議をしていた旅館に戻った。
「お疲れ様。敵が弱くて良かった。ロザ並みの奴だと討伐方法がまだわからないからな。」
木村さんとシュウ君が迎えてくれた。
「とりあえず、今日は色々あって疲れただろう。ゆっくり風呂にでも入って休むといい。」
カポーン
いい湯だ。お言葉に甘えて、お風呂に入らせてもらった。僕と一緒に入ろうとしたシロを銀次さんにお願いして、ついでにファーのこともお願いしてきた。何と言ってもこっちには紗奈さんがいる。幼いとはいえ、男風呂に入れるわけにはいかない。この時間だけ、僕らの貸し切りにしてもらった。シュウ君も人目を気にせずお風呂に入れる。
ザバーン
おお、津波だ。やっぱり大きいんだな、シュウ君。
(大きなお風呂、気持ちいいね。)
(そうだな。うちの風呂だとシュウ君ぎゅうぎゅうだよな。)
(あっ!いやなわけじゃないからね。)
(わかってるよ。たまには大きい風呂いいよなぁ。)
疲れが取れる。僕はあごのあたりまでお風呂に浸かる。温泉最高だ。シュウ君はファーと一緒で、毛は抜けないらしい。変わった生き物だ。ファーも大きくなったらシュウ君みたいになるのかな。あんなに大きくなっちゃうのか?もう少し小さいままでいてほしいなぁ。
……
「紗奈さん、何やっているんですか?」
紗奈さんは壁に向かって耳を澄ませている。
「女風呂の様子が少しでもわからないかな、と思って…」
懲りないなぁ。ゆっくり体を休めましょうよ、と思いますが、放っておきましょう。
「こりゃ、風呂上がりの一杯が欲しくなるね。」
「そうだな。つまみに餃子も欲しいな。」
こっちの空間は大人だ。頭にタオルを乗せてゆったりと風呂に浸かる姿が似合っている。
風呂から出て、みんなで夕食を食べて、お酒を飲んだフクさんとラクさんとついでに紗奈さんも早々に寝てしまった。銀次さんもお酒を飲んで寝てしまったので、後のことはユキとシロに任せた。
木村さんは報告書を作成している。またいつアンノウンが出るかわからないから、いつでも出動できるようにしておかなくてはならないけれど、休めるときに休まないとな。と言っても、みんなほどお酒を飲んだわけではないし眠くなかった僕は、ふと部屋を出て、旅館の屋上まで行った。
空には満天の星があった。いつも地下で暮らしているから星を見たのは久しぶりだった。東京では見られない星の数だ。
(わぁ、すごい星の数!)
そこにシュウ君がやってきた。
(シュウ君、もう遅いのに寝てなかったのかい?)
(うん。コタロー君が部屋を出て行ったから、ぼくも追いかけてきたんだ。誰にも見られないようにしてきたよ。)
(そうか。もうこんな時間だし、屋上なんて来る人いないだろう。それにしても、きれいな星だなぁ。)
(ネセロスさんのいた星って、地球から見えるのかなぁ。)
(どうだろうな。全然ちがう宇宙かもしれないよ。どういう王様だったんだろうね。民から慕われていたのかな。)
(すごくいい王様だったと思うよ。何て言うんだろう、話しているときにずっと優しい、暖かい感じがしていたよ。)
ネセロスは、星の民の姿がシュウ君の姿に近いと言っていた。属性の力が強くなって、あの姿になって、なにか感じるものがあるのかな。僕も、ネセロスの威圧感の中に、優しくて暖かいものがあることは感じていた。
(そうか。僕の中にいる奴が良い奴で良かった。そろそろ戻って休んだほうがいいよ。送っていくから。)
(うん。そうするね。)
僕たちは、見つからないように男部屋に戻った。
僕の布団には堂々とクロが寝ていた。お前の布団もあるだろうに…。僕は、また屋上に戻って寝転がって満天の星空を眺めていた。この星の数、この中にはネセロスの星のように生き物がいる星があるのかな。そんなことを考えていたら、ひょこっとユキの顔面が目の前に現れた。
「おわっ、ユキ。どうした?まだ寝てないのか?」
ユキは、僕の横に寝転がると、一緒に星を眺め始めた。
「すごい星の数だ。僕たちの戦いの始まりも流れ星からだったね。まぁ、正確には僕が流した属性たちなんだけど。」
「そう言えば、ユキって自分のことを『僕』って言う時と『私』って言う時とあるよな。何か違うの?」
実は他にも聞きたいことがたくさんあるのだけど、どうしてこの時に、こんなどうでも良い質問をしたのか、自分でも良くわからなかった。無駄な話がしたかったのかもしれない。
「ウェポンマスターをやっていた時は男性キャラだったから『僕』。でも、真城雪華として動いているときは『私』。…だったんだけど、今はどっちがどっちかわからなくなってるね。現実世界で魔法を使うようになったら、どっちがゲームの世界かわからなくなっちゃったんだよね。おかしいかな?」
「別に、そんなに気にしてないけど…。」
「でも、私に興味を持ってくれたんだね。嬉しいよコタロー。ここにきて良かったでしょ?お母さんのことも少しわかったし。」
そうだな。わかったと言うほどわかってないけどな。僕は無言で空を見ていた。
「もっとコタローの事も教えてよ。ほら、偶然だけど、コタローのお母さんと私、『せつな』と『せつか』で一文字違いだし、お母さんと思ってくれてもいいんだよ?」
は?ユキがお母さん?いくら何でも無理があるでしょ。
「そんな冷たい目で見ないでよ。コタローは自分に興味がないかもしれないけど、私たちはコタローに興味があるからね。」
「そうなのか?別に面白いことなんて何にもないけどな。」
「いやいや、ネセロスの魂が入っているってだけでだいぶ面白いけど…。」
それって面白いことなのか?むしろ大問題なのではないか?
「だから、そんな冷たい目で見ないで。目で語らないで。」
ユキは両手で自分の目を覆っていた。
「さすがに眠くなってきたな。」
「そ、うだね。私も、なんだか、眠く…。」
「ユキ、寝るなら部屋に戻って。風邪ひくぞ。」
ユキを見ると、よく寝ている。人間ってこんなに早く寝付くものなのか?
あれ?僕も急に…眠気が…。




