帰郷 浪江町へ
一週間後、シュウ君のブレスレットが完成した。木村さんが配慮して、バンドの部分が伸びるタイプのものを用意してくれた。これなら多少ムキムキになっても大丈夫そうだ。一週間一緒に過ごしたが、シュウ君には何の変化もなかった。人間に戻る気配もないし、意思が無くなることもなかった。とは言え安心はできないので、今後の監視はブレスレットとサーバーにお願いしよう。何かあればユキのカチューシャにも反応があるだろう。あれは属性全部を監視しているからな。
「よし。シュウ君、これで君の力はきちんと把握できるから、僕とずっと一緒にいなくても大丈夫だよ。でも近くにはいるようにしてね。」
僕はシュウ君にブレスレットを装着した。
あれ、なんか悲しそうな顔をしている…気がする。
「どうした?シュウ君」
(ぼく、コタローくんと一緒にいられないの?)
「え?あ、いや、別に一緒にいる必要はないよと思ったのだけど…一緒にいたければ一緒でもいいけど…」
(ホント?よかった。ぼく、家に帰れないし、行くところないから…みんなと一緒にいたい。)
「木村さん、ブレスレット付けましたけど、シュウ君はこのまま僕のところに住んでもらっても良いでしょうか?」
「ん?ああ構わないよ。誰かと一緒にいたほうがいいしな。あと、シュウ君のご両親にも事情を話してこちらで預かることは承知していただいた。」
(ありがとうございます。よかった。コタローくんと一緒ならシロちゃんもクロくんもファーちゃんもいるし、寂しくないや。)
「『ありがとうございます』だそうです。」
「みんな声が聞こえていいよなぁ。不便でごめんね、シュウ君。」
木村さんは珍しくちょっとしょげている。ここにいるエーワンメンバーはみんなシュウ君と会話できるのだから、仲間はずれな感じがするのは仕方ない。シュウ君は静かにうなずいていた。僕らには(いえ、こちらこそすみません。)と聞こえたが、わざわざ伝えなくても木村さんはわかっているようで、少し微笑んでうなづくと、改まって話し始めた。
「明日、君らには、福島県の浪江町に行ってもらう。少し前に雪華君から依頼されていて、要件としては、三陸海岸沖にいる「あいつ」の近くに一度行ってみたいと言うのと、虎太郎君の過去についてちょっと調べてみたい、と言うものだ。最近はアンノウンへの変化も落ち着いて来たし、せっかくなので全員で行ってみよう。」
シュウ君がアンノウンになって以来、新たにアンノウンは発生していない。まだ安心はできないが、属性の力が安定してきたものと見ている。
「僕の過去を調べても何も出てこないと思いますよ。僕、生まれが浪江町というだけで、浪江町には住んでいませんでしたから。」
「コタローの出生を調べれば、『時』属性の魔法のルーツがわかるかもしれない。」
ユキは遠足前日の小学生のように目をキラキラさせている。仲間と外出するのが初めてなのだろう。
「でも、僕が魔法を使えるようになったのも流れ星以降だから、他のみんなと同じように、流れ星を受け取ったから魔法が使えるようになったのでは?」
「多分、魔法が使えるようになったきっかけは流れ星なんだ。だけど、コタローは1回目の挑戦から『時』属性の魔法が使えていた。つまり、僕がいなくても魔法が使えたんだよ。なぜなのか気になるでしょ?」
ユキはなぜそんなに興味津々なんだ。まぁ、僕だけ三つ子だし、ちょっと特殊かなとは思いますが…。
ふとシュウ君を見ると、みんなから少し離れてぽつんと立っている。
(シュウ君どうした?)
(あ、みんな出かける話をしているから、関係ないかなって。)
そうか。その姿では出かけられないよな。
「木村さん、僕らが出かけている間、シュウ君はどうするんですか?」
「ん?シュウ君にも一緒に来てもらうよ。置いていくわけにはいかないだろう。ほら、シュウ君の制服だ。」
それは僕たちと同じ、四本ラインの制服だった。魔法の力は強くないが、僕たちと一緒のチームでいるために同じ四本ラインにしてくれたのだろう。そして、シュウ君用の大きいサイズだった。
(木村さん、ありがとうございます!みんなとおそろいだ!ぼく、がんばるね!)
シュウ君は嬉しそうに制服を広げていた。うまく着られるだろうか。アンノウンだってばれないだろうか。ちょっと心配だったけど、嬉しそうなシュウ君を見て僕もちょっと嬉しくなった。会話はできなくても、木村さんもシュウ君が喜んでいることは見て取れた。
翌日、僕たちはマイクロバスに乗った。
「移動って、マイクロバスなんですね。」
マイクロバスには、エーワンメンバー5名、ユキ、木村さん、シュウ君が乗っている。加えて、シロとクロとファーが人型で乗っているから、結構ぎゅうぎゅうだ。
「そりゃあ、みんなで飛んで行ったら目立つし、俺とシュウ君飛べないし。」
「ラクが風魔法で飛ばしてあげるのに。」
フクさんがニヤニヤしながら言った。
「…虎太郎君、フクは、俺が高い所が苦手なことを知っていて、言っているんだよ。」
フクさん含め、ラクさん、銀次さん、紗奈さんもニヤニヤしている。
これは、以前ラクさんに飛ばされたことがあるんだな。みんなにやけているけど、そんなことはさて置き、一番楽しそうなのはユキだ。これはもう完全に遠足気分だな。
「コタロー、おやつ。おやつ食べよう!」
えー。出発早々おやつ…。
「いいですね!私クッキー持ってきました!」
なんでお前がノリノリなんだ、シロ。
「俺、コーヒー持ってきました。」
お前もか、クロ。
「ユキ、僕も食べる。」
ファーまで…。なんて緊張感のないやつらだ。食べ物を必要としないくせに、ずいぶん楽しんでいるじゃないか。僕は深くため息をついた。
「シュウ君も食べる?」
シロはシュウ君をおやつに誘っている。シュウ君は食べないだろ。
(シロちゃん、ありがとう。遠足みたいだね。)
…シュウ君が嬉しそうだから良いことにしよう。
「木村さんすみません。シロとクロとファーまで人型で、狭いですよね。」
「いや、大丈夫だよ。雪華君が相当楽しみにしていたから、賑やかな方がいいでしょ。今までずいぶん我慢してきただろうから、たまには、ね。」
木村さんは、シュウ君の制服をオーダーする際に、僕の精霊たちにも制服を用意してくれていた。精霊と言えども、人型の時は正体を明かすわけにはいかないと、僕と同じ四本ラインに一本青いラインが入っている制服を作ってくれた。ファーに関しては、子供サイズだから、ずいぶんと小さな戦士だ。シュウ君とファーが並んだ時の大きさの差が面白い。
「それで、浪江町に行くと決める前に、僕のことは予め調べてあるんでしょう?」
僕は木村さんに尋ねた。それでもわからないから行ってみるということなのだろう。
「そうだね。君に黙って調べていたのは申し訳ないと思っているけれど、やはり、君は特別な存在だと思うんだ。だけど、結局、君のお母さんが町医者をやっていたことくらいしかわからなくて、お父さんのことは一切わからなかった。地元に行けば、お母さんのことを知っている人から話が聞けないかと思って。」
「そうですか。僕自身も母のことは一切覚えていないし、父に関しては、祖父母も何も聞かされていませんでした。」
「うん。わかってる。虎太郎君は過去を調べるのが嫌かい?」
あれ、珍しく木村さんが気を使ってくれている。
「いえ、別に。僕は僕自身に興味がないだけです。」
僕はバスの中のみんなを見た。ユキは僕の精霊たちとシュウ君と楽しそうにおやつを食べている。紗奈さんはバスの外を見てきれいな女性を探していて、銀次さんが叱っている。ふざけてばかりのフクさんに、突っ込みを入れるラクさん。
僕は彼らと何か違うのだろうか。
数時間かけて福島県に到着した。とりあえず、僕の出生の調査になるので、手分けして情報を集めることになった。シュウ君はバスで待機。制服を着て調査するわけにいかないので、私服のまま二人一組で聞き込みにあたった。
夕方、バスに集合し、集めた情報をまとめてみたが…新たな情報は得られなかった。
僕の母のことを知っている人もいた。話を聞いてみたところ、
「橋崎医院の先生かい?女医でいい先生だった。あるとき突然子供が生まれたって聞いたからびっくりしたよ。浮いた話が一切ない先生だったからね。生まれてからもすぐに復職してくれて、このあたりじゃ町医者は大事だから助かったよ。…本当に残念だったよね。」
母が、町の人に好かれた良い医者だった、と言うことはわかったが、やはり父親に関しては何も出てこなかった。
その後、僕らは制服を着て福島第一原発近くの浜辺へ向かった。この辺りは、今でも放射線濃度が濃く、一般の人の立ち入りは禁止されている。26年経っても、地震の影響は続いていた。僕らは、制服を着た上で、マスクを着けバスから降りた。
夕陽は大海原を照らし、海面をオレンジ色に輝かせている。ゆっくりと夜の帳が降り始める。
「きれいだね。この海の中に「あいつ」がいるんだろ?」
フクさんがユキに尋ねた。
「そうだね。正確にはもう少し向こうの沖なんだけど…」
そう言うと、ユキは僕の顔を覗き込む。
「何?」
「コタロー、何か思い出さない?」
「何の話?」
「いや、いいんだ。やっぱり違うのかな…」
ユキは首を横に振りながらまた遠くの海を眺めた。
ドクン
ここに着いてから、時々胸が苦しくなる。放射線のせいなのか?それとも、マスクで息がし辛いせいか?
僕は、おもむろにマスクとフードを外した。
「だ、だめだよコタロー君!マスク外したら放射線体内に入っちゃうよ!」
え?あれ?僕、何でマスクを外したんだ?苦しく感じたから勝手に体が動いたのか?
ドクン
まただ。また胸が痛む。苦しい。僕は胸を押さえながらしゃがみ込んだ。目の前が暗くなる。意識が飛びそうだ。
「ほら!急いでバス戻って!」
僕はみんなに支えられながらバスに向かった。みんなの声が遠く聞こえる。意識が朦朧とし、気が付くと僕は夢で見た真っ暗な空間に立っていた。この威圧感、覚えている。僕はゆっくりとあたりを見回した。やはり誰もいない。真っ暗で何も見えない。立っていると思っているが、本当に立っているのかわからない。感覚がない。
『虎太郎、ここに来たおかげで少しばかり表に出られそうだ。ここはつまらぬ空間だが、茶でも飲んで待つといい。少し体を借りるぞ。』
すると、真っ暗な空間にテーブルと椅子が配置され、ティーセットが置かれている。
声が聞こえた後は威圧感が無くなった。僕は椅子に座りポットからティーカップにお茶を注ぐ。
現状を理解しているわけではないが、おそらく僕の意識は閉じ込められている。そして、今僕の体には、声の主の意識が現れている。真っ暗な部屋でティータイムを過ごしているわけだが、僕の体が今何を話しているのか、何をしているのかはわかる。この空間から出る方法もわからないし、少し様子を見てみよう。
バスに乗ろうとしたところで、僕は支えてくれているみんなの手をそっとどかした。
あたり一帯にピリッと緊張した空気が流れる。それを感じ取ったエーワンメンバーは、僕から少し距離を取り、戦闘体制に入る。
「お前、誰だ?コタローじゃないな?」
ユキが僕に話しかける。
「久しぶりだな、真城雪華。ずっと見ていたぞ。幾度もやり直し、大変だっただろう。よく努めてくれている。」
「久しぶり?」
ユキは戦闘体制を崩さないまま質問を返す。声の主とユキは知り合いなのか?
「……まさか、あなたはあの時の…」
「そう。君に属性を預けた者だ。」
「じゃあやっぱり私に属性を預けたのはコタローだったの?」
「外見は虎太郎だが中身は私だ。虎太郎はあの時のことを知らない。」
「あなたは一体…」
「時間が無い。ちょっと愚弟に挨拶してくるから少し待て。シロ、クロ、ファー、私の中に戻りなさい。そこの…シュウ、君はこの場所から少し離れなさい。ここは放射線が強すぎる。これ以上魔法の力が強くなると危ない。他の君らは、精霊たちが放射線を食ってくれるから、マスクを外しても問題ない。」
声の主がそう言うと、シロとクロとファーは消えた。そして、ふわっと浮くと、海に向かって飛んで行った。
「す、すごいスピード。」
「ちょっと、コタロー君飛んで行っちゃったけど…どうするの?」
「『少し待て』と言っていたな。…雪華君、あれは虎太郎くんじゃないな?」
「ええ。あれは多分、10歳の時に私に属性を預けた人物。コタローだけどコタローじゃない。」
「詳しくは虎太郎君が戻ってからだな。俺はシュウ君を旅館まで連れて行くから、君らはここで待機していてくれ。またすぐ戻る。」
「琉ちゃん、旅館はここから近い?」
「いや、車で40分くらいか。」
「なら、戻ってこなくていいよ。紗奈と銀次も一緒に旅館に戻って。シュウ君に何かあった時に対応をお願い。」
「わかったよ、団長。」
「シュウ君のことは任せてね。」
サブストーリー「銀色と藤色」
https://ncode.syosetu.com/n3736gv/
こちらもお楽しみください。




