アンノウン 異種
ここ最近は、人間のアンノウン化も落ち着いていた。これ以上属性の力が強くなることは無いのだろうか。もう落ち着いたと思って良いのだろうか。
ビービー
言っているそばからアンノウン化だ。まあ、そんなに力は強くなさそうだし、僕ら4本ラインが出るまでもないだろう。
実は昨日ちょっと閃いたことがある。「体力ゲージが見えるといいのに」と思ったのだが、こうやってサーバー上はみんなの属性の強さがわかるのだから、残りの体力を計算させてうまくブレスレットに表示させられないだろうか。僕はサーバーにプログラムを組み込んでいく。まずは、属性の力を表示できるようにして…属性の力が表示されるようになったら、その人の体力を登録…これはブレスレットの血圧とか酸素濃度を測る機能を使うか。体力に関しては人によるからな。魔法を使った後の血圧・酸素濃度の状態を見て、あとどのくらい魔法が使えるかを推測させてみよう。この間のエーワンメンバーの模擬戦闘の記録を使って…魔法を使う前と使った後、それぞれの血圧・酸素濃度の値を照らし合わせてみると…戦闘後の酸素濃度がかなり低くなっているな。これは基準で使えそうだ。魔法を使ったあとの酸素濃度から、あとどのくらい魔法が使えるかを推測。それを、ゲージにして表す。
まずは、エーワンメンバーの属性の力をゲージにして表してみよう。エーワンメンバーが魔法を使うと、サーバールームの端にある5つのメーターの目盛が増加する。履歴を見れば、今まで使った魔法がどの程度の力なのかがわかるはずだ。僕はまだあのメーターが4分の1をちょっと超えるくらいしか見たことがないけれど、あれをこっちの管理画面に表示すると…ゲージはMAXのままだ。うまく表示されないな。どこかでプログラムがエラーを起こしているのか?…そもそも普通の人と同じ目盛で考えているとダメなのか?試しに目盛を100倍に…。あ、これでゲージ4分の3くらいになった。ん?ちょっと待て。普通の人の1目盛が1だとしたら、エーワンメンバーは1目盛100ってことになるぞ。単純に考えて100倍以上の属性力を持っていることになる。だからサーバーには表示されないで、個々のゲージが存在するのか。僕は、サーバールームの端にある5つのメーターを見る。双子星は普通の人と同じと考えてはいけないんだ。
属性力をゲージで表したから、戦闘中は、逐一酸素濃度をサーバーへ報告させて、魔法発動後の酸素濃度によって、体力ゲージを減少させる。体力ゲージと言うより魔力ゲージか。酸素濃度が回復すればゲージも回復させる、と。こんな感じでどうだろうか。試しに僕のブレスレットに表示できるようにしておこう。実際の戦闘はゲームのようにはいかないから、見ている余裕なんか無いかもしれないけどな。残りの魔力が視覚化できるようになれば、無理なく戦えるようになるんじゃないか。残マジックポイントを気にするとか、なかなかゲームの世界みたいになってきたな。
演習場ではエーワンメンバーが模擬戦闘を行っている。僕とユキの戦闘を見て以来、他のメンバーと組み合わせて魔法を使う練習をしているようだ。みんな頑張っているなぁと窓越しに見ていると、木村さんから電話がかかってきた。
「虎太郎君、さっき出たアンノウンなんだけど、倒せないわけじゃないんだけど、ちょっと異例の事態が起きているようで、向かってもらえる?みんなにはこのまま演習していてもらうから。」
異例の事態とは、一体どういうことだろう。まぁ、倒せないことないって言っているし、僕一人でも大丈夫だろう。
「わかりました。行ってきます。」
丁度いい。魔力ゲージもできたから、試してみるチャンスだ。僕は制服を着て、現場に向かった。
現場は規制線が引かれていて、住民は避難していた。対応していたのは2本ラインの戦士たちだが、少し距離を置いて様子を見ている。今回のアンノウンは、いつもより小ぶりだった。向こうから攻撃してくる様子がなく、静かに立っている。
「どうも。本部から来ました。」
えっ!という様子で見ておりますが、派遣されてきたのが小柄な僕で少し不満でしょうか。一応4本ラインですよ。
「あ、失礼しました。制服を着た状態ではありましたが、本部の方とは一度お会いしていますが、初めてお会いしますよね。」
戦士の一人が僕の腕のラインが4本あることを確認して言った。あぁ、そうか。僕は会見の時も演習の時も顔を出さなかったから、知らないのも当然だ。それに、4本ラインで1本青ラインの人とか覚えていないほうがおかしい。
「ええ。僕はあまり外には出ないもので。それで、異例の事態と聞いていますが…」
僕は、アンノウンに目をやった。先ほどまで立っているだけの小柄なアンノウンは、その場に座っている。
「実は、あのアンノウン、攻撃をしてこないのです。おそらくアンノウン化したときに、怪我をさせてしまった人間がいて、その人間から離れません。私たちも、迂闊に攻撃できないし、攻撃してくる気配もないし、このまま倒してしまって良いものかどうか悩み、本部に連絡させていただきました。」
ふむ。これまでの攻撃型アンノウンとは違うということか。確かに、あのアンノウン、こちらを見てはいるが座り込んで向かってくる気配がない。倒れている人間を守っているようにも見える。
「わかりました。ちょっと見てきます。」
僕はアンノウンの近くまで行ってみた。確かに、今までのアンノウンは、黒くてゴツゴツしていてドロドロしていて、いかにもモンスターといった感じだが、こいつは、小柄で毛が生えている。人間の名残は一切無いが、今までのアンノウンと違う感じは見て取れた。化け物というよりは獣っぽい感じだ。向こうもこちらを見ている。こちらが攻撃してこないと思ったのか、アンノウンは視線を落とし、倒れた人間…女性だろうか…をそっと触ろうとしている。
(…おかあさん…)
ん?「お母さん」頭の中に声が聞こえて来た。
(君、話ができるのか?意識があるのか?)
アンノウンは警戒しているのか、僕の方をじっと見ている。アンノウンの声は精霊を通して頭に聞こえてくる。精霊の具現化ができている人でないと会話はできない。
(うん。ぼく、ウェポンマスターやっていたんだ。ちゃんとブレスレットも付けていたよ。これ付けていれば大丈夫だっておかあさんが言っていたから。だけど、最近魔法が使えるようになったんだ。ブレスレットを付けているといじめられるから学校にも行けないし、一人で魔法を使う練習をしていたんだ。そしたら…気づいたらおかあさんがこんな状態で…)
魔法を使う練習?それで属性の力が強くなったのか。学校と言うことは、小学生か中学生くらいなのか。アンノウンも小柄だが、元の人間も若かったんだ。ケガをしたのはアンノウンの母親か。まだ生きていそうだな。
(なあ、お母さんのこと見ていいか?治せるかもしれない。)
(ほんと?)
僕は、倒れた女性のところまで行くと、息があるのを確認した。
(ちょっと離れてくれる?元に戻すから。)
アンノウンが言われた通り少し離れる。獣の顔だが、心配しているような、困惑しているような、そんな顔をしているように見えた。
(大丈夫だよ。まだ生きているから。クロ、『リバース』)
倒れた女性の傷が治っていく。でも意識は戻らないままだ。このまま目覚めたときにケガをしていたことを忘れていると良いのだが…。息子のアンノウン化した姿は見たのだろうか…。
(お母さんはもう大丈夫だ。それで、今君がどんな状態になっているのかわかるかい?)
(ううん。体がおかしくなっているのは見ればわかるんだけど、何でこんなことになっちゃったのかわからない。気付いたらおかあさんが倒れているし、周りのみんなが叫びながら逃げていくし。ぼくどうしちゃったんだろう。)
(君は、魔法の力が強くなりすぎて、体が耐えられなくなったから、体がその力に耐えられるように変化したんだ。ただ、君のように意識を持ったまま変化した例は今までにない。今の君の姿を見せてあげるけど、あまりショックを受けないでほしい。君のような進化をしたのは今回が初めてで、君はとても貴重な存在だ。)
僕は、丸く水の鏡を作った。
(これが今のぼく…。こんな姿、おかあさん悲しむだろうな。)
アンノウンに意識が残っているかもしれないと知ったら、戦士たちは攻撃できなくなる。意識があっても暴れていれば僕らは倒すしかない。この進化のパターンは今後の戦闘で大きな課題となる。この子は連れて帰らなくては。とは言え、勝手に行動を起こすわけにはいかないので…。
(ユキ、聞こえるか?)
(聞こえる。どうした?)
僕は今起こっている状況を説明した。ユキはしばらく考えていた。
(…初めてのパターンだね。僕も話を聞いてみたい。連れて帰ってきて欲しいけど、他の戦士たちの目があるから…)
ユキは、僕に指示を出して仕事に戻った。
(君は僕らが保護する。お母さんには君が無事でいることはあとで報告しておく。ただ、他の戦士たちには君を倒したことにしたい。僕に攻撃できるかい?パンチでも何でもいいよ。そうしたら、僕は君を攻撃する。もちろん、攻撃したように見せかけるだけだから痛くないけど、やられたふりをしてほしい。そうしたら、僕が君を回収して帰るよ。)
(…うん。わかった。…もう、おかあさんには会えないの?)
(そこはまだわからないけれど…また会えるよう、なるべく頑張ってみるよ。)
少年と思われるアンノウンは、大きく手を振りかざし、僕にめがけて下ろしてきた。体だけでなく力も増幅しているようだ。僕は避けると水の剣を作り、少年アンノウンに刺した。もちろん、刺したように見せかけただけなんだけど。
(はい。倒れていいよ。)
僕はアンノウンの懐に入ったところで合図を出した。
少年アンノウンはバタッと倒れたふりをした。
「討伐終わりました。このアンノウンはこちらで処理します。あそこで倒れている女性の保護をお願いできますか?」
「え?あ、はい。お疲れさまでした。(なになに?さっきまで全然戦闘する雰囲気じゃなかったけど…)」
ちょっと疑われているだろうか…。この場はさっさといなくなろう。『浮力』と『重力』の魔法は自分にしかかけられないので、僕は、氷の魔法で箱を作り、そこに少年アンノウンを収納した。その氷の箱のまま、風の魔法を使って一緒に飛んで戻ることにした。何かで覆っておかないと風力で体が大変なことになってしまうからな。でも程よく氷の箱が棺桶に見えて、二本ラインの戦士たちには、遺体を持ち帰っている姿に見えるだろう。
(すごいやー。空飛んでるー。)
(まだ動いちゃだめだよ。OK出すまではぐったりしていてね。)
(おにいちゃん、おかあさんを治してくれてありがとう!)
演習場に向かうと、まだエーワンメンバーの特訓が行われていた。少年アンノウンと一緒に歩いて演習場に入る。
「木村さーん。アンノウン連れてきました。」
みんなの攻撃が止まる。
「ああ。雪華君から聞いている。みんな集合してくれ。」
みんなが僕らのところに集まってきた。少年アンノウンはちょっと怖いようで、僕の後ろに隠れていた。僕の方が小さいから全然隠れていないんだけどね。
「君の名前は?」
(ぼくの名前は、浅海舟です。11歳です。)
木村さんは少年アンノウンの回答を待っている。そうか、木村さんには聞こえないのか。
「浅海舟くん、11歳だそうです。」
「あれ?虎太郎君には声が聞こえるの?」
「はい。精霊を通して声が聞こえます。」
「俺らにも聞こえるね。」
エーワンメンバーにも声が聞こえているようだ。アンノウンの声は、精霊を通して直接聞こえてくる。
「見た目は人間ではないけれど、中身は元のままだね。これは、初めてのケースだ。とは言え、このままの姿で生活させるわけにはいかないよね。コタロー、『リバース』で元の姿には戻せないの?」
この前クロも言っていたが、戻したとしてもまたすぐにこの姿になってしまう。それに、次にアンノウンになった時には、今のように意識があるとは限らない。僕は首を振った。
「君の属性は何なんだ?」
木村さんの質問に対し、少年は手を広げて、小さな火を灯して見せた。
「火属性なんだな。ブレスレットはアンノウン化したときに外れたんだね。まあ、そのサイズには対応していないよな。」
舟のサイズはアンノウン的には小型でも、2メートルくらいはあった。もちろん腕も太くなっている。
「さて、これを上に報告しないといけないな。」
木村さんは腕を組んで悩んでいる。
「ねえねえ、シュウ君。俺も火属性だよ。俺の相棒見る?」
そう言ってフクさんは炎を出した。
(うわっ。なんか出てきた!)
「俺の精霊だよ。格好いいでしょ?」
フクさんは誰とでも仲良くできるんだ。相手が人間じゃなくても平気なんだな。…うーん。見た目は獣だけど中身は人間か…。難しいな。
(おにいさん、ぼくのこと怖くないの?)
「…聞いた?コタロー君聞いた?『おにいさん』だって。いい子だねぇ~」
悩む木村さんを尻目に、フクさんはしみじみしていた。
「木村さん、シュウ君は悪い子じゃないよ。上に報告したらひどい扱い受けない?」
木村さんは、また「うーん」と唸りながら悩んでいる。
「これから自我を失って暴走する可能性が否めない以上、本来なら上に報告して、隔離しておく必要があると思うんだが…。11歳だろ。親とも離れ離れなのに、さらに一人で閉じ込めておくのはかわいそうだよな。」
「木村さん、シュウ君用にブレスレットは作れますか?」
ブレスレットがあれば、常に監視はできる。まぁ、また壊れるくらい体が変形したら無理だけど、変化があればすぐに気付ける。
「ブレスレット作るのは可能だけど、もうアンノウン化しちゃっているのに、付けている意味ある?」
「監視できれば、力が強くなったのがわかるから、暴走する前に止められるかもしれない。それに、制服を着せてしまえば中身が人間かアンノウンかはわかりません。」
木村さんはまた悩んで唸っている。
「そうは言うが、万が一にでも自我が無くなって暴走したとして、虎太郎君、君は彼を倒すことができるのか?暴走する前に止めるってどうやるつもりだ?」
…それはそうだ。今までは「知らない誰か」がアンノウン化してしまったのを「みんなを守るため」に倒している。この子はもう知っている子だ。暴走を止める方法なんて知らない。暴れ始めたら殺すしかないんだ。僕にそんなことできるのか?
「じゃあ、こうしよう。ブレスレットが完成するまでは僕が預かるよ。僕なら万が一があっても抑えられると思う。」
ユキが提案してきたが、おそらく「万が一」があった時にエーワンメンバーにシュウ君を殺させないためだ。きっとユキの中には、戦いに僕らを巻き込んでいるという罪悪感があって、可能な限り一人で背負おうとしている、そんな気がする。
「いや、僕が預かります。僕はストップがかけられます。何かあった時は…ストップをかけて考えます。」
「考えますって…虎太郎君、責任重大だよ?」
「大丈夫です。多分シュウ君は大丈夫です。それに、シュウ君の魔法はそんなに強いものではありませんが、この大きな体と力は今後僕たちの活動にも役に立つのではないでしょうか?ケガをした人の救出とか、瓦礫の撤去とか…」
シュウ君はまだ11歳だ。彼にアンノウン討伐の任務は与えられない。相手が化け物とは言え元は人間だ。元人間を子供に殺させるわけにはいかない。人間に戻れないなら僕たちと一緒に行動するしかない。討伐はできないけど一緒にいてできること、倒す側ではなく助ける側に回ればいいんだ。
「そうだな。では、ブレスレットは早急に手配する。それまでシュウ君は虎太郎君に預ける。上への報告は時期を見て行う。くれぐれも事故の無いように。」
事故というのは、シュウ君の暴走のことだ。暴走したとしても表に出ないように絶対に止めろということだな。
「わかりました。」
木村さんと僕とユキが話をしている間、フクさんたちがシュウ君と話をしていてくれた。おそらく、僕らの話がシュウ君にとって良くないものかもしれない、そう思って聞こえないようにするために配慮してくれたんだと思う。フクさんは本当に気の利く優しい人だ。僕はシュウ君のことをじっと見る。獣の表情でも楽しそうな顔はわかるものなんだな。なかなかかわいいじゃないか。
というわけで、僕の部屋には、シロ・クロ・ファー・シュウ君の4匹の生き物がいる。
中学生以降ずっと一人で暮らしてきた僕にとっては、かなりの大所帯だ。部屋は広いので何とかなるし、アンノウンも食事が要らないようだ。どうやってあの大きな肉体を保っているのか不思議だな。シロとクロとファーも基本的に食事は不要なので、賑やかなこと以外は一人暮らしと変わらなかった。食事の時は、いつもシロが隣に来てじっと食べ物を見つめている。そして、目を離した瞬間に盗み食いをしている。気付かないと思っているのか。シロは食べ物に興味があるのだろうな。多少食べられても気にしないけど、僕は食べないと生きていけないからほどほどにしてほしい。それに、一言言ってくれればあげるのに、と思う。
そう言えば、出動要請を受けてシュウ君のところへ行った際に使った魔法は、『リバース』と水の剣を出したのと、運ぶ時用の氷の箱と風の魔法くらいだけど、魔力ゲージがどう変化したか確認しておこう。
……全然変化ないじゃないか。うまく行っていないのか。それとも、あのくらいの魔法は何ともないのか。みんなの状態も見てみたいな。明日こっそりブレスレットにインストールしておこう。
その夜、不思議な夢を見た。
僕は真っ暗な空間で椅子に座っていた。
誰かいる気がするのだが、何も見えない。
とてつもない威圧感で手足が震える。椅子から立てない、顔すら上げられない状態だった。
うつむいたまま、額から汗が流れ落ちる。
だけど、嫌な感じではないんだ。
どこか暖かい、優しい感じがした。




