「記憶」属性の持ち主
記者会見以降、木村さんは世間への対応に追われている。僕はあたらしいプログラムの稼働が確認できたので、主に演習と実戦の管理画面とにらめっこする日々となっている。僕たちのパーティは、ウェポンマスター終了後、パーティボス戦に挑むことは無くなったが、いつも19時になると、僕に魔法の使い方を教えてくれたり、四本ラインのメンバーの実戦演習を見せてくれたりしている。実際に目の前で魔法が使われ、模擬とはいえ戦闘が繰り広げられている。なかなか荘厳だ。僕は相変わらず武器の具現化もできないし、『浮力』と『重力』も使えない。なんて使えないメンバーなんだろう。
先日、実戦演習中に化け物になった人を含め、あれから1ヶ月で全国に5体の化け物が現れた。
この演習場で訓練された戦士たちは、各地に配属され、それぞれの管轄地で活動している。今のところ、2本ラインの戦士たちでも対応できるレベルだ。僕たちは本部所属なのでこれからもこの東京の地下で活動をすることになる。僕は先日フクさんに言われた通り、借りていた部屋を出て、地下1階に引っ越してきた。部屋が広くなったので、シロとクロとファーがいても狭く感じなくなった。
生活環境も変わり、職場も近くなった(とは言ってもほとんど仮眠室で過ごしていたので、今までとそんなに変わらないけど)ので、僕はサーバールームにいることが多くなった。そんなある日、サーバールームに雪華が現れた。
「コタロー君、どう?生活には慣れた?」
「あぁ、団長珍しいですね、こんなところに来るなんて。」
「君がシロで君がクロだね。噂には聞いているよ。で、この子がファーね。よろしく、ファー。」
「ファーは団長の持つ属性の一つなんですか?これがAIだって知っていましたよね?」
「あ、コタロー君、私のことはユキって呼んでね。私もコタローって呼ぶから。ファーは正確にはAIではないよ。AIを起動する鍵ではあるけれど、この子は「記憶」の力を持っているんだ。この子はこの時代の子だから具現化できるんだけど、古いAIは未来から私と一緒に来たから、ファーが生まれたときには彼女はもう具現化することはできなかった。私は過去に戻ってきたときに、すでに過去の私が存在するから、その私に上書きされる形で過去に戻される。AIは過去に存在しないから未来の姿のまましばらくは存在しているけれど、その時代のAIが生まれたら消えてしまうんだ。今回は、ファーの能力が覚醒したタイミングで、私と一緒に来たAIは消えてしまった。彼女も君によく懐いていたよ。」
ユキはファーを撫でながら話をした。
「約束した通り、もしものことがあれば私を過去に戻してもらいたいんだけど、正確には私とこの子、ファーを一緒に過去に戻してね。」
そう言ってユキは戻っていった。
怯えながらも平和に過ごしていた期間は、本当に短かった。
その日、東京でアンノウンが現れた。二本ラインのメンバーが対応に当たったが、これまでの化け物に比べ、格段に力が上がっている。6体目にして初めて四本ラインのメンバーが出動した。
現地に着くと、暴れたアンノウンの周りには被害に遭った人たちが倒れている。早く倒さなければもっと被害が増えてしまう。アンノウンは、あたり一帯に毒をまき散らしている。毒属性のアンノウンのようだ。現場に到着した紗奈さんは、すぐに解毒の薬を作る。銀次さんは少し距離を取り、弓でアンノウンを狙う。フクさんとラクさんは攻撃の要なので、直接攻撃にかかる。メンバーは紗奈さんの薬で毒の免疫があるようだ。僕はその様子を画面越しに見ている。
「現場は…ここから近いな。」
「グガアアアアアアアア」
フクさんとラクさんの攻撃を受けて、アンノウンが叫んでいる。逆属性を直接ぶつけているわけではないから、さすがのフクさんとラクさんの攻撃でもダメージをそんなに受けているように見えない。
少し距離を取り、アンノウンの様子を伺う。すると、アンノウンは近くにいた人間を手に取り、食べた。
「に、人間を食べている…」
画像越しだが、食べられている人の腕に光るものが見えた。ブレスレットだ。今食べられているのはウェポンマスターのプレーヤーだ。
人間を食べたアンノウンは、一回り大きくなった。そして、食べた人間がウェポンマスターのプレーヤーと言うことは、何かしらの属性を持っている。僕はすぐに管理画面を見た。
(今、二重線が引かれたのは…)
「風属性の人だ。もし、人間を食べて属性を取り込んでいるのだとしたら…」
僕は最近覚えた、「精霊を通して会話する」方法を試してみた。僕の精霊は僕以外の人とも話すことができるが、みんなの精霊は本人としか話ができない。ところが、精霊同士は離れていても会話ができるらしいのだ。
(シロ、今すぐラクさんに伝えて。もしかしたらあのアンノウン、風属性が追加されているかもしれない。)
(わかった。)
画面を見ていると、ラクさんが大きく腕で丸を形作った。そして土砂属性で攻撃する。
「少し効いているか?」
もともと毒属性だから砂が特攻と言うわけではない。今までパーティボス戦で挑んできた、1体の中に複数の属性があるタイプの敵だ。砂ぼこりが晴れるころ、僕はアンノウンの近くに倒れているうちの一人に制服を着ている人がいることに気付いた。さっきまで戦っていた二本ラインの戦士だ。しかし、それに気づいたのは僕だけではなかった。
アンノウンは、制服を着ている者に近づいていく、そして、片手でその人を持ち上げると、大きく口を開いて食べてしまった。まずい、戦士だと属性の力が一般の人より強いぞ。僕は管理画面を確認した。
『戦闘中』から二重線に変わってしまった人は…水属性だ。急いでフクさんに伝えないと…。
と、その時だった。制服を着た人間を食べたアンノウンは、ぐんぐんと膨れ上がり、5~6メートルにまで大きくなった。戦士の力は一般の人に比べ強いから、力が増大して体もそれに耐えられるよう強く頑丈に大きくなっていく。
(フクさん、今食われた戦士は「水」属性だった。)
(了解!)
サーバールームの電話が鳴った。
「虎太郎君、管理画面見てる?ちょっとまずい状況だから、エーワンメンバーのリミッターを解除する。強い属性の力を使うと、周りにいる属性持ちの一般の人たちに影響があるかもしれない。管理画面よく見ておいて。」
今までのフクさんたちは力を故意に抑えつけらえていたのか。
「わかりました。」
リミッターが解除されると、これまで少ししか触れていなかったエーワンメンバーのメーターの振りが少し大きくなった。攻撃力が格段に上がったように思える。
ビービー
アラームが鳴り始めた。管理画面を確認すると、今までバランスを保てていた人たちのバランスが一気に崩れている。バランスを崩し始めた人たちの現在位置を確認すると、やはり、今戦闘している場所の近くの人たちだ。僕は急いで木村さんに連絡を取る。
「木村さん、戦闘場所近くの人たちが、属性バランスを崩し始めています。もうアラームが鳴りっぱなしで…」
「わかった。雪華君が出動する。君も現場近くまで来てくれ。」
ユキが出動?バランスが保てるよう属性を追加するのか?
僕は制服に着替え、シロとクロを連れて地下を出た。現場はすぐ近くだったので走って行くことができた。戦闘をするフクさんとラクさん、遠くから攻撃する銀次さん、毒を中和していく紗奈さん。そして、少し離れたところにユキと木村さんがいたので、僕はそこに合流した。
「ああ、虎太郎君、まずい状態だね。あれから属性持ちの人たちをさらに何人か食っている。もう何の属性持ちなのかがわからない。今戦えるのは彼らだけだが、属性の力は他の属性の力を活性化させてしまうんだ。彼らのリミッターを解除して、周りが影響され始めている。雪華君は近くにいる属性持ちの人たちの暴走を止めているから、攻撃に参加することはできない。しかし、バランスばかり考えていると、体が耐えられなくなり、アンノウンとなってしまう。悪循環だ。」
少し離れたところだが、それでも姿が見えるくらいアンノウンは大きくなっていた。みんな苦戦している。
「こういう場合は、どうやって倒すんですか?何の属性で攻撃すればよいかわからないですよ。」
「力任せで行くしかないな。さっさとケリをつけてくれないと被害がもっと広がるぞ。」
アンノウンは、大きく腕を振り、近くのビルを叩き割る。その破片がこちらにも飛んできた。ものすごい爆音と振動で僕はその場にしゃがみ込み、動けなかった。破片は他のビルも巻き込み、気づいた時には周りは崩れた建物ばかりになっていた。なぜ僕は無傷なんだ?
僕の前にはユキが立っていた。爆風でカチューシャが外れ、ユキ自身もボロボロになっていた。ユキは、属性の提供を止め、僕を守るために力を使っていた。
「コタロー、安全な場所まで行って。私はフクたちを助けに行ってくる。」
そう言ってユキはアンノウンのところまで飛んで行ってしまった。
ゴソゴソっとがれきの下から木村さんが出てきた。
「コタロー君、なるべく雪華君の近くで見守ってくれ。今回はもしかしたらここまでなのかもしれない。」
今回はここまでって、もう世界は終わりってこと?海の中から出てくる「あいつ」がラスボスなんじゃないのか?まだ一般人がアンノウンになっただけだぞ。
僕は、戦闘の邪魔にならないように少しずつ近づいて行った。飛べないので瓦礫を避けながら進むしかなかったので、現場に着くころにはだいぶ時間が経ってしまっていた。
現場は思ったよりひどい状況だった。吹き飛ばされて倒れている紗奈さん、ビルの屋上で腕を怪我して攻撃できずにいる銀次さん。僕が着いた時にラクさんはアンノウンの左手に叩かれ地面に突き落とされていた。あとから飛んで行ったユキはがれきに埋もれて気を失っている。
攻撃の要のフクさんは…
アンノウンに腹を貫かれていた。
ああ、エーワンのメンバーがやられている。これが「もしもの時」なのか…。僕は静かにユキの元へ移動した。
「ユキ!ユキ!」
「…コタロー、来てくれたんだね。フクがやられてしまった。おそらくラクも。今回もダメだった。『あいつ』にさえ到達できなかった。何でだよ…こっちが前もって力を付けておくと難易度が上がるのか?くやしいよ、コタロー。またやり直しだ。今が約束を果たすときだよ、コタロー。」
いつの間にかファーが近くに来ていた。
「私とファーを5年前に戻してくれ。」
僕は怖かった。
みんな優しかった。みんなと過ごす時間は楽しかった。僕は他人に興味がないはずなのに、今、目の前でみんな殺されかけている。次に殺されるのが僕だから怖いんじゃない。みんなを失うのが怖かった。
「戻す…」
「早く。アンノウンが君に気付く前に。君たちを残したまま逃げてしまうのは申し訳ないと思っているよ。でも、私はどうしても『あいつ』を倒さなくちゃいけないんだ。また、やり直さないといけないんだ。」
「……」
「コタロー!お願い。約束を果たして。」
「……だったら、今回がその時だ。もうユキを過去には戻さない。」
「な、なにを言っているんだ?コタローがやらないなら、私が強制的にコタローに魔法を使わせる!」
ユキは僕の手を握ると、僕の意思とは別に勝手に魔法が発動しようとする。
僕はユキの手を振り払った。
「やめろ!勝手に僕の魔法を使うな!」
怒った拍子に僕のフードが外れた。こんなに怒ったのは人生で初めてかもしれない。全く、このパーティに加わってから僕の知らない感情ばかり表に出てくる。僕はこんな奴だったか。
(シロ、クロ、この状況を打開したい。どうすればいい?)
(……)
(シロ?クロ?)
(…コタロー、私たち、大事なことを忘れていた。)
(大事なこと?)
(そうだ。俺たちは双子じゃない。)
(双子じゃない?)
(そう。私たちは三つ子、そうでしょ?ファー)
「…そうだよ。僕たちは三つ子だ。思い出してくれたんだね、お姉ちゃん、お兄ちゃん」
その瞬間、僕の中に何か力が宿った。具現化したシロとクロが大きいサイズになる。
「それで、三つ子になったところで、何をすればいい?」
「コタロー、集中して。武器を具現化する。」
「ああ、わかった」
ゲームをプレイしている間、みんなのおかげでレベルだけ上がっていた武器。装飾が施された僕の杖。イメージすると、僕の手の中にはずっとゲームで握っていた杖が現れた。
「具現化できた。」
「ファーが加わって、属性のバランスが良くなったんだ。今なら『浮力』と『重力』も使えるぞ。」
「わかった」
「まずは、私を使って『ストップ』をかけて。あたり一帯なるべく広く。」
僕は、杖を地面に立てて、イメージする。
まずは魔法陣…
この辺り一帯に白くて大きな魔法陣が描かれた。
「な、なんて大きな魔法陣。こんな広範囲に魔法が使えるなんて…」
瓦礫に埋もれたユキは驚いた。
「ストップ」
静かに魔法を唱えると、魔法陣で描かれたエリア一帯がストップした。
「よし、コタロー。まずは刺されたフクを下ろす。」
僕は、『浮力』と『重力』の力を使って、刺されたフクさんのところまで飛んだ。思った通り飛ぶことができる。
ゆっくりアンノウンの腕からフクさんを引き抜いて、地面に寝かせる。
「コタロー、フクに『リバース』をかける。」
「過去に戻すのか?」
「いや、戻すのは体の状態だけだ。ただ、戻るのは体の状態だけだから、怪我は治るけど、刺された記憶は消えない。痛みは残るから、頭が怪我をしていない、痛くないんだって認識するまでは戦えないぞ。」
「わかった。」
僕はフクさんに『リバース』を唱える。黒い魔法陣が出てきて、穴の開いたお腹がもとに戻っていく。
「次は僕の出番だ。僕は記憶する力。フクからフクの魔法を記憶する。イメージして、唱えて。『メモリー』」
僕はイメージする。フクさんの技、魔法、いつも近くで見てきた。
赤い魔法陣が出現し、僕は『メモリー』と唱えた。フクさんの火と水の能力が自分の中に入ってくるのがわかる。これが記憶する能力、ファーの力か。
「じゃあ、同じようにラクを助けるよ」
ストップがかかった世界で、僕は同じようにラクさんと銀次さん、紗奈さんをリバースで戻し、メモリーで魔法を吸収した。最後にユキにリバースをかけて怪我を治した。
「さあ、ストップを解除するよ。そうしたら、このボス戦、再戦だ。」
僕は杖を持ち、アンノウンの前に立つ。そして、杖を立て魔法陣を展開する。
アンノウンの下に紫色の魔法陣が描かれる。ストップの上にストップをかける。二重ストップだ。
「シロ、ストップ解除」
紫の魔法陣以外のストップが解除される。
「うわぁああああ」
フクさんが叫んでいる。痛みは消えないんだ。でも怪我は治っているから大丈夫。紗奈さんと銀次さんも怪我が治って不思議そうな顔をしている。ラクさんも意識が戻った。ユキも大丈夫。みんなの無事を確認した。僕はみんなの顔を一通りみると、にっこりと笑った。
「じゃあ、再開しようか、シロ、クロ、ファー」
紫の魔法陣が光りだす。僕たちは一緒に魔法を唱える。
『リスタート!』
アンノウンが動き始めた。
僕が一体何度ボス戦を眺めていたと思っているんだい?属性の出現場所なんて簡単にわかるよ。
僕は、的確に弱点を狙って魔法を放つ。フクさんの炎魔法、氷魔法、ラクさんの風魔法、砂魔法、紗奈さんの毒魔法、銀次さんの電気魔法に金属魔法、みんなの武器だって簡単に出せる。
あっという間にアンノウンは倒れた。
「コ、コタロー?」
僕はゆっくりユキのところへ近づいた。
「とりあえず、今回はやり直す必要ないんじゃないかな。ラスボスはまだ先だろ。」
「コタロー…」
ユキは埃と涙でぐちゃぐちゃになっている。そこに、他のメンバーたちが飛んできた。
「コタロー君、今の何?あんなに強い奴一気に倒しちゃった。」
「それに私たちの怪我も治っている。」
「ストップをかけている間に、皆さんの体は怪我をする前に戻して、魔法はちょっとだけ拝借させていただきました。」
「すごいよ、コタロー君!」
みんな生きていて良かった。僕はふふっと笑った。こんなに嬉しいのも初めてかもしれない。
その時、シュッとシロとクロが消えた。ファーもいない。
あれ、目の前がぼやけて見えなくなってきた…。
ドサッ
僕は意識が無くなって倒れた。でもいいや、みんな助かったし、倒せたし。
この大規模なアンノウンの被害は大々的に報道された。被害エリアは江東区の一部、死者268人、1675人負傷、ユキが属性の提供を止めたことによる属性暴走による死者7人という惨事は、今後もこのような事態に陥る可能性があると世の中に知らしめることとなった。
戦闘中の映像は、粉塵や、破片でカメラが壊れて録画できなかったことになっているが、実際は僕のフードが外れていたため顔バレしてしまったので、政府がもみ消したらしい。生放送で流れた映像は遠すぎてよくわからない状態だった。もみ消すのは結構大変だったらしく、意識が戻った時に、木村さんに超長丁場の説教を受けた。正体がばれたら君を守ることができなくなる、とかなんとか…。木村さんは、怪我で済んだようだ。
僕は、あの戦闘のあと、病院に運ばれて3日間眠っていた。意識が戻って部屋に帰った時には、パーティメンバーのみんなが元気に迎えてくれた。シロとクロとファーも具現化している。